第四章 宴の真相、神葬の剣 22 ―オルタナティヴVS此花②―
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襲い来る《デジタライズ・キョンシー》達。
ホラー映画みたいな創り物とは異なる、本物のみが有するリアリティに溢れている。
これは――死者への冒涜だ。
殺害したのみならず、手厚く葬るべき遺体をこの様に利用するなんて。
オルタナティヴは《エレクトロマスター》と名乗った此花の魔術特性を、これまでの情報を基に、ほぼ見抜いている。
まさしく【エレメントマスター】にしか実現不可能な超大規模魔術だ。
真に此花が恐ろしいのは、超長時間におよぶ連続起動が可能な【エレメントマスター】としての持続性ではない。
自身の魔力を電気系統のインフラに紛れさせて、魔術的電流に置換できる事である。
そして〈使徒〉という立場が、堂桜財閥の諜報部隊でも真犯人(此花)に辿り着けなかった理由であった。
現代の情報戦において、電子戦が占めるウェイトは非常に大きい。
此花は【エレメントマスター】としてその電子を司る上に、この世界の〔神〕――〈創造神〉が密かにバックアップしていたのである。間違いなく魔導型軌道衛星の機能も〔神〕による介入(ハッキング)を受けていた筈。
根本的な情報機能を〔神〕によって偽装されていたのだ。
その証拠として、此花が【エレメントマスター】として起動する為に必要な、演算用の臨時拡張領域の一時割り当てさえ、堂桜サイドは把握できていなかった。
オルタナティヴが依頼していた那々呼とルシアですら欺かれていたのである。
ちなみに【エレメントマスター】とは、軌道衛星から『通常ユーザー』に割り当てられている演算領域の使用限界を突破する魔力を意図的に注ぎ込む事によって起こる、魔力のオーバーフロー現象を逆手にとった戦闘系魔術師――『マスターユーザー』を指す。
彼等は【魔導機術】システムが想定しているメモリ使用限界(通常のユーザーは電脳世界の全容量の約七十%までしか一度に使用できない)を、特化した単一系能力に集中する事によって、意識的に超えられるのだ。
システム側は極々少数の例外中の例外の為に通常の使用領域の限界を引き上げるのではなく、彼等を『マスターユーザー』として登録し、魔力のオーバーフローを抑止する安全措置を採った。第二演算領域をサブとして割り当て、彼らの能力に対応した――いわば拡張魔術。
加えて、単一エレメントのプログラム全てを己の電脳世界の限界まで割り当てても、その巨大なアプリケーションを制御し切るだけの意識容量。
システムの安全設計の欠点を突いた特異現象を意図的に引き起こせる魔術師を、人々は畏怖を込めて【エレメントマスター】と呼ぶのだ。
《デジタライズ・キョンシー》達の猛攻を、オルタナティヴは次々と捌いていく。
十対一という数の不利をものともしない。
動く。動く。動き回る。
そして『地、水、火、風』の四大エレメントを巧みに使い分けて、攻撃魔術を防いでいた。
通常ならば、集中力よりも先にスタミナが保たなくなる。しかし肉体が超人化している彼女は、数時間レヴェルでは体力切れは起こらないのだ。
問題は精神面の耐久、持続である。
十体の《デジタライズ・キョンシー》は全て別の魔術を使用していた。それもランダムに切り替えてくる。
一体のみならば大した脅威でなくとも、十体となれば話は違う。
防御が大前提となるので、決定打を叩き込めない。
斃すとすれば、まとめて複数体でなければ、攻撃後の隙を残りに狙われてしまうのだ。その上、人間とは耐久力が桁違いときている。
しかも、ムサシと一比古ともう一体を、此花は護衛として自分の側に付けていた。
(加えて、里央まで人質……か)
タイトな条件だ。
此花は自分が優勢な今だから里央に手を出さない。だが、窮地に追い込まれた場合、間違いなく里央を楯にしてくるだろう。すなわちオルタナティヴは形勢を逆転する前に、里央の奪回が必須というハンディキャップを背負わされているのだ。
オルタナティヴは慎重に、しかしダイナミックに立ち回る。
クイックネスとスピードが命だ。
フットワークの速度を維持して、位置取りさえ間違わなければ問題はない。
冷静さをキープしていた。
相手は十体とはいえ、完全当時に攻撃可能なのは、射角からしても一度に三体が限界だ。それ以上は同士討ちになってしまう。
つまり三位一体のチームが、適宜、メンバーを入れ替えながら、何層にもなって襲ってくるのだ。しかも死体である彼等は、スタミナという要素から解放されている。此花の《バトル・カーニバル》が起動している限り、無限に動き続ける事が可能だ。
3×3のエンドレス。
この状況、単身で攻撃に晒されている者にとっては、無限の大軍を相手にしているのに等しい。同じ【エレメントマスター】であってもユピテル、セイレーン、メドゥーサといった面々とは違った意味での、圧倒的な力押し(パワー・スタイル)だ。
しかも見た目からしてグロテスクであり恐怖と嫌悪感を煽られる。
此花が感心した。
「流石だわ。どんなに強い戦闘系魔術師であっても、スタミナと集中力が切れるはずなのに、平然とキョンシー達の攻撃を凌いでいる。肉体的だけではなく、精神的にもタフね」
相性の問題だ。
魔術の天才かつ超人であるオルタナティヴでなければ、誰であろうと陥落は必至という多重攻撃である。いわば、此花の《バトル・カーニバル》にとって、オルタナティヴは唯一の天敵といっていい。
脳内に仕込まれた【電子】で全身の筋肉の動き(神経系統)を封じられている里央であるが、辛うじて口は利けた。
「ま、まさか、あの数を全部、【基本形態】でコントロールしているんですか?」
事実、此花は【電子】による神経制御により、自身の動きですら完璧に魔術プログラム下に置ける。大学では素人と思わせる為に、オルタナティヴの右ストレートに対する条件反射すら押さえ込んだ。此花は格闘技の素人であるが、オルタナティヴの神経系統に流れている微弱な電子の流れから、彼女の動き自体は電脳世界の超視界で捉えていたのだ。
「それは【エレメントマスター】の私でも無理。例外はいるかもしれないけど、少なくとも私の意識容量では。それにオルタナティヴくらいになると、通常の魔術オペレーションと並列した別ラインで、キョンシー達の動きを人間工学を基に解析しているはず。魔術プログラムで動きを決めてしまうと、動きを先読みされるわ」
此花はわざと大きな声で答えていた。
聞かされた格好のオルタナティヴだが、動揺は微塵もない。此花の言う通りに挙動解析していたが、プログラム的な規則性は発見できなかったのだ。
つまり《デジタライズ・キョンシー》達は、命ない死体であるのに、脳機能による己の意志に従って動いている。
魔術で操作するヒト型の肉人形ではなく、確かにゾンビなのだ。
此花が言葉を続ける。
「私の電流は単なる動力じゃない。脳内のシナプスを支配している【電子】による化学反応で《デジタライズ・キョンシー》は自律思考して動いているのよ。そして感情は怒り一色にコントロールしている。最低限の指示と条件(制限)に従っているだけだから、キョンシー達の動きは、この私にさえ読めない。つまりオルタナティヴに予測する事は不可能なの」
そして頃合いね――と、此花は冷酷に笑んだ。
《デジタライズ・キョンシー》への指示は変えないが、条件(制限)を変化させる。
これまでとは違い、同士討ち上等に切り替わった。
規則性が劇的に違う。
今までのパターンに慣れていたオルタナティヴは対応が遅れた。
魔術での攻撃ならば、たとえ虚を突かれても、戦闘系魔術師の超視界と超時間軸でのリカバリーが可能であったが、近接での打撃である。
半ば勘頼りだ。
動きの流れに身を任せて、強引に体を捻り、無理矢理に一体からの攻撃を躱した。ミスした攻撃が近接での打撃だったのが幸いし、あえなく同士討ちが起こる。
三体が巻き込まれて、無様に転倒した。
しかし同士討ちに構わずに、残りの《デジタライズ・キョンシー》が、仲間の身体を超えて津波のごとく掴みにくる。
まともな神経の持ち主ならば、恐怖でパニック必至の醜悪な光景だ。
オルタナティヴの双眸がクールに煌めいた。
三体による連携がないのならば、攻撃一辺倒で防御レスな相手に過ぎない。すなわちオルタナティヴにとっては単なる的だ。
千載一遇――一番先に射程内に入ってきた敵の側頭部に全力の右拳を打ち込む。
そう。超人化している筋力のセーブを解いたのである。
これまで統護とオルタナティヴは、相手をKOする際、過剰な威力に頼らずに、打撃の精度と角度とタイミング――技術的な要因で実力勝負してきた。けれど今、オルタナティヴはついにその禁を破ったのだ。
当たれば問答無用の威力。殺めない為の寸止め動作を放棄したオルタナティヴのパンチは、フォロースルーによって容赦なく頭蓋骨を破砕させ、その内にある脳をも吹き飛ばした。
身体が倒れる時間すら許さない一瞬。
立ったままで――脳の爆砕。首から上が、乱暴に掻き消えた。スイカが割れ散る様なシーンが、ヒト型の頭で残酷無残に再現される。そして首が無くなった身体が後ろに倒れた。
あまりにショッキングな画だ。
モザイク処理なしのこの映像を観て、全世界で相当数の者が卒倒してしまう。心理的衝撃で心臓発作を起こす者も続出。あるいは恐慌状態に陥った。
それは此花とて例外ではなかった。顔面から一気に血の気が引き、思考が止まる。
必死なオルタナティヴにはショックを感じる余裕はない。
次々と繰り出される攻撃魔術を避けて、《ローブ・オブ・クリアランス》で宙に舞う。
待望の時間だ。ようやく砲撃できる隙を得た。
狙って得たチャンスではないが、遠慮はしない。
すかさず《エレメント・シフト》で、使用エレメントを【風】から【火】にチェンジ。落下する前に撃って伐つ。【アプリケーション・ウィンドウ】を操作。ロックオン。ノン・リーサルではなく、リーサル・モードに術式パラメータを設定し――全開の魔術出力で火炎放射した。
ごぉゥぉおォォオオオオオッ!!
夜の空気が黒から赤に染まる。フレア状に展開した劫火で敵十体を薙ぎ払い、焼き飛ばした。
人間ならば瞬時に炭化して、骨以外は消えてしまう火力である。
だが――毛と衣服が無くなり皮膚こそ焼け爛れているものの、《デジタライズ・キョンシー》達は起き上がってきた。
専用【AMP】である特殊ゴーグルのみが無事で、不気味さを煽る。
赤黒い表層をした全身のっぺらぼう。
男も女もない。ひたすらにおぞましく、醜悪な姿であった。遺体を仏様と呼ぶ事もあるが、これでは仏どころか餓鬼だ。
(魔術抵抗に加えて、防御魔術もコーティングされたか)
厄介だ。此花の意表を突いても、個々の《デジタライズ・キョンシー》に対しては、まるで意味がないのだから。
魔術の使用は最小限に抑えている。此花に魔術系の情報を盗まれたくない。魔術の源となる魔力は、実行プログラム起動時に発動源である《デジタライズ・キョンシー》から最小限、発露されるだけだ。けれど此花の【電子】はこの辺り一帯の電気インフラを循環している。【基本形態】のプロテクトは完璧でも派生魔術からの魔術的接触は防ぎ切れない。
ムサシが亡き今、此花は〔ラーニング〕できないはずだ。
仮に此花自身で直接〔ラーニング〕すれば、脳が過負荷で破壊されてしまう。
最後の最後まで、ムサシは気が付けなかった。ムサシが《スキルキャスター》として機能している時には、常に此花が傍にいた事に。
ムサシが見せた〔ラーニング〕および〔スキル〕化しての強奪は、氷室臣人の《スペル=プロセス・オミット》に近い魔術理論だ。此花は自身の脳ではなく、外付けのHDDに見立てたムサシの脳を、RAM領域として活用したのである。
ムサシと他の死体の脳には改造が施されていた。ROM化されていた死体の脳とは異なり、ムサシの脳改造は特別だった。
臣人の場合、多大な代償を払っての『魔術の分解と再生』――それも一発分のストックであったが、メインにムサシの脳と、負荷を緩和する補助用のサブに多数の死体の脳を、魔術的に超次元イーサネットワーク化する事によって、此花はムサシを中継点として、次々と〔スキル〕を貯蓄していったのである。
いわば笠縞陽流の《ハイパーリンケージ》と氷室臣人の《スペル=プロセス・オミット》を併せた様な超高等魔術。それを此花は【基本形態】ではなく、その一階層下の基本性能として備えているのだ。
その名称は――《スペル=プロセス・ライン》。
ネットワーク化による負荷分散があっても、《スキルキャスター》という道化を続けていれば、どの道、ムサシの脳はいずれ壊れてしまっただろう。
立て続けのグロテスクな場面に、観ている里央は嘔吐した。いや、里央だけではなく、全世界で大多数の者が吐瀉物をぶちまけた。
魔術戦闘とは思えない地獄絵図である。
この時点で、約八割の者が視聴継続から脱落した。
唯一、右拳で脳を破壊した一体のみが、倒れ伏したままだ。それも他とは違って、ほとんど骨しか残っていない。
オルタナティヴは目を逸らさずに、その死体を見据えた。死体となってさえ魔術に利用されたヒト型の魔導具から、やっと遺体に戻り、ヒトの死という尊厳を取り戻せたと思いたかった。
此花は顔面蒼白だ。胃からせり上がってくる物を堪えている。
覚悟を決めていたとはいえ、ここまでの陰惨さには精神が耐えられないか。
今なら隙だらけだ。オルタナティヴは此花を魔術で攻撃しようとして――中断した。
一比古が里央の首筋にナイフを当てて牽制したからだ。その動きに、オルタナティヴは違和感を覚えた。アレだけ……他とは違う?
里央が此花に訴える。
「も、もう止めて下さい、此花さん。こんなのは、もう」
「止めないから。私は……止まらない」
頑なな拒絶に対し、里央は叫ぶ。
「止まって! だって此花さん、戦闘系魔術師なのに戦いが好きじゃないものッ!!」
戦闘系と定義されるだけあり、例外なく【ソーサラー】とは重度の戦闘好きだ。
一見、例外に思えるみみ架だって、本質的には戦いを好んでいる。正体が【魔術人格】であったセイレーンも。死に恐怖したラグナス妹でさえ、戦闘そのものは好きだった。
「貴女は戦いたいなんて微塵も願っていない! 多くの【ソーサラー】に接してきた私には分かるもん。貴女は……、貴女は普通の女の子だからッ!!」
「そうだね。私は戦いなんで野蛮な真似、大嫌いだし。格闘技とか武器とかも興味ないし」
「だったらッ!」
「皮肉だなぁ、本当に。もしも私が戦闘好きだったら、あのセイレーンにだって負けない無敵の【エレメントマスター】だと思うよ? だけど現実の私はこのザマね」
「降参して。貴女ではオルタさんには勝てない」
どれだけ魔術師としてのスペックが高かろうが、此花の本質は普通の女の子だ。
オルタナティヴは仄かに期待する。ここで戦闘が終わってくれれば――
クス、と此花が口の端を歪めた。
「違うわ、美濃輪さん。光景の凄惨さは想像を超えているけれど、戦闘自体は私のプランに沿って進んでいるわ。ノープランで場当たり的に戦っているのは、一見、形勢逆転した様に見えるオルタナティヴの方だもの」
その言葉に、ギクリとなるオルタナティヴ。
「エレナ戦でオルタナティヴはかなり消耗している。ダメージと疲労は超人化している肉体の恩恵があっても……魔力はどうかしらね?」
オルタナティヴは言った。
「そうね。潔く認める。スーパーACTした代償で、アタシの魔力総量は一時的に激減しているわ。全回復に三日は要するでしょう」
だから先程の火炎放射で《デジタライズ・キョンシー》を殲滅できなかったのは痛い。
逆にあの一発を撃たせる為に、此花は持久戦を仕掛けてきたのだ。オルタナティヴのコンディションと自身の優位点を考慮した上での、実にベーシックな戦闘プランであった。
戦闘が嫌い&戦闘に興味がない=戦闘を研究していない、とは違う。
「ええ。だからプラン通りに状況は私に有利。そして――」
気を取り直した此花は大胆な行動に出た。
ぞぶン。
――親指で自分の両目を潰した。
左右の親指で両目共に一気にやった。眼球のあった箇所が窪み、紅い涙が二筋、頬を伝っていく。里央が絶叫に近い悲鳴をあげた。
此花は笑顔だ。目だけは笑っていないが。
「心配してくれてるの? 優しいね、美濃輪さんは。私は大丈夫だから。痛覚は遮断したし、視覚も角膜からの光学映像から視覚障碍者用の補助魔術に切り替えた。認識はシンプルにワイヤフレームにしたし」
これでもう、地獄絵図を目にして戦意を挫かれる事はなくなった。
里央は焦れったそうに声を震わせる。
「そういう問題じゃ、そういう……っ!」
「私はね、絶対に止まれないんだよ。ムサシちゃんとの新しい未来の為に」
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