第三章 戦宴 2 ―父親―
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駅前大通りのロータリーに駐めてある高級車に、人々の目が集まっている。
最高級グレードのポルシェだ。
だが、ポルシェというだけで人々の視線を独占はできない。注目の理由は他にあった。
車両用のイラストシートが外装全面に貼られている――いわゆる『痛者』なのだ。
そして貼られているイラストは、『闘姫絶唱ハーモギア』である。
闘姫絶唱ハーモギアとは……
第一期の無印、第二期のハーモギアG、第三期のハーモギアGX、第四期のハーモギアAxZ、そして第五期のハーモギアXVとシリーズが続いている大人気アニメだ。シリーズを重ねるごとに視聴者(ファン)を増やしている。
奏(装)者の歌(ハーモニィー)に呼応して起動する神遺物――ハーモギアと呼ばれる特殊なパワードスーツっぽい部分鎧を纏って悪と戦う、歌姫も兼ねた少女達の物語だ。
歌から生じる『ハーモニックゲイン』という特殊なエネルギーがギアの動力となるのだ。
物語開始時のライヴシーンと変身バンクの作画が、特に好評である。
アニメ本編のBDの売り上げだけではなく、キャラソンCDもセールス絶好調だ。
発想はミュージカルに近い。通常ならばキャラクターソングは、コアなファン向けのコレクターズアイテムの域を出ないのだ。何しろアニメ本編にキャラソンなど本来は出てこないのだから。しかし、このハーモギアの場合、設定的に無理なく変身バンクから戦闘シーンにかけて番組内で歌が流れ続ける。つまり作内BGM=キャラソンとして視聴者に刷り込まれるのだ。
よってキャラソンがバカ売れで、キャラソンCDだけで元が取れる利益を出している。
そして出演している人気声優達によるライヴ――『ハーモギア・ライヴ』も大成功を収めているのだった。ニホン武道館は常に超満員に膨れあがるのだ。
このアニメシリーズのコアなファンは『適応者』を自称している。
ハーモギアは『適応者』という少女にしか装着できないという設定からきた呼称だ。
件の痛者のオーナーは、もちろん適応者である。
下はビンテージ物の高級ジーンズに、上はアニメキャラのプリントTシャツだ。
ハーモギアのメインキャラは三人の少女なのだが、その内の一人――ファンから『守人さん』『MORIBITO』とネタ的に呼ばれているサムライ系少女である。
空鳴羽という名前で、青と白を基調としたハーモギアを纏う高校三年生だ。
ギアアームと呼ばれる固有武器は刀で、演歌っぽい和風な歌でハーモギアを操るのだ。なにかと自らを『守人の刃』とか時代がかった口調で自分語りをするのが特徴である。担当声優がニホン声優界の伝説的なアーティストでもある為、空鳴羽も世界的歌手という設定だ。
この空鳴羽のTシャツはファンの間で『守人さんTシャツ』と呼ばれている。
みみ架はその『守人さんTシャツ』を着ている男性を見て、歯軋りした。
頬が微かに筋張り、ギシギシと奥歯が軋み上がる。歯が割れそうだ。
顔は真っ赤で、両肩がプルプルと震えている。
(だからッ、だからッ! 実家以外では会いたくなかったのよ!!)
対向車線の路肩にいるその適応者の名は累丘道生――要するに、みみ架の父親だ。
みみ架の足が止まる。これ以上は先に進めない。
何故だ。痛車はやめろ。背広で来い。そう念を押したはずなのに……ッ!!
統護に父の写真を見せるのは、別に構わなかった。どうせ、いずれはバレるのだから。
しかし、これ程のまでの視線を集めている中、あの格好をして痛車の傍にいる父親と知り合いだと周囲に思われたくない。他人の評価などどうでもいいと普段から思っていても、いくらなんでも限度がある。このまま約束を破って、帰ってしまおうか……
「おぉ~~い、みみ架ぁ!! 俺はここにいるぞぉ!!」
気が付かれてしまった。
爽やかな笑顔で手を振っている父親に殺意を覚える。
みみ架の怒りが増す。大声を出すな。余計に耳目を集める。というか、もう手遅れだ。
観念したみみ架は、道路を渡って道生へと歩み寄った。
痛い。周囲から浴びせられる微妙な視線の群が、あまりにも心に痛かった。
「久しぶりね」と、怒りを堪えて挨拶する。
声の震えは抑えられなかった。
「そうだな。ってか、どうしてお前、日曜なのに学校制服を着ているんだい?」
「私服をコーディネイトするのが面倒だからよ」
身の蓋もない娘の言葉に、道生はガックリと肩を落とした。
「それから右手、どうした?」
「見ての通りにギブスで固定しているわ。練習で拳を骨折してね」
「気を付けろよ。いくらお前が強いといってもな」
心配そうに顔を曇らせる父親に、みみ架は少し嬉しくなった。
肋骨の事は言わないでおこう。
「ちょっと質問してもいいですか?」
二人というか、道生に声を掛けてきたのは、警察官であった。
職務質問である。
「ねえ、お二人さんはどういった関係なのか、悪いけれど説明してもらえないかな」
不躾な口調だ。どうやら完全に援助交際の類と誤解されている。
両親は父が大学生、母が高校生の時の、いわゆる『出来ちゃった婚』であるので、道生はまだ四十前だったりする。しかもエネルギッシュで見た目は更に若々しい。おまけにアニメのキャラTシャツにポルシェの痛車ときている。
客観的に見て、出会い系などを利用して女子高生と売春しようとしている、いい歳したオタク系で金持ちのボンボン――と他人に誤解されても、仕方がない構図になっていた。少なくとも、道生とみみ架を見て『父と娘だ』と一発で判る者は皆無だろう。
(失敗したわ。制服じゃなくて、大人びた服装にするべきだった)
後悔しても遅い。面倒だが、職務質問された以上、父との親娘関係を説明しなければ。
「失敬だな、お前! みみ架と俺の関係が見て分からないのか!?」
説明するどころか憤慨する道生に、みみ架は顔を顰めた。
見て分からないどころか、色々と怪しまれているから、この警察官は質問してきたのだ。
警察官がムッとなった。
みみ架は慌てて二人の間に割って入る。
「お巡りさん。わたしたち親子です。この人の娘なんですよ、わたし」
生徒手帳と携帯電話に記録してある家族の写真を、証拠として警察官に見せた。
目を丸くして絶句する警察官。
「おい、みみ架。この警官、目が悪いんじゃないか? 俺とお前を見て、親子以外にどう見えるっていうんだ? コイツ眼科か精神科で診察を受けた方がいいだろ」
「失礼な質問をした事は謝るが、あまり暴言が過ぎると公務執行妨害でしょっぴくぞ」
ちなみに警察官はまだ若い。二十代だ。
血気盛んなのか、売り言葉に買い言葉になってしまっている。
「公務執行妨害だぁ? この俺にそんな脅しが効くか。逆に名誉毀損で訴えるぞ」
「なんだと」
子供の喧嘩になっている……。みみ架は頭を抱えたくなった。
「ああ、俺の方は本気で言っているぞ。裁判は慣れているからな。職業は弁護士だ」
警察官に名刺を渡した。
みみ架の父方の親類――累丘の家系は代々数多くの弁護士、検察官、公認会計士を輩出しており、大手の法律事務所を経営している。ニホン法曹界では名家なのだ。
「あ、ああッ!! べ、弁護士の累丘先生じゃありませんか! よくTVに出ている!!」
みみ架は驚いた。
「お父さんってTV出演していたの?」
「ああ、友人のプロデューサーに頼まれて。月に何回か。忙しいんだが、仕方なく」
基本的にTV番組を観ないので、みみ架は知らなかった。クラスメートに父親について訊かれた事が何度かあったが、全て「人違いよ」と門前払いしていた。面倒だったからだ。TV出演していたからクラスメートが探りを入れてきたのか、と謎が解けた。
警察官が態度を変えた。いきなり平身低頭になる。
「累丘先生みたいなご高名な方に、なんて無礼で失礼な真似を……」
「馬鹿野郎!! 今の俺は一人の適応者なんだ! 弁護士だのTV出演とか関係ない! この間のハーモギア・ライヴだって関係者からのチケットを断って、ちゃんと円盤に付いているイベチケで応募して当選したんだ!! 円盤、五枚も買ったんだからな!」
「イベントチケット目当てでBD複数買いって、自慢できる行為じゃないでしょう」
「じ、実は僕も適応者で……。同じ適応者が凄い美人な女子高生と会っているから、つい嫉妬してしまったのです。本音をいえば羨ましかったんです。許して下さい」
道生は警察官の手をとって、強引に握手した。
「なんだお前も適応者だったのか。今までの無礼は全て水に流した。気にするなよ、同じ適応者同士じゃないか。で、お前は彼女が欲しいのか? 娘はすでに彼氏がいるからダメだが、俺の伝手でいい子を紹介してやろう。もちろん適応者だ」
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…
累丘父娘は首都高速道路をドライブしている。
道生のドライビング・テクニックはなかなかのもので、コーナリングが絶妙だ。
ちなみに内装もハーモギア一色に染まっている。みみ架にとっては居心地が最悪である。
「いいだろう、これ。最新式なんだ」
そう道生が自慢するカーナビゲーション・システムの薄型モニタ。
確かに画質は素晴らしい。だが、その内容は……
ハーモギアの変身バンクであった。
歌いながら変身しているのは、赤と白を基調としたガンナー型ハーモギアを纏う、ボーイッシュな口調と巨乳が特徴の高校二年生――雨音アリスだ。
制服が消し飛んで素っ裸になった後、バキューン♪ という発砲音と共に、ハーモギア各部が四肢に巻き付くように顕現していく。両足にいたっては、洋風バスタブに入って足を伸ばしているみたいなポーズをとっていた。おっぱいも「ぶるん!」と上下に弾んで、これでもかとばかりに強調されていた。
変身後に「♪鉛弾の大特売日ぃ~~♪」とロック調の歌を響かせながら戦い始める。
みみ架は不機嫌さを隠さずに文句を言う。
「ねえ、他の映像にしてくれないかしら。もしくは普通にカーナビモードで」
「そうか。分かった」
モニタの映像が切り替わる。
内容は、ハーモギアの変身バンク――雨音アリスの変身であった。
先程とは歌が違う。
やっぱり裸になってギアを纏っていくのだが、今度は「カシィーン!」「ガキィーン!」という装着音だ。降ってくるハーモギア各部と合体する感じだ。おっぱいの揺れ具合も抜群である。最後に頭部のギアと合体すると「ばきゅぅ~~ん♪」と、ピストルを撃つゼスチャーをして変身を締めくくる。
変身後に「♪お歳暮代わりのガトリング♪」とロック調の歌を響かせながら戦い始めた。
みみ架の額に太い青筋が浮かぶ。
「変わっていないじゃない」
「ええッ!? お前、違いが判らないのか!? 前は三期のGXの変身バンク。これは二期のGの変身バンクだぞ? ひょっとしてお前、目と耳が悪いんじゃないのか!?」
べき。みみ架は無言で、薄型モニタを引き千切ると真っ二つに破壊した。
娘の暴挙に唖然となる道生。頬に一筋の冷や汗が流れる。
「その……、なんだ……、やっぱりお前って母さんの娘だなぁ」
「私は人の宝物をアルゼンチン・バックブリーカーで破壊する様な真似はしないわよ。このモニタは後で買い直せば済む話でしょう」
苦笑しつつ、道生はカーオーディオを再生した。
またしてもハーモギアのキャラクターソングであったが、みみ架は諦めた。
そろそろ頃合いか。他愛ない会話や日常的な情報交換については、お互いに終えていた。
一つ、大きく息を吐いて、父親に問いかける。
「……で、多忙なはずのお父さんがこうして私に会い来たって事は、話があるんでしょう?」
それも電話やメールで済ませられない内容だ。
ここからが本題になる。
ああ、と真剣な口調に変わった道生が、静かに話し始めた。
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