アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第3部(第57話)

第四章  光と影の歌声 26 ―幕引き―

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         26

 流石だな……、異世界からの〔魔法使いウィザード〕。
 伝説の【ウィザード】よ。
 やっぱり世界最強は、アタシではなく、お前かな。
 そんな所感を抱きながら、オルタナティヴは死力を振り絞って、立とうとしていた。
 だが、膝立ちの状態から進めない。一瞬でも気を緩めれば、また倒れそうだ。
 そもそも超人化している身でなければ、失神どころか絶命している大ダメージである。
 拡張魔術である「スーパーACT」も統護の〔魔法〕で解除されていた。
(立ちさえすれば……。立ち上がりさえすれば……ッ!!)
 どうにかなる。この超人化した身体ならば。
 反面、倒れ込んでしまえば、そこで意識が途絶えてしまうだろう。
 セイレーンの怨嗟が、オルタナティヴを後押しする。
 分かるから。理解できるから。

 己が望まない存在として生を受けた、その悩みと苦しみが。

 努力では、どうにもならない。
 【魔術人格】というセイレーン。そして『ゆりにゃん』を演じつつ、本来の姿を断ち切れなかった榊乃原ユリ――大宮和子という女性。
 共に望む姿への憧憬と執着に、もがき苦しむ者。
 かつてのオルタナティヴも同じだったから、榊乃原ユリにシンパシーを感じ取った。だから今回の依頼を受けたのだ。
 願わくば、単純に敵を排除するのみならず、その心を少しでも救えればと。
(立て。立つんだ。立て、アタシ)
 堂桜統護は【エレメントマスター】を倒してみせた。ならば次は自分の番である。
 しかし四肢がいう事をきかない。身体に力が入らない。
 気が遠のいていく――

「立ってぇ! 立って下さい、お姉様ッ!!」

 そんな声色が、オルタナティヴの意識に飛び込んできた。
(幻聴? いや鼓膜がもう再生しているのか)
 ならば身体の損傷も回復傾向にあるはず。
 オルタナティヴは声の方を向く。
 淡雪だ。
 声色通りに、淡雪がステージ袖まで来て、身を乗り出している。
 消耗しきっており、動くどころか立っている事すら辛い状態であるのに、淡雪は声を張り上げる。頭を振って、涙をまき散らしながら、叫ぶように云う。

「しっかりしなさい、この裏切り者っ! 貴女は妹である私を捨てました! 棄てて自分だけを取ったというのに、なんて様ですか!!」

 ――うん、そうだね。言い訳の言葉もないわ。

「貴女の苦しみを察する事すらできなかった私は、妹失格だったのかもしれませんっ!」

 ――そんな事ない。だってアタシが隠し通しただけだから。

「打ち明けて貰えなかった私にも問題があったのでしょう!!」

 ――違う。ただ兄として見栄を張っていただけ。カッコつけていたかっただけ。

「貴女の前で『いい妹』だけを演じていた私は、確かに心が許せる存在じゃなかった!」

 ――はは、同じだね。アタシもお前の前で『いい兄』を演じていたに過ぎなかった。

「だから本音を言います!! たとえ喧嘩になって嫌われたとしてもッ!!」

 ――喧嘩、か。思えば喧嘩すらした事のない、表面的で薄っぺらい兄妹だったね。

「家出するなら、せめて理由くらい残していけ。心配するでしょうが、このバカ姉貴ッ!」

 ――ははっ、それが本音か。まさかお前にバカ姉貴呼ばわりされるとは。

「許して欲しければ、立って、そして榊乃原ユリさんを救って、……勝って下さい!!」

 私の姉ならば誰にも敗けないで!! 淡雪の絶叫が、オルタナティヴを後押しする。
(ええ。分かっているわ。分かっているわよ)
 不思議と軽い。
 身体と、そして心が……
 よろけながらもオルタナティヴは立ち上がると、ステージ袖に目を向ける。
「敗けないよ、アタシは。大丈夫、心配いらない。誰にも負けないから」
 誓いを立てよう。このオルタナティヴは絶対に敗北しない。一時的に敗退せざるを得ない時があっても、最後には必ず勝つ。仮に相手が世界最強であっても勝ってみせる。
 それが言葉に出す事を赦されない――堂桜淡雪の姉としての矜持。

ここからのアタシは生涯無敗――。それがこのオルタナティヴよ」

「はい。実はすでに〔制約〕については知っています。だから貴女は心置きなく『何でも屋』の他人を私に演じて下さい。それがお姉様が背負う、私への罰です」
「ええ。そうするわね。堂桜淡雪さん。それから盗聴は程々に」
 涼やかにそう返す。悲壮感はない。〔制約〕は破れない。精神に掛けられているロックというだけではない。それは、ともすればホシの秘密が暴露する危険を孕んでいるからだ。
 淡雪は泣き笑いの顔になり――そのまま意識を失った。
 失神して崩れ落ちた淡雪を、救助部隊が介抱する。

「……待たせたわね。それじゃあ、ミッションの仕上げといきましょうか」

 オルタナティヴは、セイレーンに向き合った。
 セイレーンも立ち上がっている。
 共に満身創痍の身体だ。しかしオルタナティヴは、自らのダメージを無視できた。
 四肢は動く。気持ちに応えてくれる。これならば問題ない。
「私は、このセイレーンは生きる。このまま消えたりするものかっ」
 彼女は【魔導機術】を再起動させていた。
 しかし【エレメントマスター】としての力は喪失している。通常の戦闘系魔術師ソーサラーとして、マイクスタンドの柄に真空状態の刃を付加しているだけだ。
「こんな私にだって、生きる資格はあるんだ。生き延びる資格が……」
 オルタナティヴは噛み締めるように告げる。
「ええ、その通りよ。貴女には生きる資格があるわ。生き延びる為に戦う権利だってある。けれどね。貴女は生きる為に奪った。榊乃原ユリから奪ったわ。だから貴女は奪い返される義務をも背負った。アタシは依頼人に代行して、今こそその義務を遂行しましょう……」
「お、オルタナティヴ……。貴女は。貴女という女性は」
「やはり貴女も榊乃原ユリ――いえ、大宮和子の一部分であるとアタシは感じた。貴女は今からアタシに斬られる。しかし意識と自我が消えても、貴女は大宮和子として生き続ける」
「い、イヤだ。そんなのじゃなくて、私は。私はっ!!」
「そしてセイレーン。【魔術人格】としての貴女の存在証明は、このオルタナティヴが背負いましょう。約束するわ。貴女との戦い、アタシは生涯忘れないと――」
 その台詞に、セイレーンの表情が変わった。
 憤怒と悲愴で彩られていた顔が、憑きものが落ちたかのように、穏やかになる。
 刀剣と化したマイクスタンドを一振りし、言った。
「ありがとう、オルタナティヴ。ほんの一瞬の生だったけれど、最後の一瞬まで後悔せずに生き抜くわ」
 覚悟を決めた者の貌に、オルタナティヴは深く頷いた。
 これまでのふれ合いで、ようやく彼女達という『概念』を掴んだ、と確信できる。
 さあ、刃を解き放つ時がきた。
 自身を縛り戒めている心の鞘を抜く為の、その心得は――

 色即是空。

「――セカンドACTッ!」
 黒髪黒衣の魔術師は、凛と【ワード】を叫んだ。
 同時に、拳に握った両手を、胸の前で力強くぶつけ合う。
 右手のリングは専用【DVIS】である。
 そして左手に嵌めているリングは、彼女の切り札を起動する為の特殊【AMP】だ。
 二つのリングは、オルタナティヴの両拳の間で砕ける。
 粉々になった破片が、虹色に色彩を変化させる光の粒子と化す。
 彼女が展開している電脳世界内の【アプリケーション・ウィンドウ】に、新プログラムがインストールされてくる。『 』になっている初期設定値を初めとして、全パラメータを変更。
 オルタナティヴの身心に、莫大な負荷がかかる。
 【魔導機術】を使用する際に必要となる外部演算領域に変動はない反面、接続している施術者に負荷がかかる特殊システムなのだ。
 いわば彼女自身を仮想【DVIS】に置換するともいえるからだ。

 そのシステムは【DRIVES】と名付けられている。

 まだ世に出ていない【DRIVES】を開発したのは、堂桜那々呼である。
 略称ではない全名称は『ダイレクト・ライド・インジケート・ヴィジュアル・エンゲージ・システム』という。
 魔術師が【DVIS】によって【魔導機術】を操り、拡張機器である【AMP】を並列にコントロールするという従来のコンセプトではロスは避けられない。機器を二重に介すからだ。
 それを回避・解消する手段として専用【DVIS】と【AMP】を同一化させるシステムが考案された。単一機能の汎用【DVIS】や日常用【AMP】といった簡易製品とは異なり、魔術戦闘に耐えうる出力と機能性を求めた為、根本的に【魔導機術】という仕組みを変革させる魔導具として開発された。
 電池の二個接続で例えるのならば、【DVIS】と【AMP】の並列接続が従来の【AMP】システムであり、この【DRIVES】は【DVIS】と【AMP】の直列接続だ。術者が総抵抗値を負担する反面、従来の外部演算領域のままで、より強力な魔術を使用可能とする。
 術者自身を【DVIS】に見立てる事により、『スーパーユーザー』が使用する外部演算領域といった外的要因に頼る事なく【AMP】と一体化して【魔導機術】を拡張し、かつ魔術師が秘める特性と、その出力形態をダイレクトにインジケートできるのだ。
 そして、オルタナティヴの出力形態こそ――

 システムからの負荷に耐えきると『 』になっている初期設定値が『空』となった。

 心が澄んでいく。求めるのは固定的な実体ではない。その境地に至る概念をカタチとする。
 軽くステップを踏み、オルタナティヴは光の欠片を棒状に束ねて、くるりと一回転した。
 黒いマントがたなびき、ミニスカートの裾が踊る。
 鋭く右手を振り下ろすと――棒状の光の破片が、ある形状へと収束していく。

 それはカタナ。朱色と漆黒で柄と鍔が彩られている――見事な大太刀であった。

 鞘はない。その刃を覆っていたのは、彼女が己に課している縛めに他ならないのだから。
 力には責任が伴う。ゆえに彼女は安易に刃を抜かない。抜く時は、責務に覚悟ができた時だ。
 背負う。セイレーンという存在を。その儚き一瞬の生を。その為に、彼女を斬る。
 顕現した太刀を、オルタナティヴは力強く握る。
「地・水・火・風、全ての概念を空と化す――」
 刀の銘は《朧影月》だ。
 黒髪黒衣の剣戟魔術師は《朧影月》の切っ先を向けて、セイレーンに告げる。
「……さあ、成敗しましょうか」

 

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 オルタナティヴに太刀を向けられたセイレーンが息を飲んだ。
 少女の大太刀。己が手にしているマイクスタンドと見比べる。真空刃を付加しただけの金属棒に比べ、なんと艶やかで力強い外見か――
「それが貴女の真の切り札。情報として得ていたけれど、実際に目にすると格別ね。一見すると刀型の【AMP】と見間違うけれど、よくよく察知すると雰囲気がまるで違う」
「ええ。これは刀という形態をとってはいるけれど、現実には『概念』に干渉して素粒子レヴェルで分断する為の概念武装。実際にはアタシと一体化している刀状の極小【結界】とも定義できるわ。そして物質や現象のみならず、今のアタシならば……セイレーンという【魔術人格】さえも斬ってみせましょう」
「なるほど。『概念』を分断する刀状の概念【結界】の顕現。それが剣戟魔術師としての貴女の魔術特性か」
 オルタナティヴは《朧影月》を構え直す。
 セイレーンは構えを変えない。
 誰がも無言で対峙する両者を見守っていた。
 手出しできる雰囲気ではない。決着ならばすでに終わっている。セイレーンはオルタナティヴに敗北を喫し、その後のチート魔術も堂桜統護によって打ち砕かれた。戦いの最中に到着・編成された合同救出部隊によって、【結界】から解放された人質の搬送も始まっている。
 テロも戦いも終わった。

 後は――幕引きだけなのだ。

 セイレーンはマイクスタンドを一振りした。
 音撃ではない。もっともシンプルな真空波を飛ばす。すでに【音】を操る力はない。
 オルタナティヴも同時に太刀を振っていた。
 その一振りは、セイレーンの真空波を両断して無効化する。相手の魔術を斬ったのだ。
 セイレーンは静かに呟く。
「やはり通用しない、か……」
 斬り裂かれたのは顕現した魔術効果のみではない。【ベース・ウィンドウ】上にある【アプリケーション・ウィンドウ】まで、綺麗に真っ二つだ。自己診断したが表示エラーではない。通常ならばあり得ない現象だが、すなわちオルタナティヴの斬撃は通常ではないという証左である。
 決然とした目を保ち、オルタナティヴは小さく頷いた。
 もうセイレーンという『概念』は掴んでいる。当然、その魔術もだ。ゆえに《朧影月》の前には、その全てが斬り伏せられる。
 セイレーンはオルタナティヴから視線を外した。視線の先は――晄だ。
「お願いがあるわ、宇多宵晄さん。歌ってくれないかしら。最後に貴女の歌を聴かせて」
「で、でも私の歌は頭が痛くなるんじゃ……」
 ゆっくりと首を横に振り、セイレーンは晄に透明な笑みを向ける。
「さっきまでなら、ね。今は違うわ。今の私は貴女の歌に――癒されるから」
 晄は迷う。
 オルタナティヴ、統護を順に見る。二人は揃って頷き返した。
「リクエストありますか? セイレーンさん」
「ありがとう。そうね……大宮和子のデビュー曲をお願いできるかしら」
「はい。心を込めて歌います。ただ貴女の為に」

 声高らかに――晄の歌が始まった。

 別れを惜しむラヴソングだ。そして、その先に始まる新しい愛を祝福する詩でもある。
 目を瞑り、セイレーンは幸せそうに感想した。
「ああ、なんていい歌声。心底から惚れ惚れするわ」
 愛おしげに聴き入りながら、セイレーンはオルタナティヴに斬りかかっていく。
 速度はない。キレもない。電光石火とは対極のスローな振りだ。
 稚拙に過ぎる剣技で振るわれるセイレーンの刃を、オルタナティヴは丁寧に捌いた。
 晄の歌を背に、一太刀、一太刀、噛み締めるように受け止める。
 いったい何合ふたりは打ち合ったのだろうか?
 晄は歌う。精一杯、声を振り絞る。
 曲調の盛り上がりに合わせるかのように、セイレーンの気合いが嵐のように増していく。
 オルタナティヴの剣は、小波さえたたない水面のようだった。
 ギィン。キン。キィン。
 輝くような晄の歌声を彩る、刃と刃がぶつかる音。

 ――歌が終わる。

 キィィィン。
 高々と真上に弾かれた剣を、セイレーンは最後の気合いを込めて大上段に振りかぶった。
「ぅぅぁぁあああああああッ!!」
 口から迸ったのは裂帛の気合いではなく、魂の咆哮である。
 対して、オルタナティヴ。
 黒髪の剣戟魔術師は、大太刀を腰だめに構え、居合いの体勢に入る。
 凛と眦を決し――

「これで終わりよ。――《斬ノ弐・破邪双閃》」

 咆哮と【ワード】が重なり。
 二つの剣閃が交わり。
 斜め下へと振り抜かれたセイレーンのマイクスタンドは、なんと五つに分断されていた。
 床に落下した五つの金属筒が、軽い音を連ねる。
 二度、真一文字に煌めいたオルタナティヴの刃は、しかしセイレーンの身を傷付けない。
 居合いの残心は一瞬。そして《朧影月》は両手のリングに戻る。
 どさっ。
 前のめりに崩れてくるセイレーンを、オルタナティヴは優しく抱きとめた。
 オルタナティヴの首と肩に、力なく頭を預けたセイレーンは耳元で囁く。
「お見事。本当に【魔術人格】の私だけを斬るなんて」
 これが【空】のエレメント、概念魔術の使い手か――とセイレーンは賞賛した。
「正確にはセイレーンとして機能していた『概念』のみを断ったわ。だから貴女は消えない。セイレーンとして起動できなくなるけれど、貴女の中にも息づく大宮和子は、榊乃原ユリと同じく、元の主人格に統合されて生き続けるわ。慰めにはならないでしょうけれど」
「慰めはいらないわ。欲しいのは慰めじゃない。ねえ? このセイレーンは強かった?」
 オルタナティヴは本心から云った。

「紛れもなく最強の敵だった。貴女との戦い――アタシは生涯忘れない」

「勝ち続けなさい。いつまでも、どこまでも。そして私が存在した証明になって。それだけが私に対する貴女の義務であり礼儀よ」
 セイレーンは満足げに微笑んだ。次の瞬間、顔からその微笑みが抜け落ちる。
 ずるり、と四肢から力感が消えたセイレーンの身体を、オルタナティヴは両腕で支えた。
 意識を失ったのではない。
 セイレーンという『概念』が消えたのだ。
 その身は《神声のセイレーン》ではなく、榊乃原ユリという芸名の歌手である。
 オルタナティヴは大宮和子を抱き上げた。
 晄が心配そうに声を掛ける。
「あの!! その人はどうなっちゃうんですか!? 無事なんですか!?」
 その言葉に、オルタナティヴは統護を見る。
 統護は「わかっている」と頷き返した。
 返答の際、オルタナティヴは意図して声を大にした。
「全世界に衛星中継されているので具体的には言えないけれど、彼女の身柄はこの事案に対する当局に拘束される事になるわ。そして関連機関に徹底的に調査されるでしょうね。テロの実行犯、テロ組織の幹部としての【魔術人格】が喪失しているから、法的に彼女がどう扱われるのかは定かではないわ。当局と【エルメ・サイア】との司法取引に使えるとも思えない」
 願望混じりの推定ではあるが、大筋で外れないだろう。
 自分が抱いているこの女性は【エルメ・サイア】に利用された被害者なのだから。また死者がゼロであるので、上手く世論を煽動すれば厳罰化は避けられるはずだ。
「つまり解放されるんですよね? また歌えるんですよね!?」
「そこのお人好しの御曹司が、堂桜専属の優秀な弁護団をつけるでしょうから、不起訴になるでしょうね。仮に裁判になったとしても、執行猶予止まりで実刑までいく可能性はゼロに近いわ。生涯、保護観察という名目の監視と護衛は免れないのは確実だけど、一般人としての真っ当な生活や、結婚や家庭等の普通の幸せは戻らないでしょうけれど――それでも歌手としての道は残っているわ」
 統護が言い添える。
「約束するよ。その人の弁護や保護は、堂桜財閥が引き受けた」
 その言葉に晄は笑顔になり、涙を溢した。
 オルタナティヴは踵を返す。
 統護と晄に背を向け、歩き出す先はステージ袖で控えている対テロ特殊部隊だ。ミス・ドラゴンとの異名を誇る特殊工作員――龍鈴麗の姿もあった。
 鈴麗にウィンクすると、彼女は肩を竦めてみせた。

 ――これで今回のミッションは完了だ。

 歩き出す前に、オルタナティヴは背後の統護へ言った。
「じゃ、次に逢う時まで堂桜淡雪はお前に預けておくわ……、堂桜統護」
「勝手なヤツだな、お前」
「そうね。でもそれはお互い様でしょう。アタシ達なのだから」
 晄が声を張り上げた。
「新しい依頼を受けて下さいッ! 私からの依頼です! その人に、その人に伝えて欲しいんですっ! 待ってますと!! ステージの上でッ! いつか一緒に歌いましょうと!!」
「その依頼、引き受けたわ。報酬は――その時の貴女達の歌で」
「はいっ!!」
 オルタナティヴは歩き出す。
 その足取りに迷いはない。
 次のミッションが待っている。彼女の戦いは終わらない――

 

 

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 本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。