アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第6部(第14話)

第一章  何でも屋の少女、再び 13 ―堂桜エレナ―

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         13

 みみ架はERENAを一瞥だにしない。視線は紙面から微動すらしなかった。
 ERENAはそんなみみ架を舐めるように見つめる。
 現状でこの世界の誰よりも武を極めている者――と定義して問題のない相手が、自分の接近と、そして挑発的な殺気を感じ取っていないなど、あり得ないだろう。
 ERENAは眩しげに両目を細めて感嘆した。

 あぁ。この子、なんて――綺麗。

 朴訥そのもので、全く着飾っていないが、そんな事はみみ架の美しさには関係ない。
 いや、この天然の美貌があれば、メイクも衣裳もアクセサリも不必要か。むしろ不純物だ。この絶美の少女の造形を最も輝かせる格好は、一糸まとわぬ全裸だ。
 みみ架がヌードモデルをすれば、きっとミロのヴィーナス像だって霞むだろう。
 里央がみみ架の揺さぶった。
「ちょ、ちょっとミミ! ミミってば。ERENAがミミを見ているって!!」
 読書に集中したいみみ架は、邪険に里央の手を振り払う。
 ERENAは里央に謝った。
「ご免なさいね。不躾な視線を向けてしまって。けれど、つい……、あまりにも綺麗な子だったものだから」
 その台詞に、専属マネージャーをしている田河心愛が、みみ架を確認した。
 嘘……と、心愛は驚愕の呟きを漏らす。
「驚いたかしら、田河さん。まあ、私もこの子を初めて見た時には、思わず息を飲んだわ」
「ねえ、ちょっと貴女! モデルやタレントに興味ないかしら!? お金、契約金ならば幾らだって出すように社長に掛けあうから! お給料だって!」
 興奮を隠せずに、勢い込んで話し掛けてくる心愛の声も、みみ架は無視だ。
「ミミ~~。その態度は失礼だよぉ~~」
「失礼なのは、自己紹介もしないで、耳障りにゴチャゴチャ喋っている其処の二人よ。っていうか、邪魔しないでよ里央」
 ERENAの耳に、彼女を囲っていたファン達の囁き合いが届く。
 あの子が綺麗? 嘘でしょ。ブサ。ダサいって。田舎臭い女。どこが? イモ女じゃん。全然、あんなの可愛くない。なんでエレナがあんな女を? スカウトってマジぃ?
 その全てが、やっかみ含みの影口だ。しかも、これ見よがし。
 ERENAは心愛を横目で見る。心愛も苦笑を堪えきれない様子だ。
(流行やお洒落には程遠い、手抜きそのものの外見だから、その反応も分かるけど、男の反応や評価は違うわよ? 男が女を見る目は、女が男を評すよりも残酷だもの。それに私や田河さんの目は誤魔化せない。純粋に女の造形だけをシビアに審美できるのだから)
 あれだったら私の方が綺麗よ。ゼッタイ私の方が可愛いわ。
 ついには、そんな声さえも幾つか聞こえてきて、ERENAは噴き出してしまった。
「汚いわね」と、みみ架がERENAを睨む。
「謝るわ。堪えきれなかったのよ。ほら、私って世間からスーパーモデルと呼ばれているじゃない? そんな私は世界中のトップモデルやハリウッド女優とも面識と交友があり、世界レヴェルの美女を知っているワケよ。そして私は美女とは呼べない女も、職業柄よぉ~~く分かっている。つまり顔に化粧を塗ったくって誤魔化したり、矯正下着や流行の衣裳で体型をコーティングしても、軽く看破できちゃうの。もちろん美容整形だった見抜けるわ。真に美しい貴女には不要な小細工でしょうけど」
「だからミミ、無視は良くないって」
 みみ架が無視するのは、別に不快ではない。実際にERENAが話し掛けているのは、嫉妬まみれの影口で五月蠅い、外野の女達なのだから。
 即席ファッションショーをしながら、ファンの女達の容姿をチェックしていた。
 せいぜい平均レヴェルか、不細工が必死に着飾っているか、そんなところだ。上玉と呼べる者は数名か。モデルとして世界で戦える――という基準で審査すると、全員『箸にも棒にもかからない』となる。当然、スカウト対象として心愛が興味を持った女もゼロである。
 世界基準ではお世辞にも美女とはいえない『その他大勢』の女達が、ERENAの辛辣ともいえる言葉によって揃って沈黙した。大半が気まずそうに俯いている。あるいは屈辱に顔を顰めている。痛烈に身の程を知らされたからだ。
 心愛の興奮は収まらない。
 みみ架が無視するので、里央の手に名刺を押しつけて、まくし立てる。
「とにかく! モデルかタレントに興味が出たら、お友達に渡した名刺の連絡先に一報して下さい。貴女ならば間違いなく世界で成功する! ERENAを発掘した私を信じて!」
 ERENAはそんな心愛に冷めた声で言った。
「スカウトは無駄というか無理よ、田河さん。それにこの子、ファッション業界や芸能界とは違う業界で、すでに世界レヴェルで有名なのよね」
「うわっ、失敗した! すでに世に出ているとは。私のアンテナと情報網もまだまだね。一生の不覚かもしれないってば。悔しいわ。他の業界とはいえ、こんな凄い素材が私の耳に入ってこないなんて。ひょっとして、役者や歌手の卵さんとか?」
「ノー。違うわ。田河さんはヤンクスの歴代クリーンナップを覚えているかしら?」
「メジャーリーグなんて分からないわ」
「でしょう? だから田河さんがこの子を知らないのも、当然といえば当然」
「つまり全くの畑違いなのね」
「全世界で名前を知っている人数からすれば、この子の方が私よりも多いかも」
「分かった! バレーボールかサッカーで、海外で活躍している子だ! スポンサー料が破格とか。う~~ん、それでもこれだけのルックスだと、私にも情報来ると思うんだけどなぁ。それに、この子が出ているTVCMや広告も知らないし……」
 首を捻る心愛に、エレナが正解の片方を教える。
「正解はね、この子、堂桜統護――堂桜財閥本家長男の公認愛人ってところかしら。堂桜統護の女癖が悪いのは、一部の情報通には『堂桜ハーレム』とか呼ばれて有名な話で、未来の内縁の妻の一人よ。それも堂桜一族が公認している。内縁の妻は他にもこの子以外にもいてね、けれど本妻――法的な婚約者だけは超が付くトップシークレット扱いなのよ。私はその婚約者も知っているけどね」
 里央が複雑な顔になった。
「やっぱミミの彼氏って、魔術使えない劣等生だって事よりも、今じゃ『堂桜ハーレム』についての悪評の方が広まっているよねえ。男としての世間体は最低としかいえないもんね」
「他人の評判なんてどうでもいいし。勝手に言わせておけばいいわ」
 そんな会話など聞こえない様子で、心愛の顔色が紙のように青ざめる。

「ど、堂桜? まさか堂桜一族の関係者なの、この子!?」

 外野の女達も先程とは違う意味で、ざわつき始める。
 ERENAは笑い出したいのを堪えながら言った。
「ええ、そうよ。そちらの執事は本家の執事長を務めている篠塚。社交界で知らない者はいない、アッパークラスの有名人だし」
 途端に、心愛が声を荒げた。
「ば、バカっ!! アンタ、堂桜の関係者にこんな態度をとって!!  何を考えているのよ!?  まさかスーパーモデルだからって、自分が特別な人間だとでも自惚れちゃったの!?  堂桜がその気になれば、ウチの事務所なんて系列ごと軽く吹っ飛ぶわ!!  桁が違うの!」
「だから?」と、ERENAは平然と先を促す。
 もちろん、態度を改めて、これまでの言動を謝罪する気などゼロだ。
 むしろニヤつきを抑えられなくなっていた。
「理解できないの!? 私と貴女の夢が、モデル生命が終わるって事くらい! 事務所はやり直せるけれど、堂桜に睨まれたら夢はそうじゃない! 終わっちゃうのよ、二人の夢が!!」
 ERENAは心愛との出会い――スカウトされた時を思い出す。
 心愛は涙を浮かべてERENAに抱きついた。震える声で「見つけた、私の夢を」と呟いて。
 それまでERENAはモデルやタレントに興味がなかった。
 しかし偶然、街中を歩きたくなって、その結果、心愛と遭遇した。彼女の過去を知らされた。
 心愛は十代後半の頃、ニホン国内では有名なグラビア・タレントだった。
 モデル業にも進出して、成功もした。
 世界に打って出て、さらなる飛躍、活躍を――とニホンのマスコミ、芸能界のバックアップを背に、タレントから本格的なモデル活動に主軸を移した。
 金と利権目当ての大人達に担がれたのではなかった。
 夢だ。スーパーモデルになりたい。国内や東洋圏ではなく、世界を舞台にする。それが幼い頃からの心愛の夢だった。
 けれども現実は厳しく、心愛は手酷く挫折したのである。
 顔は通用したがスタイルが通用しなかったのだ。特に背丈が決定的に足りなかった。
 百六十三センチ。背の低い男性にとっては、むしろ丁度良い身長かもしれない。
 けれど、海外の一流モデル達と並ぶと、心愛の身体は全く輝きがなかった。
 当時、世界ナンバーワンだったスーパーモデルは、心愛にこう告げた。
『イエロー・モンキーの割りに顔はいいかもしれないけれど、寸詰まりのチビ女が、何を勘違いして私達の世界に飛び込んできたの? これ以上、恥を晒す前に、ニホンに帰りなさい』
 その台詞に傷心するまでもなかった。
 事実だと。親切からの忠言だと。何故ならば、心愛は自分がスーパーモデルになれない事を、世界の舞台でとっくに思い知らされていたから。
 そして帰国した心愛は、モデルを引退してマネージャ業とスカウト業に転身した。
 ニホン国内の芸能界関係者は心愛を現役に留めようと必死に説得したが、決意は固かった。
 夢は二つ。

 このニホンから、それも自分の手で、スーパーモデルを作ってみせる。
 さらに願わくば、世界一の美貌をこの目で見届けたい。

 ERENAを口説いた際、心愛は半泣きになりながら、こう告白した。
『今までは親を恨んでいたわ。どうしてこんなにチビに産んだのかって。神にだって毎晩祈ったわ。朝起きたら、せめて百七十センチまで伸びてますようにって。人体の遺伝子改良が可能ならば背を、背を伸ばしたかった。けれど貴女に出逢えた瞬間に、恨みが消えたの』
 自分がスーパーモデルになれなかったのは、背が低かったのは、ERENAと出逢う為の運命だったのだ。そう確信できたと、心愛は両親と神に感謝したのである。
(そうだったわね……)
 その時のERENAは十代後半の少女であった。心愛は二十代半ばだった。ああ、懐かしい。
 あの頃、色々な意味で二人とも若かった。
 心愛の気持ちに打たれたERENAは父からの反対を押し切って、モデルを始めたのである。
 ERENAは思う。世界一のスーパーモデルになり、夢の半分は叶えてあげられた。
 けれど世界一の美貌にはなれていない。世界一の美女だと褒め称えられる事も珍しくないが、生憎とERENAは自分が世界一の美女だと自惚れた事は、一度たりともない。
 だから心愛の夢のもう半分――『世界一の美貌をこの目で見届けたい』は叶えられなかった。
 それが『踏ん切り』が付かない一番大きな理由だ。
(本当は極秘のまま終わらせ、ニューヨークに戻ってモデル業を続けるつもりだったけど)
 偶然、みみ架を目にした時から、予定が頭から消えた。
 パンツスタイルで良かった。そうでなければ、コレが出来ない。
 ERENAの右踵が高々と振り上げられた。狙いは、車椅子に座っている無愛想な読書女。こちらの動きに全く関心していない。次の瞬間、股下九十七センチの美脚が斧と化した。

 ズドン! 凶悪な踵落としが、みみ架の頭上に炸裂する。

 しかしみみ架には当たっていない。前に出たオルタナティヴが片腕でガードしたのだ。
 フン、とERENAは小鼻を鳴らす。どうせ防御させるのが前提の挨拶代わりだった。
 しぃ~~ん、と店内の空気が凍りつく。
 心愛が顔面蒼白になり、全身から汗を滴らせた。
「な、なにを? どうして暴力を? え? え? これって暴行よね? 傷害事件になっちゃうの? どういう事なの? 目撃者一杯だし。これじゃ揉み消せないし。ちょっと、ねえ、ERENA。ERENA! ERENAぁッ!! ERENAってば、答えてぇぇえええ!!」
 最後は狂乱じみた絶叫になっていた。
 冷めた顔でERENAは応える。
「通報したって警察は介入してこないわよ。コレはそういう一撃なの。田河さん、今の足技を知っているかしら?」
「知らない。そんなの知らないわよぉ。ワケが分からない。嫌ぁぁ」
 心愛は泣きそうだ。
「テコンドーでいうところのネリチャギ。空手だと踵落としよ。ヤンクスの歴代クリーンナップと同じで、田河さんって自分の業界知識以外は、本当に無知なのね。そして私は自分が特別だと知っているけれど、それはスーパーモデルだからじゃないの。私にとってはスーパーモデルも所詮は一般人というカテゴリだから」
「あ、貴女……何者?」
「薄々感付いているんでしょう? ちなみに魔術系技能職(ウイッチクラフター)も私的には一般人かしらね。あの才能のない連中をこちら側と誤解して欲しくないわ」
 心愛が一歩、二歩と後退る。
 その反応は、ERENAと心愛の心の距離を表していた。

「ERENA、貴女まさか、そ、【ソーサラー】だったなんて……ッ!!」

 戦闘系魔術師ソーサラーに対する、世間と一般人の標準的な反応である。
 圧倒的な天才にしか名乗れない戦闘系魔術師ソーサラーという名称だが、その才能を社会に役立てる前に、我欲の為に戦闘に特化させている彼等は、世間から忌避される存在でもあるのだ。
 オリジナルの戦闘用魔術を用いた魔術師同士の私闘――魔術戦闘に、警察は不介入だ。
 死者が出たり魔術犯罪であれば、警察の専門部署が対処に当たる事になるが、基本的に個人同士の私闘は野放しである。
 魔術現象は物理現象の上位にくる事象だ。
 よって魔術プログラムのパラメータ設定によって、攻撃対象の身心を破壊しても、相手に与えるダメージのコントロールは思いのままとなる。逆にいえば、ノン・リーサル程度を自由自在に実現できない者は、才能不足――つまり戦闘系魔術師ソーサラーにはなれないのだから。
 仮に魔術戦闘で重傷を負っても、相手を訴えたり治療費を請求する様な者も皆無である。
 強い者が全て、才能と実力が全て、というメンタルの持ち主が【ソーサラー】だ。
 店内の女性達が、一斉に壁際まで退避していく。
 彼女達のERENAを見る目は、スーパーモデルへの憧憬ではなく、戦闘系魔術師ソーサラーへの恐怖と嫌悪に染まっている。
「ついでに本名も教えてあげるわ、田河さん。私ね、実家のコネでスーパーモデルに成り上がったなんて揶揄されるのが我慢できなくて、身寄りがないって経歴をでっち上げていたの」
「う、嘘よ。だって契約する前に、貴女の身辺調査は完璧だった……筈、だもの」
「だから事務所と契約している探偵事務所を抱き込んでいただけって事。造作もないわ」
「そんな真似ができるなんて、貴女、貴女、本当に――何者なの?」
 ERENAが指を鳴らした。
 それを合図に、壮年の男性が姿を見せた。いつの間に、と店内の誰もが驚きを隠せない。
 野武士を想起させる顔立ちの男だ。着ている服は、黒のタキシードである。
 誰もが似合っていないと口を揃えている格好だ。
 礼はしない。そういう礼儀作法は略せと、主人であるERENAが命じているからだ。
「モデルの仕事を遊戯とはいいませんが、ようやくモデルを引退して、家業の経営に参加して下さる決意を固めたご様子。この篠塚、大変嬉しく思います」
 彼の名前は篠塚芳三郎といい、代々堂桜に仕える篠塚家の傍系でも序列は上位だ。
 ERENAは芳三郎に言った。
「モデル引退は成り行きだけどね。ま、頂点を極めちゃったから、後はいつ辞めるかというだけだったわ。正直いって、まだ続けたい気持ちもあるけれど。でも、田河さんのもう片方の夢、やっと叶えてあげられたから、ここが引き際って運命でしょう」
 心愛が目を丸くする。
「わ、私のもう片方の夢?」
 ニッコリと笑顔を添えて、ERENAが教えた。
「ええ。あくまで私基準の判定だけれど、間違いないでしょう。貴女が言っていた『世界一の美貌をこの目で見届けたい』って夢、ほら、叶っているじゃないの」
 みみ架を指さして、言葉を続ける。
「あら、まさか気が付いていないかしら? 彼女が『世界一の美女』よ。天は二物を与えずって格言通りに、性格の方は超が付くブスみたいだけれど」
 そう指摘されて、心愛は放心した顔で頷いた。
「この子とタメ張れるのは、私が知る限りでは、あの表情筋が死んでいる氷のメイドくらいのものだけど、同率一位でいいかしら。少なくとも世界一のスーパーモデルだった私よりは格上の美女よ。あの子がこの場にいない以上、世界一の美女は黒鳳凰みみ架で決定ね」
「え、ERENA、貴女、やっぱり……」
 認めたくない、と心愛の顔が歪んでいる。思わず耳を塞ごうとする程だ。
 芳三郎がERENAの代わりに言った。
「お嬢様の家は一族で序列七位。お嬢様の本名はカタカナでエレナ。そして家名は」
 執事の野太い声が、心愛の夢の終焉を無慈悲に宣告する。

 堂桜――エレナ。

 その名を聞かされた心愛が泣き崩れた。
 ぅあぁああああぁぁああぁ。悲痛な泣き声が響く。スーパーモデルである本名・小林恵令奈が実在していなかった架空の人物だと知り、絶望に号泣する。
 ファンだった女性の中にも、すすり泣く者がチラホラと見受けられた。
 サヨナラ、田河さん。エレナは別れの言葉を呟く。
 小林恵令奈は架空で虚像だったけれど、二人で夢を追った時間は紛れもなく本物だった。
 今では過去形であるが。
(強い女性である貴女だもの。立ち直ったら新しい夢――次のスーパーモデルを作りなさい。貴女だったらできる。黒鳳凰みみ架が世界一の美女である保証の次に、保証するわ)
 泣き止まない心愛を見ずに、芳三郎に指示を下す。
「とりあえずNYに戻ってからのスケジュールを全て白紙に。契約破棄に伴う賠償金や、穴があくイベントに他のモデルを振る等の後始末は一任するわ」
「承りました、お嬢様」
「この店にも迷惑をかけたわね。商品、在庫を含めて全て買い取って。希望する者がいれば、今日の口止め料として一人当たり五着まででプレゼントしなさい。プレゼントとしての配布は店側にお願いで。その分、色を付けて買い取るのよ」
 芳三郎が了承の返事をする前に、オルタナティヴが吐き捨てるように言った。
「鼻につく成金趣味ね」
 エレナは表情を変えずに、言い返す。
「あら、実際に成金よ、堂桜一族は。近代に魔術の利権でのし上がっただけ。千年どころか数百年規模すらの家柄もない純粋な成金じゃないの。ちょっと事業で成功して羽振りが良くなったからって、さも由緒ある名門みたく振る舞う一族のジジイ共は滑稽よね」
 とはいっても、流石に店ごと買い取る様な真似は自重したつもりだ。
「確かに。由緒ある名家――黒鳳凰の様に、千年以上にも及ぶ血脈や家柄などない、金と利権で膨れ上がっただけの名門とは対極にいる連中ね。実際、ヤ●ザと大差ないし」
 オルタナティヴの言葉に、みみ架が顔を顰めた。
「ウチを名門とかいうのは止めて。単に家柄と血筋がクッソ古いだけの一般家庭なんだから。それこそ堂桜と同じで、近代どころか、ここ五十年程の格闘技ブームの恩恵で、たまたま道場が儲けを出しているだけよ。それ以前は道場だって赤字赤字で、税金に寄生するだけ。こんな税金食ってるだけの家のどこが名門とか名家なのかしら。バッカらしい」
 その毒舌に、エレナが楽しげに笑う。
「税金にぶら下がっているという自覚があるだけマシでしょう。税金を自分の金と勘違いしている豚以下の連中なんて掃いて捨てる程にいるわ。どの国にだってね」
「そうね。何にしろ、黒鳳凰を名家とか名門呼ばわりは、迷惑だから止めてよね」
「千年以上の歴史を誇る血族の現当主がこれとは嘆かわしいコト」
「継承者である事は認めても、当主とかいう小っ恥ずかしい肩書きを背負った記憶はないわ。それに堂桜は成金だけど、国に多額の税金を納めて、かつ世界規模で慈善活動に取り組んでいるじゃないの。税金を貰いっぱなしの我が家よりは遙かにマシでしょうに」
 エレナは肩を竦めた。
 別にディスカッションする目的で、みみ架に近づいたのではないのだ。
 みみ架が負傷していなければ、このまま魔術戦闘を挑みたいところである。

 エレナのスマートフォンがヴァイブレーションした。

 メールの着信だ。すぐに内容を確認する。見終わり、思わず舌打ちをしてしまう。
 忌々しい。こんなタイミングで呼び出されるとは。だが無視はできないのだ。
 オルタナティヴが質問してきた。
「で、エレナ。モデルを引退する羽目になってまで、貴女はどうして仕掛けてきたの?」
「急用が入ったわ」
 事実だけを告げる。仕掛けたのは単なる衝動だったと、わざわざ教える義務はない。
(本当に、一目見ただけで、あまりに綺麗だったから、単にそれだけだったわ)
 このまま店から退出しようとして、ふと閃いた。

 誰もが予想しなかった行動にエレナは出た。

 里央を肩に担ぎ上げたのだ。
 これで色々と今後の展開に面白さが増すに違いない。
「あれれ?」と、不思議そうに首を傾げる里央。
 オルタナティヴ、みみ架が揃って色めき立ったが、エレナはすかさず二人を牽制する。
「おっと動かないで。ちょっとでも動くと、この子の首をへし折るわ」
 みみ架が恐い声で言った。
「里央を誘拐してどうするつもり?」
「この子――里央だっけ、身の代金目的とか危害を加えるとかじゃないわ。その点は安心してちょうだい。ただ、これから向かう急用にギャラリーが欲しいなって思ったのよ」
 オルタナティヴが質問する。
「ギャラリーが欲しい急用って、魔術戦闘?」
「正解よ。じゃ、この子は当分の間、借りておくから」
 芳三郎がオルタナティヴの前に立ちはだかる。
 里央の身の安全を楯に、エレナは悠々を出口へと歩いて行く。誰も止められない。
 去り際に、エレナはこう挑発した。
「追ってきてもいいわよ。できるのならね。ヒントをあげるわ。出席日数が足りなくなって、里央の留年が決まる前に取り返したいのならば、貴女達も参戦してきなさい」

 ――MKランキングに、と。

 

 

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