第一章 魔法の王国 4 ―石化―
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ガン、という鉄壁を殴りつけるような銃声。
オリガの銃口が火を噴いた。
ラグナスが被っているキャップが派手に吹っ飛ぶ。
キャップの中で束ねていた頭髪が、大きく広がって――その形状を変化させていく。
弾頭はラグナスの前で止められている。
より正確な表現をすると、ラグナスの頭髪が編み上がり、彼女の前面をガードする蜘蛛の巣状の壁になっていた。その頭髪に弾頭が絡み取られているのだ。
これが魔術現象の絶対的な優位性である。
物理現象を上書きして顕在する魔術現象は、物理現象よりも上位の事象なのだ。
特に【結界】における科学兵器への優位性は絶大で、【魔導機術】の発展を底上げしている。戦争や国防に使用するという観点ならば、大量破壊兵器・ミサイル・レーザー砲・レールガン・戦闘機――等の科学兵器の方が有用であるが、逆に個人戦闘だと戦闘用魔術は、ハンドウェポンの遙か上の有用・優位性を誇っているのだ。
ラグナスの額が光っている。
彼女の専用【DVIS】――ヘアバンドに仕込まれている宝玉の灯火である。
蜘蛛の巣状になった頭髪がラグナスの【基本形態】ではない。
純粋な頭髪だけではなく、フルウィッグ(付け毛)と合わさって――数多の蛇と化した。
シャァァァアァアアアアアアッァアアアァァッ!!
唸り声を響かせ、蛇の群が獰猛に威嚇する。
「どう? これが私の【基本形態】――《ゴルゴーン・スネーク》よ」
ラグナスが発現させた【基本形態】に、統護は息を飲んだ。
神話におけるゴルゴーンの概要は知っている。そのゴルゴーンを名付けているのならば、やはりゴルゴーンの神話に従った魔術特性なのか?
魔術理論の実践には、エレメントを組み込む事が必須である。エレメントを組み込まなければ、【魔導機術】は成立しない。そして、使用するエレメントによって魔術の方向性や系統が決まってしまう。これは魔導学において『魔術特性』と定義されていた。
(あの魔術のエレメントは何だ?)
統護はロイド・クロフォードの《ミッドナイト・ダンシング》を思い浮かべた。
ロイドの【基本形態】も頭髪を変化させるタイプだ。
分類としては『魔術現象によって己の一部を変化させる』タイプの【基本形態】である。これは最も稀少といえるタイプかもしれない。
他にも、一番スタンダードな『魔術事象を身に纏う』タイプ。
これ等のタイプは、術者が近接戦でKOされるリスクが高い反面、術者がKOされなければ魔術を維持しやすい戦闘スタイルとなる。
魔術によって創りあげた『魔術幻像を従える』タイプ。
それに【使い魔】や【ゴーレム】を使役するタイプ。
こういった術者との分離型は、幅広い戦術が可能となる反面、【基本形態】を相手の魔術で破壊されて、魔術が強制シャットダウンしてしまうというリスクを背負う。
巨大な魔力総量と意識容量を要するが、オリジナルの【結界】を【基本形態】とする戦闘系魔術師も極少数だが存在している。
また、分類不能とされる特殊型の【基本形態】を使用する戦闘系魔術師もいるが、その場合は魔術そのものもスタンダードな運用から外れている場合がほぼ全てだ。ほとんどが汎用性を犠牲にした一発芸に近い魔術でもある。
派生魔術を瞬時かつ自在に制御するのに最適な【基本形態】であるが、その反面、【基本形態】によって相手に魔術特性のヒントを与えてしまう。
統護は思い出す。ロイドのオリジナル魔術は【火】のエレメントだった。
変化させた頭髪を導火線として操る魔術だ。
ならば、ラグナスも同系統か?
ラグナスの《ゴルゴーン・スネーク》を目にしたオリガは、自分も戦闘用の【魔導機術】を立ち上げようと――
頭髪の蛇の一匹が、うねりながら伸びていき、オリガの頬に牙を突き立てる。
ジャオッ! 間一髪、ヘッドスリップで躱すオリガ。
蛇は翻ってラグナスへと戻る。
避けたが、しかしオリガの頬には、牙による紅い筋が刻み込まれてしまった。
負傷を気にせずに、オリガは「ACT」と唱えようとする――が【ワード】が言えない。
ラグナスが見下した目を向けて嗤う。
「オーリャ。貴女が複数の【基本形態】を持っているのは知っているわ。ヨーイ、ドンで先手必勝ではなく、相手の【基本形態】と魔術特性を見てから、カウンター的に最も有用な【基本形態】を選択するって戦い方もね」
通常、天才揃いの【ソーサラー】とはいえど、その魔術師人生で探求可能なエレメントは、実質、一つといっていい。むろん例外的に複数のエレメントを同時に同レヴェルで研究して、魔術理論を開発できる超天才もいるが。
ゆえに通常の戦闘系魔術師の【基本形態】は一つだ。複数の【基本形態】を開発・所持していてもメイン用とサブ用で、その性能と使用場面は異なっている。
だが、複数のエレメントを同時に研究・開発する魔術師以外にも、複数のエレメントと【基本形態】を操れる魔術師も存在するのだ。
それが締里やオリガといったエージェント魔術師である。
エージェント魔術師が使用する魔術理論および【基本形態】は、彼等用に開発されたベース理論を基に、各個人用にカスタマイズされている代物だ。
シンプルかつ使い易さに重点が置かれている【基本形態】となっている。
エージェント魔術師は、この規格化されたカスタマイズ用【基本形態】を、実戦で扱えるように訓練されている。
とはいえ、それ以外にも己のオリジナル【基本形態】を、開発・所持しているエージェント魔術師も多いのだが。効率云々という話ではなく、それが魔術師の性ともいえた。
統護はオリガの口元の変化に、目を見張る。
オリガの頬から顎下まで――石化していた。
石化現象が《ゴルゴーン・スネーク》の魔術特性か。
統護の疑問に答えるように、締里が言った。
「使用エレメントは【地】ね。なるほど、ゴルゴーンを名乗るだけの【基本形態】だわ」
魔術における基本エレメント――四大エレメント『地・水・火・風】の【地】である。
基本エレメントとは別に、特殊(特化)エレメントと呼ばれる系統も存在する。『光と闇=両儀』や、光から派生する【雷】、水から派生する【雪】に、闇から派生する【影】、他にも【重力】や【ベクトル】といった四大エレメントに括れないもの全般を指す。
発展性と汎用性に優れている『地・水・火・風』に対して、特化エレメントはオリジナルティと特異性に秀でていると認識されている。
ラグナスは《ゴルゴーン・スネーク》を蠢かせながら言った。
「その通りよ。私の使用エレメントは【地】で正解。《ゴルゴーン・スネーク》の基本性能として組み込まれている魔術攻撃は《ストーン・バインド》というわ」
基本性能――デフォルトで発揮できる魔術特性の為に、《ストーン・バインド》の発動には、派生魔術用の【ワード】を要さないのだ。【結界】を【基本形態】とする場合に常時発動している【結界】効果と同一である。
この石化は抗魔術性くらいでは防げない。それに【基本形態】による魔術抵抗(レジスト)を試みたとしても、そう易々とは抵抗させないだけの魔術強度と魔術密度を誇るのだ。
魔術の起動を封じられたオリガの判断は早かった。
銃口をラグナスの右肩から自身の右側頭部へと持っていき――自決を狙う。
予想外の光景に、仲間の男達が青ざめる。統護は「やめろ!」と叫ぼうとした。
しかしオリガはトリガーを引けない。
ラグナスが余裕の表情で言う。
「人質になって締里の足枷になるのならば自殺――くらいは読めるわ」
拳銃を持つ右手首から上が、綺麗に石化している。
《ストーン・バインド》の効果だ。
頭部への一撃を躱された際に、蛇はそのまま戻らずに、翻って右手首に傷を負わせていた。
ラグナスによってオリガの自決が阻まれて、統護は心底から安堵した。
男達の中の誰かが、声をあげる。
「もう止せ二人とも!! 仲間割れしている場合かよ!?」
チッ、と忌々しげに舌打ちし、ラグナスは《ゴルゴーン・スネーク》の蛇を束ねて、その声の主を攻撃した。石化攻撃ではなく、蛇頭による打撃だった。
ラグナスの意識が自分から逸れた一瞬を、オリガは見逃さない。
彼女は間合いを詰めて、ラグナスの頭部へ右ハイキックを繰り出した。一撃KO狙いだ。
《ゴルゴーン・スネーク》の蛇を遠方に飛ばした為、蛇群の基点となっているラグナスの頭部と上半身は動きが制限されている。回避動作はとれない――
ドガァッ!
「甘いわ、オーリャ」
右ハイキックを避けるのではなく、ラグナスは丁寧に両腕でガードしてみせた。
片腕でのガードならば、ガードごと蹴り抜かれる威力だった。
苦し紛れの我流ではなく、高度な訓練を受けた者にしか体現できない防御技術である。
ラグナスの防御技術の片鱗に、統護は意識を引き締める。ラグナスは――強い。
左腕のガードを残したまま、ラグナスは右ボディストレートをオリガの下腹部に打った。
格闘技の試合ならば反則になるローブローだ。
分厚い腹筋とは違い、腰から下にある下腹部の筋肉は薄い。そこへ拳がめり込む。
確固たる格闘技術を用いた荒々しい喧嘩殺法だ。
口元が石化しているので、オリガは小さな呻きさえあげられなかった。
嘔吐感を促す激痛に、オリガの動きが止まった。
ラグナスが勝ち誇る。
「私のモットーは『相手が強かろうが弱かろうが、可能な限り実力を発揮させずに一方的に勝つ』なのよね。そんな私に先手を許したアンタの作戦負けかしら。実力はオーリャの方が上かもしれないけれど、私は実力勝負には拘らないから。単に結果として勝てばいいの」
蛇の群が、オリガの四肢に噛み付いた。
肌に牙を撃ち込まれたオリガは、抗魔力性を限界まで振り絞って抵抗を試みる。
だが、頭部を除いた全身が石化していく。抗魔力性のみでは魔術効果を打ち消せない。オリガだけではなく、着ている衣服まで硬化してしまった。
ラグナスは仲間の男達に言った。
「いい!? これで分かったでしょう? 今後、私の方針に逆らったり異を唱えたりしたら、どうなってしまうのか。頼むから、私を怒らせないでね」
男達は一斉に頷き返した。
「そ、そういえば……、裏切り者がいるかもって噂があったが、やはりオーリャだったのか」
「王政派からの二重スパイだったのかもな」
「オーリャの扱い、どうするんだよ、ラグナス」
「本当に人質にするのか?」
次々に沸き起こる不協和音。
統護は男達の良心に一縷の望みを託す。この後の展開はともかく、彼等の仲間であるはずのオリガが、仲間から人質にされるなんて光景は見たくなかった。
ラグナスが声を荒げる。
「甘ったれた事を言ってんじゃないわよ!! 私達は王政派に追い詰められているの! 利用できるならば、たとえ何だって利用しなければいけないわ!!」
石化しているオリガの身体を、ラグナスは《ゴルゴーン・スネーク》の蛇で絡め取ると、そのまま仲間へ放り投げた。
男達の視線が、吹き抜けになっている天井へと舞うオリガに集まった、その時。
締里がラグナスに奇襲した。
後ろ手のまま、鋭い左サイドキックをラグナスの額へと伸ばす。
《ゴルゴーン・スネーク》を戻しつつ、クロスアームブロックでラグナスは足刀を遮断。
締里は追撃せずに、ラグナスの横を駆け抜ける。
蹴りはブロッキングしたが、自らの視界をブラインドさせられたラグナスは対応が遅れる。
ラグナスが締里の動きを追った時には、締里はすでに天井からぶら下がっている巨大シャンデリアに向けてジャンプしていた。
失態を悟ったラグナスが、統護を拘束している女に命令する。
「統護を撃って!! 交渉は決裂よッ!」
トリガーがノックされて、弾丸が撃ち込まれた。
衝撃で統護の頭が真横に弾かれる。
吹っ飛んだのは統護の頭ではなく――統護のこめかみに添えられていた拳銃だった。
拳銃を撃ち飛ばされた女は、手首の激痛で膝を折って蹲る。右手人差し指は骨折していた。
撃ったのは締里だ。
締里はシャンデリアに飛び乗ると、左袖から小型拳銃をスライドさせて射撃したのだ。
正確無比かつ神速の早撃ち。しかもいつの間にか外れている手錠に、ラグナスが奥歯を噛む。
「しまった……ッ!!」
自決する素振りは――オリガによるミスディレクションだったのだ。
ミスディレクション、すなわち人間の意識と判断力を意図した方向に誘導し、誤らせる手法である。今回の場合はサイコロジカル(心理的な誘導)だ。
誰もが自決しようとしたオリガの拳銃に注視した。
そんな中、逆の腕でオリガは手錠の鍵と、袖内に仕込んでいた小型拳銃とスリープガン(袖内のレールに沿って拳銃が飛び出す特殊ホルスター)を、堂々と渡していたのである。
「これがプロの工作員か」
ラグナスは驚愕する。
締里は一挙動において、躊躇なく弾倉内の弾を消費し尽くす。最後に弾切れになった拳銃を投擲して、近くにいる男の頭部に命中させた。
全員で五名が失神して倒れ込む。締里の弾丸は、男達のこめかみを精確に掠めて、その衝撃で失神させたのだ。
締里がシャンデリアから飛び降りる。狙った着地点は、統護の横である。
着地と同時に、締里は統護の傍で蹲っている女の頭部を蹴り飛ばして、昏倒させた。
統護を拘束しているラバーバンドをナイフで切った。
次いで、女が持っていた拳銃を拾い、連射する。締里の射撃で、次々と男達が失神していく。
リビング内はパニックに陥った。
三名ほどがリビングから逃げ出した。
倒された者は全て頭部を撃たれて死んだ、と錯覚している者がほとんどである。
あっという間の逆転劇に、統護も認識が追いつかない。役者が違い過ぎだ。しかも誰一人として殺していないという点が凄すぎる。
締里が統護に一喝する。
「統護、魔力を広範囲に照射!」
その指示で我に返った統護は、慌てて右手を水平に振るう。
統護の魔力照射によって、室内の施設用【DVIS】が機能不全を引き起こされた。
照明と空調がおかしくなる。
それだけではなく、男達の【DVIS】にも悪影響を及ぼした。
室内の【間接魔導】に異常が起こったのを見て、ラグナスは撤退を決断する。反撃しても締里には勝てないと判断したのだ。ラグナスの専用【DVIS】は、彼女の魔力によるコーティングで、辛うじて統護の魔力照射からガードできた。
ラグナスは仲間に怒鳴った。
「反撃は要らない!! オーリャを確保して、全員、車で街中に逃げなさいッ!!」
シンプルな内容に、男達は我先にと従った。
三人掛かりで手足が石化しているオリガを運搬しながらの逃走である。
リビングの出口で振り返った一人が、ラグナスに訊いた。
「お前はどうするんだ!? ラグナス!」
「逃げた先で連絡しなさい。オーリャを人質に、改めて統護と締里に交渉を持ちかけるから」
統護は締里を背中に庇って、ラグナスに対峙した。
周囲を見回し、締里が統護に言う。
「一分よ。他にも仲間がいるでしょうし、反撃の体勢を整えられる前に、私達も撤退する」
統護は締里を信じた。事実、万が一のトラブルに対してのセーフハウスは、いくつも用意されている。自分は彼女を信じて、従うのみだ。
締里の意を汲み、統護は頷いた。
「分かった。つまり一分以内にラグナスを倒せって意味だよな?」
今の締里は戦闘系魔術師として機能できない。よって魔術戦闘は自分の担当になる。
「ええ。その一分で私は可能な限り男達から金品と装備を奪う。もしも一分でラグナスを倒せないのなら、そのまま逃走。倒せたのならば、こちらもラグナスを奪って人質にするわ」
二人の会話に、ラグナスが目を血走らせる。
額に血管が浮かび、《ゴルゴーン・スネーク》の蛇頭が揃って統護に牙を剥いた。
「面白いじゃないの……ッ! 私もこのままじゃ面子が立たないし、勝負を受けてやろうじゃない。一分でこの私を倒せるですって!? 随分と舐めてくれたものね。逆に一分でお前を倒してやるわよ、《デヴァイスクラッシャー》!!」
ラグナスが強敵なのは明瞭だ。
気持ちを引き締め、統護は両拳をオーソドックス・スタイルに構えた。
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本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。