第四章 宴の真相、神葬の剣 21 ―オルタナティヴVS此花①―
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21
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| MKランキング・ファイナル |
| ―最終決戦― |
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| 主催者 エレクトロマスターの此花 |
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| VS |
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| ラグナロク優勝者 オルタナティヴ |
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ムサシは力なく上体を持ち上げた。
けれど立ち上がる事はできない。ダメージが深く、当面は戦えないだろう。いや、そんな事よりも……
(いったい何を言っているんだ? 此花の奴は)
理解できない。《エレクトロマスター》? 脳が認識を拒絶していた。敗北の悔しさやムカツキどころではなく、豹変した此花に、ムサシは困惑するのみである。
纏っている雰囲気が、ムサシの知る此花とは違う。
此花とオルタナティヴの対峙。
最早、自分が割って入る隙間はないのだと、本能的に察していた。
一比古が背後から、やや乱暴にムサシを引き上げる。そして、此花の専用【AMP】――特製ゴーグル(名称は《デスアイズ》)を差し出す。
「これを装着して、ムサシちゃんも私の一部になるんだよ」
男の口から出る言葉は、口調と特徴は此花のものだ。
「此花の一部だって?」
「うん。この【AMP】――《デスアイズ》によってムサシちゃんは、この男と同じ《デジタライズ・キョンシー》となる」
「だからお前は何を言って……」
今度は直接、此花が言った。普段通りの朗らかな笑顔で。
「分かって。これはムサシちゃんと私が『本当に結ばれる』為に必要な儀式だよ」
儀式? イニシエーション? お前まるで別人じゃないか。
ムサシは虚ろな視線を巡らせる。背後にいる一比古以外の《デジタライズ・キョンシー》達を見た。そして気が付く。ああ、彼らは全て。
両親や姉に、つまり――ムサシが殺してきた者達だ。
此花は死体をこんな場所に保存していたのか。
腐敗していないという事は、魔術で死体を管理していたのだ。
そして己のオリジナル魔術に利用した。そもそもムサシは此花が戦闘系魔術師だと知らなかった。すなわち現状は最初からのシナリオ通りで、計画されていた事なのだ。
(なんてこった。そういう事だったのか……)
「そうか。俺は最初からお前に利用されていたんだな」
怒りはなく、それどころかどこか清々しかった。
幼い頃からずっと、此花を都合のいい女として利用していた、つもりだった。
見下していた。体のいい操り人形。そう此花を思っていた。
けれど本当に利用されていたのは、操り人形だったのは、此花ではなく、自分の方だったのである。
ムサシは自虐した。
「振り返れば、そうだ。結果だけ見れば、俺はお前の言いなりで動いていたな。自分で決めて、お前を利用していたと錯覚していけど、状況も含めて、全てお前に煽動されていた……」
黒壊闇好こと累丘琉架をピエロだと嘲笑したが、自分の方が余程ピエロだったとは。
騙されていた事に腹が立たない。それは、きっと惚れているのは自分の方という証左だ。
此花は首を横に振る。
「違うよ。誤解しているよ、ムサシちゃん。確かに私はムサシちゃんを欺いた。でもそれはムサシちゃんに必要なんだよ。だって〔神〕様がそう託宣したんだから」
……〔神〕……だと? ムサシの両目が見開かれる。
此花は首を縦に振る。
「うん。ムサシちゃんをこの【イグニアス】世界に転生させた、この世界の〈創造神〉。ムサシちゃんも知っているはずだよ。その〔神〕に選ばれし者の一人が、この私なの。私は選ばれた。【エレメントマスター】として、《エレクトロマスター》の此花として」
誇りを込めた口調で名乗る。
――我らは〈使徒〉は〔神〕の代行者だと。
二つの単語――〔神〕と〈使徒〉。
そうだったのか。ムサシは理解する。ムサシをこの異世界に転生させた〔神〕は、此花という〈使徒〉で常にムサシを監視下に置いていたのだ。転生者であるムサシには、自由や自己意志など、最初から許されていなかった。〔神〕にとって駒の一つに過ぎなかったのだ。
騙していたのは、此花個人ではなく〔神〕というわけである。
(やはり、なるぞ小説とは違って、旨い話には裏があったか)
タダより高いモノはない。まさにその通りだ。けれど、相応にいい思いも味わえた。
一比古が再度、【AMP】をムサシに勧める。
「さあ、早くこれを」
「これを装着したら、俺はどうなるんだ?」
「死ぬよ。だってムサシちゃんは人殺しが大好きでしょう? ムサシちゃんは嫌いなヤツを殺したいんでしょう? だったら最後に殺さなきゃ。この世界で一番嫌いなヤツを」
「ああ、そうか。そうだな。そういうコトか」
納得する。此花は誰よりも自分を理解していた。ムサシ本人より。
(俺は……、俺は)
この世界の誰よりも、自分が嫌いで、殺したかった。
それに自分を殺せば、もう余計な殺人をしなくてもいい。そう考えると不思議とスッキリとした気分ではないか。
「怖がらないで、ムサシちゃん。私達は一つになるの。そして、この戦いが終わったら幸せになれるんだよ」
そう〔神〕は約束してくれた、と此花が笑む。だから〈使徒〉となったのだと。
ムサシは再び周囲を見回す。
自分が殺した者達ではなく、オルタナティヴ、みみ架、琉架、里央といった面々だ。彼女達はムサシに何も言わない。言えないでいる。
戦う前に警告したオルタナティヴ。心根が優しい里央。この二名さえも、もう言葉を発さないのだ。無念そうに――諦めている。
例え一人でも「死ぬな」と口にすれば、ひょっとしたら躊躇した。正直、期待はゼロではなかった。他人は殺したいのに、自分は殺されたくない、なんて、なんて愚かだったのか。
最後に最高の殺人を――と此花が嗤う。
その笑顔に釣られて、クスリ、とムサシから笑みが零れた。
(くっくくくく。愉しいぜ。これが俺がやってきた事に対する因果応報ってやつか)
さあ、ブッ殺そうか。フィナーレとして、世界で一番ムカつく男を。
後悔はない。最高の人生だった。
ゆっくりと特製ゴーグルを装着する。口元は満足げなカーヴ。
着け終えた瞬間、ムサシの頭に魔術による莫大な電子が流れ込む。バツン!
そして芝祓ムサシの意識と命が――途絶えた。
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…
死体が一つ、増えた。
アレはもう人間ではなく、此花が操る《デジタライズ・キョンシー》の一体である。
新にムサシの死体を加えて合計で十三体だ。
里央はムサシに何も言えなかった。
この状況では、何を訴えても綺麗事だと思ってしまったから。特に、戦えずに見守るだけの無力な自分には――
けれど、里央は涙を堪えて、此花に言った。
「これしか、これしか結果はなかったんですか? 此花さん」
「ん? それは、どういった意味かな?」
「たとえこの最後の戦いに勝ったとして、此花さんにいったい何が残るというんですか! 何も残らないじゃないですか!!」
殺人事件の犯人だと全世界に披露してしまった。そして、ムサシまでも間接的に手に掛けた。MKランキングも終わり、最後の戦いの勝敗にかかわらず、此花には未来などない。
此花は比喩ではなく、本当に世界を敵に回した。
「それは違うよ、美濃輪さん。この戦は私にとって『全てを残す』為の始まりなんだよ。だって〔神〕様はそう約束してくれたの。だから私は〈使徒〉になった。【エレメントマスター】としてのチカラも授かったんだよ」
何を言っているのか、里央には分からない。
「本気で言っているんですか? まるで〔神〕が実在しているみたいに」
「ええ。どうせ信じて貰えないでしょうけど、私は転生者の一人なのよ。しかも〔神〕によって前世の記憶を有している特別な転生者。加えて言うと〈使徒〉は私だけじゃないわ。他にも多数存在していて、影から私をバックアップしてくれている」
里央は納得する。此花個人でこれだけの死体を此処に隠していたわけではなかった.組織的に隠蔽していたのだ。MKランキングにしても同様だろう。ならば此花は……
「バックアップ要員がいてこれだったら、此花さんは黒幕というよりも、矢面に立たされている戦闘要員じゃないですか。利用されているんです」
「そうね。否定しないわ。私は他の〈使徒〉を一切知らされていないし。ただ単に黒鳳凰みみ架を倒す為だけに、〔神〕がこの舞台を用意させたのは理解している」
狂っている。里央はそう思った。
「しっかりして下さいッ!! この世に〔神〕なんて実在していないです! お願いだから目を醒まして!」
だが、此花は里央の反応に何の感情も示さない。
「皮肉ね。魔術――【魔導機術】なんてシステムが存在する事は受け入れられるのに。私の元の世界には、魔術も〔魔法〕も存在していなかったわ。科学と物理法則のみ。魔術なんてオカルト、誰も本気で実在を信じていない、そんな世界よ。常識は一つじゃなく、無限に存在する平行世界だけある」
「え。魔術が……ない?」
「でもムサシちゃんの元の世界には、古からの〔魔法使い〕が、僅かに一子相伝で存在していると〔神〕は云っていたけど。それが誰かは、最近になって分かった」
その〔魔法使い〕が誰なのか、里央には見当がついた。
そして、反論できなくなる。
此花は狂っていない。理知的に思考して会話している。
(まさか本当に〔神〕がこの世界に実在しているなんて)
それどころか平行世界からの転生者までいるとは。まるで現実感がない話だ。
此花がオルタナティヴに訊く。
「当然、私は貴女の正体も知っているわよ、オルタナティヴ。少年の躯を棄て、その少女の身を得た経緯と、貴女が〔神〕によって〔制約〕を負っている事も。そして〈資格者〉として再認証された事も」
里央はオルタナティヴを見た。
彼女は此花の台詞を否定しない。泰然と受け止めている。それは肯定だ。
オルタナティヴは言った。
「このタイミングで〔神〕と〈使徒〉の存在を明かす事も、そちら側のシナリオなのね?」
此花は頷いた。全ては〈創造神〉の御心のままに、と。
「貴女たち堂桜一族、特に〈資格者〉達は、この【イグニアス】世界に邪魔な異分子なの」
「そして委員長も邪魔というわけね」
「ええ。けれど黒鳳凰みみ架は【アカシック・レコード】の保護対象だと判明している。彼女の因果素子は超越存在である〔神〕でも侵せない。だから〈神下〉者ではなく、我ら〈使徒〉が倒さなければならないの」
「云っている事が矛盾している。一つ確認するわ。委員長が〔神〕にとって邪魔だというのは、彼女が『次代の堂桜の母』だからかしら?」
「いいえ。それは関係ない。黒鳳凰みみ架を倒すという意味も、生死ではないの。いえ、この世界では誰も彼女を殺せないもの。穢せないもの。だから、清らかな敗北という現実で彼女の心と誇りを叩き砕き、――《ワイズワードの導き手》としての資格を剥奪する。〔神〕の真意はそれだけよ」
「成る程、ね」
二人の会話。意図して説明台詞で状況と秘密を明かしている。里央は理解した。
イベント名は『ラグナロク』であった。
意図はまさしく文字通りである。
この世界の〈創造神〉はMKランキングで全世界の耳目を集めて、世界の異分子と定義した堂桜一族に宣戦布告したのだ。此花の台詞も含めた全てが演出の内なのである。
この世界本来の支配者は、堂桜一族ではなく〔神〕なのだ、というアピールに他ならない。
すなわち。
魔術の利権で社会を治める堂桜一族。
世界の〈創造神〉が遣わす〈使徒〉。
反魔術テロ組織【エルメ・サイア】。
一般庶民どころか国家権力すら関与が許されないが、紛れもなく戦争だ。
いや、現代に復活した【聖戦】と呼ぶべきか。
この【イグニアス】世界は、三つの勢力による三つ巴戦へと突入していく――
此花が言った。
「ちょっとだけ予定が狂って、黒鳳凰みみ架の前に貴女を斃す必要ができたけど、丁度いいウォーミングアップになるかもね。貴女は実に斃し甲斐がありそう」
「いいえ。貴女はここで終わる。アタシが今回の事件を、この手を終わらせるわ」
「無理だわ。もう充分に戦力――〔スキル〕は蓄えたわ。この《エレクトロマスター》は誰が相手でも負けやしない。今ならば、この圧倒的なチカラならば、あの最強の戦闘系魔術師――《神声のセイレーン》でさえ、小細工なしで真っ向から打ち破ってみせる!」
後にも先にも『スペック的には最強』と評されているセイレーンを上回るスペック。
そう此花――《エレクトロマスター》は宣言した。
十三体の《デジタライズ・キョンシー》が、それぞれ違った〔スキル〕――攻撃魔術を起動させている。
「確かにセイレーンと比較して劣らない圧倒的な魔力ね」
「うん。私の戦闘系魔術師としてのスペックだけど、意識容量は【エレメントマスター】としては標準レヴェルよ。しかし魔力総量は随一だと自負しているわ」
迸る巨大な魔力。
このマンションの電気設備を介して、此花の魔力はずっとステルスしていたのだ。これ程の範囲にこれだけ持続可能な魔力総量――確かにナンバーワンかもしれない。
里央は逃げだそうとしたが、身体が動かない。
「逃げようとしても無駄よ、美濃輪さん。専用【AMP】なしでも、私の【電子】は貴女の脳内に侵入しているもの。魔術師ではない貴女は抗魔術性が皆無だからね。そして脳を基点に、貴女の身体を支配する電気信号を発している」
ステータス画面が里央の目に映る。[ 貴女は逃れられない ]と表示されていた。
「なに? このゲーム画面みたいなウィンドウ」
「人間だけではなく生物は、各神経系統を通る微弱な電気により発生する化学反応で、各機能が制御されているわ。生体維持の生理機能のみならず、四肢の動き、更には感情までも。私は戦闘系魔術師として、その化学反応を【電子】によってダイレクトに引き起こしてコントロールできる。それが私の魔術特性でもある」
つまり里央が認識してる『ステータス画面』は、視神経に強制的に投影されている幻視だ。
同様にムサシの《ステータス・オープン》も嘘っぱちだった。
「聞け。私の【基本形態】は《デジタライズ・キョンシー》だけではない。彼等は基本性能に過ぎないわ。すなわち彼等を基本性能として支配する、この場こそが……
この《エレクトロマスター》の【基本形態】――《バトル・カーニバル》ッ!!」
此花の《バトル・カーニバル》が完全に始動する。
《デジタライズ・キョンシー》達がオルタナティヴに襲い掛かった。
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