アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第3部(第58話)

第四章  光と影の歌声 27 ―それは夢のような時間―

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         27

 颯爽を去っていくオルタナティヴの背を、晄は眩しげな視線で見つめる。
 ため息混じりに言う。
「涼やかでカッコいい女性(ひと)。あんな風になれればって思うけれど、私じゃ無理か」
「カッコいい、ねぇ」
 統護は同意しかねる。自分の悪い面、恥ずかしい面をこれでもかと提示された気分だ。あれが地なのならば、学校で『ぼっち』として孤立するのは当然だろう。
 晄はクスリと苦笑いした。
「ちょっと統護くんに似ていた。変わる前の統護くんに」
「だろうな」
「妹さんとの二人の会話。統護くんのチカラ。色々と推理するのは簡単だけれど」
「内緒で頼む」
 晄は承知して、唇に人差し指をチョコンと当てた。
「それって『堂桜ハーレム』がみんな知っている秘密、になるのかな」
 視線を優季に移すと、優季は笑顔で首肯した。
 晄は寂しげな笑顔になる。
「じゃあ、私が一時でも『堂桜ハーレム』入りしていた誇りであり、思い出になるか」
 晄は踵を返す。オルタナティヴとは別方向へ。
 その先には――【堂桜・ワールドエンタティメント】の社長がいる。
 晄を迎えにきていた。

「行かなきゃ……、私」

 しかし言葉とは裏腹に、足は止まったままだ。
 事情を察した統護は晄に確認する。
「そうか。昨日の内にスカウトの話がいっていたのか」
「うん。返事は保留していたけど、、決めた」
「今、か」
「そう。スカウトを受ければ、今日中に自主退学して、今夜にでもアメリア合衆国に渡らなければならない。三年先のスケジュールまで決めているって。アジア方面に戻るのも、かなり先になるって社長さん言っていたわ」
 統護の胸がズキリと痛んだ。
 晄が夢を叶える第一歩が実現したはずなのに――胸が苦しい。
 おめでとう、と祝福する前に、こう言っていた。
「随分と性急な話だな。学校まで辞めるなんて。ほら、もうすぐ運動会あるぜ? 今年は他校との対抗戦が企画されているって話だし。手伝わされている委員長がぼやいていた」
「私の分も頑張ってね。特に対抗戦」
「一緒に頑張るって選択肢はないのか?」
「時間がないの。下手くそで素人の私が一日でも早くプロの舞台にあがるには、一日だって惜しんでいられないの。大学まで通信教育の予定よ。もう学校には通わない。そういう普通は終わったわ」
 統護は言葉を失う。
 晄の声は微かに震えていた。
「本当はね、迷っていたんだ。断ろうかと。私も『堂桜ハーレム』の一員として対抗戦とか頑張りたいなって。大好きな誰かさんの傍に居続けたいな……って」
 でもね、と晄は振り向く。
 泣き顔みたいな――儚い笑顔。
「ちょっと前の卑怯な私なら、『堂桜ハーレム』を卒業するとか、見栄張ってたと思う。けれども今の私は違う。勝てないから。きっと他の子達には、私じゃ見劣りするから。だから君の傍じゃなくて、歌を選ぶ。逃げる。『堂桜ハーレム』から脱落するよ。私には歌があるから」
「ひ、晄……」
「分かっている。統護くんが好きだから、私は『堂桜ハーレム』の子達と同じくは好かれていないってコト。それとも、私の事を、たとえば比良栄さんと同等に想っている?」
 統護は唇を噛んだ。嘘は言えない。
 その反応に、晄は目尻を下げ、口の端を上げる。
「だけど悲しくない。この失恋だって、私は歌に昇華してみせる。私は堂桜統護への片想いじゃなくて――歌に生きる。憧れの榊乃原ユリさんと同じく。歌に人生を賭けるわ」
 再び晄は前を向いた。
 もう彼女は振り返らないだろう。
 そして、これが今生の別れになると統護は確信した。
 別の世界に、晄がいるべき世界にいくのだ。その世界は――この異世界【イグニアス】において統護が身を投じる世界、戦いの世界とは決して交わらない。交わってはいけない。
 統護が戦う理由がまた一つ増えた。
「あのね、統護くん。私がスカウトに応じる為のたった一つの条件があるの。それは……」
 アーティスト名を自分で決めさせて欲しい、という事。
 晄は言った。
「餞別として、『堂桜ハーレム』にほんの一時でもいた思い出として、その名を背負って生きたいから、私に新しい名前を下さい。と……堂桜くん」
 その言葉に、統護は思わず息を飲む。
 優季を見やると、彼女も驚いて口に手を当てていた。
(マジか。こんな事ってあるのかよ)

 元の世界では――彼女は遠い存在だった。

 世界中のミュージックシーンでヒットを飛ばす、スポットライトの下で輝く、選ばれた存在。
 誰もが彼女を知っていて、しかし彼女は統護など知らない。
 無名の一般人と世界的有名人。それが統護と彼女の間柄。
 共通点は同学年というだけ。
 メディアの中で、いつも目にしていた。反面、同じ高校生だとはとても信じられない。

 この異世界で、そんな彼女と――学校で出逢った。

 なんと彼女はデビューしていなくて、そして統護と同じ『ぼっち』な気質であった。
 しかも《ザ・ステルス》なんて渾名されている目立たない存在だ。
 元の世界にいた自分ならば、こんな話、とても信じられないだろう。
 統護は彼女と友達になり、僅かな時間とはいえ、一番近くで思い出を共有した。
 頑張っている姿を見守った。
 オーディション後には、抱きしめたりもした。
 あの時――彼女は統護だけを見つめて、懸命に歌った。
 統護の為だけだった、あの歌が。
 今度は世界中へと響き渡るのだ。
 きっとそれは必然。
 元の世界と同じく、彼女は本来いるべき場所へ還るのだ――

 彼女と一緒に過ごせた奇蹟。

 けれどその奇蹟は、これから告げる名で終わる。
 その名と共に、彼女は歩き出す。
 去来する様々な記憶。それらを噛み締め、万感の気持ちを込めて、統護は告げる。
「お前の歌姫としての名前は……

 ――虹條サヤカ、だ」

 

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 とある山陰地方の麓に、白煙があがっていた。
 山火事ではない。
 煙の原因は車両事故である。
 たんなる衝突事故ならば、エンジンに引火しない限りそれ程の火災は起こらない。特に今の時代のエンジンは、前時代主流のガソリンをメイン燃料としたそれとは大きく仕組みが異なる。基本的に大型車両のエンジンは、天然ガスか水素型の燃料電池を使用している。充電型のバッテリー車は廃れており、ガソリン車は一部の好事家が資産をつぎ込んで愉しむ為の、超高級車かパイパワーを要求されるスポーツカー、そして歴史的価値のあるレトロ車やレストア車のみとなっている。
 加えて【魔導機術】を搭載された通称・魔導車両には、事故発生時に発火を抑制する魔術が自動起動するように設定されている為、自動車事故での焼死・火事は起こらない。
 また近代車両は、タイヤの摩擦係数を魔術で適宜、自動で最適化させている為、滅多にスリップなど起こらない。前時代の遺物であるエアバッグも今では魔術に置き換わっている。
 しかもタイヤによる車輪走行から【魔導機術】による超低空飛行車も開発が進められている。実用化となれば自動車史が大きく動くだろう。
 魔導車両が主流になって以降、車両事故の発生率は劇的に下がっているのだ。
 だが、現に横転している装甲車からは煙が出ている。

 盛大に煙を噴き上げている大型車両は――黒焦げになっていた。

 本来の塗装が不明なほど黒焦げだ。
 装甲が完全に炭化するという現象も、現代科学による材料学・建築学の見地からして素材的にあり得ない。あくまで純粋な燃焼現象としては――だが。
 黒焦げの大型装甲車は、輸送車であった。
 重罪人を人知れず移動させる為に開発された、ステルス魔術を搭載した特別車両である。
 それが燃えている。
 明らかに魔術現象と思われる不自然な局地災害に巻き込まれて。
 轟々と煙りが吹き上がり、ガードレールを突き破って横転している車両からは未だ赤い炎が舌を覗かせ、そして様々な科学素材が焼ける匂いに混じり、人肉が焼ける香りが周囲に漂う。

 この局地災害を起こした者の名は――ユピテル。

 正確には戸籍名や通名ではなく【エルメ・サイア】に与えられているコードネームだ。上級幹部にのみ与えられる栄誉あるコードネーム――《雷槍のユピテル》である。
 神経質そうであるが、美人といえば美人だ。
 ただし男性に媚びを売るタイプの正反対であり、すなわち男を屈服させる荒々しさと闘争心を前面に押し出す美貌だ。長身で東洋系離れしたモデル体型だが、顔立ちは日系である。
 身柄を拘束される前とは異なり、豊かだった金髪は丸刈りにされていた。
 むろん化粧もなく、それどころか一糸纏わぬ全裸である。
「……来たか」
 ユピテルは呟き、道路の遙か先に目をやった。
 数分後――
 ワゴン型の一般車両が、ユピテルの前に到着した。全裸であるユピテルは、胸や股間を隠すといった仕草を見せず、威風堂々と仁王立ちのままである。
 運転しているのは――聖沢だ。
 そして助手席から降りてきたのは横田である。
「またせたな、ユピテル」
 一声掛け、返事を待たずに横田はユピテルに男性用ジャケットを羽織らせた。
 横田の声色と口調に、ユピテルは目を丸くした。
「その声。まさか!?」
 頷く横田。次いで、運転席のパワーウィンドウが降りて、聖沢が言った。
「久しぶりね、ユピテル」
「へえ……。貴女までもね。二人とも顔を変えているけれど、元の顔に未練はないワケ?」
 訊かれた二人は、揃って平然と答える。

「「 ――我ら《ファーザー》のご意志、ご命令とあれば 」」

 一糸乱れぬ答えに、ユピテルは肩を竦めた。
 拷問や輪姦には我慢できても骨格レヴェルで顔を変えられるのは――御免である。もっとも今回はそういった非人道的な扱いは受けなかったが。上で取引があったのだろう。とはいっても、尋問の過酷さは熾烈を極めていた。
 この二人の忠誠心には頭が下がる反面、呆れも覚える。
「その顔の本来の持ち主は?」
「二人ともコンクリ詰めで仲良く海底よ。この顔も面が割れているから、また手術ね」
「この顔は気に入っていたから残念だ」
「徹底しているわね。ま、当然だけれど」
 横田に促されて、ユピテルは後部座席に身を滑り込ませた。
 車両が発進する。
 行き先に興味はない。とにかく一週間ぶりの風呂に入りたい。今はただそれだけだ。
 ハンドルを握る聖沢が確認してきた。
「それでユピテル。追っ手がかかる可能性は?」
 自信満々に即答する。
「問題ない。輸送車の天井にワタシの専用【DVIS】が仕込まれていた――という事は、裏から回した手筈が奏功したという証左よ。それに追っ手が掛かっても今ならば蹴散らす」
 ユピテルはギラリと双眸を光らせる。
 投獄されている最中、一度だけユピテルにメッセンジャーがやってきた。
 押収された専用【DVIS】を、輸送車の天井に仕込むから、それを脱走の合図としろと。
 そして専用【DVIS】は届けられた。
「……これってお前達の仕事?」
 専用【DVIS】さえ近くに感知できれば、ユピテルを止められる者などいない。【エレメントマスター】として起動して、拘束衣ごと装甲車両を『黄金の雷』で焼き払った。ついでに運転手と監視の為に随行した【ソーサラー】五名もだ。
 横田が答えた。
「いや。俺達の仕事は、セイレーンを使っての輸送日程と径路の交渉だけだ」
「それもセイレーンを囮にして極秘にね。変更されたこの径路を知る者は当事者だけ――という条件よ。信じていないけれど、状況からして、ニホン側は素直に従ったようね」
「なるほど」
 ユピテルはほくそ笑む。ニホン当局内にも、やはり【エルメ・サイア】のシンパサイザーは潜伏していたか。
 噂には聞いていた、最強の戦闘系魔術師ソーサラー――《神声のセイレーン》を使ったのか。ただし、セイレーンの性質からいって、彼女は完全な一度だけの使い切り。敗北して拘束されてしまったとはいえ、まだ自分は《ファーザー》に高く買ってもらっているようだ。
 ギブ&テイクでならば借りを返す。忠誠心はないが。
「で? セイレーンは?」
「敗けたわ。世界各国に衛星中継されている中で敗北を晒した。今頃は榊乃原ユリとして保護されているでしょうね。もう二度とセイレーンとして起動する事はないでしょう」
「観るか?」
「必要ないわ。相手は――堂桜統護?」
「いいえ。彼も相手にしていたけれど、直接的に敗北を喫したのはオルタナティヴという『何でも屋』の少女よ。おそらく彼女も堂桜の関係者ね」
「直接的?」
「堂桜統護も一枚以上噛んでいた。いや、本性を発揮したセイレーンを破ったのは、堂桜統護の方といえる。後で詳細を教える。確か、お前も堂桜統護に敗けたのだろう?」
「ええ。全く覚えていないけれどね……」
 ユピテルはクスリと頬を緩める。そうか。かのセイレーンさえ、敗北したというのか……
 心配そうな口調で聖沢が言った。
「拷問はされていない、という話だったけど、大丈夫だったんでしょうね?」
「問題ない。仮に拷問を受けても、その為の――【魔術人格】だもの」
 ユピテルにも【魔術人格】が施術されていた。彼女はニホン当局に身柄を拘束される前に、その【魔術人格】を起動する事によって、頑なに口を閉ざし続けた。
 というよりも【魔術人格】は、捕虜にされた時用の耐拷問人格として設定されていた。必要最低限の知識しか持ち得ない人格なので、どれだけ拷問されようが、催眠誘導されようが、そして自白剤を投与されようが、輪姦されようが、喋りようがない仮想人格であったのだ。
「ならいいけれど……、元の人格に影響は?」
 その【魔術人格】も【エレメントマスター】として起動した際、自動で元の人格に戻る様に設定されている。そして人格交替時の記憶も受け継いでいた。楽しくない思い出だ。
(まあ、あの程度ならば素でも耐えられたけれどね)
 指の数本くらいは失い、凄絶な拷問を受けると想定していたので、拍子抜けだ。
 ユピテルは、朱色の入っていない乾いた唇を歪める。
「さあ? どうかしらねぇ……」
 全く以前のままかというと、嘘になるだろう。
 しかし、それは今回の投獄と尋問によるトラウマの所為ではない。
 再び逢いたいと願う。

 あの少年――伝説の【ウィザード】に。

 

 

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