アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第5部(第11話)

第二章  見えない敵 4 ―視察―

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         4

 アリーシア・ファン・姫皇路は、極秘でファン王国に戻っていた。
 旅路については、特にトラブルはなかった。
 護衛を請け負ってくれた友人のみみ架は、行きの便を用いて、そのままニホンに蜻蛉帰りである。みみ架はみみ架でニホンでやるべき事――雪羅の護衛とフォローがあるのだ。
 現在のアリーシアには、みみ架から引き継いだ別の特別SPが付いている。
 彼等は彼等で、かなり無理を押して任務を受けて貰っていた。
 頼みのエリスと和葉は、反王政派の監視を欺く為、未だニホンにいる。アリーシアのニホン不在が知られる頃合いを見計らって、護衛隊を本国に引き戻す。
 防弾処理されているスモークガラス越しの景色――ニックラウドの街を、アリーシアは重たい気持ちで眺めていた。行方がロストしている統護と締里への心配で、胸が張り裂けそうだ。
 可能ならば特務隊のエージェントをフォローに回したい。
 今は車の中。
 たったの半日ではあるが、積み重なっているスケジュールの合間を縫って、どうにか極秘でニックラウドを訪問する都合がついたのだ。
 超高級車の後部座席は広く、一列で四名座れて、全部で四列ある。
 アリーシア付きの専属侍女三名は別の列に着席している。
 同列に座っているのは、特別SPの二人だ。

「アカン。アカンでぇ。なんやオモロない街並やなぁ」

 現代ニホンでは、どの地方であっても、若者は標準語に近いニホン語を話す。例えば北海道の『しばれる』や中部地方の『えらい』といった言い回し等は残っているが、それでも全体としては、関東地方の言葉遣いと、ほぼ違いはない。それが現代若者のニホン語である。
 しかしアリーシアの隣に座る少女は、胡散臭いエセ関西弁を駆使するのだ。
「黙れよ、姉貴。そういう事は、思っていては口に出すんじゃねーよ」
 エセ関西弁の少女を、彼女の弟が苦い口調で窘めた。
 彼の名は――風間一太郎。
 そして、一太郎の姉は二三子だ。
 高校三年の姉と高校二年の弟。姉弟ともに、関西一の魔術名門校――【関西魔術大学付属高校】に学籍を置いているが、特別処置でファン王国に遠征しているのだ。
 過日の対抗戦で友人関係になったこの姉弟二人が、アリーシアの特別SPである。
 二人は若手最強候補に類される【ソーサラー】にして――現代忍者だ。
「思っている不満を溜め込んでストレスにするから、そんな湿気た顔になるんやで、一太郎」
「関係ねえよ、クソ姉貴」
 二三子の言う通りに、確かに一太郎の容姿はお世辞にも明るくない。
 顔立ちは地味系そのものであり、加えて目の下に濃い隈ができている。髪型も洒落っ気には乏しく、不潔ではないが、乱雑な印象のボサボサ頭だ。
「お姉ちゃん大好き、と素直に言えれば、一太郎も少しはマシな顔になるで」
「アホか。それから姉貴の顔だって大した面じゃねえだろ」
 一太郎は備え付けのおしぼりを開封すると、おもむろに二三子の顔に押しつけた。
 ゴシゴシと擦りつけ、姉の化粧を落としてしまう。
「こ、コラッ! なにすんねん!!」
 二三子は慌てておしぼりを払いのける。やや派手めのメイクが落ちた貌は、弟と同じく地味な造りであった。整っていないわけではないのだが、華に欠け、あまり見栄えがしない。
「化粧抜きだと俺と大差ないだろ、その面」
「ちゃうねん。化粧映えする万能的な素材なんやで、ウチの顔は!」
 二三子はメイクを始める。手慣れた素早さで、あっという間に貌が彩られていった。
 貌の印象が一変した。やや大人びた美少女フェイスだ。変装といっていい変わり具合である。
 姉弟のやり取りに、アリーシアは苦笑する。
「ホント、仲が良いわね」
「誤解だ姫サン。俺は姉貴と血が繋がっている事が最大の屈辱なんだ」
「せやなぁ。義理の姉弟なら結婚できる――と、一太郎が苦しんでいるの、知っとるで」
「テメー。出鱈目を喋るのは止めやがれ」
「マジで怒るなや。シャレの分からないやっちゃなあ、ホンマ」
 付き合いきれない、とアリーシアは肩を竦めた。

 

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 いよいよ、問題となるレアメタル採掘工場の正門に到着した。
 アリーシアとしては統護と締里を捜したいが、今は不確実な事に、貴重な時間を避けない。
 確実にやれそうな事から、堅実に着手するのだ。
 敷地を囲っているのは、金網フェンスではなく、全て高さ五メートルを誇る壁である。
 つまり敷地内を観光客から隠している。

 採掘現場――鉱床は広大だ。

 住宅地域を除くニックラウドのほとんどを占めている。
 効率を考えるのならば、鉱床を敷井で区切るのはナンセンスである。だが、このニックラウドの街では、第一~第六までナンバーを割り当て、各採掘工場として独立させているのだ。
 民間の鉄鉱会社ではあり得ない事だが、国が独占して街ごと管理しているが故に、この様な形態での製造ラインが可能なのだろう。
 少なくとも、アリーシアはそう説明を受けていた。
 一般的にもそう解釈されている。
 だが、統護と締里のミッションが発案・検討・遂行されるにあたって、アリーシアの認識が変化していた。ルシアから指摘を受けた事も大きい。
 レアメタル(マイナーメタル)と呼ばれる鉱石の製造過程は、その種類にもよるが、基本的にはベースメタルの製造と大差はない。
 鉱石の採掘→粉砕→製錬だ。
 このニックラウドの採掘工場では、製錬の先、原石としての成型と商品としてのパッケージング、最後の出荷までもが工程ラインに組み込まれている。
 基本的には、第一~第六の各工場全てが独立して全製造ラインを行えるのだ。

 唯一、検査室による検査作業を除いて。

 検査員がレアメタル管理総責任者を兼任する、たった一名というのが理由だ。
 検査室だけは一つしか存在しない。
 六つのレアメタル製造工場は、この検査室を囲うように建造されている。製錬された鉱石は検査室に運び込まれて、ロ・ポアン・ゼウレトスのチェックをパスした鉱石のみが、成型される原石として各工場へと送り返されるのだ。そして成型とパッケージング、最後に商品としての品質チェックを経て出荷となる。
 アリーシアが極秘で工場に赴いたのは、建前としては見学と畏敬訪問だが、ロ・ポアン・ゼウレトスへの面会が真の目的である。
 統護と締里の行方が分からないのならば、アリーシアが特製レアメタル――《アスティカ》を受け取ってしまえれば、と考えての行動であった。
 アポイントは取れなかった。
 たとえ王族相手でも多忙につき面会時間を捻出するのは困難、という一点張りだ。
 ポアンはそれだけの発言力を持つ人物なのである。
 アリーシア達を乗せた高級車が駐まったのは、第一工場の正門だ。
 他列の後部座席に控えていた侍女の一人が、正門脇にある警備室に話を通しに行っている。
「見学、OKになりました」
 戻ってきた侍女がそう報告した。許可に二十分を要している。
 見学許可は条件付きだった。敷地内に入れるのはアリーシアとSPの二名だけだ。
 撮影と録音は一切不可。SPが所持している専用【DVIS】と専用【AMP】以外は、全ての荷物を車内に残すか、正門の警備室に預けていく事になる。
 むろん自由に動き回れるのではない。

「お待たせ致しました、アリーシア姫様」

 ガードマンが一名、案内役も兼ねてアリーシア達に随行する手筈だ。
 実質は監視であるのは瞭然だが。
 大柄で屈強そのもののガードマンが、敬礼と共に毅然と自己紹介する。
「私はマウシリオ・オーフレイムと申します。この工場全ての警備態勢と安全管理を取り仕切る防災センター所長の任を預かっている者です」
 浅黒い肌の色が彼の人種を雄弁に示しているが、この王国の企業は肌の色で役職を差別する風潮はない。ホワイトとカラードの区別が少ない世界で有数の国である。
 警備部門の総責任者がアリーシアの為に出てきた。
 しかし、当然といえば当然であろう。アリーシアはこの王国の王女で次期女王なのだ。
 世界中でシェアを伸ばしている【堂桜セキュリティ・サービス】であるが、このレアメタル採掘工場には進出できていない。いくら堂桜とファン王家が懇意であってもだ。
 二三子と一太郎がオーフレイムを見て、奥歯を軋ませた。
 一太郎が震える声で言う。

「テメエ……ッ!! マウシリオ・キラー・オーフレイムじゃねえか」

 キラー(殺人者)という剣呑なミドルネームに、アリーシアはギョッとなる。
 改めて彼を見るが、殺人者には見えない。
 警備隊を束ねるだけあり強靱そのものといった体格だ。警察官に近いニホンの警備用制服とは異なり、オーフレイムが着ている警備服は軍服にイメージが近い。
 世界基準での大柄――つまり堂々たるヘヴィ級の肉体なのは、服の上からでも判る。
 実直そうな貌。知性が欠けているとはアリーシアには思えない。
 オーフレイムは一太郎の言葉に、表情を変えなかった。
「キラー・オーフレイムとは過去の異名です。今の私はこの工場の安全を任されているガードマンですよ、お客様。私の過去に気分を害されたのならば、本当に申し訳ありません」
「おい。ふざけるなよ。なんだよ、その態度」
 アリーシアには一太郎の方がおかしく思える。オーフレイムの丁寧な物腰と言葉は、職務に忠実で、かつ文句のつけようのないものだ。
 不可解に包まれているアリーシアに、二三子が説明した。
「この男がこんな場所で警備部門の責任者やっておるとは、ウチも驚いておる。キラー・オーフレイムは、格闘技界および戦闘系魔術師ソーサラーの間じゃ、世界レヴェルで有名な男やで。つか、姫はんは知らんかったんか」
 二三子の説明に、オーフレイムが「誤解の無いように」と捕捉を加える。
 要約すると――
 マウシリオ・オーフレイム、現在は二十九才。
 黒人系のファン人。二十七才までアメリア国籍で、二年前にファン王国に帰化した。
 離婚歴は二回。現在は独身で元妻二人との間に子供はいない。
 他の親類縁者はアメリア国籍のまま、アメリアに残しているので、ファン人としてオーフレイムは天涯孤独といっても語弊はないだろう。
 アメリアのハーバード大学をトップクラスの成績で卒業しているインテリであるが、同時に彼は高校時代からボクシングとレスリングで全米レヴェルの実力を発揮していた、超エリートアスリートでもあった。世界選手権でのメダルも合計で四つ、獲得している。
 ボクシング、レスリング、どちらを選んでもオリンピック金メダルを確実視されていたが、オーフレイムが選択したのは総合格闘技――MMA(ミックスド・マーシャル・アーツ)であった。
 そこに行き着くまでに、彼はボクシングのスパーリングで三名、試合で一名、レスリングの試合で二名、相手に不幸な事故を見舞っていた。むろん法的に殺人罪には問われなかった。
 つまり表立ってではないが、アマチュアスポーツ界から追放されていたのである。
 プロ格闘技に身を投じたオーフレイムは様々なメジャー団体を渡り歩き、ことごとく対戦相手を破壊しまくった。三度目のリング禍が決定打となり――プロ格闘技界からも追放された。
 合計で九名も殺したのだ。ルールに則っての試合のはずなのに、異常な数字だ。
 そしてオーフレイムは【ソーサラー】になる。
 魔術師になれない者ではなく、アスリート資格を失わない為に、魔術師の道を選ばなかっただけの、正真正銘の天才がマウシリオ・オーフレイムという男だ。
 オーフレイムが戦闘系魔術師ソーサラーになったのは生活や職の為ではなく、当然――……
「この男、戦闘系魔術師ソーサラーに転向して三年で、世界中の様々な【ソーサラー】に喧嘩を売りまくって、壊しまくったんやで。日常生活レヴェルで再起不能なら可愛いもんで、ノン・リーサルが利点の魔術戦闘なのに、五名も殺してる。魔術師同士の事故扱いとはいえ酷過ぎや。当然ながら誰にも相手にされなくなって、二年前あたりから噂を聞かなくなったと思うたら」
 険しい表情の二三子に、オーフレイムは穏やかな顔で言った。
「ええ。新しい若き才能が育つまで、私は戦闘者として隠居しようと思いまして。少々大人げなく乱獲しすぎた様でした。このままでは獲物が絶滅してしまいかねない。ちなみに、例の対抗戦ですが、興味深く観させてもらいましたよ。生観戦ではなく衛星中継でしたがね」
 この『魔法の王国』は何より魔術の実力と才能が最優先――黒人系の移民としては実に生活しやすい国だ、とオーフレイムは微笑んだ。落ち着き払った大人の顔である。
 オーフレイムを睨み付け、一太郎が訊いた。
「それで? テメエのいう『新しい若き才能』は育っていたか?」
「《デヴァイスクラッシャー》と黒鳳凰の少女は、もしも私があの場にいれば、すぐにでも戦いを挑んでいましたね。あの二人はそれ程でした。素晴らしいといっていい。特に堂桜統護。ひょっとしたら縁があるかもしれません、と期待していますよ」
「他は?」
「そうそう、《スカーレット・シスターズ》とやらの一号もなかなか。ただし、アレはちょっと私の分野とはタイプが異なりますかね。やはり私が強く興味を持ったのは、あの二人です。他はまだまだ未熟ながら今後に期待といったところですか」
 一太郎は肩を振るわせて拳を握り込んだ。
「それだけかよ……ッ!!」
「ちょ、ちょっと一太郎くん?」
 今にも飛びかかりそうな一太郎に、アリーシアは狼狽する。
 二三子が一太郎の怒りの理由を教えた。
「あの男に破壊された格闘家、そして戦闘系魔術師ソーサラーにウチ等『戸隠流』の門下生もおるんや。殺された……、いや、事故で亡くなった人も」
 怒りを押し殺しているのは、一太郎だけではなかった。
 後にアリーシアは知るが、オーフレイムとの試合でリング禍に見舞われたのは、彼等の従兄弟である。仇討ちと挑んだ門下生も、五名ほど再起不能にされていた。
 姉弟の感情を無視して、オーフレイムはアリーシアに告げる。
「では急ぎましょう。予想外に時間を食ってしまいました。許可が下りた見学時間内に、可能な限り多くの施設内をご案内したいと思っておりますので」
 先導しようと背中を向けたオーフレイムに、一太郎が牙を剥く。
「舐めるなよ。まずは、そのふざけた口調と態度を止めやがれってんだ!」
「黙らんかい一太郎。そういう事は思っていても、口にせずに我慢するんや。今は姫はんの護衛任務――要するに仕事中やで。ウチ等はプロや。TPOを弁えるのは最低限やで」
「でも、姉貴っ!!」
「ウチは黙れと命令したんやで、――『次代の』風魔小太郎」
 オーフレイムはビジネスライクな態度を崩さず、アリーシアに提案した。
「どうやら護衛のお二方は私と戸隠流の過去について、抑えきれない感情、ご不満を抱えている様ですね。誠に申し訳ありません。それでいかがでしょう、アリーシア姫様。お二人はこの場に残って頂いて、私が責任をもってご案内する、というのは?」
 明白に護衛失格の烙印を押されて、二三子は俯く。しかし反論できない。
 一太郎がアリーシアに懇願した。
「頼む姫サン。友人としてのアンタに頼みたい。莫迦いっているのは自覚している。だけど、男だったら見逃せない時、退けない時ってのがあるんだよ」
 あり得ない台詞に、二三子が右手を振り上げる。
 しかし、二三子の平手が一太郎の頬に当たる前に、アリーシアが二三子の手首をキャッチして止めていた。小さな嘆息、そして苦笑を浮かべた後、アリーシアは表情を引き締める。

「いいわ。一太郎くんの気持ちを汲みましょう。我が臣下、マウシリオ・オーフレイムよ。ファン王国第一王女として命令します。本当の貴方で私の友人の気持ちに応えなさい」

 

 

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