第三章 賢者か、愚者か 6 ―統護VSオーフレイム③―
スポンサーリンク
6
打撃での攻防からでは、統護にはタックルを決められない。
これまでの攻防でそう判断したオーフレイムは、打撃による崩しを棄ててダイレクトにタックルを狙うという選択肢を採った。
今度のタックルは先程までの姿勢を低くしたレスリング式ではなく、ラグビーのような体当たりだ。
オーフレイムが左の肩口から突っ込んでくる。凄まじい切れ味と迫力だ。
統護はオーフレイムを引きつけて、余裕をもって右側へとサイドステップして躱す。躱し際に右ストレートを、さながら闘牛士のごとくオーフレイムの側頭部に突き刺した。
だが――浅い。
オーフレイムは闘牛とは違う。避けられる事を前提として、統護の拳から逃げるように、右側へと切り返していた。ゆえに統護の右は追いパンチとなっていた。
直接、タックルからのテイクダウンを狙いにいく最大のデメリットは、左右への動きで躱されて、カウンターをもらいやすい点である。ゆえにセオリーとして打撃から入るのだ。
走り抜けではなく、切り返しによるターンを選んだオーフレイムの足が、慣性をクッションする為に完全に止まる。
間合いは統護に有利だ。統護は右ストレートから左フックに繋げる。
上半身を沈めてオーフレイムが躱す。その姿勢のまま、レスリング式のタックルにきた。
ミスブローした事により、一転して統護のパンチからオーフレイムのタックルに適した距離になっている。
統護はバックステップ――ではなく、前に踏み込んだ。
真正面からの激突だ。
タックルは見切っている。下からかち上げるように、オーフレイムのタックルを受け止める。
ずぅドォン。肉と肉がぶつかる甲高い音が鳴る。
統護の両足の筋肉が、オーフレイムの体重と衝撃を吸収してパンプアップした。
だが、統護は吹き飛ばされずに、そのまま両者はガッチリと停止する。
四つ相撲に近い体勢だ。
「な……に!?」
スプロールではなく前に出た統護に、オーフレイムが驚愕の顔になる。
相手がヘヴィ級であっても、超人化した肉体により統護がパワー負けする事はない。
しかし、物理的な重量差と質量差からくる地面との摩擦力の違いは、いかに超人化した肉体であろうが、如何ともしがたいのも現実である。
瞬時に状況を理解して思考を切り替えたオーフレイムは、組んだ状態から投げにいった。
共に上半身に衣服をつけていないので、彼が使うのは払い腰めいた投げ技だ。
力任せではないが、体重差を利用した巧妙な投げである。
軽量の統護では物理的に堪えられない。
その投げに、統護は対鈴麗戦で披露したクンフー(功夫)の応用で対抗した。重心操作の妙による消力を発動させ、辛うじて投げ技から伝えられるベクトルの無効化に成功する。
払い腰が不自然に途中で止まり、その摩訶不思議さに愕然となるオーフレイム。
投げの反動で両者の姿勢が四つ組みに戻る。そして刹那の停滞。
とん。
密着した体勢が継続する中、統護は右拳をオーフレイムの脇腹に添える。
狙いはワン・インチ・パンチ――寸勁だ。
だが、オーフレイムは密着状態を強引に振り解いて、大きく後ろに退避してしまった。
発勁のトリガーとしての震脚の予備動作に入っていた統護は、追撃できない。
オーフレイムが微かに苦笑した。
「お前の発勁は対抗戦で観ている。少しばかり発動までのタイムラグが大き過ぎるな」
「ああ。自分でも痛感しているよ」
統護も苦笑を返すしかない。
欲張らずに、ここはショートのボディブローを確実に当てにいくべきだったか。
(いや……、そうじゃない)
統護は思い直す。それでは、いつまで経っても自分の発勁は進歩しない。次に同じ様なケースになっても、やはり寸勁を試みるのだ。トライしなければ成長などないのだから。いつかは、みみ架が操る発勁のレヴェルに追いつき追い抜かす――と心に秘めている。
オーフレイムが再びショルダータックルの姿勢になった。
統護は気持ちを引き締める。先程の攻防――明らかに失敗前提で、統護の反応を確認しにきていた。それが終わった今、間違いなく次のショルダータックルが本番だ。
待ちではなく先手を取るべきか? 統護は迷う。
ショルダータックルに対しては待ちが得策だが、次に繰り出されるのが単なるショルダータックルとは思えない。カウンターチャンスを放棄してでも、自分から前に――
前に出ようとした統護の機先を制するように、オーフレイムの【ワード】が響いた。
「――《ブラインド・フレイム》」
ごぉぉおおおぅぅぅぉぉオオオオオっッ!
炎の壁が発生する。
魔術師であるオーフレイムを発生点として、左右対象に弧を描く軌跡で、炎の壁が展開。
統護の真後ろで壁は結ばれ、炎の円筒となった。あえなく統護は閉じ込められる。
基点となったオーフレイムは壁の外だ。
(なんだ!?)
魔術攻撃のはずだが、異質である。
使用エレメントが【火】という事は間違いないはずだが、輻射熱を感じない。
かつて《神声のセイレーン》が『音の壁』でオクタゴンを生成して、オルタナティヴを閉じ込めたが、それと同じく『炎の壁』によって戦闘区域を制限しようというのか。
いや、それならばオーフレイムが円筒の外にいるのは不可解だ。
ぎゅぅおんッ!!
炎の円筒が径を縮小し始めた。
縮小と同調して、オーフレイムがタックルを敢行してくる。
意図を察した統護は、右腕を水平に振るって、渾身の魔力照射を行った。
誰もが魔力照射できるが、通常ならば【魔導機術】システムを介して魔術プログラムに作用させなければ、全くの無意味である。魔術的な現象は何も起こらない。
だが《デヴァイスクラッシャー》と異名される統護の魔力だけは例外だ。直接、打ち込めば【DVIS】を破壊するのみならず、照射によって発現している魔術現象をジャミングして、ノイズを発生させるのだ。
統護の魔力を照射された『炎の壁』にノイズが走る。
しかし――『炎の壁』はジャミングに耐えた。
ノイズは一瞬のみ。オーフレイムの魔術強度は強固で、統護の魔力照射では打ち破れない。
完全な判断ミスだ。貴重な一瞬を無駄に消費してしまった。
縮んでいく『炎の円筒』に圧迫されていき、統護は逃げ場がなくなっていく。
この《ブラインド・フレイム》という魔術は、攻撃用ではなく文字通りの目隠し用だ。
オーフレイムのタックルが肉薄する。
さらに真正面から、左右にフェイントを掛けてきた。
統護は左右に動けない。ほとんど行動範囲を『炎の円筒』に束縛されている状態だ。
多少の火傷を負ってでも体当たりで『炎の円筒』からの脱出を試すべきか。
オーフレイムが左にステップを刻んで、横からのタックルに変化する。
同時に、『炎の壁』――《ブラインド・フレイム》が消失。
これには意表を突かれた。
相手から解除するとは想定外だ。唐突に開かれた視界に、統護の反応が遅れる。
オーフレイムのタックルによって、ついに統護はテイクダウンを許してしまった。
すかさず馬乗り体勢――マウントポジションに移行するオーフレイム。
あまりの見事さに、統護は半ば感心してしまう。改めてこの男の実力と強さを実感した。
これでボクシングを封じられた。
ここから先は――グラウンドの攻防になる。
統護を見下ろすオーフレイムの瞳は、冷徹そのものだ。
グラウンドに入ったぞ、と前置きすると、彼は落ち着いた表情でこう言った。
「……お前の最強は本物か? それとも偽物か? さあ、俺に示してみせろ堂桜統護」
普段とは台詞が異なっているオーフレイムの『審判の問いかけ』だ。
統護は理解する。グラウンドに持ち込まれた彼の対戦相手は、誰も歯が立たなかったのだと。
グラウンドこそオーフレイムという戦闘系魔術師の本領なのだ。
本物か? 偽物か?
統護はオーフレイムの粛々とした視線を見つめ返す。
(示してみせろ、か)
いいだろう、オーフレイム……
ニィィ――。統護の双眸が爛々とした光を灯し、両頬は微かに持ち上がっていた。
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。