第四章 破壊と再生 24 ―太陽神―
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24
衝撃的な姿。
優樹は崩壊寸前であった。
服から露出している肌の半分以上が硬質化あるいは結晶化しており、それもヒビ割れている。右目は白い石にしか見えず、明らかに眼球として働いていない。辛うじて肌としての体裁を保っている箇所も、大部分が血色を失っていた。
統護は思わず息を飲む。
優樹は柔らかさを失った目尻と頬を無理矢理に笑顔にすると、口の端に亀裂が走り、表層面がバラバラと崩れ落ちた。
「醜いでしょう? ボク」
「ゆ、優樹……」
悲痛な声で、優樹は恨み言を漏らす。
「どうして、どうしてお風呂場でのボクの裸を最後の姿にしてくれなかった……ッ!!」
涙は出ない。すでに彼女の涙腺は死んでいるから。
ロイドに命じた意味を、統護は理解する。
「アイツはお前に『命令を果たせなくて済まない』って言ってたよ。そして俺に『お前を救って欲しい』との言い残した」
「そんなの無理だ。この姿で分かるだろう? ボクは統護にとって綺麗な姿のまま死にたかったというのに、どうして化け物のボクに対峙したんだよ」
強度を失ったボロボロの歯を噛み締めて、優樹は「ACT」と【魔導機術】を立ち上げる。
そよ風であった。
本来ならば疾風のドレスである彼女の【基本形態】は、身体の外層を弱々しく循環して衣服を少しだけ波立たせるだけ……
そして魔力を消費した事により、更に身体の崩壊が加速する。
「さあ、戦おう統護。ボクはお姫様を救出しに来た騎士の前に立つ、邪悪な魔王となろう」
顔面を崩しながら凄絶な笑みを浮かべる優樹に、統護は右手を翳した。
五指を拡げた右手を彼女へ向け、意識を集中する。
二メートルも離れていない。この距離ならば、一度体現している今、造作もない。
転送した魔力球で優樹を包み込む。
包むイメージは優しく。
握り込む右手は、力強く。
魔力球は優樹の【DVIS】である左耳のピアスへと収束し――呆気なく破壊した。
ピアスの破片が床板に落ちる。
呆気なく【DVIS】が破壊され、優樹の魔術が消えた。
優樹は虚ろな瞳で、悲しげに言った。
「凄いね。それが本物の《デヴァイスクラッシャー》か……。ボクの偽物とは大違いだ」
「ま、万能ってわけでもないけどな」
拳で殴れる至近距離だからこそ、簡単に精確な三次元座標を脳内にアジャストできた。
しかし距離が離れる程、難易度は正比例どころではなく倍加する。訓練を重ねれば精度は上げられるだろうが、相手も【DVIS】を動かし、的を絞らせない工夫をする筈だ。
それでも――遠方からの攻撃手段を得たというのは、なによりも大きい。
これから戦う相手は、統護を近付けさせない為の魔術に集中する、動かない砲台ではいられなくなったのだから。それだけでも戦術面で劇的に違ってくるだろう。
「これで終わり……か。ボクの負けだよ」
「いいや。俺はお前を負けさせない。俺達は二人で――勝つんだ」
「え?」
理解できないと呆けた面持ちになる優樹。
統護は優樹に、はにかんだ。
「その制服姿、凄く似合っているよ。出来れば元気になったお前の制服姿も見たい」
「と、統護」
「いや。――絶対に見てやる。お前が嫌だって言ってもな……!!」
リミッターを外す感覚で、魔力を高めていく。
神経と知覚のチャンネルを切り替える。
統護は今こそ『真のチカラ』を解放しようと、〔言霊〕を唱えようとした。
魔術とは似て非なる統護のチカラ――〔魔法〕を使おうと。
この【イグニアス】世界の人々が標準的に秘めている魔力を媒体として、堂桜財閥による超技術――機械と電脳の【魔導機術】――を利して顕現する超常現象を『魔の技術』と定義するのならば。
異世界人である統護が、元の世界で堂桜一族として継承してきた一子相伝の業――
それは『法』であり『理』である。
統護はその業を継承する為に、幼い頃から父に大自然の中で身体と〔魂〕を研鑽・修練する事を強要されてきたのである。
元の世界では〔霊能師〕と呼ばれた、時代に隠れ、秘匿されている存在。
〔契約〕に相応しい〔魂〕を得る為に、人としての数多の技法を身に染み込ませていく。
大自然の中で、身心を鍛錬、精錬していくのだ。
さすれば〔精霊〕と交われる。
己の血脈と魔力によって、世界の自然と調和を司っている〔精霊〕と〔契約〕して、直接的に超常現象を顕現する『魔の法則』といえるのが、統護の真のチカラ――〔魔法〕である。
そして〔魔法〕は、この世界の魔術の開発理念でもある、実在しないはずのモノ。
だが、自然が破壊され続ける元の世界とは違い、この異世界はなんと膨大な〔精霊〕力に満ちているというのか――
近代では、小さな奇蹟さえ困難であった元の世界。
比して、この異世界では、世界を揺るがす超常すら起こすことが可能だ。
人造的な技術を要さず、契約と法規で〔精霊〕力を操り超常を体現できる統護を、ユピテルは【ソーサラー】と区別して【ウィザード】と呼んだ。
空想上の存在であるはずの、伝説の〔魔法使い〕――と。
勝算は充分である。
統護が全力で回復系〔魔法〕を施すことによって、優樹の中のナノマシンネットワークを活性化させれば、〔魔法〕とナノマシンの復元機能で彼女の身体を再生可能なはずだ。
どこまで治癒〔魔法〕による直接回復と、魔力供給によるナノマシンの身体復元を行うかのバランス感覚が勝負になってくるが、可能な限りナノマシンの使用を抑えたい。
必ず――命を取り留めてみせる。
そこから先のナノマシン除去は、堂桜の研究者グループに託すしかない。
まずは、統護が〔魔法使い〕であると知られない為の〔結界〕を、山小屋の内側に――
優樹の左胸やや中央より――つまり心臓が爆発した。
ドン、という小爆発の残響と共に、優樹の身体がエビぞりにしなり、崩れ落ちる。
統護は慌てて駆け寄って抱き起こすが……
上半身を抱き上げている少女は、すでに絶命していた。
…
熱湯に近いシャワーを浴びながら、ケイネスは思い出した。
「……ああ。そろそろ優樹ちゃんの心臓の爆弾が作動する頃合いかしらね」
悪気はない。
害意もない。
どうせ助からないのだから、ひと思いに楽にしてあげよう――と思っただけだ。
湯船の中で鎮座している少女を見る。
戦闘によるダメージの回復が早い。
なによりもナノマシン集合体との適合性と融合率が想定値をはるかに凌駕していた。
この子は貴重なサンプルとして大切に扱わなければ。
米軍【暗部】との関係が続き、陽流が無事に手元に残っただけで、今回は充分であった。
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…
統護は目を見開いた。
死んで――いる。
いつ絶命してもおかしくない状態で、心臓を吹き飛ばされたのだ。優樹は呆気なく即死していた。
統護は迷わない。
床に手を置くと、室内を覆う情報遮断用の〔結界〕を形成する。
「古の〔契約〕に基づいて召喚するぞ! 死と再生を司る至高なる女神っ!!」
時間がない。
肉体ではなく〔魂〕の方だ。死者の〔魂〕を呼び還せる猶予は、数分もないはずだ。
神を象ったチカラのヴィジョンではなく、この世界に在る〔神〕そのものを使役する。
〔精霊〕や〔御霊〕の上位存在である〔神〕を、顕現し受肉化させるのだ。
無意識だった。
統護は無意識に、己の〔魂〕の奥底へとアクセスしている。
その結果。
骸と化した優樹を片手で抱く統護の前に――赤と白を基調としている十二単に近い、豪奢な神御衣を纏い、背中に黄金の円環を輝かせている、細身の若い女性が光臨した。
彼女こそ統護が顕現させた至高の女神。
其の名は――〔太陽神アマテラス〕である。
〔太陽神〕は怒りの眼差しで統護を射貫く。
人間にチカラとして振るわれる怒りだけではなく、更に深い断罪の怒りだ。
統護の〔魂〕に〔太陽神アマテラス〕の意志が響く。
――汝、死者を蘇生させるという大罪を理解しているのか?
理解していると統護は答える。死んだ者が生き返るのは、決して美談ではない。故人の縁者や友人・恋人・伴侶がどれだけ望もうが、死は自然の摂理であり生者が背負う義務だ。
人は死するが故に――生きているのだ。
死が待つからこそ、生命はありがたい。
死から解放されてしまった者は、もはや生きているとはいえないのである。
統護は魂の禁忌、生きる者全てへの冒涜を侵そうとしている。
肯定を以て、統護は〔太陽神アマテラス〕からの赫怒を受け入れて、チカラを使役した。
「――〔神威奉還〕」
黄金の光が、奔流となって統護と優樹を飲む込む。
〔太陽神〕のチカラにより、優樹の蘇生――すなわち〔黄泉還り〕を発動させた。
その反動として、統護の魂が一時的に〔天岩戸〕へと封じられる。
黄泉の国に墜ちる事ができないのならば――その魂を八百万回、死と同等の苦しみに蝕まれるがいい。それが統護が課せられた生者と生命を冒涜した罪。
極限という表現が生ぬるい地獄と煉獄。
統護は耐える。
罪の痛みに。
しかし――元の世界で優季を喪った時の心の痛みを思えば、この程度の魂の痛み!
冷徹な双眸で統護を見下ろす〔太陽神〕が忌々しげに舌打ちした。
同時に、統護の意識が遠ざかっていく……
◆
魂がゆっくりと人のカタチを象っていく。
黄泉の国から引き戻されて、自我を取り戻した優樹は、呆けた視線で周囲を見回す。
此処は――上も下も右も左もない光の中だった。
とても温かい光のみで形成されている、不可思議な場所。
優樹は一糸まとわぬ姿であり、他には誰も居ない様子である。
「ええと? あれれ? ボクは一体!?」
問いに答えるモノがいた。
『ここは輪廻の輪の中心。貴女は貴女の世界――【イグニアス】と識別コードを与えられている場所へと帰還しようとしているの』
不意に姿を見せたのは、美しい少女であった。
光り輝く白い左翼と、光を吸い込む禍々しい右翼。
対となる双翼を誇らしげに拡げている――羽衣めいた和装に身を包んだ十代半ば程の美女。
その絶美は罪とすら思える程である。
堕天使、というフレーズを優樹は脳裏に浮かべる。
女神にも見え、悪魔にも見え、光と闇が同居しているような、不思議な存在だ。
その〈光と闇の堕天使〉の貌に、優樹は息を飲んだ。
「君は――淡雪!?」
〈光と闇の堕天使〉は是非を口にしない。
ただ浮かべている薄笑みは、淡雪のようであり、全くの別人のようであった。
『貴女はね、トーゴが無茶をした所為で、再び生をやり直さなければならなくなったの』
見方をかえれば一種の呪いね、と意地悪く微笑んだ。
「そ、それって転生ってやつ? ボクは赤ん坊として産まれ直すの?」
『普通はそうやって〔魂〕が循環するわ。様々な世界を渡り歩きながら。けれどもトーゴは無理を通して、そのままの貴女として生き返らせたわ。それがトーゴの真価でもあるんだけど。彼は貴女の為だけに〔神〕をも畏れぬ大罪を背負ったわ。器たる身体はもうじき再生する。だから貴女の〔魂〕はそこへ戻ればいい』
「……信じられないよ」
淡雪と同じ貌をもつ堕天使は、光の塊を差し出す。
「これは?」
『せっかく黄泉の国にまで赴いたのだから、ちょっと拾ってきたの。今回、特別にプレゼントしてあげるわ。気に入ってくれると嬉しいのだけれど』
堕天使の手の平から離れた光の塊は、優樹の中へと溶け込んできた。
直後、優樹の身体が光の粒子と化して、弾けた。
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