エピローグ 雪解け
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怒濤の連続技が炸裂した。
琉架はあえなくKOされてしまう。あまりに一方的な展開。信じられない――と、琉架の顔が凍りついた。
「ま、敗けるはずが。わ、私がこんな風に……」
しかし現実は無情だ。モニタには[ KO! ]の文字が。
琉架を倒したのはエレナである。
フッ、と妖艶な笑みを添えて、観戦している里央に言った。
「どうかしら里央。完璧なリベンジを達成よ。MKランキングでの失態を挽回できたわ。華麗な勝利こそ、この私に相応しいもの」
「うん。文句なしにエレナさんの勝ちだね」
「ぅううがぁぁああぁああああぁあああああぁぁ~~~~~!!」
半泣きの叫き声をあげて、琉架はコントローラーを筐体に叩きつける。そしてエレナのコントローラーを指さした。ちなみにゲーム筐体はビクともしない。
「ずっこいよ、エレナ! 自分だけ専用のジョイスティックを使って!!」
お陰でコマンド入力が複雑で出し難い超必滅技が、連続して繰り出されてきた。パット式とは操作性が違い過ぎる。
「あら、その条件で受けて立ったのは、貴女じゃないの、琉架」
「そ、そそそ、そうだけどッ」
二人は対戦格闘ゲーム『闘姫絶唱ハーモギアVS』で勝負していた。
「まさか勝負を受けておいて、ゲームだからノーカウントとか言わないわよね?」
「ま、敗けは認めるけどさぁ! くっそぉぉおおおおおおッ」
すでに三日前となるMKランキング事件――共に長期入院が必須の大怪我(重傷)であったが、強引に自宅療養という事にして退院していた。琉架は祖父である黒鳳凰弦斎の家に泊まっている。そしてエレナはアメリアには帰国せずに、里央の家の世話になっていた。
エレナが里央の家に下宿しているのが気に食わない琉架は、エレナに勝負を挑んだ。自分が勝ったら美濃輪家ではなく、自分と同じ祖父の家かホテルにしろ――と。
挑まれたエレナはエレナで、有耶無耶になっていた勝負の決着戦、いや、自分のリベンジ戦とさせてもらうと条件を付けた。
魔術戦闘どころか軽い運動すらドクターストップが掛かっているので、対戦格闘ゲームにより決着を付けるで双方、合意に至った次第である。
で、勝者がエレナ、敗者が琉架となった。
「ったく、無駄に喧しいわね、少しは静かにできないのかしら」
みみ架が顔を顰める。自室に籠もっていたのだが、里央に引っ張り出されてしまった。仕方なくリビングでゲーム観戦しながら読書をしている。
お茶菓子を運んできた弦斎が嬉しそうに微笑む。
「楽しそうでいい光景じゃないか。こういうのワシ、長年の夢じゃったのだよ」
「長年の夢……ねえ」
「ところでエレナさんや。本当にモデル業は引退してしまうのかのぅ」
エレナは肩を竦めた。
「モデル専業は無理だし、モデルとしての仕事量は激減するでしょうが、堂桜関係の専属モデルとして細々と続けていくわ。ま、人気が翳って需要がなくなれば経営に専念するけど」
「それがええ。世界中のファンが喜ぶじゃろ」
「細々は無理だと思うけど」と、みみ架。
琉架が忌々しげに言った。
「フン。とっとと里央ちんの家から出て行け、この居候め。超大富豪のくせに」
「あらあら嫉妬はみっともないわよ。私、里央の家族に歓迎されているし」
「ムッカァぁーーーー!! 今度は『パラプロ』で勝負だよ!」
琉架はゲームソフトを『盛況! パラレルプロ野球』に切り換える。
すると里央が「参加したい」と申し出た。今度は里央とエレナから試合が始まる。勝った方が次に琉架と対戦するというリーグ戦だ。三人だと寂しいので、弦斎も参加となった。
みみ架も誘われたが、丁重にではなく素っ気なく断った。
和気藹々としている雰囲気。休日の昼下がりとしては、最高であろう。
呼び鈴が鳴った。
予定通りだ。誰が来るのかを知ってたみみ架は、弦斎に玄関に行くように促す。
首を傾げつつ、玄関に向かう弦斎。
みみ架も後を付いていく。玄関に着くと弦斎は固まってしまった。
「随分と久しぶりね、父さん」
来訪者は――弥美である。
娘のみみ架をスケールダウンした美貌。実家を出た頃よりは、流石に少しだけ老けている。しかし二十代にしか見えない若々しさは健在だ。みみ架に相似した美形であるが、素朴かつ地味な娘とは正反対で、自己主張が強めの華々しいルックスをしている。
思いがけない娘の訪問に、弦斎は何も言えずに下を向いてしまった。こうして父娘が顔を合わせるのは、果たして何年振りだろうか。何しろ弥美が高校生の時以来なのだ。
重々しい沈黙と間。みみ架は溜息をつく。けれども助け船は出さない。
それは弥美と一緒に来た道生も同じであった。
碧い晴天なのに、まるでスコールに見舞われたかのような雰囲気である。
顔を歪めて弥美が言った。
「今の今まで音沙汰なしは悪かったわよ。けどまあ、便りが無いのは元気な便り――って事で、別にお互いに心配はなかったでしょ? みみ架も寄越したしさ」
早口で投げやりな言い方に、道生が妻を注意する。
「おい、弥美」
「うっさ~~い。聞こえなぁーーい」
いい歳をして、しかも娘の前でその態度か。みみ架は頭を抱えたくなる。
「ええと、申し訳ありませんでした、お義父さん。色々あって挨拶が遅れてしまって。本来ならば、こんな不義理は」
「謝る必要ないって、道生さん。疎遠になったのは、このジジイが九割方悪いんだから。つーか、実際に見ると老けたわねぇ。本当にジジイじゃん」
「ああ、一割は自分に非があると認めているのね、お母さん。これは意外だわ」
弦斎は無言のままだ。
しかも肩を大きく震わせている。弥美が表情を険しくした。
「アに? 何よ。昔みたいに、また癇癪起こして大声で怒鳴ろうってか!? 娘が自分の思い通りになっていないから、また頭ごなしに怒って従えようってかぁ?」
「よさないか、弥美!」
「違う、お母さん。全くの見当違いよ」
肩を震わせているのは、怒りではなく――その正反対だ。
視線を上げられない弦斎は涙声で洩らした。
「……ゴメンよ、弥美」
謝罪の言葉を震える声で振り絞る。
「本当に済まなかった。謝っても、お前の過去の苦しみが、失ったモノが戻るワケでもないが、それでもゴメン。全てワシが親として悪かった。そして琉架を寄越してくれてありがとう。こうして顔を見せてくれて、ありがとう。縁を切られたまま、二度と顔を見られないと覚悟していたんじゃ。ワシからお前に逢いに行く資格もなかった」
下唇を噛み締めて号泣を堪える父親に、弥美はバツが悪そうになった。
「うっわぁ、辛気臭ッ! 別に縁切った覚えないし!」
「ゴメン、ゴメンよ」
「一応は親として琉架を預ける挨拶に来たってだけなのにさ。フン! 累丘の面子もあるし、琉架は定期的に修業の為に下宿させるだけだからね。ま、琉架の意志もあるし、ウチの親戚には説明しといてあげるわよ。感謝しなさい」
「うん。うん。分かった。琉架は責任をもって一人前にしてみせるわい」
「当たり前でしょうが。みみ架には及ばないにしても、あの子、才能は相当なモノよ。私みたいな才能なしじゃないんだから、立派な継承者にしなさいよ」
弥美が踵を返す。
「その辛気臭さが消えた頃を見計らって、また来るわ。その時は飯くらい用意してなさいよ。寿司じゃなくて鰻重だからね、鰻重! 特上の!! それから寿司もだから!」
「では、一先ずこれで、お義父さん。……みみ架、後は頼んだぞ」
「結局はわたしに押しつけるのね」
苦笑を残して、道生は妻の後を追った。
みみ架は祖父に言う。
「はいはい、仲直りできたんだから、気持ちを切り換えなさい。実際はお祖父ちゃんが後悔していた時点で、とっくに仲は修復できていたんだろうけどね。難儀な父娘だわ」
「みみ架にも迷惑かけたのぅ」
「何を今さら、水臭い。どうせこれからも迷惑ばかりだし」
どうにか弦斎は泣き顔を引っ込めて、リビングに戻っていった。盛り上がっている場に、涙は相応しくない。
随分と回り道をしたものだ、とみみ架は思った。
「――で、そちらは別れの挨拶かしら?」
そう声を掛けると、玄関先に植えてある大木の影からオルタナティヴが姿を見せた。
怪我とダメージで満身創痍のみみ架とは違って、すっかり回復している。超人化してる肉体のなんと羨ましい事か。
「気配を消していた……、はずだったのに」
「ジジイだって気が付けなかったのだから大したものよ。で、ご用件は?」
オルタナティヴはクールに言った。
「挨拶ではなく、依頼達成の報告かしらね、クライアントさん」
今回の事案――連続殺人事件としては、堂桜の情報操作によって鎮火に向かっていた。
マスコミとネット、両方で話題に上がる事もなくなっている。
渚此花が口にした〈使徒〉、〔神〕、転生者、平行世界といった言葉も、情報操作するまでもなく、ほとんどの者が真に受けていない。逆にいえば一部の者は確信したのだが。
そしてMKランキングについても、試合においての戦闘データと獲得賞金に対しての追加納税の振り込み以外――全ての形跡が途絶えている。堂桜財閥の情報部門でもお手上げ状態だ。それもそのはず、相手は〔神〕なのだから、人が真っ当に対抗できるはずがない。
みみ架は言った。
「依頼主としては文句の付けようがない結果だわ。惜しむらくは、貴女が人を殺めざるを得なかった事くらいかしら」
「その結末も受け入れている。格好良く渚此花を救い出す主人公を演じたかったけれど、どうやらアタシはアイツとは違ったみたい」
「後悔している?」
「いいえ。アタシは主役でありたい以上に――『何でも屋』だもの」
その台詞に覚悟を感じた。
「次の依頼が入ったわ。師であった『何でも屋』から、共同でのミッションを打診された」
「認められたって事じゃない。依頼、受けるのね」
「ええ。行き先は言えないけれど、しばらく貴女達の前から姿を消すわ。だから……、アイツに『淡雪を頼む』と言付けをお願い。そして」
表情を引き締めて、オルタナティヴはみみ架に告げる。
「貴女は綺麗なままでいなさい、委員長。心と身体と、そして〔魂〕と。アイツの為だけじゃなく、できれば、殺人で穢れてしまったアタシの為にも」
みみ架は肩を竦めた。
「身体と〔魂〕はともかく、心はどうかしらね? 性格、評判悪いし」
「あら。性格が良くなったり人格者になったりしたら、逆に委員長の心が穢れたのか心配になるくらいだから杞憂じゃない?」
涼しげな笑みを残し――オルタナティヴは去った。みみ架は黙って見送るだけだ。
オルタナティヴは決して歩みを止めないだろう。
次のミッションが待っている。彼女の戦いは終わらない――
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◇
……――柴原ムサシ(六三四)は、そこで昏睡状態から目を醒ました。
胡乱な目で見回す。どうやら此処は病院の個室の様だ。
(転生した時の夢……か。あの異世界での出来事はホントウだったのか)
彼は現在、三十九才。
不覚にも強盗に刺されて重体になった。手術は成功し、辛うじて一命を取り留めたものの、三日以上眠りっぱなしで三十九歳の誕生日を過ごしてしまったのである。
不思議とスッキリとした気分であった。まさしく憑きモノが綺麗に落ちている。
(まあ、前世――【イグニアス】世界で殺しまくったしなぁ)
見事なまでに〔神〕に騙され、利用された。けれど恨みはない。後悔もしていない。
ただ単に、殺人衝動が消失した冴えない三十九才――という現実に戻されただけである。
元の世界である此処には戦闘系魔術師も【魔導機術】も、そして〔スキル〕もなく、ムサシも《スキルキャスター》ではない。何より二十一才の若者ではなくなっている。
「これから、どうすっかな。何やって生きるか」
空っぽであった。家族に対しての積年の恨みも消えているが、関心も消えている。どうでもいい。今から心を入れ替えて仕事に精を出す、という気分にもならなかった。
生きる目的がない。かといって拾った命を、わざわざ棄てるだけの動機もないのである。
「――ムサシちゃん! 目が覚めたんだ!!」
勢いよく病室のドアがスライドして、一人の女子高生が飛び込んできた。
彼女はムサシに固く抱きついてきた。
かなりの美少女ぶりなその顔に、ムサシは驚きを隠せない。
「お、お前……、此花か?」
うん、うん、と何度も頷いて、渚此花はムサシに頬ずりする。
すぐに笑顔が涙でクシャクシャになった。
「よかった、生きていて。よかったぁ、ちゃんと目を醒ましてくれた。ムサシちゃん」
「って、おい、まさか【イグニアス】での記憶が?」
「そうだよ。〔神〕様の約束通りだった。ムサシちゃんも前世を覚えているんだね」
ムサシは思い出す。強盗に刺されたのは、襲われていた此花を庇っての事であった。
普段ならば強盗になど負けないが、此花を見て、硬直してしまったのだ。その隙を強盗に狙われてしまった。意識がある内に強盗をKOしたが、そこから記憶が途絶えて……
「強盗はどうなった? お前、無事で済んだのか?」
「私の無事を心配してくれるんだね。大丈夫、強盗はあのまま逮捕されたから」
「そうか」
「連絡がいったご家族も病院にみえたけれど、安心して。私の恩人って事で私の家族が面倒みますって、追い返したから。この世界でもムサシちゃん、家族と折り合い悪いみたいし」
「そうだよ。まあ、今となっちゃ、どうでもよくなったが」
此花は前世――異世界【イグニアス】での顛末を、ムサシに話して聞かせた。
あれからムサシを追って、此花も〈使徒〉としての役割を全うして、殺された。この世界に転生して、前世の記憶に覚醒して以来、ずっとムサシを探し続けていたという。そのムサシの居場所は学校の後輩に調べてもらったとの事だ。なんでも《読書の魔女》と呼ばれる、予言者めいた不思議な人物らしい。
犯した咎は全て【イグニアス】世界に置き去りである。ある意味、究極の無責任だ。
ようやく話が終わり、ムサシは此花を引き剥がす。
「前世は前世。今世は今世。俺も適当に生きていくから、お前も前世の拘りなんか捨てて、今の人生を楽しめ。オッサンに戻された俺とは違い、お前は女子高生に若返っているしな」
「ホント、ムサシちゃんは見事にオジサンになっている」
「悪かったな、オッサンでよ。いいよな、お前は。高校生だもんな」
「でも、お爺さんでも構わないって覚悟は固めていた。逆に年下だと、拒絶されるかもって恐かったし。私が三十九才でムサシちゃんが高校三年よりは、今の方が世間体いいかな」
「チッ! お前は若い方だからいいけどよぉ。歳食っている俺が世間から色々とイチャモンつけられんだよぉ。ロリコンとか」
「それくらいは、潔く前世の罰として受けて欲しいな」
此花はムサシの両頬を抓った。
悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「ムサシちゃんの顔、殺人衝動は消えているみたいだね。嬉しい」
「ああ。その代わりに、もう人生空っぽだよ。何の意義も目的もなくなっちまった」
「だったら目的を私があげる。前世で散々私を『便利な女扱い』で弄んだ償いとして……」
――やり直そう。この世界で新しい二人を――
此花はムサシに口吻した。優しいキス。
生まれ変わっても婚約は解消されてしない、と付け加える。
照れ笑いを誤魔化しつつ、ムサシは言った。
「しゃあねえか。何もやる事ねえし、お前を幸せにする事に人生全部使ってやるよ」
そして二人の影(シルエット)が一つになる。
もう決して離れない。時と世界を超えて、想いは成就した。
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本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。