アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第6部(第02話)

第一章  何でも屋の少女、再び 1 ―殺人鬼―

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         1

 

 彼はその生涯を三十八才で終えた。
 あと二日で三十九才だった。もっとも誕生日を祝ってくれる者はおらず、彼も三十を超えてから、歳を取る度に憂鬱に思っていたので、三十九才は別段どうでもよい数字である。
 よりにもよって通り魔に背後から刺殺される――という皮肉な結末。
 職場の飲み会で泥酔していたが為の、まさしく一生の不覚だった。
 なにが皮肉だったかというと、彼は常に殺人衝動を抑えながら生活していたのである。そんな彼が誰かを殺す前に殺されてしまうなど、これ以上の皮肉があるだろうか。
 死に間際に、彼は己の倫理と理性を呪った。

 

(ッくしょうがぁ! こんなオチになるんだったら、誰か一人でもブッ殺せば良かった)

 

 彼は『とある格闘技』を習得していた。
 大学時代の四年間での修練だ。
 世界中の格闘技の長所を掛け合わせて錬成された――という眉唾モノの技術であったが、彼は幸か不幸か、先代に出会い、そして世継ぎに恵まれなかった彼に業を託した。
 先代は五年前に老衰で死去。
 親戚の法事には一切顔を出さない彼が、自発的に喪主を務めた。
 先代の遺志に従って、今の今まで殺人衝動を抑えてきたのだが……
(あぁ~~あ。ジジイにゃ悪いが、俺で完全に途絶えちまったか。流派の名とか継承者の義務とか、別に興味なかったけどよぉ。せめて一度でいいから業を実戦で使いたかったぜ)
 生業は零細企業のサラリーマンだった。
 プロ格闘家という道は、ルール(制約)が窮屈すぎて、性に合わなかったのである。
 独身で恋人もなし。高校時代から何人かの女と付き合った過去はあったが、付き合い続けると殺人衝動を我慢できそうにないので、彼から振っていた。
 とっくの昔に実家とも疎遠だった。
 もう丸五年は音信不通だ。
 教育熱心というよりも、世間体と将来の息子の稼ぎを当てにしており、両親は揃って彼に成績優秀で余計な問題を起こさず、そして親の価値観に従順であれ、と強要してきた。おまけにケチときており、親の希望は押しつけるが、息子に金を掛けたくないのが露骨であった。
 息子に贅沢はいうなというその口で、高卒と大卒では生涯賃金が一億円は違うんだ、と彼にいう人間性だ。どう考えても、自分が親に学歴による差額一億を当てにされた――いわゆる搾取子というヤツだと、高校受験の前には理解していた。三者面談の時、成績と進学についてしか話をしなかった母親に呆れ返った担任教師は、彼に「父親もアレなのか? お前、グレないの凄いよ」と同情した。担任に憐憫の目で見られ、彼は顔から火が出るほど恥ずかしかった。しかし「生きていく為に、親に従って受験するしかないです」と苦笑するしかなかった。
 都会に逃げられるのならば、逃げたかった。
 東北のド田舎での受験勉強は楽ではない。進学塾もロクにないのだ。
 なにより周囲から浮いて孤独になる。
 都会とは難易度が違う上に、親は私立の受験どころか浪人すら許さないと彼に告げた。医者か弁護士を目指すのならば、二浪までは許すらしい。どうやら何度「大学に興味はない」と言っても親は「大学にいかせてやる」という発想から逃れられない――と彼は諦念した。
 過疎地のド田舎なので家出もバイトもままならないという現実。
 少子化が加速していき、大学全入時代となった今とでは、色々と違っていた彼の学生時代。
 当然ながら、両親は息子の言葉(夢や希望)には一切、耳を貸さなかった。
 というよりも、全く興味がないのが瞭然だった。
 一番殺してやりたいのは親だったが、親の希望通りの一流大学を卒業した後、親の希望であった大学院へは進まずに、当てつけで薄給の零細企業に潜り込んだのである。
 面子と打算を潰された親の発狂ぶりは、最高に愉快だった。
 人生至福の時といって過言ではない。
 自分達の意に沿わない息子に、両親は興味を失った。
 なにしろ父母は「親に迷惑かけるな」「やりたい事があるのなら自分で稼いでからやれ」と直接、息子に告げるレヴェルである。彼が大学院への進学を蹴り、就職するとなると、それまで親が払っていた息子への生命保険の契約をお前が継続しろ、と要求する程に自分勝手だ。むろん彼は拒否というか無視したが。
 毒親との付き合い方は、無視が一番だ。
 今ではネグレクトや虐待する親よりはマシだった、程度である。
 親が息子に思った事と同様に、彼も親に対して「息子に迷惑かけるな」としか思っていない。ついでに親孝行する気もない。親の老後も、親戚付き合いも知った事ではない。行きたくもなかった大学に、受験勉強してまで進学してやった事が、最大にして最後の親孝行である。それも貧乏な大学生活に甘んじて、だ。何度、投げ出して中退しようと思ったか。屑な親からは屑な子しか生まれない――の典型だ、と彼は諦観していた。
 とはいっても、両親の屑っぷりと、自分の屑っぷりは別次元・別種類だという自覚はある。
 それに両親の老後は、親の愛玩子だった姉が面倒みるだろう。
 金をドブに捨てるかのごとく親は姉を甘やかしていた。成績は平均より下だというのに、高校から大学卒業までアメリカ留学させていた。姉のアメリカ暮らしに大金が消えていったが、彼の予想通りにアメリカでの就職は無理だった。今では地元で専業主婦だ。せめて優秀で有能な姉ならばアメリカ留学に不満も少なかったのだが……。行きたくもなかった大学で貧乏生活を強いられた事が莫迦みたいだというよりも、大バカそのものなオチである。
 長々と述懐したが、要約すれば、彼には「一度も殺人できなかった」以外の未練などない。

 

『――貴方は〔神〕の手違いで死んでしまったのです、六左四』

 

 その言葉で、彼――柴原六左四は、眩い光で満たされている空間に、裸で浮かんでいる事に気がついた。
 相手の姿は見えないが、確かに『大いなる存在』として感じ取れる。
 六左四は不可視の相手に吠えた。
「手違いってどういう事だよ、手違いってよぉ! あぁ!?」
『貴方は本来、もっと違った充実した人生を約束された選ばれし者だったのです。しかし貴方の世界の〈創造神〉はミスをした。世界の管理システムにバグがあったのです。よって貴方は不遇の人生になってしまい、その結果、あり得ない結末となってしまった……』
 言葉の意味を理解して、六左四はキョトンとなる。
 胡散臭い事この上ない言葉であるが、現状は信じるに足りる状況だ。六左四の顔がみるみる真っ赤に染まり、額に野太い血管が浮かび上がった。
「おうらぁぁあっ。その〔神〕ってヤツを俺の前に差し出せ。ブッ殺してやる!!」
『それはできません。しかし貴方の世界の〈創造神〉は、貴方に対してとても済まなく思っておりました。よって私に貴方を託したのです』
「どういうこった」
 相手の真意をはかりかねて、六左四は顎で話の先を促した。

 

『現代日本とは別の異世界――【イグニアス】への転生を頼まれました』

 

 はぁ? と、六左四は首を傾げる。コイツ、何を言っている?
『理解できませんか? 貴方は別の異世界において、貴方に相応しい新たな人生をやり直せるという事ですよ』
「輪廻転生ってやつか」
 暇潰しに読んでいるWEB小説投稿サイト『小説家になるぞ』――通称『なるぞ』で流行っているジャンルだ。『なるぞ民』と呼ばれる程、コアではないライトユーザーだが。
 現在の『なるぞ』では、この手の異世界転生モノ、VRMMOモノ、そして悪役令嬢モノが幅を利かせている。人気投票で決まるランキングもこれらが占めている。
『はい。通常の輪廻転生は前世の記憶と自我を継承しませんが、貴方は特別に柴原六左四としての記憶と自我を引き継いで生まれ変わるのです。満三歳で貴方は柴原六左四としての全てを思い出すでしょう』
「マジかよ!? やったぜ!」
 六左四は笑顔になる。人生をリセットしてやり直せるなんて、夢のようだ。
 まさか『なるぞ小説』みたいに、本当に異世界転生ができるなんて!
 それならば、手違いした〔神〕とやらを許してやろう。
「で、その【イグニアス】世界ってのは、どんな世界なんだ?」
『元の世界とは似て非なる魔導世界です。特徴としては疑似魔術としての超高次元システムが発展・普及しています。文明レヴェルは現代日本よりも若干上で、文化レヴェルは同一と思ってくれて問題ありません』
「ふぅん……」
 少しだけ六左四は落胆した。『なるぞ』で流行っている、無責任に遠慮なく殺しまくれるような、剣と魔法の中世風ファンタジー世界が希望だが、贅沢はいえないか。
 現代ファンタジーは好みじゃない。『なるぞ』でも現代モノは過疎ジャンルである。下位世界へ転生・転移して、元上位世界人としての優越感を味わうのが醍醐味なのだ。
(まあ、生活を考えれば、元世界と転生先の異世界は似ている方がいいか)
 トイレにウォシュレットがついていない原始的な生活は、やはりノーサンキューだ。
 飯もジャンクフードや冷凍食品が大好きだ。それに水もミネラルウォーターしか飲まない。
「ああ、断っておくが、俺は転生した異世界で、好き勝手に暴れ回るからよ。できるだけ警察に捕まらない様に立ち回るが、最終的には死刑になって笑いながら死んでやるぜ?」
 どうせ一度は終わった生だ。
 だったら次の人生は悔いなく終わりたい。他人から人畜無害と思われながら、自我を殺して後悔に塗れるのならば、他人に唾棄されようが楽しく悔いなく生を全うするのだ。
 稀代の殺人鬼として生き抜いてやる。
 銃も刃物も恐くない。恐いのは――素手同士の戦いで敗ける事だけだ。
「――で、俺の本音を聞いても転生させてくれるかい? くくくく」
 ダメならダメで諦める。どうせ死んでいる身だ。
 この〔神〕とやらに媚びを売ったり、良い子ちゃんぶるなんて、死んでもゴメンである。
『もちろん転生して下さい。それに貴方の望み通りの人生となるように、私が手助けさせて頂きますので。好き勝手に殺人を楽しめるように、最大限の便宜をはかりましょう』
「ほぅ。なんだ気が利いているじゃねえか。はははははは」
『それだけではありません。特別にチートな〔スキル〕を貴方に授けます』
 六左四は気色満面になる。
 チートな〔スキル〕か! やった。チート万歳。これこそ『なるぞ小説』の醍醐味だ。
(いや、これは『なるぞ小説』じゃなくて、現実だけどな)
 早く赤ん坊から成長して、ステータスをオープンしたいものだ。
 しかし、すぐに飛びつくと〔神〕とやらに舐められるので、あえて突き放してみる。
「ああン? そんなの要らねえよ。俺は己の肉体だけで充分だぜ。そのチートな〔スキル〕とかいうのはよぉ、そいつが無かったら弱っちい貧弱クンに譲るからよ」
『そう言わないで、是非とも受け取って頂けませんか? 何故ならば、貴方が遠慮なく殺せる相手も同様に〔スキル〕持ちなのですから。もちろん貴方の〔スキル〕が一番チートですけどね。お願いいたします、どうか受け取って下さいませ』
「しょうがねえなぁ。そこまで言うんだったら、貰ってやるよ。感謝しろよ?」
『ありがとうございます』
 筋書き通りだ。感謝の押し売りはゴメンである。

 

『それで……、貴方を異世界に転生させる為の条件が一つだけあるのです』

 

 六左四は顔を顰めた。
 手違いで死んでしまったお詫びじゃなかったのかよ。文句を言いたいが、取りあえず相手の条件とやらを聞く事にする。
「言ってみろ。ただし面倒くさい事だったら、特に善行とかなら、絶対やらないからな」
『貴方が二十一才の時、殺して欲しい人物がいるのです』
「なんだ。脅かしやがって。ンなのお安い御用だぜ。で、誰を殺せばいいんだ?」
 告げられた名を、六左四は記憶に刻み込む。
 その名は――

 

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         ◇

 

 ……――芝祓ムサシは、そこで居眠りから目を醒ました。
(転生した時の夢……か。久しぶりに視たな)
 彼は現在、二十一才。
 大学三年生で、とある単科大学に通学している。工業大学で、偏差値は低めだ。
 場所は関東の外れという、ムサシにとっては理想的な位置だ。
 隣席から聞き馴染んでいる声色。
「ちょ、ちょっとムサシちゃん! 教授、すっごい目で睨んでたよ」
 講義の最中だったか――と、ムサシは伸びをする。まだ眠い。
 ムサシに注意した幼馴染みが呆れ顔になった。
「出て行って構わんぞ、二人とも。真面目な渚さんに免じて、出席扱いにしてやる」
 講師をしている教授の言葉に、二人は素直に従った。
 工業数学の講義室から退出する。
 高校までとは違い、大学の授業は自主性が重んじられるので、その辺りは寛容だ。いや寛容というよりも、教授・助教授・研究員は学生への授業よりも自分の論文と実験の方が大切なのである。出席率を満たし、テストとレポートと実験をこなせる学生には、かなり甘い。
 ムサシもそれを承知して、わざとランクが低い大学へ進学していた。
(決して前世と同じ間違いは繰り返さないさ)
 手を抜いても成績は上位だ。それだけキャンパスライフを楽しめる。とはいえ、文系とは違って、カリキュラムはギッシリだ。実験は週一以上で、レポートは最低で三十枚以上だ。
 しかし、それも抜かりはなかった。
 静かな廊下を進みながら、隣についてくる幼馴染みに確認する。
「おい、此花。今週提出期限のレポート二点、ちゃんと仕上がっているか?」
「もちろんバッチリだよ、ムサシちゃん」
 右手でOKサインを作る此花。
 この渚此花はムサシ以上に優秀で、一流国立大学にも合格できる学力を持っている。
 けれどムサシを追って此花はこの工業大学を選んだ。
 実に便利で都合のいい女だ。
 いつまでたっても「ちゃん」呼びを止めない点を除けば、不満は皆無といえる。
 大学卒業後に結婚してやる、と此花に約束してからは、便利さに磨きがかかっていた。
 なんでも尽くしてくれる。彼女の親は金持ちで、彼女は親に買ってもらった高級車を売って、ムサシに車とバイクを買ってくれたりする。約束できるのは、卒業後の結婚と浮気しない事だけだから――と宣言しているが、それで此花は充分らしい。
 此花が声を潜めた。
「ムサシちゃん。この間、告白してきたっていう電子科一年の子、どうするの?」
「ん~~。そうだなぁ」
 悩む素振りもそこそこに、ムサシは軽い口調で言った。

 

「……断ったってのに付きまとってきてウザイから、ブッ殺すか」

 

 この場合の殺すは比喩ではない。殺害だ。
 じゃあ段取り付けるね、と此花が無邪気な笑顔になる。
(ホント、使い勝手のいい女だぜ、コイツ)
 何から何まで、それこそ殺人の片棒さえ喜んで担いでくれるのだから。
 次の殺人で記念となる二桁だ。
 大学に進学してから殺人を解禁したので、二年と数ヶ月で十人か。いいペースで殺れている。
 転生した時に〔神〕とやらが云った通りに、警察には捕まっていない。
 それどころか容疑者としてさえ挙げられていないのだ。こちら側の計画もそれなりに周到だが、やはり〔神〕が裏から手を回しているに違いない。
 くくくっ、とムサシは喉の奥を振るわせる。
 最高の人生だ。前世とは大違いだ。
 そういえば……と、ムサシは思い出す。
 約束があった。転生した時に〔神〕と交わした条件である。
 さっき転生した時の夢を視たのは、それを思い出せ――というメッセージかもしれない。
 ちなみに。

 

 彼が一番最初に殺したのは、両親と姉であった。

 

 

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