プロローグ デヴァイスクラッシャー
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突き抜けるような快晴のもと、堂桜統護は困惑を押し殺していた。
賑やかな往来の中で、自分が浮いている気がするのだ。
隣には同じ学校――【聖イビリアル学園】高等部の後輩にあたる少女、楯四万締里が歩いている。統護は二学年で、締里は一学年だ。
「どうした、統護?」
しかし締里は統護を先輩扱いせずに、無遠慮に呼び捨てにしてくる。
その事については、すでに慣れた――というか諦めている。特に不快にも感じない。
困惑の原因を、統護は確認した。
「なあ……、最初は一緒に特務隊の見舞いに行くって話だったよな?」
先日の戦い――《隠れ姫君》事件で、ファン王国王家専属特務隊から派遣されていたアリーシア姫護衛チーム・コードネーム『アクセル・ナンバーズ』の大半が重傷を負い、大多数が現在も入院中であった。そして護衛チームの主力であった締里も【エレメントマスター】ユピテルに敗れ、多大なダメージを被り、現在もベストには程遠いコンディションである。
故に締里は、心の主君と誓った姫君――アリーシア・ファン・姫皇路のファン王国への凱旋へは帯同せずに、このニホン国に滞在を継続して療養していた。
締里は首を傾げる。心底、不思議そうだ。
「ああ。そうだが、何か不審に思う点があったか?」
「あ、いや、不審っていうかさ……」
すでに見舞いは終わっていた。
手土産を渡して、僅かな会話のみ。場が保たずに三分で退散していた。
困惑しているのは、指定された駅前で落ち合い、そして二人で見舞いを終え、そのまま二人で街中に繰り出している事である。統護としては、見舞いが終わって解散だと思っていた。
だが、現に統護と締里は街中のショッピングモールを散策している。
なし崩し的だったとはいえ……
「実際問題として、これからどうするんだ?」
統護は思ったままを口にした。
つい最近まで友人らしい友人のいない人生だった。
ようやく何名かの友人はできたが、それでも、このようなシチュエーションは未曾有なのである。有り体に表現して、大事件だ。
「統護には何かいい案がある?」
「いや、いい案っつーかさ」
どのタイミングで解散を告げればいいのか分からない。
歳の近い女子と二人きりで、こんな風に街中を歩くなんて――
まるでデートではないか。
なんて間違っても言えない。自意識過剰と笑われるのが恐かった。『ぼっち』な自分が友人と遊びに行くなんて想像だにしていなかったし、ましてや女子と二人きりで……とは、もはや夢物語といってもいい。ここ数年では、妄想すらしていなかった。
締里は愛想こそ今ひとつだが、クール系の美少女で、かつクールであっても実は熱血で感情豊かだと統護は知っている。そんな美少女とデートもどきだなんて、つい最近まで生涯独身を覚悟していた統護にとっては、荷が重すぎた。
心拍数と血圧が危険域で、正直いって逃げ出したい心境である。
そんな統護の様子など気にした気配すらなく、締里は気軽に提案してきた。
「統護に案がないのなら、まずは食事だな」
「食事か?」
「心配は要らない。こちらから誘った手前、料金は私が受け持つぞ。こう見えても私は散財していなく、すでに億単位の貯蓄があるんだ。今回、初めて私用に使おうと思う」
「金はどうでもいいんだが」
以前は普通のサラリーマン家庭の一人息子であったが、この【イグニアス】世界における堂桜統護は、なんと世界屈指の大財閥――堂桜一族の御曹司であった。ある事情で次期当主としての地位は失っているが、それでも個人的範囲での金銭に不自由はしていない。
「じゃあ、なにが不満なんだ?」
締里が統護に詰め寄った。
その可愛さに、統護はしどろもどろになる。
「あ、いや」
「大丈夫だ。ちゃんと今日の為に、リサーチと研究は怠っていない」
「そ、そうなのか」
(まさか同僚の見舞いに研究が必要とはな))
同僚の見舞いだというのに、今日の彼女はやけに着飾っていた。メタル系のジャケットに、健康的な太ももを惜しげもなく晒したミニスカート。学校で会う時とは違い、メイクまでしていた。右目が隠れがちのショートヘアも、普段より丁寧にセットされている。
「今日の私に不満か?」
「ふ、ふ、不満じゃな、くて、だな」
咬みまくりの統護の声は情けないくらい裏返ってしまう。
「不満じゃないのなら、なんなんだ?」
「俺って、実は、白状すると女の子とこうして出歩く機会に恵まれていなかったいうか」
顔面から滝のような汗を流しながら、統護は弁解した。
統護の弁解に、締里は微かに頬を緩める。彼女にしては珍しい上機嫌っぷりだ。
どうして嬉しそうなのか、統護にはまるで理解できなかった。
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…
統護の台詞を盗聴していた堂桜淡雪は、不気味に笑みを零した。
「ふふふふふ。そうですか。お兄様にとって私は『女の子』の範疇にはカテゴリされてはいないと。そうですか。ぅふふふふふふふ」
そんな彼女に、隣にいる女性が恐々と声を掛ける。
「あ、淡雪さん。せっかくの綺麗なお顔がもの凄く大惨事になっていますよ。それに口から何か障気のようなドス黒くも禍々しいモノが……」
「余計なお世話です、琴宮先生」
淡雪は、自分と共に統護と締里を尾行している【聖イビリアル学園】の魔導教師、琴宮美弥子に冷たい視線を送った。
「先生こそどうしてこの場にいるのですか? 貴女の休日は婚活の予定でしょう」
美弥子は慌てふためいた。
「せ、センセは教え子が不純異性交遊に走らないか監督・教育する責任があるんです!」
「しっ! 声が大きいです」
「決して統護くんがあの子に、なんて気になってじゃありませんから。それに統護くんが将来ちゃんとしたデートをする時の為にアドバイスを……って、あれじゃ二十点です」
「婚活で赤点ばかりと噂に聞いていますが」
「そ、それは、統護くんとの本番で百点満点をとればいいんですっ!」
「どうして先生がお兄様と本番――本番!?」
「なにを頬を染めているんですか、淡雪さん?」
「な、な、なんでもありませんっ」
建物の影から影へと移動しながら、統護と締里の様子を監視している二人を、後ろから観察しているメイド少女は、無表情のまま独りごちた。
「まったく、貴女達のデータは少しも役に立ちそうもありませんね」
…
オープンテラスで軽食を摂っている統護と締里は、物陰から自分達を窺っている淡雪たちを見ないように注意しながら、言葉を交わした。
「……ったく、なんで淡雪だけじゃなく、先生まで?」
「茶番が過ぎる。きっと彼女達は暇で暇でしょうがないだろう」
締里はサンドイッチを囓りながら、苦笑した。
統護も思わず苦笑する。
「でもまあ暇っていえば俺達も大差ないかもな」
「不本意ね。私は暇じゃないぞ」
「え」
真摯な瞳で締里に見つめられ、再び統護の心拍数が上昇した。
両目を眇めた締里は、統護に問いかけた。
「本当に不思議だ。私が入手していた堂桜統護の情報は、他人を遠ざける孤高で、女嫌いであって、お前の様に初心な反応をする男じゃなかった」
「悪かったな初心で」
「貶したつもりはない。けれど……本当に別人みたいだ」
統護は一瞬だけ息を飲んだ。
「そう。四大エレメント――『地・水・火・風』を一つの【基本形態】だけで自在に操った天才魔術師であった堂桜統護と、突如として【DVIS】を扱えなくなり、堂桜財閥次期当主から追いやられた劣等生のお前は、まるで別の存在みたいだわ」
統護は視線を逸らして、聞き流す。
何故ならば……
確かに別だ。別人なのである。
この異世界に元いた堂桜統護と、この異世界に転生した今の統護は。
元の彼は消え、自分が此処にいる。
「情報が間違っていたんだよ。初心だったのを、女嫌いだって周囲に見栄張ってただけだ」
「じゃあ、どうやってお前は【エルメ・サイア】の幹部に勝った?」
詰め寄る締里の声が鋭くなった。
「ユピテルのコードネームを持つ【エレメントマスター】は、お前との戦いの内容を黙秘し続けている。軌道衛星の観測を阻害した大規模情報遮断による魔術の執行についてもだ。自白剤の投与にも耐え、催眠系の魔術にも抵抗しきって」
「拷問とかは大丈夫なのか?」
統護は心配になる。
いくら大量殺人犯でテロリストとはいえ、人道的に拷問は受け付けなかった。
「お前は甘い。いや、優しいな」
「締里」
「耐拷問訓練も受けているとの事だったが、拷問は免除されているとの情報だ」
「そうか。良かった」
「良くないぞ。それが意味するのは司法取引があったという事だ。【エルメ・サイア】からユピテルを人道的に扱う様、圧力を掛けられ、当局は呑まざるを得なかった」
そう指摘されてしまうと、統護とて複雑な気持ちだ。
そして改めて脅威を感じる。反魔術を掲げる世界最大の国際テロ組織に対して。
「拷問こそ免除されているものの、ついには尋問を断念させた異常ともいえる彼女の執念の源はなんだ? 耐拷問用の【魔術人格】で本来の人格を遮断していると推察されているが、それにしたって尋常じゃない。拷問なしとはいえ、当局の尋問は甘くない筈だ。たとえ【魔術人格】で人格を遮断していても、記憶と認識は共通しているのだから」
締里の台詞に、統護は胸が熱くなる。
ユピテルとの戦いの後。自分のチカラの秘密を守る。その代わり誰にも殺されるな、――という約束を思い出す。
「本当にお前は何者なんだ、統護」
「俺は……」
統護が続きの言葉を発する前に、テラスに面した大通りで悲鳴があがった。
強盗だ、という叫びを発端とした阿鼻叫喚。
三人組の強盗が現金輸送車と思われるライトバンを襲撃し、横転させていた。
むろん車両には警備要員としての戦闘系魔術師――【ソーサラー】が随員している。
しかしフルフェースのヘルメットと黒ずくめの服装で統一されていた強盗も【ソーサラー】であった。
強盗は警備員を倒し、現金が詰められている銀色のアタッシュケースを運び出している。彼等の仲間であろう中型車両が、威嚇するようなブレーキ音を響かせて近くにつけた。
周囲の誰もが手出しを躊躇っている。
通称・魔術犯罪。
科学技術と同等以上に世の中に普及している魔術――【魔導機術】を用いた犯罪全般を指す言葉である。
戦闘系魔術師が非魔術師である一般人から忌避されている最大の理由だ。
警備員や通行人から通報はされているはずで、後は警察の【ソーサラー】の現着を待つしかない状況であるが、統護と締里は生憎と警察を大人しく待つつもりはなかった。それは、尾行している淡雪たちも同じであろう。
統護は店から飛び出した。
締里も後に続く。
「お前は無理するな、締里」
「平気だ。身体は動く」
そう言うものの、締里の動きは明らかに重くて、鈍い。
裏社会で《究極の戦闘少女》と異名されているスペックからは程遠い鈍重さだった。
統護は自分一人で強盗を倒そうと決意する。今の締里は半病人以下なのだ。
しかし、強盗達を制したのは統護と締里ではなかった。
細身で小柄な人物が、【ソーサラー】である強盗達の前に躍り出ると、彼等に攻撃魔術を放つ間を与えずに、鋭い拳を三撃、繰り出す。
その拳は、強盗達の急所を打突して打ち倒すのではなく、彼等が身に付けている【魔導機術】を使用する為に必要なアイテム――【DVIS】を捉えていた。
それぞれの手首に付けられていたリング状の【DVIS】は、闖入者の一撃で――
――小爆発と共にクラッシュした。
それは、あり得ないはずの光景であった。
幾重にも厳重なセーフティが掛けられ、かつ、打撃程度の衝撃では傷一つつかない強度を誇っている【DVIS】が、人の拳撃で破壊されるなど。
目撃者は唖然となっていた。
想像外に【DVIS】を破壊された強盗達も。
統護と締里も動きが止まった。
二人目の闖入者が強盗達に襲いかかる。黒い燕尾服を着ている執事然とした男性だ。
彼――青年は明らかに外国人だ。燕尾服が似合っている。
執事も【ソーサラー】であり、【魔導機術】を封じられた三人は、執事の攻撃魔術――ポピュラーな炎撃(汎用的に出回っている代物)によって呆気なく倒された。車両を運転している彼等の仲間も投降した。
統護の目は【DVIS】を破壊した人物に釘付けになっている。
その視線に気が付いたのか、【DVIS】を破壊した人物も統護の方を向いた。
若い。十代である。
トレーニングウェアに近いシンプルな上下セットの衣服に、亜麻色のセミロングヘアを後ろで束ねている。目尻が少し下がってる愛嬌のある可愛い顔。
見覚えがあった。いや、忘れるはずがない。
「……優季?」
呟いた名前は、統護にとって元の世界での幼馴染みの名だ。
ただ、彼女は元の世界では二年前に事故死していた――
この異世界でよもやの再会した少女は、軽い足取りで歩み寄ってきた。
ニコリと笑って挨拶してくる。
「やあ。久しぶりだね、統護。ボクを覚えているかな?」
「ボク?」
「なんだよ忘れたのか? 冷たいなぁ。比良栄優樹だ。昔に交わした男同士の付き合い、忘れたとは言わせないからな」
「漢字は優しいに、季節の季?」
「おいおい。優しいは合っているけど、キは樹木の樹だ。本当に忘れているとは」
嘆く優樹。
どう見ても女顔だが、……確かに胸は平坦である。
統護は困惑を隠せない。
「あれ? え? お前って男?」
「アタマ大丈夫か統護。ボクが男でなくて、なんだっていうんだ」
優樹が【DVIS】を破壊した以上に、統護は驚く。
まさか異世界【イグニアス】での幼馴染みが、性別逆転して男だったなんて。
見つめ合う二人――というか統護に、締里が声を荒げる。
「おいっ、統護!! せっかくオシャレした私よりも男に夢中とは、いくらなんでも酷いとは思わないのか! 女として傷付くというか、断固抗議するッ!!」
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