第四章 破壊と再生 25 ―真実―
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25
辛うじて繋いでいた、統護の意識を呼び戻す声が、耳元から聞こえてくる。
「――統護、大丈夫? 統護、しっかりして」
「ん……。優樹、か?」
ぐったりと弛緩し切っている統護を、優樹が優しく抱き支えていた。
すでに〔太陽神〕は消えている。
魔力と体力そして気力までを限界まで使い切った統護は、憔悴し切っている。超人的な身体機能を得ていなければ、衰弱死は必至であった。
統護は優樹の頬に、頭を傾けた。
優樹は愛おしげに統護の頭を抱えて、頬を擦りつけてくる。
「身体、大丈夫か?」
「それはボクの台詞だよ。まったく無茶をして」
優樹の身体は完全に再生されていた。
サイバネティクス化されていた右手も、本来の肉体へと戻っている。体内のナノマシン集合体による神経ネットワークのリンクも正常化で安定しており、以前とは違い、【ナノマシン・ブーステッド】として格段に進化・適合を果たしている。
優樹の説明を聞いた統護は、残念そうに言った。
「そっか。できればお前の中のナノマシンを除去したかったけど、無理だったか……」
「右手が元に戻っただけでも凄い嬉しい。それにボクの身体はもうナノマシンと共生しなければ維持できないから。平気だよ。今は能力を解放してもナノマシンに喰われるって事もないから。ボクとナノマシンは一つの存在として融合しているのが、神経リンクで確認できるよ」
「なら……いい。よかった、優樹」
極度の疲労から眠りに落ちようとする統護へ、優樹は囁いた。
……二年前の雨の日。相合い傘して二人で学校から帰ったのを、君は覚えている?
統護の目が大きく見開かれ、眠りに落ちそうだった意識が、一気にクリアになった。
優樹はなおも歌うように言葉を連ねる。思い出という名の言葉を。
初めて喧嘩した時の事。
最後になったお誕生日会の事。
一緒に小学校を卒業した時の事。
二人で散歩した時の事。
「あの時はね、偶然鉢合わせたんじゃなくて、ちゃんと統護がいるって分かってたんだ」
「お前……どうして?」
「一緒の高校に進学するって分かった時、本当に嬉しかったんだ」
優樹は統護の頬を、両手で優しく挟み込むと、目を目を合わせてきた。
統護の瞳に映る彼女は泣いている――
「君は異世界からきた〔魔法使い〕だったんだね、堂桜統護」
統護は小さく頷いた。
視線は優樹の瞳に張り付いている。
彼女の瞳が悲しげに潤む。
「だけどゴメンね。ボクは君の世界の比良栄優季の記憶と自我を得たけれど、やっぱりボクは別人なんだよ。正確には君の幼馴染みじゃないんだ」
「優樹……」
「嬉しいんだ。ボクじゃないボクの記憶。違う世界の自分の記憶。弟以外は真っ黒だったボクの思い出が、ボクじゃないボクの記憶で満たされていく。まるで光みたいだよ。君との幸せな記憶と思い出。それはボクにとって何よりも大切な宝物だ」
優樹は統護に唇を重ねた。
ついばむように、二度、三度と。
キスの後に額を合わせた。
「だから。だからボクに思い出をくれた比良栄優季の為にも、ボクは君に真実を告げるよ」
「真実?」
統護の声に恐れが滲む。
〔神〕すら怖れない男の頬が、畏れで歪む。
「うん。君が心の中で決定的に否定している事。比良栄優季の記憶は――クリスマスイヴの前で途切れているんだ。彼女は――死んでいるんだよ、統護。もう何処にもいないんだ」
ズキリ、と統護の胸が痛む。
ギシリ、と統護の心が軋む。
認めたくなかった事実を、当のユウキから告げられ、心が張り裂けそうになる。
「最後に、この世界のユウキとして、ボクの中にある彼女の気持ちを、あのイヴの約束の言葉を伝えるね」
――大好きだったよ。
優樹はもう一度、キスをした。
そして涙まみれの両目を優しく眇める。
「彼女はいつまでも自分を引きずって欲しくないって。もう引きずらないで、これからは真っ直ぐに前を向いて。真っ直ぐに前だけを――」
精一杯の笑顔は、泣き顔だった。
統護は頬を涙で濡らしながら、封じ込めていた想いを吐露する。
「俺も、俺もお前がずっと大好きだったよ、優季――」
ありがとう、と告げる。
ようやく終わった。
これで本当に、幼馴染みとの初恋に決着がついた。
優季との記憶を思い出として昇華できた。
気が緩んだのか、そこで統護の意識はプツリと途切れた。
そんな統護を、優樹は優しく抱き続けた。
二人は重なり続ける。せめて夜が明けるまでの仮初めの――二人だけの永遠の中で。
いつまでも寄り添っていた。
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…
「――というワケだったんだ」
統護は衛星通信によるフォト電話で、アリーシアに今回の事件を話していた。
あれから……優樹は姿を消した。
淡雪とルシアによると、比良栄家で大きな動きがあり、その事変によって彼女は彼女で新しい人生を始める事となったらしい。
現在も一切の動向が不明で、統護もあえて調べようとはしない。
統護はそれでいい、と思っている。自分は過去の思い出を振り切った。だから彼女にも過去を振り切って、今度こそ女の子として幸せな思い出を作って欲しい。
「うんうん。なるほど大変だったね、統護」
優しい表情で何度も頷くアリーシア。
通信画面内のアリーシアは、風呂上がりのようでバスローブを羽織っている。
「そして今回もお疲れ様。よく戦ったね」
「じゃあ、こっちはもう遅いし、今夜はこれくらいで……」
統護は話を切り上げて、そそくさと通信を切ろうとしたが。
「あはははは。逃げるんだ!? 統護」
アリーシアは朗らかに笑っていた。しかし目だけは全く笑っていない。
しかも額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
「あ、いや、その……」
統護の頬が引き攣り、全身から大量の汗が流れ始める。
通信オフのスイッチへと伸ばした指を、力なく引っ込めた。
「隠そうとしても無駄だよ? 締里から全部聞いちゃっているから。全部ね」
それからダメージが深刻な締里も、かつて彼女をエージェントとして養成した組織から帰還および療養と再調整を命じられて、現在は行方が知れない。ニホン国内には居ないだろう、とルシアに云われている。学園の方は休学扱いになっているので、復帰後、また同じ学校に通いたいと思っている。
「あのさ、アリーシア。俺は別に隠すつもりじゃ」
「ねえ統護。戦いとは別に、豆腐の角に頭をぶつけたりした?」
「え? 豆腐?」
「なんか物忘れが激しいみたいだから」
「……」
「ちゃんと覚えているかな? 統護と私の関係は?」
「こ、婚約者同士、です」
「あれ? 覚えている。意外ね。だったらどうして委員長と子作りの約束とかするかなぁ」
作り笑顔が、凄みのある貌に変貌した。
あの夜に召喚した〔太陽神〕の怒りの貌よりも――遙かに恐かった。
「し、仕方が無かったんだ!!」
みっともなく狼狽えながら、統護は必死に弁解した。
ちなみに、みみ架は堂桜本家と独自に交渉して、統護との子供には堂桜関係の利権に一切関わらせないという証文を以て、自分と統護との約束の認可そして堂桜関係者としての情報保護を取り付けていた。
当然ながら統護は一族会議でつるし上げされ、以降――淡雪は一言も口を利いてくれない。
「そ、そ、それでな、アリーシア」
言い出しにくい話だが、アリーシアがみみ架との約束を知っているのならば、ここで婚約破棄の時期をはっきりさせようと決断する。
みみ架と子供を作るのならば、やはり他の女性との婚姻は道義としてまずい。みみ架が自分との恋愛や結婚に興味がないのは、別の話だ。
それにもともとアリーシアとの婚約は、あくまで形式上のものである。
アリーシアにとっても、本音では迷惑に違いないし。
「俺達の婚約についてだが――」
「正式な婚姻まで二年以上あるはずなのに、もう愛人一号とは、さすが統護だね!」
「あ、うん。ええと。……御免なさい」
みみ架の言葉を思い出す。アリーシアは婚約解消する気はない筈だと言っていた。どうやら本当の模様である。
再び笑顔めいた朗らかな表情になるアリーシア。
統護の目には怒りしか読み取れないが。
「実は締里だけじゃなくて、委員長とも話し合っているから、うん、心配しなくていいよ?」
「そうだったのか!」
ちくしょう、だったら教えてくれよ委員長。
泣きたい気分だ。
「このままだと、私達の結婚式に、統護との子供を連れた委員長が出席するか、お腹を大きくした委員長が出席するっていうシュールな光景が現実になるけど、しょうがないよね♪」
「ああ。しょうがない……ですよね?」
愛想笑いで追従しようとする統護。
ギロリ、と睨まれた。
逃げられない。
婚約解消どころか、このまま結婚は確定のようだ、と統護は諦めた。
どうしよう……
なんだか取り返しのつかない道を歩み始めている気がする。
振り返っても、不義理や不誠実な真似はしていないはず――はず……
「うんうん。約束は破れないよね。私との結婚も、委員長の子作りも。だから今回だけは大目に見てあげる。今回だけは。私って理解のある妻でしょう? でも次はないから。次、他の女と変な約束してみなさい。ちょん切るからね」
凄まれて統護は萎縮した。
ちょん切るって何をだ? いや、確実にナニだとは分かっている。
背筋が凍る。間違いなく彼女は本気だ。
しかし、これで一つハッキリした。
対人スキルに自信がないし、自分に惚れる酔狂な女など存在しない――と思っていたのだが、どうやらアリーシアは自分に気があるようだ。自意識過剰という可能性は、みみ架に否定されている。
正直いって高校生で婚約とか結婚どころか、友人関係すらままならない自分に、恋人関係など無理というか、ストレスでしかないが、今は調子を合わせるしかないだろう。
「理解してくれて嬉しいよ、アリーシア。流石は俺の婚約者だ!! 愛してる惚れ直した!」
「うっわ最低……」
「ゴメン。反省してます。すいませんでした」
考えてみれば、アリーシアの様な素敵な女と結婚できるのは、統護からすると奇蹟的な僥倖であるし、彼女を好きだという気持ちも嘘ではない。相思相愛ならば結婚も問題ないだろう。
問題は、同じくらいみみ架の事も気になっていて、優劣を付けられない事だ。
自分の気持ちを自覚した時点で、どちらか一人だけだったのならば、きっと男らしく他の女を断れた……のだろうか?
(いや。無理っぽいよな)
そんな男らしい自分など、欠片も想像できない統護であった。
それに締里の事だって好きかもしれない。締里の態度を考えると、ひょっとすると自分に好意を持っている可能性が。しかし、アリーシアと婚姻するから、と締里の気持ちを断れるかと自問すると、絶対にできないだろうと確信すらある。
「あ、そうそう。反省の証として原稿用紙二百枚分、手書きで反省文を書くこと。鉛筆書きは不可でインクで清書して。書き間違いに修正印やホワイトを使ったら駄目だから。その場合は最初から書き直しね」
「え? マジで!?」
一気に好意の熱から冷めた。好きだと自覚しても、恐いモノは恐い。
愛情と恐怖は全く別の話である
「なにか不満の声が聞こえた気がするけれど、空耳だよね♪ それじゃあ来週の日曜までに書いて提出してね。延期は認めないから」
一方的に言い残し、アリーシアから通信を切られた。
統護は脂汗を流しながら、愕然と呟く。
「手書きで原稿用紙二百枚って……鬼かよ、アイツ」
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