第四章 破壊と再生 3 ―ルシアVS優樹②―
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暗闇が晴れる。
淡雪はようやく目隠しを解かれた。
エスコート――という名目の連行によって到着した場所は、殺風景な会議室だ。
間違いなく横須賀米軍のベース内であるはずだが、位置口からの位置関係は完全にロストしていた。
学園中等部の制服姿を正装として来訪した淡雪を出迎えたのは、ほどよくノリの利いた米軍制服に数多の勲章を付けている四十路前後の逞しい壮年男性である。
角刈りの金髪に、いかつい顔立ち。そしてニホン人とは根本的に鍛え方が異なる、太く分厚い肉体は、たとえ将校クラスであっても米兵共通だ。ニホン人とは違い、ホワイトカラーであっても華奢なアメリア軍人など存在しない。
淡雪は丁寧に腰を折った。
「無理をいってご多忙な中お時間を割いて頂き、堂桜一族を代表してお礼を申し上げます」
米軍将校は、音を立てて踵を揃えると、鋭い所作で敬礼を返した。
「こちらこそ。堂桜財閥の姫君を迎えられて、光栄です」
「ニホン語、お上手なんですね」
淡雪が流暢な英語で返すと、将校もビジネスライクな口調で英語に切り替える。
「大して喋れませんよ。細かいニュアンスが曖昧で、どうにもニホン語はビジネスには使いにくい。アニメを視聴する分には不自由しませんが。ああ、忘れていた。私については『ショーグン』とでも覚えておいて下さい。プリンセス・パウダースノゥ」
ニコリともせず、ショーグンは淡雪に着席を勧めた。
椅子はクッションなどない無骨なパイプ椅子だ。
テーブル上には、お茶や菓子どころか、コップ一杯の水すら出されていない。
録音させてもらう、とボイスレコーダーが置かれた。
淡雪も自前のボイスレコーダーを翳して見せた。
こうしてデータが二つ存在すれば、録音データの偽造は不可能になる。
白と黒の色彩のみで構成されている無機質な空間で、淡雪は米軍【暗部】との交渉に入った。
…
すでに魔術戦闘は始まっている。
絶美のメイド少女は、氷製のコンバットナイフを構えたまま、微動だにしていない。
優樹はルシアの隙を窺うが、ルシアに一切の隙は見い出せなかった。
ざザぁっ!
背後にいるロイドが、攻撃魔術――《クレイジー・ダンス》による黒髪を、導火線として伸ばしていく。
一斉に追い被さってきた黒髪の群を、ルシアは氷刃を超高速で振るい、ことごとく斬絶する。
舞うような剣技で切断されたロイドの髪は、その断面が凍りついていた。
ルシアがロイドの魔術に反応した、その瞬間。
最大速度で、優樹が飛び出した。
身に纏っている疾風のドレスによって、前面の空気をスクリューのように掻き分け、背面の空気をジェットエンジンのごとく押し出すことによって加速する。この超高速挙動こそが《サイクロン・ドレス》の基本性能だ。
掛かってくるGに耐え、優樹は一瞬でルシアの懐に入った。
ルシアは右手の氷刃を一閃させて迎撃した――が。
優樹は間一髪でバックステップしていた。通常ならば慣性を殺せずに、確実に斬撃の餌食となっていた間合いとタイミングであった。しかし、この驚異的かつ不自然な挙動を生み出す事こそ《サイクロン・ドレス》の本領である。
必中であるはずのカウンターを外されたルシアは、すかさず位置取りを変えた。
ルシアがいた位置に、ロイドの髪の毛が突き刺さった。
ドン、という爆発が起こり、土煙が舞う。
使用エレメントは【火】。ロイドの魔術――《クレイジー・ダンス》の魔術特性だ。
土煙の中から、氷の閃光が二筋、煌めいた。
一つはロイドの足下へ。
もう一つはロイドが守っている大型キャリーバッグへ。
ロイドの足下に投擲された氷のコンバットナイフは、粉々に砕けると彼の足下を凍りつかせて動きを封じた。
大型キャリーバッグに当たった氷のコンバットナイフは、標的を破壊する事なく、遥か後方へと移動させる。ナイフが激突した瞬間、ナイフが破裂して衝撃波で押したのだ。
(速い。そして滑らかだ)
優樹はルシアの動きに感嘆せざるを得ない。ロイドの《クレイジー・ダンス》は電脳世界内の【ベース・ウィンドウ】のサーチ機能で完璧に把捉して、先読みしていた。そしてルシアは自身の魔術オペレーションは最小限に抑えて、現実世界での動きと時間軸を優先させている。優樹がルシアの魔術を電脳世界でのサーチに成功しても、ルシア本人の挙動への対応で手一杯にされていた。
「まずはネコを確保させてもらいます」
土煙が薄まった中から、目標物へ一直線ではなく、左から弧を描く軌道でルシアが飛びだしてきた。獲物を狙う豹のような疾走ぶりだ。
「させないよっ!」
優樹はキャリーバッグとルシアの直線上に待ち構えていたが、《サイクロン・ドレス》の風による推力で、強引にルシアの前に躍り出た。
ギュオン! カマイタチによる『風の刃』を発生させて牽制する。
だが、姿勢を低くして疾駆するルシアは、右手を横凪してカマイタチをかき消した。
正確には、ルシアもカマイタチを発生させて相殺したのだ。
完全に魔術オペレーションでも後塵を拝している。
魔術同士の攻防は、前時代的な有視界戦闘でも、現代的な無視界戦闘でもなく、電脳世界に展開している【ベース・ウィンドウ】の時間軸を基点とした――超視界の戦闘である。
超視界と超時間軸を実現できる【ベース・ウィンドウ】での魔術オペレーションこそが、現代兵器に対して戦闘用魔術が誇る戦術・戦略面でのイニシアチブなのだ。
電脳世界での魔術オペレーションは、コマンド選択→コードの書き込み→演算。もしくはプログラム選択→パラメータ設定→プログラム実行→パラメータ調整といったプロセスなのだが、オペレーション開始から結果の顕現まで、現実世界の時間軸では刹那の間のみだ。
つまり魔術のみの攻防だと、距離と時間という要素が意味を持たなくなるケースが多くなる。
従って魔術戦闘では、近接格闘戦と魔術攻防を組み合わせて、相手に現実世界における時間と有視界での対応を迫り、魔術オペレーションのリソースを削るのが重要となる。
(やっぱり魔術攻撃だけじゃ、まったく通用しないね……ッ!)
【風】を『風』で打ち消されても、優樹に焦りはない。
ケイネスから、彼女の推定ではあるが、ルシアの魔術特性の正体を知らされていたからだ。
エレメントによる『風』ではないはずなのに、見事にルシアの魔術特性でコーティングしていた。ロイドの黒髪を凍結させた『氷』も同じ理屈はずだが、巧妙に過ぎる。
優樹は魔術を解除した。
無効と知りつつあえてカマイタチを相殺させたのは、この一瞬の切り替えを行う為――
「やはり右手と魔術の併用は不可能ですか」
「ッ!!」
ルシアの呟きにギクリとなった。しかし――
眼前まで迫っているルシアに、右拳をテイクバックした。
「偽物だろうと――ボクの《デヴァイスクラッシャー》を防げるかなっァ!!」
いける。不可避のタイミングだ。
ルシアは高速で突っ込んでくる。上下左右、どこに移動しても斜角は限られる。
狙いは急所である必要はない。ルシアの胴体の中央に右拳を放つ。拳が当たったインパクト時に、疑似《デヴァイスクラッシャー》による爆発を起こせば、それで決着なのだから。
ルシアの魔術特性ならば、上下左右ではなく、物理法則を無視しての後方回避も可能だと分かっている。
だがその際は、ロイドの魔術によって回避経路を捉えればいい。そして優樹は更に真っ直ぐに追い込めばいい、という二段構えの作戦だ。二対一の利点を最大限に生かした作戦である。
果たして――
上下左右へのスライドもなければ、後方退避もない。
そのままド真ん中から来た。
優樹は渾身の右ストレートを打ち込む。
ぱぁん。メイド少女は微塵の動揺もみせずに、優樹の右拳を真正面から右手でキャッチした。
ややタイミングをズラされたが、それでも優樹は勝利の笑みを浮かべた。
キャッチされた右拳へと魔力を注ぎ――
ドグゥわぁッ!! 右手が爆発した。
ルシアの手ではなく、――優樹の拳が。
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