第四章 破壊と再生 23 ―統護VSロイド(再戦)②―
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23
統護は両拳をセットする。
右半身で、肩口までややガードを低くしたボクシングの構えだ。
魔術は破壊した――が、戦闘系魔術師の常識として、あらゆる局面への対応は必須である。
初戦の手合わせでロイドが披露した格闘技術は【ソーサラー】ならば当然なのだ。
ましてやロイドは裏社会の傭兵だ。近接格闘も超一流で最低限といえる。
統護の脳裏に、初戦での光景が蘇った。
――ボクシングだけで対応できなかった、あの時の借りを返そうか。
そこまで達成して、本物の勝利といえる。不意打ち気味の一撃KOでは物足りない。
対するロイド。
己の戦闘用オリジナル魔術を破壊されても、微塵も怯まない。
ロイドも右半身になって戦闘態勢をとる。
まずは統護のワンツー・ストレート。
強烈な左右のストレートをロイドは丁寧にブロックする。
相手にブロックさせた統護は、左ジャブを連続で放った。そのジャブの連打を躱したロイドは、反撃として左右の貫手を繰り出してきた。
トリッキーだが、統護は見切る。
西洋人なのに、技術のベースは中国拳法だと判断できた。
統護もロイドに攻撃を当てさせない。
ロイドとは二度目だ。一度目の手合わせで、互いに相手のイメージは固めている。
確かにロイドは強い――が、統護ならば。
過日の《隠れ姫君》事件で何度も実戦を経験して、それを糧としている今の統護ならば。
以前よりも、自身の技術を戦闘に生かせる。
ロイドの右膝蹴りを身体を捻って躱し、そのまま左足を大胆にステップインした。
軸足である左足に体重を乗せる。左膝のバネを効かせて、腰から肩へと回転を連動させた。
ダイレクトの左フックだ。
しかし統護のブローを、ロイドは堅実にガードした。
「二度は貰いませんよ」
「だろうな」
一発目は捨てパンチだ。統護はすかさず左拳を引き戻すと、二連打(ダブル)にいく。
今度も左フックだが――一発目よりも軌道が低い。
相手の腰のやや上を旋回する左ボディだ。一発目同様に左膝のバネと、後ろの蹴り足の捻りが利いた、切れ味抜群のパンチである。
ずゥごぉんッ!! 左ボディがロイドの肝臓(レバー)を深々と抉った。
統護の十八番――リバーブローだ。
「かは」と、喀血したロイドは、身体をくの字に折る。
くの字に折れた身体を、ロイドはそのまま真下にスライドさせて両手を着く。そして両手を支点に、大胆に身体全体を回した。水面蹴りである。
密着に近い間合いだ。
通常ならば不可避であるが、しかし、それは一度見ている。
足を刈りにきた水面蹴りを、統護はやや無理矢理にだが、バックステップで対応した。どうにか対応はできたが、重心が後ろに反れてしまう。
水面蹴りは不発に終わったが、ロイドは跳ね起きて体勢を立て直してきた。
「まだだ。まだ終わりじゃありません」
「いや。悪いが終わらせる」
明らかにリバーブローが効いている。ロイドはダメージがありありだ。
統護は一瞬だけ、左足を引く仕草でフェイントした。
バックステップの影響で、重心が蹴り足だった後ろの右足に掛かってる。左足のフェイントで、ロイドは統護がサウスポーにスイッチしての左ミドルを蹴ってくる――と引っかかった。
だが、重心が後ろに掛かったままで、統護はパンチにいく。
ロイドも左ミドルと見せかけたフェイントだと気が付き、しかし統護の重心が後ろに掛かっている体勢でのパンチならば――と構わず前に出た。
重心が後ろだと、強い蹴りは可能でも、伸びのある強いパンチは打てない。
たった一つの例外を除いて――だが。
統護はそのパンチを選択した。オーソドックスに構えて、けれども軸足は後ろの右足。
従って前に出している左足を、蹴り足として用いる。
パンチの種類は左フックだ。
実戦では右ストレートからの返しや、クラウチングしたままで軸足のバネを使って放たれるケースが多いが、本来の左フックとは、オーソドックスでの左ミドルキックと同じく、軸足を左から右に入れ替えるパンチなのだ。
左パンチをダブルしにくい反面、この正式な打ち方だと、綺麗に振り抜ける。
ゴォッ! ロイドの顔面に左フックが炸裂した。
統護は軸足の右を、大胆に蹴り込んで、体重を前面に押し出す。
反動と共にクラウチングの重心に戻り、再び軸足が左で、蹴り足が右にと入れ替わる。
(これで決める――ッ!!)
左から右へと返す逆ワンツーだ。
それもフックからストレートへと返すコンビネーションである。
統護の右拳が、ロイドの顎を綺麗に捉えた。
ぐるん、と半回転して身を捩りながらロイドはダウンする。
倒れ込んだロイドは辛うじて意識を繋いでいた。微かに頭を持ち上げて、統護を見つめる。
統護は彼を見下ろして言った。
「任せてくれ。アイツは俺が必ず救うから」
「フ。あの子に謝っておいて下さい。命令を果たせませんでしたと。そして……あの子をお願いします」
その言葉で力尽きたロイドは、意識を閉じた。
すとん、とロイドの頭が地面に落ちる。
決着はついた。勝ち負けをいうのならば、両者の勝ちにしてみせると統護は決意する。
この戦闘に敗者は存在しない。
完全に失神しているのを確認し、統護はロイドを置いて歩を進める。
また一人分、新しい想いを背負った。
眼前の山小屋(コテージ)が、今回の事件のラストステージとなる――
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…
ギシギシ、という擦れる音が耳朶に障った。
油が切れている。
頑健な作り故に、手応えがある。蝶番が軋み、下手をすれば壊れてしまいそうだったが、構わずに山小屋の扉を開けた。
統護は簡素な間取りのバンガロー内を一望する。
明かりが点いていない室内は、窓から差し込む月光のみが頼りであり、全体的に仄暗い。
外よりも一層、闇めいて感じられた。
中央に――優樹が立っている。
暗がりの中で詳細までは分からない。実は、身体能力に比すると五感はさほど強化されていない。
奥にあるソファーには、那々呼が猫のように丸まって寝息を立てていた。
統護はゆっくりと、そして優しく話し掛ける。
「待たせたな。助けに来たよ」
優樹が後ろのソファーへ語りかけた。
「起きなよ、那々呼ちゃん。やっと王子様が君を助けに来たよ」
統護は首を横に振る。
「いいや。那々呼を迎えに来たのも事実だけれど、助けに来たのはお前だよ、優樹」
そう。優樹を助けたかった。
最初は元の世界の優季を重ねていただけだった。
願わくば、自分と同じ転生者であってくれと思っていた。
でも――今は違う。
優季への想いや思い出とは関係なく、ただ目の前の優樹を純粋に救いたい。
彼女とのほんの僅かな思い出が、今の統護の原動力であり、想いだ。
「駄目だよ、統護。もうボクは駄目なんだ」
そう言って、優樹は那々呼の傍まで後退すると、壁面に埋め込まれている【DVIS】装置に、自身の専用【DVIS】を通じて魔力を作用させた。
室内に魔術――【間接魔導】――による光が満ちる。
視界が明るくなる。
灯りによって露わになった優樹は、朽ちかけているマネキンのようであった。
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