第三章 終わりへのカウントダウン 7 ―偶然―
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陽流は吸い込まれるように、孤児院【光の里】へ入り込んでいた。
不審人物として通報されれば致命傷になる、と頭の片隅で理解はしていても、陽流は自分の足取りをとめられなかった。
胡乱な表情で庭をフラフラと歩く陽流に、外で遊んでいた子供達は警戒した。
小学生高学年の女子が孤児院内へ駆け込んでいった。
陽流は子供達の様子に気が付かず、そのまま玄関へと歩を進めていく。
温かい景色だ。
こんな優しい場所があったのか――と、陽流の意識は飛んでいた。
「――どうかしましたか?」
女性の声で、陽流は我に返る。
玄関先に若い女性が畏まって立っている。傍には小学生の女の子が、不安そうにしていた。
女性はTシャツにジーンズといったラフな出で立ちで、外見的には少女のようだが、不思議と凛としていた。
陽流は動揺する。
「え、ええと」
振り返ると、何故こんな場所に踏み入っていたのか。
必死に言い訳を捻り出そうとするが、言い訳どころかまともに声さえ出せない。
女性はニッコリと愛想良く笑った。
「玄関で立ち話もなんですから、よかったら中に入ってお茶でも飲みませんか?」
キョトンとなった陽流に、女性は自己紹介する。
「あたしは扶桑琴生といいます。こう見えても二十歳過ぎで、この孤児院の園長です」
琴生は陽流を中へと促した。
案内された【光の里】の中は、御世辞にも高級とはいえなかったが、よく整理整頓されており、清掃も行き届いていた。
最後には園長室で、陽流は琴生にお茶菓子を馳走になっていた。
一息ついた陽流に琴生は訊いてきた。
「その様子だとアリーシアのファンって感じでもないわね」
「アリーシア姫? ファン王国の?」
「ええ。少し前までマスコミだけじゃなく、ファンだっていう子達――女の子がメインね、がアリーシアの住んでいる場所が見たいって大挙して押しかけてきてね。寄付も集まったから御の字ではあったんだけど、一時期はちょっと大変だったのよ」
「有名……ですもんね。アリーシア姫」
ここ最近で更に人気を増している。それも世界的に。
今や光の中で世界中の注目を集める、若く美しいプリンセスだ。
その姫君が出生を隠されて孤児として暮らしていた――というシンデレラ・ストーリーはアリーシア・ファン・姫皇路の人気とカリスマ性に、大きな好影響を付加していた。
陽流は無感情に呟く。
「綺麗で、可愛くて、輝いていて、……あたしなんかとは大違い」
「貴女も充分に可愛いわよ」
「そんな。そんな事ないですよ」
琴生が心配そうに訊いてくる。
「失礼かもしれないけど……。何か悩みでもあるの?」
「悩み?」
琴生は真剣な目で、陽流の目を見つめた。
「だってアリーシアのファンじゃなくて孤児院に立ち寄るって事は、やっぱりご家庭の事情とかあるケースを勘ぐっちゃうのよね」
陽流はぐっ、と奥歯に力を入れる。
そして寂しげに笑った。
「心配、ありがとうございます。でも大丈夫です。あたしにはちゃんと帰る場所があるから」
「だったらいいんだけど。なにかあったら此処に来てもいいからね」
優しい言葉に、陽流は目頭が熱くなった。
それ以上、琴生は何も言わない。
スマートフォンの着信音が鳴った。
「御免なさい」と、琴生は慌ててスマートフォンをポケットから取り出した。
急いで通話に応じようとして手を滑らせ、スマートフォンがテーブルに落ちた。
陽流がそれを手にして、琴生に返そうとして――
表情が凍りつく。
着信画面――電話帳機能に登録されている顔写真を、愕然とした目で見つめていた。
琴生が遠慮がちに手を差し出してくる。
「あのぅ。すいませんけど、返して貰えます?」
「どうして……!?」
「え」
「どうして夕ちゃんが?」
間違いない。メイクの違いはあれど、この目鼻と顔立ち――
琴生にスマートフォンを返した陽流は、園長室を飛び出していた。
そのスマートフォンに着信がきた。
飛び出した陽流を言葉なく見送るしかなかった琴生は、首を傾げたまま通話に応じる。
締里のスマートフォンから掛けられてくる、みみ架からの定時報告だった。
そして、陽流は孤児院から去っていた。
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…
ルシアは統護と優樹に告げた。
「爆発の類似傾向以外にも、お二人には知ってもらいたい事があります」
モニタ画面が切り替わる。
「締里の写真?」
「そうです。特殊メイクで変装していますが、楯四万締里の写真です。おそらくは彼女が【エルメ・サイア】ニホン支部に潜入していた時に撮影された思われます」
「その写真がどうして?」
「今回のテロ現場から押収された物です。警察に手を回して入手しました。ネットにアップしようとして遮断された画像も、同一の顔写真です。そして情報統制によりニュースでは取り上げられていませんが、【ネオジャパン=エルメ・サイア】は写真の人物の身柄引き渡しを要求しています」
統護は歯噛みした。
「つまり締里のスパイ行為に対する復讐か」
「おかしいよ。復讐の為だけにあんなテロを、新型【パワードスーツ】で?」
優樹の疑問に、ルシアが補足する。
「パイロット達はおそらく利用されているだけの捨て駒でしょう。Dr.ケイネスという人物が此度の主導者としても、もっと大きな背後が潜んでいるのは確実です。どれだけ入念に計画を練っていても、あれだけの大きさの新型機を完全に逃亡させるなどという芸当は、今の防犯管理体勢においては不可能です」
「不可能を可能に――って事は、裏から手を回している連中がいるって事か。まさか【エルメ・サイア】が?」
「そこまでは不明ですが……、ニホン在住米軍の関与は非公式に確認できています。米軍からの圧力で逃走した新型【パワードスーツ】はロスト扱いにされた、という事です」
米軍――アメリア合衆国の軍隊だ。
元の世界に存在していたアメリカ合衆国とほぼ同一なのだが、この世界のアメリア合衆国はより強固な超大国である。
「現時点では堂桜三大派閥の関与は確認できていませんが、しかし油断はできません。特に、かの《怪物》は行動が読めませんので。宗護や栄護よりも危険でしょう」
ルシアの言葉に、統護は頷く。
堂桜ナンバー3。《怪物》と畏れられる女については、統護も知っていた。
他にも、優樹と一戦交えているみみ架の解析も行われている様子だ。チラリと解析モニタを一瞥だけで、みみ架の動きが普通ではないと、統護にも判った。
「ご主人様?」
「いや、悪い。つい委員長の動きに見とれちまった」
「今はそれどころではありません。必要ならば結果は後で報告します」
「分かっている。締里の件もあるし、俺は淡雪と共に新型【パワードスーツ】について動く。ルシアは例の女科学者について調べてくれ」
「承知いたしました、ご主人様」
二人の会話を、優樹は決意に満ちた顔で聞いていた。
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