第三章 賢者か、愚者か 7 ―統護VSオーフレイム④―
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7
統護の耳朶に、みみ架の台詞が蘇る。
対抗戦の準決勝第一試合――彼女とのボクシング戦を行う前に言い当てられたコトだ。
――〝そう言う割りには、堂桜――いえ、蘊奥の業ではなくて近代ボクシングベースでくるのね。それってオルタナティヴのマーシャルアーツとは意味合いが違うでしょうに〟――
発勁を隠し持っていた件だけではなく、みみ架は統護の本質を見抜いていた。
確かに、統護が使用する近代ボクシングは、オルタナティヴの『ボクシング+ヨーロッパキック』という立ち技スタイルとは、根本的に意味合いが異なっている。
オルタナティヴがこの体勢にされたら、間違いなく拒絶する。けれど、自分は違う……
(じゃあ、始めようか)
自然に浮かんでいた獰猛な笑みを引っ込めて、統護は気持ちを引き締めた。
オーフレイムのパウンドが速射砲として連打でくる。
統護はパウンドの連打を、ヘッドスリップとパーリングで凌ぐ――が、完全には防ぎ切れなかった。浅くだが、顔面にヒットを許してしまう。けれども、可能な限り額で受ける。
ゴツ、ゴツゥ、と拳が当たる硬質な音が断続していた。
防戦一方だが動揺はない。
対して、クリーンヒットを奪えないオーフレイムも落ち着き払っていた。
不敵な視線がぶつかり合う。
ゴォ! パウンドの打撃音が響き渡る。
左拳が深く突き刺さった。統護の右頬が大きく波紋を描く。ついにクリーンヒットだ。
オーフレイムのチャンスだ。
左のクリーンヒットに、オーフレイムは右拳を振りかぶって、体重を乗せてきた。
統護は冷静に対処する。
大振りになったオーフレイムの右パウンドをすかさずたぐって、統護は相手の右脇――統護から見ての左サイドからの脱出を試みる。オーフレイムも反応して、統護のスイープを阻む。
絡み合う二人の動きが滑らかに加速した。
マウントポジションからサイドポジションを狙いにくるオーフレイムに、統護は巧みに体勢を変化させて対抗する。
組み合い密着している二人の身体が、目まぐるしく位置を入れ替え――
……統護がオーフレイムの背中を上から押さえた状態で、二人の動きは止まっていた。
グラウンドとは思えない超スピードの攻防に、ラナティアは目を丸くしていた。
攻撃はしない。統護は亀の状態で丸まっているオーフレイムから悠然と離れて、距離を置いて立つ。解放されたオーフレイムも立ち上がる。再び、両者はスタンディングに戻った。
オーフレイムが統護に確認する。
「わざと左をもらって、俺の右が大振りになるのを誘発したか」
「ああ。上からのパンチとはいえ、所詮は下半身を使えない手打ちだからな」
痛いこと痛いが、芯に効く事は稀である。
統護はボクシングの構えに、オーフレイムはショルダータックルの構えに、双方がリセットした。
そして――二度目となる《ブラインド・フレイム》からのタックルが決まる。
どぉ、と二人が倒れ込むテイクダウン音。またしてもオーフレイムのマウントポジションだ。
統護を見下ろしてオーフレイムが言う。
「さあ、再びグラウンドになったぞ」
「そうだな。次はさっきよりも楽しませてくれよ、オーフレイム」
「期待に応えよう」
ガツゥン!!
今度はパウンドではなかった。
ナックルパートを打ち込んでくるのではなく、握った両拳を鉄槌として落としてきた。
パンチとは違い、肩と肘の角度から軌道が予測不能である。
統護は鉄槌で殴打されたが、パウンドとは違い手の引きが遅いので、オーフレイムの両手首を掴み取る事に成功した。オーフレイムも承知の上で、差し手争いに変化する。
膝立ち状態のオーフレイムは、ジリジリと前に出ていき、統護の脇を膝で殺しにいった。
脇を膝で差された統護の動きが鈍る。
オーフレイムは統護の左腕を極める――とフェイントを入れて、逆に右腕を絡め取った。
そのまま一気にアームバー(腕ひしぎ逆十字)を極めにきた。
だが、統護は手品じみた体捌きで、右肩に掛かっていたオーフレイムの両足のフックを外すと、いつの間にかオーフレイムからサイドポジションを奪っている。
パスガードへの展開をシミュレートするオーフレイムを、統護はまたしても攻撃に転じずに解放した。
一瞬だけ怪訝な顔になるオーフレイムだが、すぐに気を取り直す。
納得した、と呟いて統護に訊いてきた。
「そういう事か。お前のグラウンド技術はエスケープに特化しているのか。この俺のグラウンドから二度もまぐれではなく脱出できるとは、本当にお前は世界最強の男かもしれない」
統護は返事をしない。
無言のままボクシング・スタイルをとった。
ラナティアが小首を傾げる。ポアンは「ほぅ」と感心したように、角張った顎をさすった。
寝技に持ち込もうと、オーフレイムの《ブラインド・フレイム》が発動する。
二度、防げなかった魔術に対して統護は全く動じない。しかし動じないだけで、呆気なくタックルを決められてしまった。
これで三度目となるマウントポジションである。
「なるほどな。つまるところ、お前は自分のエスケープ力と俺のグラウンド技術を比較して、凌ぎ切れると判断したからタックルを警戒しなくなったのか」
その台詞は、統護には不思議と遠く聞こえた。
中学二年までは母親が同伴して、アメリカで合宿していた。
母親が同伴しなくなり、単身で渡米合宿するようになった統護に、レスリングと柔術のコーチ達が口を揃えて言った事がある。
ようやく母ちゃんの目を気にせずに、グラウンドで本気を出せるな、統護。
ボクシング命の母親に気遣って、統護はトレーニングとはいえ、母親の目がある時は、常に実力をセーブしていた。
統護が様々な近代格闘技を学ぶのは、ボクシングで全ての格闘技に勝つ為――というのが、母親の狙いであり願いであったから。悟られるわけにはいかなかったのである。
けれど、統護が真に才能に恵まれていたのは、幼少時から母親に英才教育を施されていたボクシングではなく、ボクシングで打倒する為に期間限定で学んでいた寝技系だったのだ。
通常の天才レヴェルならば、いくらコーチ陣が超一流であっても、非継続的なトレーニングでは限界がある。競技者数が少ないマイナー競技ならばともかく、メジャー競技で世界レヴェルに達する事などあり得ないのだ。しかし――統護は違った。
日々行っている堂桜の修練と近代ボクシングという土台があるにしても、統護は休暇を利用してのアメリカ合宿という限定時間でしか、本格的に取り組んでいないレスリング・柔術・MMAという技術において、ボクシングに匹敵する上達をみせていたのである。
すなわち純粋な才能面に限っては……
三度目のグラウンドの最中、統護はオーフレイムに心中で語りかけていた。
(悪いな、オーフレイム。アンタとのボクシングはギリギリの攻防だったけれど、グラウンドはギリギリなんかじゃない。いや、厳密には攻防ともいえない)
オーフレイムの膝関節が不発に終わり、両者の身体の位置が入れ替わった。
統護はオーフレイムのハーフガードをパスガードに成功。
そして主導権を明け渡す。オーフレイムが統護の誘導に従いサイドポジションにきた。
オーフレイムが仕掛けてきたアームロックを回転して逃れ、逆に脇固めを仕掛ける。
その脇固めが防がれるのは予定調和だ。次の展開への布石に過ぎず、統護はオーフレイムのバックを取って、フロント・チョークスリーパーを狙った。
熱かったオーフレイムの汗が冷たくなっている。
ようやく気が付いたか、と統護はチョークスリーパーを外させる。無理に極めにいかないのではなく、意図的に『決めなかった』のである。
グラウンドを止め、統護はゆっくりとオーフレイムから離れた。
戦闘内容を理解したラナティアは呆然となっていた。
オーフレイムはすぐには立ち上がらない。四肢を着いたまま呆然と言葉を漏らす。
「そ、そんな……。バカな」
統護は何も言わない。オーフレイムが察知した真実を告げなかった。
すなわち――統護がオーフレイム相手に、寝技のスパーリングをしていたという事を。
侮っているのでも、遊んでいるのでもない。
しかし実戦の緊張感の中で、このレヴェルでのスパーリングを行えるのは、おそらくオーフレイムだけだろうから、貴重な機会を逃したくなかったのだ。本当に久しぶりに世界レヴェルでの寝技を味わえた。
オーフレイムは「ボクシングが苦手でレスリングが得意」と言った。
それは統護も同じで、決してボクシングが苦手というわけではないが、寝技系技術の方がより得意なのである。短期合宿による集中トレーニングのみで、世界最高峰レヴェルまで上り詰められる程に、超が頭にいくつも付く天才的才能――天賦の才を統護は秘めている。
ようやくオーフレイムが立ち上がった。
「信じられない。俺を相手に手玉に取るだけの神業に等しい寝技を有しておきながら、お前はボクシングに拘っているというのか」
「拘りというか、ボクシングが俺にとって一番合理的ってだけだよ」
寝技だと一対一でしか使えない。
それに相手がタップしなければ、相手の関節を破壊しなければ勝敗がつかない。うまく絞めて失神させられればいいが、しくじれば殺してしまう。
打撃――特にボクシングのパンチならば、身に馴染んでいるので精密な手加減ができる。
KOで倒せる。相手を殺したり破壊したりしなくて済むのだ。
堂桜(蘊奥)の業による打撃は、一撃必倒を昇華させた特殊な技能・技法だ。継承者として未熟な今の統護では、やはり威力の加減が難しい。もっと深く堂桜を極めなければ、相手を一撃で殺してしまいかねない。対みみ架戦で解禁したのは、攻撃を受ける側が黒鳳凰(国宝奥)の継承者という特別だからだ。
超人化している統護が自身のオーバーパワーに振り回されずに、オーバーキルを避けるのに一番適した戦い方――それがボクシングだ。
みみ架が言った様に、オルタナティヴのマーシャルアーツとは根本的に違う。
もう一人の統護である彼女は、寝技系の技術は有していないから。オルタナティヴが取っ組み合いをする姿を、統護は想像できない。彼女は断固として寝技を拒否するだろう。
統護は言った。
「ボクシングが実戦で合理的ってだけじゃなく、俺が寝技を実戦で使えない最大の理由は、そうだな……、次のグラウンドで教えてやるよ」
「いいだろう。お前のグラウンド、この俺が打ち破ってやる!」
オーフレイムがタックルにきた。
《ブラインド・フレイム》を使用しない。統護はあえてタックルを受けてテイクダウンされた。そして、ついに四度目となるマウントポジションになる。
間を置かずに統護から動く。
統護は背中を地面に接して、全身の筋力を最大限に発揮させる。
ぐんっ、と勢いよく上半身を持ち上げた統護は、そのままの勢いで、オーフレイムの両肩を単純に両手で――押した。
圧倒的な膂力により、オーフレイムの巨体が引き剥がされて、後ろへ転がった。
ただのプッシングで、呆気なくマウンドポジションが終わってしまった。オルタナティヴならば、グラウンドにもちこまれたら最初からコレを実行するに違いない。
つまらなげに統護は立ち上げる。
尻餅をついたままのオーフレイムに追撃は見舞わない。
「理解したか? 今の俺の馬鹿げた身体能力だと、実に反則(チート)的な方法だけど、寝技だとこれができちまうんだよ」
単純な作用・反作用の法則だ。
地面に背中をつけて反動をつけて押せば、統護の体重が関係なくなる。
立った状態だと体重に比例した地面との摩擦力のみで、自身に掛かってくる反力を受けなければならないが、グラウンド状態で地面を利用すると全反力を地面――地球に逃がせるのだ。
それだけではなく、その気になれば、オーフレイムの手首を取った瞬間に、力任せに骨ごと関節を握り砕く事さえも、実は容易であった。
喩えるのならば、統護はオランウータンやゴリラ以上のパワーを秘めた、超一流の寝業師なのである。相手を壊していいのならば、組みにいって力任せで充分に過ぎるのだ。
オルタナティヴと同じく、統護もそんな下劣に過ぎる真似をする気は絶対に起きないが。
単なるプライド――そういう意味でならば、みみ架の見立ては外れといえる。
(それに……)
そういったチート的な戦い方では――本当の意味で強くなれない。
強くない。インチキ(チート)頼りでは格下にしか勝てなくなる。そして格上どころか、いずれは同格の相手にさえ勝てなくなってしまうだろう。すなわち弱くなってしまうのだ。
強くなる。いずれ相見えるであろう強敵――格上の相手に勝つ為に、本当の『本物の強さ』を身に付けたい。
だから統護は寝技を使わないのだ。
スタンディングに戻っての戦闘が再開する。
寝技が通じないと知らされて、オーフレイムの動きからキレが消えた。
統護のパンチが次々とオーフレイムにヒットしていく。主導権は完全に統護だ。
しかしオーフレイムも崩れ切らないで応戦する。
ドゴォン!!
双方の右フックが相打ち気味に当たる。二つの打撃音が一つに重なって鳴り響く。
がくん、と片方の腰が大きく落ちる。効いた――のは、オーフレイムだ。
畳みかけにいく統護に対し、オーフレイムが苦し紛れにバックステップして――
――《フレイム・オブ・アイギス》が、炎の弾丸を撃ってきた。
ぎゅぅゴォぉおおゥ!!
間一髪のサイドステップによって、統護は炎弾の射線から身を避ける。
ついに格闘技能だけではなく攻撃魔術を解禁したか、と統護は油断なく距離をとった。
次の攻撃は魔術か? 打撃か?
身構える統護に対し、オーフレイムは愕然と立ち尽くしていた。
「そ、そんな……。俺が、この俺が攻撃魔術を持たない相手に、ま、魔術で攻撃してしまうなんてッ。そんなバカな。こんな事が、こんな事が」
それは、彼にとって生涯で初となる屈辱。
(なるほど、な)
最初のショルダータックルの前にオーフレイムが告げた『ソーサリス・マーシャル・アーツと形容される彼流の魔術戦闘』の真意を、統護は理解した。
「アンタにとっては魔術はあくまで相手の魔術を剥ぐ手段、あるいは格闘戦に持ち込む手段に過ぎないのか。いうなれば戦闘系魔術師を倒す格闘系魔術師の戦闘スタイルってわけだ」
みみ架の戦闘スタイル――【魔導武術】に似ている戦い方だ。
けれど、みみ架は好きで武術をベースとした変則的な魔術戦闘をしているのではない。彼女は純粋な戦闘系魔術師としては欠陥品に等しく、専用【AMP】である《ワイズワード》に頼って、辛うじて戦闘系魔術師として機能する、というのが実情だ。
純粋な戦闘系魔術師としても超一流なオーフレイムとは、ある意味、対極である。
彼は相手を自分と同じ土俵に引きずり込んで、己の強さを誇示する戦い方をしてきたのだ。
オーフレイムの顔が苦しげに歪む。
「ありえん。貴様が俺より強いにしても、この俺が弱者のように、弱者と同じく……ッ」
統護はそんなオーフレイムを一言で断じた。
「確かにアンタは強くて賢いのかもしれない。けれど――傲慢だよ」
あらゆる面でオーフレイムという男は、常に強者側だったのだろう。
だから魔術による攻撃手段のない統護に、魔術で攻撃してしまった事にここまで動揺する。
まさしく人生レヴェルでの屈辱だったのだ。
しかし、それは裏を返せば――
「自分を貫くのはいい。けれど、それを楯に弱者を見下すなよ。安全な場所から相手を攻撃する。無手の相手に武器をとる。相手の武器より強力な武器を手にする。相手にない特殊な能力を使う。こういった事に頼る者を弱者だ、と否定したら、弱いヤツはどうやって強いヤツに勝てばいいんだよ? まさか弱者は常に敗者であれ、実力相応の弱肉強食しか認めないっていうのか?」
己を相手より弱いと認めるからこそ、安全圏から相手を攻撃できる。
己を相手より弱いと認めるからこそ、より強力な武器を手にできる。
己を相手より弱いと認めるからこそ、相手にない能力を使用できる。
全て――弱者が強者に立ち向かい、勝者を目指す為の権利だ。
「魔術で攻撃しちまったから、ここで勝負を放棄するか? 自分が弱者側だと知ってしまったから、アンタが見下していた弱者として勝者を目指す事など、プライドが許さないか?」
統護の言葉で、オーフレイムが我に返った。
皮肉げに苦笑して、首を横に振る。
「いいや。勝負は棄てない。強者としてのプライドを棄てても、貴様への礼儀として俺は勝者を目指そう。ここから先は全ての手段――攻撃魔術を使用してもな」
オーフレイムが炎弾を撃ってきた。
甘い。統護は素早くかい潜り、ショートレンジまでステップインする。
拳と拳の打撃戦。
その最中、オーフレイムは《フレイム・オブ・アイギス》から分身させた『炎の円盤』を、フリスビーのように飛ばしてくる。大きくブーメランして、背後から統護を狙ってきた。しかし、統護はそれを軽々と見切って躱してみせる。
その直後、狙い澄ました統護の左フックが強烈にヒット。
凡庸だな、と統護は感じた。
特に魔術での攻撃を読みやすい。オーフレイムがSMAに拘っていた時と比較すると、他の戦闘系魔術師との特色や差異が消えて、むしろ対処しやすいのである。
おそらくオーフレイムが実戦において攻撃魔術を使用するのは、これが初めてだろう。
いかに規格外の超天才とはいえ、経験不足からくる未熟さと稚拙さは否めない。
(きっと俺もこんな感じだったんだろうな)
この異世界【イグニアス】に転生した当初の統護も、慣れない実戦で、身に付けていた技能をアジャストさせる為に、戦いながら色々と試行錯誤していた。スパーリングと実戦の違いに内心では驚愕していたのだ。今の初々しいオーフレイムは、少し前の自分を想起させた。
グシャァン!! 今度は統護の右ロングアッパーが炸裂する。
しかしオーフレイムは沈まない。ダメージは深刻だが、怯まずに左ストレートを打ってくる。
統護はその左に、右ストレートを外側から被せにいった。
ライトクロス――だが、統護の拳が届く前に、オーフレイムは左肘を捻ってパンチの軌道を外側へと変化させる。統護のライトクロスをアウトサイドへと逸らした体勢になった。
次の瞬間。
オーフレイムが左前腕に装着している籠手――専用【DVIS】が小爆発した。
《デヴァイスクラッシャー》が発動した事による破壊現象である。
顔を強ばらせるオーフレイム。
にぃィ。薄く笑う統護。フェイントだったのだ。
統護はライトクロスではなく、カウンターを囮にオーフレイムの【DVIS】を狙っていた。
【DVIS】を破壊されて、オーフレイムの魔術が喪失する。
オーフレームの肝臓(レバー)を狙い、豪快な左ボディフックを一閃。
だが、統護のリバーブローは空を切った。
バックステップでオーフレイムが躱している。決めにいったパンチだった故に、フォロースルーで半身になってしまい、統護に切り返しの隙ができた。
「お前は必要以上に、ここぞというところでリバーブローに頼り過ぎだな」
読まれていた。いや、研究されていた。
オーフレイムの右打ち下ろしが、統護の頭部に叩き込まれる。
効いた。統護の膝が微かに揺れた。
再びの打撃戦が再開される。
攻撃魔術を交えていた先程より――魔術を失った今の方が、オーフレイムは強かった。
オーフレイムの優勢だ。
攻勢の最中、吹っ切れた顔でオーフレイムが言う。
「戦闘系魔術師としての俺と、俺のSMAは、いわば魔術戦闘に対応する方便に過ぎなかったというのを思い出した。魔術を使わないお前を相手に、魔術なんてモノは邪魔だった。そう。むしろこの俺こそが……」
不純物(魔術)を取り除いた――真実のオーフレイム。
オーフレイムの身心は格闘家時代に還っている。
むろん、戦闘系魔術師を相手に、オーフレイムがSMAなしで戦えるわけではない。けれども、戦闘系魔術師ではない統護相手ならば――
精神的に立ち直り、動きのキレを取り戻したオーフレイムに、統護も応える。
(そうかよ。これが、これが純粋なアンタだっていうのなら、俺も小細工はなしだ)
自分に備わっている『余計な能力』を頭から消す。
(お返しに俺も見せてやるぜ)
余計な装飾を剥ぎ取った――本当の堂桜統護をッ!!
統護の動きが加速する。より無駄がなくなり、キレが増した。
一歩も引かずに応戦するオーフレイムであったが、少しずつ統護に流れが傾いていく。
「お前は強いが――愚かだな、堂桜統護」
「否定はしないよ。俺は頭が悪くてな」
「ああ。お前を研究したが、お前が対抗戦で狙われた理由程度は察しがつく。お前は何か巨大なチカラを秘密にしているな。そのチカラは《デヴァイスクラッシャー》とは別のモノだ」
「それがどうかしたか」
「そのチカラを使えば、お前は誰にも負けないのだろう。けれど、お前は使わない――」
「正解だよ、オーフレイム。確かにそのチカラに頼れば俺は誰にも『負けな』いが、それじゃあ『勝った事にはならない』からな」
オーフレイムに言った様に、統護は自身が傲慢だと思う。
最強の能力でコーティングする。最強の武器でコーティングする。最強の立場でコーティングする。最強の財力でコーティングする。最強の権力でコーティングする。
そういった類のメッキ(強さ)を、統護は欲しているのではない。
統護本人が、堂桜統護そのものが強く在りたい――と、決意しているからだ。
護る為に。愛する女達や大切な友達、その他の全てを。
だから。
「愚かなのは自覚しているさ。けどよ、バカでなければ、大馬鹿にならなければ……
――最強なんて馬鹿げたものを目指せるかよ!」
だから、可能な限り己自身が強くなる為の戦い方をする。
打撃戦では押し切られる、と判断したオーフレイムが流れを変える為にタックルを狙った。
反応した統護は、タックルを受け止め、次の瞬間、リバーブローを炸裂させる。
くの字に折れるオーフレイムの巨体。
統護の右拳が唸った。真っ直ぐに伸びる。ボクシングの右ストレートというよりも、蘊奥(堂奥)の業としての右正拳だ。
ドドォゥ!!
これも読まれていた。左ボディをダブルで打たれる可能性を慮外して、オーフレイムはクロスアームブロックで、統護の右拳を眼前で遮断した。
振り抜かれた統護の右によって、オーフレイムの身体が後方に大きくズレる。
距離が開いて、攻防が一区切りつく。
目の前を覆った両腕をゆっくりと下ろすと、オーフレイムが微笑んだ。
「いい拳だ。身体の芯に響くだけではなく、まるで心と魂にまで響いてくるようだ」
統護は追撃にいかない。オーフレイムの言葉に耳を傾けた。
「勝ち負けなど、お前の拳の前には些事だと感じてしまう。おそらく俺はこのまま敗れるだろう。だが、まだまだお前の拳を堪能させてもらうぞ。この至福の時間を楽しませてもらう」
統護とて同感である。
できる事ならば、このオーフレイムという素晴らしい男といつまでも拳を交えていたい。
しかし。
「悪いな、オーフレイム。俺も同じ気持ちだが、生憎と時間が限られている。よって次の一撃にて、この戦い、終わりにさせてもらうぜ。決められなきゃ、アンタの勝ちでもいい」
一撃でのKO宣言。
オーフレイムだけではなく、見守るラナティアも驚愕した。
ふむ、と呟いて、ポアンは興味深そうに両目を細める。
統護はゆっくりと構えをとった。母親譲りのボクシングのオーソドックス・スタイルを。
戦闘再開だ。そしてこれがラスト・コンタクト(決着)になる――
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本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。