第一章 何でも屋の少女、再び 12 ―スーパーモデル―
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12
昼下がり――快晴である。
四名は昼食を摂る店を探しに、街中を散策していた。
大規模な総合病院に面しているストリートなだけあり、人の往来はかなり多い。サラリーマンの姿はあまり目立たずに、年齢層に関係なく女性が多いという印象だ。
飲食店だけでも多岐に渡り、そして、ほとんどが繁盛していた。
オルタナティヴとみみ架は行列に並びたくない、という性格をしているので、及第点の味と値段および可能な限り空いている店を希望(リクエスト)している。
しかし、なかなか条件に合致する店が見つからない。単純にどの店も混んでいるのだ。
「一応、今日から本格的に動き出すわ」
オルタナティヴは端的に告げる。依頼人であるみみ架は黙って頷いた。
昼食後、みみ架と別れて情報屋に会いに行く予定だ。
みみ架からの依頼内容は『警察が手を出せない』と推定されている連続殺人鬼(サイコキラー)の追跡と排除である。
被害者のリストはすでに受け取っていた。
むろん紙片に直筆でだ。デジタルデータ化は一切していない。電子端末への不正アクセスの可能性をゼロにできない限り、書類での保存に勝るセキュリティは存在しないのだ。
何故、警察が追跡不能である事件の被害者リストを、法的には一般人に過ぎないみみ架が入手できたのかというと、その秘密は、彼女が所持している【AMP】にあった。
この【AMP】という単語は魔術用語である。頭文字を繋げた呼称は【AMP】一つであるのだが、正式名称が二通り存在している。
一つは『アクセラレート・マジック・ピース』だ。
汎用魔術の補助あるいは拡張用装置として、一般に出回っている魔導機器である。
一般人は汎用【DVIS】を起動キーとして【間接魔導】を操作できるが、コントロールは魔術プログラム側の仕様(コンソール)に従う必要がある。魔術師が使用する【直接魔導】とは異なり、ダイレクトに魔術プログラムに干渉してパラメータ等を設定できない。
よって設定を細かく制御したり、あるいは新機能を加えたりするのに、一般人は【AMP】を併用する必要があるのだ。
そして、もう一つが『アームド・モデリング・パーツ』である。
これは魔術における軍用拡張兵器を指す。要するに戦闘系魔術師が使う魔導武器だ。
基本的には個人が携行可能なサイズのみに限定される。極秘裏に開発されている黎明期の新兵器――魔術師の搭乗を前提とする魔導兵器は【AMP】とは別枠扱いだ。
こちらの【AMP】は、軍事市場のみの流通で、一般人が入手するのは極めて困難だ。
仮に不正に入手できたとしても、【AMP】に個別登録されているIDがあるので、【魔導機術】システム側からアクセス拒否を食らうのだ。
しかし世の中は、本音と建前という二枚構造で成り立っている。
実際には、不正入手品や違法経由の【AMP】が、裏社会を中心に出回っているのだ。
それは魔術犯罪と括られる魔術の違法使用も同様だ。
規格化された魔術プログラムで実行される汎用魔術に対する不正運用対策は、絶対といえる程に強固である。事実として、汎用魔術の使用に際しての事故、および違法使用は限りなくゼロに近い。記録として残っている統計上はゼロだ。その信頼性が、歴史的観点では短期間での魔導社会の形成を後押しした。
だがその反面、一般人よりも遙かに数が少ないはずの魔術師による魔術の犯罪使用については全く対策されていない。個々の魔術師が独自開発した魔術理論(非規格化のオリジナル魔術言語によるプログラム)で起動されている全てのオリジナル魔術を個別認識して規制するのは、システム側の負荷が大き過ぎて無理――と、堂桜側は発表して、頑なにそれを通している。
魔術師のオリジナル魔術に対する個人開発と個人運用への法的な規制とシステム的な防御を――と、多くの反魔術団体が政府に要求しているが、現在でも却下され続けていた。
理由は三つ。
オリジナル魔術に対する規制は、魔導の学問的、技術的な発展を妨げてしまう。
物理現象の上に位置する魔術現象に対抗できるのは、同じ魔術だけなので、魔術犯罪対策としての魔術防犯・警備といった新産業分野、つまりイノベーションを潰してしまう。オリジナル魔術を規制されると発生するであろう、魔術関連企業の失業者への懸念と、それが波及して景気に世界規模での深刻な影響が出るという予測も多い。たとえ魔術犯罪が根絶しても、回り回って自分が貧乏になるのは避けたい――よって経団連が根回しする必要もなく、規制反対派の方が規制派を上回っている。
それに【魔導機術】の軍事転用が秘密裏に進められている以上、魔術の規制は不可能な社会となっていた。
そして、みみ架が所持している【AMP】――《ワイズワード》は武器である。
みみ架は《ワイズワード》を、祖父が道楽で経営している古書堂【媚鰤屋】で発見した。
倉庫での検品中に見覚えのない文庫本サイズのハードカバー本を見つけた。
偶然ではなかった。
不思議な夢に誘われるカタチで、巡り逢ったのだ。
中身を確かめてみると、夢に視た魔導書ではなく電子書籍端末(ホロ・ペーパー)であった。
そして本型端末の名称が《ワイズワード》といい、しかも書籍データをダウンロードするだけの電子機器ではなく【AMP】である事に気が付くのに、そう時間を要しなかった。
それでも発見した当初は単純に本型書架として使っていたみみ架であったが、やがて《ワイズワード》は予言書めいた役割を彼女に示し始める。
過日に起こった、堂桜統護と比良栄優季を巡った【パワードスーツ】絡みのテロ事件に関わった際、みみ架は《ワイズワード》が『アクセラレート・マジック・ピース』としてだけではなく『アームド・モデリング・パーツ』として機能する事を知った。
頁の紙片が無限に精製されて、武具を含めた、みみ架が望むあらゆる形状をとるのである。
その強度も実際の紙とは違って、どんな鋼よりも強靱で、そしてしなやかなのだ。
武道家としては傑出しているみみ架であるが【ソーサラー】としての才には恵まれていなかった。けれど《ワイズワード》のチカラを得て、彼女は戦闘系魔術師として単身での【パワードスーツ】の撃破とテロの解決に成功したのである。
とにかく謎に包まれている【AMP】だ。
堂桜サイドからの要請だけではなく、当のみみ架自身、《ワイズワード》を【堂桜グループ】傘下の研究施設に調査依頼をしたのだが、ユーザー登録されているみみ架の手を離れてしまうと、燃えて灰になってしまうのだ。そして呪いの人形のごとく《ワイズワード》は自発的に、みみ架の手に戻ってくる。いつの間にか、部屋のゴミ箱や彼女の鞄の中に還っているのだ。
オルタナティヴはその話を耳に入れても、特に驚かなかった。
不思議な夢についても打ち明けられた。納得はしたが、みみ架が求めていた情報は、与えられなかった。もう《ワイズワード》からの情報の方が多くなっているかもしれない。
今回の件、みみ架は《ワイズワード》に書かれている被害者リストと、その事件内容からオルタナティヴに解決を依頼してきたのだ。
解決自体は《ワイズワード》から指示されていなかったが、みみ架は放置できなかった。
だが、《ワイズワード》を通じてみみ架と繋がっている『誰か』は、みみ架が解決に動くと分かりきっているに違いない。だからこそ彼女を『導き手』に選んだのだから。
ただし、みみ架は一般人である。
最悪で殺害に及ぶ今回の様な仕事は、裏社会の人間にしかできない。
人を殺すのには覚悟が要る。
幼稚園児でも理解できる簡単な理屈――すなわち、殺される覚悟を持たなければならない。
殺される覚悟なしに相手を殺すのは、低脳な獣にもできる事だからだ。
それは『己より強い者に挑む』勇気と並ぶ『人間だからこそ』の尊い価値観である。
どれだけ強くとも勇気と覚悟がない者は、そして命の尊厳と意味を理解できない者は、それこそダニやノミといった昆虫と大差ないといえよう。
(……果たしてアタシは、本当に覚悟を持てているのかしら?)
オルタナティヴの『何でも屋』としての師は、短い付き合いの最後に云った。
知り合ったのは偶然か必然か。修業は師に付いて過ごした、ほんの一時のOJTであった。
師が言い置いてくれた最後の言葉の真意――
(正直、アタシはまだ理解できていない)
「ねえねえ! 見て見て、なんか凄い人集りができているよ!!」
里央の一声で、オルタナティヴは我に返った。
確かに、メインストリート脇に並んでいる店の一つに、混雑に近い人集りができている。
奇っ怪なのは、野次馬めいた集まりが全て女性なのだ。
それも若い世代が中心となっている。
オルタナティヴの疑問が氷塊するのと、みみ架の言葉は同時であった。
「どうやらあの店は高級ブティックみたいだし、きっと有名なモデルかタレントでもイベントで来ているんじゃないかしら」
「ええ、そうでしょうね」
同意するオルタナティヴ。そんな事にすら即座に気が付かないなんて、どうやら師が残した言葉は、随分と自分の中で燻っている様だ。
「でもポスターとか無いけど。あんなに混んでいるのに、整理してないし」
里央の指摘に、オルタナティヴとみみ架は顔を見合わせる。
それまで発言を控えていた篠塚が言った。
「気になるのならば、立ち寄ってはいかがでしょうか? 末の孫娘への誕生日プレゼントと、できればついでにお嬢様の服を新調したいので」
「服の新調?」
「そうです、お嬢様。その格好はお似合いですが、仕事でパーティ等に紛れ込むには少々特徴的過ぎるかと。日常生活用にも服装のバリエーションはあった方が好ましいですし」
「一理あるのは認めるけど、今は昼食の店を探していたはずよ」
篠塚はニッコリと笑顔を浮かべる。
「ですから、あくまで提案とさせて頂きます。どうでしょう? みみ架様に里央様。よろしければお二方にも衣服をプレゼントさせて貰いますが」
里央が喜色満面で喜んだ。
「本当ですか!? やったぁ! 私はブティックに寄るの賛成派! ミミは!?」
「少し気になるし寄ってもいいわ。でも新しい服は要らないから。間に合っているわ」
「そ、そう……」
オルタナティヴは微妙な表情で、みみ架の格好を再認した。
上にTシャツを着ているだけの飾り気なしのパンツスタイルだ。しかもTシャツは無地で、色合いも地味そのもの。肉感的で、かつメリハリの効いている体型が魅力的に強調されている――のを意図している格好ではない。男性が見れば、胸が大きいダイナマイツな肢体に目を奪われるだろう。だが単に服装とお洒落にズボラだという事が、女性ならば一見して分かってしまう。
里央が苦笑した。
「ミミは、もうちょっと着る物とかメイクに気を遣った方がいいよね」
「興味ないわ。そんな事に時間と労力を使うのならば、少しでも本を読んでいたいもの」
みみ架はそう言うと、《ワイズワード》を取り出して読書を始めた。
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…
人集りの所為で、オルタナティヴ達は正面入口からブティックに入店できなかった。
篠塚が店に連絡を取り、特別に裏手から入らせて貰っていた。
堂桜本家の執事長を務めていた篠塚の経歴が威光を放った状況である。そして店は堂桜とも繋がりのあるオートクチュール(パリの高級衣裳店協会の加盟店)であったのだ。
裏手口から一行を招き入れた店長――三十代前半のモデルのような女性――は、困った表情を隠さずに混雑の原因を説明した。
「まさか現役のスーパーモデルが来店するなんて」
極秘来日していたスーパーモデルが、突如アポなしで、店に来たのだ。
その事に気が付いた客がネットに情報を流し、あっという間にファン達が雪崩れ込んで、店内はパニック近い混乱に陥ったのである。今では、そのモデルの厚意により、即席のサイン会とファッションショーが開かれていた。
マネージャーの女性と、店内保安を担当している警備員一名が場を整理している。
キャスターで移動可能なフィッティングルームを中心に、人垣がひしめき合った状況だ。
客数四十名を想定しているフロアが、ぱっと見で三桁に達する人数で埋め尽くされていた。
ちなみにスーパーモデルという名の職業は存在していない。
世界を舞台に活躍する一流のファッションモデルの中でも、世界的な知名度と破格のギャランティを誇る特別な存在――世界に百人もいない超一流のトップモデルを指す呼称なのである。その報酬は年収数百万ドルにも達するのだ。
世界中の雑誌の表紙を、華やかに飾っているスーパーモデルであるが、生憎とオルタナティヴには興味が薄い分野である。
里央が即席ファッションショーの盛り上がりを目にして言った。
「うっわぁ。アレって本物のERENAですか?」
驚くのも当然だ、とオルタナティヴも里央に同意する。
ERENAという名は、ファッション業界に疎いオルタナティヴも知っていた。
ニホンのモデル界の奇蹟、ニホンのモデル界の生きた伝説――とマスコミから形容されている、ニホン国内でも超有名人だからだ。
「そうです。本物のERENAです。一度袖を通した服は全てお買い上げ頂ける、となっているので、こうするしかなかったのですが、店としては正直いって困りますよ、こういうの。ボディガードも無しのお忍びですし。何かあったらと思うと気が気でなくて……」
事前に来店を報せてくれれば臨時で警備員の増員を手配していたのに、店長は渋面になった。
ニホン人初のスーパーモデル、それがERENAである。
スーパーモデルは圧倒的に白人が占めている。黒人やモンゴロイドは稀少中の稀少だ。
そんなスーパーモデルという地位に、ニホン人女性が昇り詰めたのだ。それも現在ではスーパーモデル達の中でも一番の知名度と稼ぎを誇る――正真正銘、モデル界の頂点である。
みみ架が《ワイズワード》を辞書に切り替えて、ERENAの経歴を確認した。
「芸名、ERENA。本名は……へえ、小林恵令奈になっているわね」
「そうだよ、ミミ。ご家族を早くに亡くして、ERENAは天涯孤独からスターダムを駆け上がったんだよ。ウチの学校出身のアリーシア姫みたいにドラマチックだよね」
最終学歴はニホンの高卒で、しかもアルバイトをしながらの通信制学校の卒業である。
モデルとして成功を収めてからは、アメリアのニューヨークに移住していた。国籍はニホンのままであるが、仕事以外ではニューヨークを出ない生活を送っている。
「ドラマチック……ねえ?」
意味ありげに苦笑して、みみ架は《ワイズワード》を辞書から小説に戻した。
ジャンルは恋愛小説――ではなく冒険小説だ。みみ架はERENAを忘れて物語に集中する。
その時である。
店内を埋め尽くしている人垣が、綺麗に二つに分かれた。
長身の女性――件のスーパーモデルが、闊達した歩みでこちら側に向かってくる。
ERENAが発しているカリスマめいた貫禄に、ファンの女性達は誰もが自然と道を譲っていた。暴力的とも感じられる迫力が凄い。完全に不可視のオーラを纏っている。
オルタナティヴはERENAの容姿に感服する。
(ふぅん。写真やホログラフィと違って、実物の美しさは確かに破格じゃない)
間違いなくニホン人的な顔立ちであるのに、西洋人に見間違う程の造形をしている。とにかく陰影と彫りが深く、自己主張が強いエネルギッシュな美貌だ。
そして、その長身が顔立ちと絶妙にマッチしている。
肉感には恵まれていない。だが、不健康に痩せているという印象も皆無だ。細いのだが健康的で力強いというバランスのとれた、しかしアンバランスな体型。この身体がERENAを世界一のスーパーモデルにした原動と評されている。
現代のニホン人女性の平均身長は、成人女性でも百六十センチに届いていない。
世界的な基準では、かなり小さい部類に入る人種だ。東洋人女性は大人でもまるで子供――と軽んじられる事もある。モデルやバレリーナをするにしても、最低ラインで百七十センチであるが、その百七十センチですら、ニホン人だと平均身長を十センチ上回っているのだ。
流石に二十一世紀に入っている現在では、百七十センチ台の女性を長身、大柄と感じる事は稀になっているが、一昔前だと百七十センチでも女性では長身に類されていたのだ。
世界基準の美貌で戦うには、ニホン人女性は小柄に過ぎるといわざるを得ない。
そんなニホン人女性にあって、ERENAは世界基準で戦える身長百八十四センチを誇っている。現役のスーパーモデル達の中でも、際だった長身とスタイルなのだ。
カッ、カッ。ERENAのヒールが大理石の床をノックして、攻撃的なリズムを刻む。
想定外の光景に、里央が戸惑う。
「な、なんかERENAがこっちに来ているんだけど」
篠塚がERENAに小さく頭を下げた。けれど彼女はその会釈を無視だ。
オルタナティヴ達に近づいていくERENAを、マネージャーの女性が慌てて引き止めた。
「何しているの、ERENA!? 戻りなさい」
「ファッションショーは中断よ。ちょっと挨拶したい子がいるのよね」
妖しげに濡れているERENAの双眸は――読書に耽る、みみ架に釘付けになっていた。
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本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。