第二章 錯綜 1 ―魔術実習―
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その日の実演講義(魔術実習)は、感嘆の吐息に満たされていた。
クラス担任であり【聖イビリアル学園】の魔導教師である琴宮美弥子も、僅かながら顔が引き攣っている。
主役は、転入生である比良栄優樹だ。
使用している魔導機器――【AMP】は、円筒形のシンプルなデザインの台座である。
【AMP】とは『アクセラレート・マジック・ピース』の略称で、魔術師である施術者を補助する為の魔導具だ。
台座型【AMP】は基礎とされる四大エレメント――『地・水・火・風』を扱う為のトレーニング機器であった。今は【水】のエレメントを扱う実習だ。
優樹は左手を台座に添えて、自身の専用【DVIS】を起動させている。
彼の【DVIS】は左耳のピアスであった。宝玉を埋め込む必要がある為、耳たぶの大半を覆う大きさだ。男子にしてはかなり長めの髪でピアスを隠していた。
――台座の上には、課題である円形や四角形への制御を終え、正八面体になっている水が浮いている。
魔導科への進級を希望する学園生は、一人の例外なく、専用【DVIS】を得る前から独学で自身のオリジナル魔術のプログラム・コードを開発している。その程度の芸当ができなければ、いくら魔力総量や意識容量などの先天的な素養が高くとも、天性の才能職であり高度な専門職である近代魔術師――【ソーサラー】や【ウィッチクラフター】――は務まらない。
だが、自主的に先回りしての、オリジナル魔術の開発にも弊害はある。
それは扱うエレメントに対する正しい適性であった。
一般的に最も人気が高いのが、汎用性と拡張性に優れている【火】のエレメント――『炎系』であり、また先例や例題も多いことも手伝って、多くの学園生が『炎系』の魔術を専用【DVIS】に登録する。
しかし真の適性が他のエレメントである者も少なくないのだ。
この魔術実習は、生徒に自身の真の適性を理解させる為、というのが目的でもある。
「――そこまでです。センセは感心しました。百二十点満点です」
美弥子の終わりの言葉で、台座の上の水が横に置いてあるビーカーの中へ戻った。
水の制御は、専用【DVIS】内の自身のオリジナル魔術ではなく、全て【AMP】にプリインストールされている標準アプリケーション・プログラムで行わなければならない。
つまり、ある意味我流ともいえる自己開発型のオリジナル魔術ではなく、純粋かつ真っ当な基本的な資質が顕れてしまうのだ。
実は、楽勝だと高をくくっていた大半の生徒が、標準アプリケーションではまともに制御できない、という事が露呈してしまう。
魔術起動時に己の裡に超次元で展開している電脳空間――【ベース・ウィンドウ】の魔術オペレーション形式が、自身のオリジナル・コードではなく、与えられた汎用コードによる記述・演算となると、途端に勝手が違うと大半の魔術師が実感する羽目になる。その汎用性をクリアして、己のオリジナル魔術理論に組み込めなければ、我流の先はない。
優樹の実習が終わり、教室内が拍手で包まれた。
「素晴らしいですね。比良栄さんが選択している魔術特性は『水系』ですか?」
「いいえ。ボクは『風系』をメインに開発しています」
「まあ! 専門でないのにあれだけの基礎制御ができるとは、流石は中部の勇――【ニホン魔導開発大学付属学園】は評判に違わない優秀な学校ということでしょうか」
美弥子は意図して、優樹の才能とは口にしなかった。
優樹が一学年終了時で、総合第四位の優等生であった事も口外はしていない。
曖昧な笑顔でお茶を濁した優樹は、ぺこりと一礼して壇上から降りた。
そんな優樹に、数名の女子から黄色い声が浴びせられる。
その声に対して、優樹は慣れた仕草で小さく手を上げて応えた。美弥子は小さく肩を竦めた。前の学校で彼が女子人気が高く、また手が早いという情報も得ていたから。
(どうなっていやがる?)
優樹の実習を見て、統護は混乱していた。
魔術を使えるではないか。
彼は統護と同じ《デヴァイスクラッシャー》の筈だ。しかし、自身の専用【DVIS】を破壊する事なく【魔導機術】を実演してみせた。
つまり――彼の《デヴァイスクラッシャー》は、統護とは似て非なる別物といえる。
優樹と目が合う。
すると彼は意味深に両目を細めた。
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…
昼休みになった。
二つを一つに寄せた机を食卓として、統護は三人で昼食を摂っていた。
面子は統護と史基、そして普通科一年F組から遠征してきている締里であった。
この【聖イビリアル学園】にも学生食堂はあるが、統護は弁当派だ。
「どうだ? 今日の弁当は」
最初の頃、統護はこの異世界にいた元の統護に倣って、堂桜家の専属料理人が用意してくれた弁当を持参していた。しかし《隠れ姫君》事件において一時期、アリーシアが暮らしている孤児院【光の里】に移った。事件当時は、統護を勝手にご主人様に認定した専属メイド――ルシア・A・吹雪野の手製弁当を持参するように変わっていた。
事件が終わり、ルシアは【光の里】から距離を置き、統護も堂桜本家に戻った。
そして弁当はというと――
「今日は卵焼きが自信作なんだ」
締里はそう言って、統護に手製の弁当を勧めた。
自分の箸で卵焼きを摘み上げ、統護の口へ入れようとする。統護は仕方なく「あーん」して食べさせてもらう。史基だけではなく、周囲の視線が痛い。
ちなみに初めて締里が弁当をもって来襲してきた翌日には、中等部から淡雪までやってくる始末であったが、流石にそれは一日で止めさせた。いかんせん距離が遠すぎる。それに何故、締里と張り合おうとするのかも謎だった。
ユピテル戦のダメージが原因でアリーシアのファン王国凱旋に随伴しなかった締里は、現在は【光の里】で逗留している。疲労とダメージを抜く療養が目的だ。アリーシアに【光の里】の食事を任されている、と聞かされた。
史基が『大学生の姉の手製』という、割と無残な外見の弁当をつつきながら締里に訊く。
「前々から疑問に思っていたけど、どうして締里ちゃんは自分の分は携帯食料なの?」
締里が食べている物は、缶詰と全粒粉スティック、そしてゼリー飲料のパックである。
「こちらの方が自分には馴染んでいる」
「なあ締里。今まで恐くて訊けなかったが、思い切って確認するけど、いいか?」
「疑うのか。統護のお弁当の中身は普通の食材だ」
「いや、そっちじゃなくてさ。俺の弁当は普通に美味いし」
「本当か!?」
「ああ、本当って――だからそっちじゃなくて。【光の里】の食事事情なんだけど」
「姫様にも訊かれたけれど、私も信用がないものだな。確かに軍用筋の食料を伝手から安く大量に仕入れているけれど、ちゃんと業者用と同じで調理用食材がメインよ」
「メインって、じゃあ携帯食も仕入れているのか?」
「基本的に自分用。気に入っている子にも分けている」
「だったら安心したよ」
再び史基が口を挟んできた。
「それだったら、どうして統護の弁当だけ別なんだよ?」
統護もその点は疑問に思っていた。
二人の視線に、締里は頬を微かに染める。
「じ、実験だ。一度に大量に作る食事とは違い、その、誰か一人の好みに合わせて調整する、という技能も今後は必要になると思ったから……」
最初から震えまくっている台詞は後半になるにつれ、弱々しくなっていた。
統護は納得する。
「なるほどな。疑問は氷解したよ。確かに一理あるな。俺でよければいくらでも実験に付き合ってやるよ。なにしろ締里の弁当は美味いし、役得でもある」
戦災孤児であった楯四万締里という少女は『真っ当から裏道に逸れた』人生を送っていた。その事を統護は知っている。しかし締里は心の主をアリーシアに定め、確かに変化し始めていた。いや、変わろうと努力し始めている。ならばそれを応援したい、と統護は思った。
何故ならば、統護自身もまた過去の自分から変わりたい、と強く願ってるから。
史基は愕然とした表情を統護に向ける。
「え? お前のリアクションってマジでそれなの?」
「あれ? 俺、何かおかしな事いった?」
「おかしいっていうか、ピントがずれている気がするぜ」
統護は締里を見た。
彼女は彼女で不満そうに眉根を寄せていた。
「――なかなか賑やかで楽しげな食事風景だね、統護」
朗らかな声が掛けられ、テーブルの三人は声の主を見る。
同じクラスの女子三名に囲まれている優樹であった。
そんな様子に、統護の胸が疼く。
元の世界でも優季はいつも友人達に囲まれている人気者だった。優季を好きな男子は多かったし、同性である女子にも人気があった――
「どうしたの、統護?」
「いや、なんでもない」
「美味しそうなお弁当だね」
「ああ。お前は学食か?」
察するに、クラスの女子に案内してもらった、といったところか。
「うん。堂桜の料理人が弁当を勧めてくれたけど、学食の方が性に合っているから断った」
「そうか」と、統護は視線を手元の弁当に戻した。
そんな統護を、ニンマリと笑んだ優樹が覗き込む。
視線を締里と統護で往復させて――
「で、そっちの娘って統護のカノジョ?」
その爆弾発言に、統護は盛大に噴き出す。弁当を口に入れていなくて良かった。
「いやいやいや! どうしてそうなる」
ぼっちであった自分に友人ができて、こうして皆で食事ができるだけで幸せを噛み締めているというのに、友情が気まずくなるような発言は控えて欲しい。
先日のデートもどきでも身に染みたが、自分にはカノジョだの恋愛は早過ぎる。もっと友人関係についての訓練と慣れが必要だと自己判断していた。
「だってさぁ。そのお弁当って堂桜の料理人がボクに差し出してくれたのは全然違うし。統護が自炊するとは思えないし。じゃあ、残るはその娘の弁当じゃない? ああ、証野くんの弁当とも趣向が違うしね。――違うかな?」
「まあ、正解なんだけどな」
「やっぱりカノジョだ!!」
「そっちじゃなくて、弁当の出所だっての!」
「ムキになるところが怪しいな~~。統護って前は女嫌いって設定だったよね?」
「設定でもなければ、女嫌いってわけでもない」
女に興味はあるけれど、単純に今の統護にはハードルが高すぎるだけだ。恋愛なんて、想像するだけで胃が痛くなる。下手をすると、自分には生涯、無縁だろう。哀しい予想というよりも、その方が気楽というのが、かなり重傷だと自覚している。
締里が凄みのある声で言う。
「食事の邪魔をするのなら、遠慮してくれない?」
「あは。ゴメンね~~。で、やっぱり君って統護が好きなの?」
ガタン、と派手な音を立てて椅子がスライドした。倒れなかったのは偶然だ。
立ち上がった締里は、冷たい双眸で優樹を睨む。
気まずそうに苦笑いした優樹は、ややオーバーに肩を竦めて謝った。
「ゴメンね。ちょっとからかっただけ――のつもりが本気で怒らせちゃったみたいだね。うん、ボクが悪かったからこの場は収めてくれないかな? 一応、先輩の顔を立てるって事で」
新顔の転校生だけどね、と付け加えて優樹は去った。
椅子に座り直した締里が統護を睨む。
「統護。会話から彼が堂桜に居候しているのは分かったわ。……詳しく聞かせなさい」
どうして黙っていた、とその目が批難していた。
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