アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第6部(第25話)

第二章  スキルキャスター 11 ―接触―

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         11

 うぎゃぁぁああああああああっッ!!
 という、素っ頓狂な叫び声に、エレナはスマートフォンを落としそうになった。
「何かあったの? 里央」
 未だに里央とハナ子のオモシロ映像の再生回数は爆上げ中である。調子に乗って里央の母親と妹が晒してしまった里央の個人情報も拡散しまくっている。
 しかし、悪評や誹謗中傷は皆無のはずだ。
 エレナの指示により堂桜の情報管理部門が、事実無根の悪意ある書き込み等は、厳しく監視して火消ししているからだ。僻み・嫉妬・私怨を除いた悪意ある書き込みは、ほぼ無いという報告も受けていた。問題はないはずだ。
 里央は半泣き、半笑いの変顔になってエレナに言った。
「そ、そ、それが、エレナさん」
 聞くところによると、里央は趣味でWEB小説を投稿しているらしい。
 個人サイトではなく国内の大型投稿サイト――『小説家になるぞ』を利用している。
 WEB小説に興味がないエレナは知らなかったのだが、ニホン国内では『小説家になるぞ』をはじめとした様々なWEB小説投稿サイトが存在している。
 その『なるぞ』を頂点に、『ベータポリス』『B☆エベレスト』『カケヨメ』『ペクシブ』等、すでに多くのユーザーを掴んでいる大手サイト、他、新興のサイトも賑わい活況なのだ。
 サイト内でのコンテストや、出版社の新人賞とのコラボ、なにより人気作品のスカウトで書籍化される作品も数多く、人気作も輩出している。
「ま、まさか家族に『なるぞ』に投稿していた事を知られていたなんて……」
 そして、里央の妹が『なるぞ作者』としての情報まで拡散してしまっていた。
 その結果として、里央――『なるぞ作者』りおちんの投稿連載作が、日間ランキングを駆け上がっているのだ。現在、なんと日間総合四位である。
 一時間で数十万単位のPVがきていた。秒単位でブックマークと評価ポイントが増え続けている。総合ポイントはすでに七万を超えていた。
 次のランキング更新で、日間どころか年間一位は確実だろう。
 おそろしい事に、海外向けに英訳された内容がネット掲示板に転載されまくっていた。
 無断転載は禁止なのだが、調子に乗りまくっている里央の母親と妹が勝手に許可していた。
 というか、母親のブログにその英訳版が転載されているという有様だ。
 超が頭にいくつも付く大惨事である。
 通称『なるぞ』なるこの『小説家になるぞ』という投稿サイトは、日間ランキングに載らないと読者の目につきにくい仕組みになっている。日間下位の三百位に載るだけで、PVが十倍違ってくるのだ。逆にいってしまえば、日間にさえ載ってしまえば内容に関わらず、とりあえず人目にはつくので、宣伝はともかく作者間による相互評価(互助会や相互クラスタと呼ばれている)とポイント不正が後を絶たない。不正者の中には、禁止されている複数アカウントによる自己評価を数十アカウントもやっている猛者さえいたりするのだ。むろん発覚時には運営にアカウントを削除されるのだが。
 エレナは里央の『なるぞ作品』を確認してみた。

 その作品名は――『お漏らしJK探偵と少年助手』である。

 あらすじと作品概要に、エレナの頬が引き攣る。
 主人公のJK探偵は、謎解きの推理が閃くと同時にお漏らしを我慢できなくなる特殊体質であった。探偵事務所に通い詰める高校のクラスメートは、JK探偵の父親に憧れるミステリ作家志望だ。美少年でショタっぽい彼は強引にJK探偵の助手にされてしまう。
 二人の高校生は数々の難事件を解決していく――という内容だ。
 謎やトリックを暴き、犯人を明らかにするクライマックス時に炸裂するJK探偵の決め台詞は『助手! 早く紙オムツを!!』である。しかしお約束として、オムツは間に合わずJK探偵は関係者達の前で粗相をしてしまう。足下に黄金の水溜まりを作ってしまった後、彼女は羞恥に頬を染めながら『じゃあ、謎を解いてしまおうか』と天才的推理を披露する――
 ちなみに、JK探偵は助手が好きで、彼と二人きりの時に推理する場合は、愛用のオマルで用を足すのだ。助手のプレゼントであるオマルの名前は『華麗なる白鳥号』である。
 里央が震える声で説明した。
「こ、この作品は『なるぞ民』に向けた作品じゃなくて、『なるぞ』では数少ないミステリファンに向けた本格推理物だったんです。それなのに……」
「え!? ミステリファン向け? ほ、本格!? えっと、あ、そう」
 冒頭を斜め読みしただけで、素人作品と丸分かりである。
 PVとポイントは凄まじい――が、恐い物見たさで感想欄を開いてみる。

 ――案の定、酷評と罵詈雑言で埋め尽くされていた。

 面白い、頑張って、という応援も散見されるが、その全てが具体性に欠けている。
 せいぜい『お漏らしネタ好きです』『もっと暴走して欲しい』程度であった。
 反面、酷評は具体的な指摘のある書き込みが多い。とにかくボロクソにこき下ろされている。
 軽く目を通しただけでも……『色々と酷い』『掘り下げが足りない』『行き当たりバッタリで書いてるだろ』『ちゃんとプロット作ってる?』『山と谷がなくて草原みたいなストーリー』『ミステリ舐めるな』『このトリックには以下の様な矛盾点があります(以下~』『最初から紙オムツ穿いとけよ』『お漏らしがストーリーに生かされていない』『登場人物がブレブレ』『駄作オブ駄作』『JK探偵が天才ではなく周りが馬鹿ばかり』『トリックに使われている薬品、間違っています』『もっと調べてから書け、アホンダラ』『頭の鷲は笑えたが、この駄作には失笑しかできない』『この超低レベルなゴミをミステリと言い張れる神経が凄い』『ツッコミ所しかない』『登場人物の頭、みんな悪過ぎ』『どこが天才的推理よ?』『話のパターンが毎回同じじゃん』『クライマックスが全く盛り上がってない』『犯人の動機に無理がある。しかも毎回』『警察についての描写だけど、以下が変だ(以下~』『考察と構成がガバカバで読むに耐えられません』『このウルトラ駄作、全世界で笑い物になってるよ(爆笑』『犯人って頭脳と知識が小学生レベルですか?』『警察、無能すぎだろ』『容疑者と被疑者の区別がついてないって、作者バカだろ』『鑑識を理解してないよ』『ダメだ、こりゃ。アハハハ』
 感想数三千オーバー。ニホン語だけではなく、世界中から様々な言語で書き込まれていた。
 ダメ出しのオンパレードだ。素人が書いたWEB小説に容赦なしである。
 エレナはそっと感想欄を閉じた。
「ま、まあ、反響があっただけでも良かったんじゃないかしら」
「うぅぅ。やっぱりエレナさんも駄作だと思いますか?」
「率直にいうと、イエスね。矛盾点を吹き飛ばす勢いや面白さもなさそうだし」
「とほほほ。サッパリ人気がなかったのは『なるぞ』受けしないからじゃなかったのか」
 里央はガックリと肩を落とした。
 仮にクォリティーの高い良作だったら、里央の妹はこのWEB小説を晒さなかっただろう。
 ネタにされて馬鹿にされまくる――と受けを狙っての情報拡散だ。酷い妹である。
 申し訳程度だが、エレナは里央を励ました。
「このWEB小説にしろ、感想欄にしろ、あまり趣味がいいとは思えないわ。けれども、この酷評がなければ、勘違いしたままだったから、長期的にみれば今回の件はプラスよ」
 駄作を駄作と評されて、なにくそと奮起できなければ、いずれは筆を折るだけだろう。
 逆にいえば駄作を褒める事ほど、客観的に残酷な事はない。
 書き続ける根性が一番の才能――とは、エレナもよく聞いている。
 これだけこき下ろされる作品だ。感想欄に酷評を書かなかった者も、内心では同じ様に感じているに違いない。それに感想を受け付けないという設定まである。知らぬは一生の恥、知るのは一時の恥だ。本当に小説が好きなのならば、これから上達して作品で見返せばいい。
 ふと思う。ならば他のランキング作は? とエレナは確認した。
 そして、すぐに首を傾げる事となる。
「タイトルとあらすじの時点で、随分と読者層の偏りが顕著ね」
 奇妙なサイトだ。あるいはWEB小説というジャンルそのものがそうなのか。
 どうやら作品のクォリティーや面白さではなく、サイト内での受けと人気を競うランキングの様である。質と人気が比例しないのは、どの分野でもみられる傾向だ。
 そういったランキングなのに、全世界規模で『なるぞ』外の大勢の目に晒されてしまえば、今回の酷評の嵐も納得でもある。
「そうですよ。舞台は現代じゃなくて、中世風でゲーム的な異世界が人気とか……」
 里央がエレナに『なるぞで高ポイントを取れる作風』を説明した。ネットの巨大掲示板に、そういったコツをまとめた箇条書きも存在していた。
 ストレスレスで理解しやすく、そして手軽に読める作品が人気を得やすい。現代技術や現代知識を披露して、下位的な文化や世界での無双――も人気ジャンルだ。例えば、中世風の異世界で現代和食を現地人に食べさせると「美味しい」と好評を博するのだ。実際は、文化圏が違うので、現地人用にアレンジしなければ、口に合うはずがないのだが。医療知識も同様である。異世界人に現代医療が適用できるのかどうか、普通ならば繰り返しの臨床実験が必須になるのだが、そういったリアリティは読者に嫌われる。とにかくリアリティを犠牲にしてでも、読者はヨイショされたいのだ。
 また戦争などでは、悪(敵対者)は皆殺しが好まれる。宗教戦争でも実際は皆殺しなど、非現実的なのだが。普通は味方の損害が一定ラインを超えた時点で、戦略的撤退か、不可能ならば降伏と交渉に入る。戦争は目的ではなく、手段なのだから。しかし、そういったリアリティは『なるぞ』では受けない。責任を負わずに気に入らない相手を残虐に殺すのが受ける。とにかく徹底して読者に媚びるのが肝要なのだ。
 身も蓋もなくいってしまえば、読者の平均的な読解力とレヴェルは恐ろしく低い。
 いわゆる『なるぞテンプレ』を知り、エレナは疑問に思った。
 現状のWEB小説ではなく――芝祓ムサシに。

 彼は『ラーニング』という【ワード】と、ゲーム的なステータス画面を使っていた。

 一見しただけでも、あまりに異質で違和感のある魔術戦闘だった。
 そして件の【ワード】の後に、ロイドの水面蹴りを真似て、更には【基本形態】――《ミッドナイト・ダンシング》まで丸々コピーして自在に操ったのだ。
 相手の魔術を転写する――という技術。
 真っ先に思い出すのが、《マジックブレイカー》氷室臣人が対抗戦で披露した単一魔術だ。
 その名も《スペル=プロセス・オミット》である。
 相手が実行した派生魔術を解析、解析後に分解して【スペル】化した魔術プログラムを自身の脳に設定しているRAM領域に書き込む。その魔術プログラムを軌道衛星【ウルティマ】の演算機能(コンパイル)を介さずに、己の脳内でインタプリタ処理して、再度、自分で使用可能な形式の実行プログラム化する――という異端の技術だ。ただし、分解→再生できる魔術は脳内のRAM領域に一時保存可能な一発分のみである。
 事故の後遺症と、この《スペル=プロセス・オミット》を搭載した影響で、臣人の脳機能は著しい制限がかかっている。
 通常のオリジナル魔術は一切使えない。それどころか、情動や感情思考が極めて希薄になってしまった。臣人は機械的に理屈と論理でしか物事を判断できないのだ。
 そこまでの犠牲を払った《スペル=プロセス・オミット》でさえ、一発分の魔術分解と魔術再生しか実現できない。欠陥技術あるいは試作技術に近い代物だ。ムサシの様に【基本形態】ごと己に取り込んで、自在に操るなど無理なのである。
 不可解だ。
(どういった魔術理論で、相手の【基本形態】ごと『ラーニング』しているのか)
 最も単純な方法は、【基本形態】の上に疑似【基本形態】をエミュレートする方法だ。
 ただし、その方法は術者に莫大な意識容量を要求してくる。
 ムサシとロイドの魔術戦闘を見る限り、ムサシが傑出した戦闘系魔術師ソーサラーとは思えない。
 それに《ミッドナイト・ダンシング》だけではなく、ムサシは【氷】と【風】の魔術も使っていた。魔術の再起動で【基本形態】を切り替えた様子はなかった。単一魔術を断続的に切り替えながら使用したとしか思えないが、それならば、その後の『ラーニング』と【基本形態】のコピーとコントロールはどういう事になるのだろうか?
(……ま、考え過ぎかもしれないけど)
 思索に耽るエレナに、里央が話し掛けてきた。
「エレナさんはステータスとスキルがある中世風の異世界ってどう思います?」
「え? ああ、そうね」
 他の事を考えていたとは言えず、エレナは思考を『なるぞ』に戻す。
 VR型のMMORPGに閉じ込められるのとは真逆で、MMORPG的な世界に転生・転移するという発想だ。
「小説の世界観としては、面白い発想じゃないかしら」
「そういう世界って、エレナさん的にもやっぱりアリですか?」
「ステータスとスキルが存在する中世風の異世界に、この私が実際に転生するって意味?」
 はい、と里央が頷く。
 エレナは即答した。

「自殺可能ならば自殺するわ。もっとも自殺できない可能性が高いでしょうけれど」

 目を丸くする里央に、エレナは丁寧に説明する。
 まず大前提として『なるぞ』の読者は、MMORPGライクにステータスとスキルが存在している世界などあり得ないと理解した上で『なるぞ小説』を楽しんでいる。
 その上で、本当にステータスとスキルが存在する異世界を考察するのならば……

 ●その異世界の生物は全て脳にロボトミー手術を受けていなければならない。
 ●ロボトミー手術により、その異世界に対する疑問を抱かせない処置が必要になる。
 ●ロボトミー手術で埋め込まれた発信器で、全生物はデータベースと常時リンクする。
 ●アナログである生物データをデジタル化して保存可能な記憶装置が必要になる。
 ●普遍的な価値としてのステータスとスキルを定義・調整する管理者が必要になる。
 ●全生物のステータスとスキルを送受信可能な通信システムの構築が必要になる。
 ●全生物のステータスとスキルを評価・計算する演算システムの構築が必要になる。
 ●スキルを事象として実現させる生態的および魔術的な物理機構が必要になる。
 ●文化が中世風ならば、ステータスとスキルを前提とした社会システムに再編する。
 ●社会・文化における評価とステータスの評価における矛盾点を克服する。
 ●最後に、それ等の大規模事業を『秘密裏に』支えるだけの人員と資金が必要になる。

「……簡単に考えただけでも、これだけは最低限必要になるわね」
 実際に実現を目指すのならば、もっと詳細にシステムを煮詰める必要がある。
 このニホンでは、年金の管理システムすら穴だらけで満足に機能していないのが現実だ。
 高度な魔導世界である【イグニアス】が誇る堂桜財閥の最新技術をもってしても、全人類のステータス化およびスキルによる一元管理システムの構築など不可能だろう。堂桜財閥が所持している全ての軌道衛星をフル活用しても演算能力が追いつかない。
「なるほど。自殺できない可能性が高いって、そういう事だったんですね」
「ええ。学校の成績表や都市部の防犯・防災の監視システム網どころの話じゃないわ。ステータスが存在する世界って、トイレや自慰の回数までリアルタイムで管理者にトレースされている事が必須になるもの。まともな人間ならば、自分のLVが絶対的に数値化されるなんて、精神的に耐えられるはずがない。そんな社会は維持が不可能よ」
 その異世界の真実に気が付いた者から、発狂者と自殺者が続出するのが目に見えている。
 けれど、その異世界の管理者はそれを見越してロボトミー手術を行うはずだ。
 里央が残念そうな顔になる。
「う~~ん。なんかリアルに考えると、随分と夢のない話ですねぇ」
 その反応には、エレナは苦笑するしかない。
「だからこそ、ステータスとスキルが存在する中世風の異世界モノが人気なのでしょう」
 要するに、『なるぞ』テンプレとは、一種のドリーム小説なのである。
 そこで、エレナは再び閃く。
 まさかステータス画面風の【基本形態】で、相手の技や魔術を『スキル化』した? それならば、ひょっとしたら、芝祓ムサシという存在は――

「も、モンブラン先生からメッセージが!!」

 またしても素っ頓狂な叫び声をあげる里央。
 再びムサシについての思索を中断して、エレナは里央に訊いた。
「メッセージがどうしたの?」
「ええとですね。『なるぞ』のユーザーページには外部には見えないメッセージ機能という、メール通信がありまして……」
 里央の説明によれば、累計ランキング五十位以内に四作も入っている人気作者――『青空風味のモンブラン』という人と、以前から『なるぞ』内で付き合いがあるとの事だ。ちなみに代表作は累計二位の『堅実、謙虚を身上に生活しております!』という恋愛小説である。
「凄いペンネームね。頭痛を覚えるセンスだわ」
「三作も書籍化している凄い作者さんなんですよ!! しかもアニメ化待ったなしです!」
「で、それで?」
「ハナ子の件で私を知ったモンブラン先生が、是非、会ってみたいと」
 エレナは難色を示す。
「状況が状況だし、今は自重してもらえれば、ありがたいけれど」
「お願いしますぅエレナさん! 会ってサイン欲しいんです!!」
 指定された待ち合わせ場所は、割と近場である。
 自分のサインには興味なかったのに、とエレナは苦笑しつつも、認めるしかなかった。
 人質の真似事をお願いしている友人を、本当に拘束などできないのだから。

 

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 待ち合わせ場所は、横浜の外れに位置している個人経営の喫茶店であった。
 大型テナントビルの隙間にある、こぢんまりとした店舗だ。
 コーヒーがメインで、軽食がオマケ、という極スタンダードな看板が出されている。
 現在、【堂桜エンジニアリング・グループ】が主導となって進めている横浜市近未来化再開発計画――通称《プロジェクト・バベル》の影響で、観光客や遊覧客が例年より少ない。
 喫茶店内も、工事関係者と思われる人が多かった。
 里央が店に入る。ウェイトレスの案内は、丁重に断った。
 店内を見回す里央。
 話題沸騰中である里央に誰も気が付かない。
 頭にハナ子を乗せていない事と、ネットの話題に興味が薄い層が大半だからだろう。
 状況を理解して里央の頭から離れているハナ子は、宿泊しているホテルで大人しく待機していた。普段は我が儘だが、賢いので、状況に応じて聞き分けがいい。
 エレナも里央と別行動で、店内に客として紛れていた。
 今のところは、パパラッチ等に尾行されていない。上手くホテルから脱出できた。
 万が一を考えて、里央には発信器を付けさせてもらっている。
 時刻は午後一時五十分――約束の十分前だ。

「ちぃ~~ッス! ち、ち、ち、ちぃィ~~ッスぅ!!」

 そんな独特な挨拶と共に、里央を手招きしている少女が窓際のテーブルにいた。
 髪型はド派手なツインテール(ツーテール)。上着は白でスカートが黒の、フリル付きのドレスを着ている。
 なんだこの女……と、見守っているエレナだけではなく、店内の大半が思った。
 その呼びかけに、里央が笑顔になって駆け寄っていく。
「ひょっとして貴女がモンブラン先生ですか?」
「そうだよ! 私が『青空風味のモンブラン』だよ。初めまして、里央ちん!!」
 里央は嬉しそうに、モンブランの対面に座った。
「若いですねぇ。高校生ですか?」
 見守るエレナも同感だ。どう見ても、高校生以下である。
(しかし、子供なのに化粧が濃いわね。あれじゃ肌に良くないわ)
 骨格から判断すると、顔の造形は上玉のはずなのに、モンブランは素顔が判らなくなる程、化粧を塗ったくっている。しかもメイク技術も下手くそもいいところだ。
 注文を取りにきたウェイトレスを、モンブランが追加注文して適当にあしらった。
 そして里央に向き合う。
「まぁね。『なるぞ』のユーザーページじゃ年齢明かしてないし」
「てっきり大人かと思っていました」
「作者が子供ってだけで読まない層もいるから、それの対策だよ。だから書籍化の為に出版社の担当さんと会うと、まずは年齢で驚かれるんだ」
「私もビックリです。ちなみにおいくつです?」
「中一。十二歳だよ」
「えぇぇええええええええええええッ!」
 里央の仰天叫びに、店内の注目が集まってしまう。エレナは思わず舌打ちした。
 何をやっているのか。自分から目立ってどうするのだ。
 モンブランが苦笑する。
「驚かない驚かない。私だって、里央ちんが『あの』美濃輪里央だって知って、本当にすっごいビックリしたんだからね。ホント、『なるぞ』で活動していてラッキーだった」
 里央が照れる。
「いやぁ~~。ハナ子の件は、本当に恥ずかしいですよ。お母さんと妹の所為で、個人情報まで拡散しちゃって。あげく『なるぞ小説』まで世界中に晒される始末ですもん」
「だけど、たった一晩で八万ポイントとったよ。これで里央ちんも累計作者だね!」
「う~~ん、累計作者って実感は皆無ですけど」
「ところでね。里央ちんが『あの』美濃輪里央って驚いたの、例の鷲の件じゃないんだ」
「え」と、里央が目を丸くした、次の瞬間――

 モンブランが里央を抱えて、窓から店外へ飛び出していた。

 窓ガラスが割れる派手な音が響く。
 その残響と客が悲鳴を上げる中、エレナは先回りして店内にいるはずの芳三郎に叫んだ。
「篠塚! 弁償と支払い、そして後始末は任せたわ!!」
 返事を待たずに、エレナはモンブランを追って出口へと駆け出した。
(やられた!! まさか窓を突き破って出るなんて!)
 里央を奪われる可能性は想定していた。勝負は店を出てから――という算段が甘かった。
 このタイミングで面会を申し出てきたのだ。やはり里央を狙った罠だったか。

 表通りに出ると、モンブランが待ち構えている。

「ちぃ~~ッス! 遅い遅い。待ちくたびれたから」
 里央は失神している。モンブランの足下に寝かされていた。
「あら、そのまま尻尾を巻いて逃げなかったのね」
「警察に介入されたくないから。それから、里央ちんに取り付けられているだろう発信器も考えなきゃならないし。だから――一般人には関係ない【ソーサラー】同士の争いだって、公衆にアピールした方がトータルでプラスかなって判断だよ。……堂桜エレナ」
 モンブランが大声で周囲にアピールした。
 すでに、それなりに人が集まっている。騒ぎになるのは必至だ。
「まあ、発信器はこれから披露する私のオリジナル魔術で壊すんだけどね」
 白の上着を脱ぎ、上下共に黒の衣裳になった。
 いわゆるゴシック・ロリータだ。
 そして、背中から取り出した仮面を被る。その仮面は真っ黒な狐面だ。
 漆黒一色の出で立ちに、エレナが頬を釣り上げる。

「偶然って恐いわね。……黒壊闇好さん」

 罠だとすると、MKランキングの戦闘系魔術師ソーサラーである可能性が高いと思っていたが、まさかランキング2位が里央を浚いに来るなんて――
 イベントでの対戦前に、ここで2位との激突になるとは、流石に予想外である。
 闇好が笑い声をあげた。
「ち、ち、ちぃ~~ッスぅ!! 世界一のスーパーモデルが私を知っているとは光栄だ」
「ええ。MKランキングでは、私はルーキーで貴女の方がメジャーだもの」
「私も参戦二ヶ月のルーキーなんだけどね。ランキング7位さん」
 悪趣味な厚化粧は故意だったか。黒い狐面に隠されて、闇好の表情は分からない。
 里央を取り返す。このまま連れ去られはしない。
 二人の戦闘系魔術師ソーサラーは同時に唱えた。

「「 ――ACT 」」

 

 

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