アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第2部(第10話)

第二章  錯綜 2 ―読書中毒―

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         2

 そして――放課後。
 優樹は三件目の呼び出しに応じる為、屋上へ向かっていた。
 転校早々、二件とも女子生徒からの告白だった。返事は普段通りに保留扱いにしておいた。時間を置いて先方の熱が冷めていなければ、その時には真剣な返事をする予定だ。
 辟易する。
(どうせ、ボクの外見に惹かれているだけだし)
 華奢な外見で、大人しそうな女顔。必ず一定数以上の女性の需要があると分かっていた。
 罪悪感はない。
 三件目の呼び出しも、どうせ「好きです。付き合って下さい」だ。いったい彼女達は、自分の外見以外の何を理解しているというのか。
 前の学校でも何人かと付き合ってみたが、やはり駄目であった。
「そもそもボクという男を受け入れてくれる女なんて……いるはずがないよ」
 この苦しみは、誰にも理解できない。執事であるロイドであっても。
 階段を登り切り、昇降口のドアを開ける。
 そこで優樹は首を傾げた。
 普通、学校の屋上は施錠されていて、生徒は立ち入りできない筈では? 現場に到着するまで気が付かなかった。
 約束は約束だ。とにかく屋上へ踏み入る。
 広々としたコンクリート平面の中央に女子生徒がいた。
 予想通り相手は女子で。
 予想外の相手である女子であった。
 優樹は動揺を抑えて、フレンドリーに話し掛ける。

「意外だったな。だって君って統護が好きだと思っていたから」

 呼び出してきた相手は、友好さの欠片も感じられない声で否定した。
「勘違いしないで」
「ひょっとして脈なしとみてボクに鞍替え? 一途っぽく見えたけど違ったかぁ」
「私と統護の関係はともかく……少なくともお前は好きじゃない
「じゃあ、どうしてボクを呼び出したの?」
「付き合ってもらう為よ。男女交際じゃなくて、今から始まる魔術戦闘に」

 楯四万締里は【AMP】である愛銃の銃口を、優樹の眉間に照準してみせた。

 銃口を向けられた優樹に動揺はない。
 統護に知られない場所で統護の為に一人戦える彼女を、眩しげに感じ、少し羨んだ。
 締里の本気の視線は、すなわち彼女の気持ちとイコールだ。
「統護から聞いた。魔術が使える《デヴァイスクラッシャー》……。そのカラクリ、洗いざらい吐いてもらう。実力行使でね」
 その敵対宣言に、優樹はニッコリと笑顔を返した。
 愛の告白よりもこっちの方が面白いや、と自信ありげに呟いて。

         

 クラス委員長である累丘みみ架は、本当は図書委員になりたかった。
 放課後になり、みみ架は学園内で一番落ち着ける場所――付属図書館での憩いの時を噛み締めていた。
 付属図書館という名称であっても、最先端の魔術教育をはじめとする総合教育機関としての名門校――【セントイビリアル学園】本舎に付属している建物(ハコ)だ。規模は、標準的な市町村の図書館を軽く凌いでいる。
 みみ架は公認指定席と化している四階窓際の席で、読書を楽しんでいた。
 窓から差し込む光の暖かさを頬に感じながらの至福の時だ。

 誰が呼び始めたか、人呼んで――《リーディング・ジャンキー》。

 彼女は人生の為に読書しているのではなく、読書の為に人生を送っている。
 野暮ったい二房の三つ編みおさげに、化粧っ気や飾り気のない外見が、まさに『委員長的だ』と、周囲に解釈されて勝手にクラス委員長にされてしまったが、みみ架にとっては迷惑以外のなにものでもない。読書に費やせる貴重な時間が減るだけであった。
 地味で文学少女風の外見にも特に拘りはない。
 単に素材そのままで、清潔感さえ保てればよく、余計な手間暇をかけていない結果が、この外見というだけだ。
 お洒落すれば超可愛いのに、と周囲に言われても「余計なお世話」としか思わなかった。
 百七十センチあるグラマラスなスタイルは、モデルでも通用すると評判であるが、みみ架はモデルやグラビア、芸能人に興味がない。むろん彼氏・恋人も同じだ。
 彼氏などできても読書の時間が減るだけである。
「あ。ミミ~~。やっぱ此処にいたんだ。真っ先にこっち来てビンゴだったよ」
 呼ばれて、みみ架は本から顔を上げた。
 この図書室でも読書を阻害されるとは、不本意極まりなかった。
 クラスメートの女子だ。気の強そうな活発な子と記憶している。バトルマニア、と揶揄されていたか。顔は覚えているが生憎と名前は覚えていないし、その必要性も感じていない。
「どうしたのかしら?」
 別に相手の名前を覚えていなくとも会話は成立する。
 クラスメートA子、と暫定的にみみ架が識別した相手が、苦笑混じりに言ってきた。
「えっとね、美弥子センセが体育祭というか対抗戦について相談があるって」
 今年の体育祭は少し特殊というか、魔導科がある学校の特徴を押し出そうと、魔術競技を中心とした他校を招聘しての対抗戦が行われる予定になっている。それの打ち合わせだろう。
 みみ架は不満を隠さずに言った。
「それは体育委員の領分ではなくて?」
「いや~~。それはそうなんだけど、やっぱりミミじゃなかったら駄目みたいで」
「今日中が必須かしら?」
「え~~と、今日がいいけど、駄目なら明日の朝一でもいいから伝言しておいてって」
「了解したわ。朝一で職員室へ行くから」
 A子(暫定)が訊いてくる。
「その本って、最近ずっと読んでいるよね」
「よく観察してるわね」
「まあ、ミミって自分で思っている程、みんなの注目を集めていないわけじゃないし」
「不本意ね」
 読書の邪魔だから、できればそっとしておいて欲しかった。
 意図しなくて耳目を集め、その挙げ句の委員長なんて人生の無駄以外の何だというのか。
「……ミミってさ」
「なに?」
「最近、帰りが遅くなったよね? 前は委員長の用事以外ではあまり残らなかったのに」
「それが?」
「いや、みんなが不思議がっていてさ。前は図書室にいる時間って昼休みが大半だったのに、今では放課後までって」
「だから、それが?」
 A子(暫定)が愛想笑いを添えて、気まずそうに言った。
「つまり――、彼氏と喧嘩した、とか?」
 みみ架は盛大にため息をつく。
「違うわよ。彼氏なんていないし。今までは帰宅してすぐに祖父が道楽でやっている古書堂でバイトがてらに読書していたんだけど、先日、祖父が雇った店番が使えない男なのよ」
 話していて、みみ架は不機嫌さが増していく。
 物好きでお人好しの祖父が、要領が悪過ぎる怪しげな外国人の青年を気に入ってアルバイトとして雇用したのはいいが、彼は店番すら満足にできなくて、みみ架が面倒をみる羽目になっていた。それが面倒くさくなって、みみ架は帰宅を遅らせるようになったのだ。
 ちなみに、みみ架は通学の為、実家から離れて祖父の家に下宿している。あくまで名目上はそうなっている。実質は祖父のお守り役であるが。
「……つまり此処で時間が過ぎるのを待つ身なわけよ」
「本当に~~? 実はその店番の人が彼氏で喧嘩中とか」
 話題の焦点が違う、とみみ架は眉根を寄せた。
 どうして女はすぐに男女の色恋沙汰に結びつけるのだ。読書の素晴らしさには、目を背けるというのに。みみ架にとって最大の理不尽だ。
「どうして店番の男がわたしの彼氏、という前提条件になるのかが、一番の謎ね」
「ホントに彼氏いないの?」
 しつこさに、みみ架は辟易して会話を止めた。
「だったら実はぁ、証野と喧嘩、が真実とか?」
「どうして証野の名がここで?」
 みみ架は首を傾げる。
 ニヤつく笑みを張り付かせて、A子(暫定)は数回、肘で軽く突いてきた。
「だってさぁ~~。証野ってミミに特別な感情を抱いているっぽいの丸分かりじゃん?」
「それは誤解よ」
 確かに、証野史基は自分に特別な感情を持っているだろう。
 けれどそれは恋愛感情のようなプラスの心情ではなく、苦手意識や恐怖といったマイナスの感情なのだ。堂桜統護と証野史基が掃除当番云々という低次元な諍いでクラスを騒がした時、みなが自分に仲裁を願う視線を送ったのは、自分がクラス委員長というだけではなく、そういった解釈があったのか――
「ええ~~? なにが誤解なのよ~~」
「証野との関係は、微塵も色っぽい話じゃないわ」
 視線を紙面へと戻す。これで会話は完全終了――の意思表示のつもりだ。
 学年主席の証野史基とは、ちょっとした因縁があるだけに過ぎない。
 それは――

「……変態魔術ってやつ?」

 ギョッとして再びA子(暫定)を仰ぎ見る。
 A子(暫定)はしたり顔になった。
「その言葉って……証野?」
「うん。ビンゴ。今まで魔術バトル系の話は完全シカトだったけど、やっと反応してくれたね。ほら、証野いっていたからさ。ミミは本当はウチのガッコで最強かもって。――で、変態魔術ってどんな魔術特性なの? 使用エレメントは? 興味あるんだよね、色々な意味で」
 確かに口止めはしていなかったが、まさか吹聴していたとは。そして恋話とフェイントをかけて探り出してくるとは。しかし納得する。みなが自分を委員長に推挙した本当の理由は、あの魔術の存在を知っていたからだったのだ。
 みみ架は真面目に訂正を入れる。
「その前に、いかがわしく聞こえるから変態魔術って呼び方はやめて」
「ええっ~~。じゃあヒントとして使用エレメントだけでも。証野自身も『とにかく圧倒的ってイメージしか覚えていなくて、ワケ分からなかった』としか話さないからさ。いや、話せないっていうべきかな?」
「どのエレメントだったか、自分でも理解していないわ」
 視線を窓の外へ移して言った。嘘だった。
 瞼に移るのは校庭の景色であっても、脳裏にはあの日の光景が蘇る。

 初めて専用【DVIS】を手にした日。みみ架は自分の空想――夢を具現化させた。

 そのシーンを史基に目撃されてしまったのだ。
 そして血気盛んな彼は、みみ架に魔術戦闘を仕掛けてきた。生徒間の私闘と不適切な魔術使用は厳禁なのにである。人目が無かったのもあり、みみ架は不本意ながら応戦する形となってしまい、一方的に彼を叩きのめした。ほぼ瞬殺といってよい結果だ。
 ショックだった。
 夢の具現が悪夢の兵器へと変わってしまった。大切なユメを自分の手で――穢したのだ。
 みみ架は硬い声色で言う。

「わたしのあの魔術は――戦う為のモノじゃない」

 本当は夢の世界で楽しみたかった。ただそれだけだった。
「だったらどうして証野と戦ったの? やっぱりバトルったんだよね?」
「そんなつもりはなかったわ。ただ結果として勝っていただけよ」
「うっわぁ。やっぱ興味ある! だって相手はあの証野でしょう? 証野とまともに戦って勝てる生徒って、三年含めてウチのガッコで何人いるかってレヴェルじゃん」
 A子(暫定)は興奮気味になって食いついてきた。
 みみ架は首を横に振った。
「あのね。皆が皆、【ソーサラー】を目指しているわけじゃないのよ」
 確かに【国際魔術師協会】および【ニホン魔術連盟】に正式に認可される戦闘系魔術師――【ソーサラー】は魔術師職の花形だ。他の魔術系技能職――【ウィッチクラフター】と総称される――は、国家認定の【ソーサラー】になれなかった者がなる、おこぼれ職といったイメージも強い。特に学生や若者達の間では顕著である。
「え~~? 魔術っていえば、やっぱりバトルじゃん」
「私は司書になるつもり。魔術はその為の一つの技術よ。魔術戦闘については、最低限の単位をとれればそれでいいの」
「ふぅ~~ん。勿体ないな」
 理解できない、といった態でA子(暫定)は頭の後ろで手を組んだ。
「元々魔術の才能なんて最低限しかないから。今日の実習だって酷いものだったでしょう?」
 具現化させた夢で、証野を倒して以来、みみ架はその魔術を封印していた。
 夢は夢でキレイのままで――。だから二度と顕現させないと。
 今は基礎となる四元素『地・水・火・風』を満遍なく学んでいる。
 適性は全くないといったレヴェルで、今日も失態を晒してしまったが。


 A子(暫定)が去って、みみ架は再び読書に戻った。
「災難だったわね」
 読書仲間の女子生徒――名前も学年も知らない――が、近くの席から歩み寄ってきた。
 読書を阻害され、一瞬だけ気分を害されたが、みみ架は愛想よく応える。
「仕方ないわ。これでもクラス委員長だから」
「ねえ。さっきの子に乗じて、あたしもちょっとだけ質問していい?」
「貴女も【ソーサラー】だったの?」
 声に険が混じってしまう。
「ううん。こっちも【ウィッチクラフター】志望。家業の関係もあって医療系だけどね。知りたいのは貴女が読んでいる本――。それって【AMP】でしょう?」
「よく気が付いたわね」
 みみ架は本型の【AMP】――命名《ワイズワード》を掲げて見せる。
 つい先日、祖父の古書堂を整理している時に、発見した。
 試しに起動させてみると、みみ架をユーザーと新規登録して使用可能になったのだ。
 可思議な出来事だが、夢ではない。
 夢に導かれるカタチでこの【AMP】を見つけたのに。見つけて以来、今度は不思議な夢を視なくなっていた。そして夢の内容をほとんど忘れてしまっていた。
 忘れてはいけない、気がして。
 懸命に引き留めた記憶だが、努力も虚しく幾つかの断片しか残っていない。
「電子書籍も普及しているっていっても、基本パネル形状で軽量薄型じゃない。それみたいに本型で一頁毎に電子ペーパーを実際にめくれる電子書籍って、新しい発想っていうかさ。あたしも欲しくなって調べたんだけど、見つからないのよね」
「ええ。わたしも調べてみたけれど、完全に本を模したの電子書籍用端末って市販品では存在していないわ」
 そもそも完全に紙と同一の質感と薄さの電子パネルだけでもオーバークオリティであるし、その超薄型パネルを四百頁分、書籍型に装丁するのだ。そんなハイコストの製品は、仮に開発可能であったとしても、商売になるはずがない。
「じゃあ、それってやっぱり何処かの好事家が特注したワンオフ品かぁ……」
「でしょうね。それが巡り巡ってウチの古書堂にやってきた、というのが真相だと思うわ」
 読書仲間は落胆した様子で離れていった。
 みみ架としても彼女の気持ちは分かるので、読書を中断させられた事に対しての不快感は消えていた。
 確かに新型の電子書籍リーダーとしては魅力的に映るのも道理である。
 明らかに、それだけではなさそうだが。
 腕時計で時刻を確認する。まだ帰宅しなくてもいい時間だ。早くあのバイトが帰ってくれると助かるのに、とみみ架は苦々しく思った。
 本に意識を戻す。
「――っ?」
 みみ架の両目が驚きで見開かれる。
 クライマックスに差し掛かっていたミステリ小説が変化していた。
「これってどういう……事?」
 震える声で呟く。
 描かれているシーンが、自分を主人公(視点)とした先程までの図書室内でのやり取りに、書き換わっているのだ。
 それでみみ架は、A子(暫定)の名前を思い出した。

 

 

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