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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第1部(第43話)

 

第四章  解放されし真のチカラ 7 ―逃避行―

 

         7

 外に出ると夜であった。
 空気が暗い。
 脱出したのは、海外の賓客をメインターゲットとしている超高級マンションである。
 そしてエルビスはオルタナティヴが呼んだタクシーで、遠くに連れられた。
 今のところ追っ手はこない。
 夜明けが近そうな街中が流れていく窓を、彼は茫洋と眺めているだけである。
 心細かった。
 金銭は所持していない。ファン王国では常にスマートフォンからの暗号通貨かカード払いで、しかも手続きは従者任せだった。そもそもフィアット(現金)を触った経験すらないのだ。助けられた、そして逃走しているという事実を差し置いても、エルビスはオルタナティヴに従う以外の選択肢はない。あのままフレアに掴まっているよりはマシ、と自分に言い聞かせる。
 妹の無事を祈るが、冷静に考えると自分の身の方が危険だ。
 人気のない住宅街でタクシーから降りた。
 すでに朝方になっている。
「……ここから徒歩なのかい?」
「車両が多い道路なら車が狙われるリスクは少ないけど、開けた場所だと車ごと狙われる可能性が高くなるわ。それに探知されやすいし。だから此処からは徒歩で移動するわ」
「車が狙われるって、狙撃?」
「銃弾じゃなくて小型ミサイルもしくは魔術兵器。そこまでやれば痕跡を消すのは困難だから、可能性は低いでしょうが考慮しないわけにもいかないから」
 運転手に聞かれないようにオルタナティヴはトーンを抑えて言った。
 少女が歩き出し、青年は慌てて後を追った。その様は、まるで女王と飼い犬のようだ。
「徒歩だと安全か」
 流石に世界でも屈指の治安を誇る国だ、とエルビスは安堵する。
 そんなお坊ちゃんに、オルタナティヴは冷たい視線を向けた。
「徒歩の方がマシというだけ」
 オルタナティヴはわざわざ説明しなかったが、タクシーの運転手に追加料金を支払って料金メーターを回したままで走行してもらっている。小細工だが、やらないよりはやるべきだ。
 エルビスは噛み締めるように言い漏らした。
「そうか……。やはり甘くはないよね」
「とにかく細かく人目を避けて移動し続けるわよ」
「逃げ込む先の当てはあるのかい?」
 VIPとはいえ密入国で、なおかつ外国の政治問題の渦中にある身の上では、警察や大使館に保護を求める事はできなかった。そもそも警察や大使館で追っ手が待ち構えている可能性も軽視できない。この異国で、今や彼は独りであった。

「――ないわ」

 キッパリと断言するオルタナティヴに、エルビスが絶句した。
 足を止めたエルビスを、オルタナティヴは振り返る。
「逆にいえば『ない状況』だからこそ、強引に動いて貴方を連れ出したの」
「え」
「あのフレアって偽名の女は、間違いなく早々に国外に逃げるつもりでしょう。貴方の立ち回りに見切りをつけたって事はそういう事よ。そして王子の側近としての顔を棄てる代わりに、別の土産を【エルメ・サイア】に持ち帰る――それが《隠れ姫君》ってわけ」
 理解できた? とオルタナティヴは視線で問う。
 エルビスは曖昧な笑みを返した。
 軽く嘆息し、オルタナティヴは説明を続ける。
「いい? スパイの可能性が高いあの女に《隠れ姫君》を奪取させる決断を下した時点で、いくつかの筋書きはできあがっているに違いないわ。おそらくはアタシが貴方を奪取するという可能性も込みでね」
「それなんだけどさ。何の目的で、誰の依頼で僕を助け出した?」
 答えを期待せずにエルビスは訊いた。
 どうせ碌でもないオチが待っているに違いない、と無力感が彼を嘖む。何かしらの利用価値を自分に見い出した物好きが、身柄を確保して運搬しろと黒髪の少女に依頼したのだ。
 つまり、エルビスを利用する者が代わるだけで、状況は何も変わらない。
 自分の本当の価値と実力は、誰よりもエルビス自身が理解していた。
「連れ出す時に言ったでしょう。ビジネスよ。ビジネスには守秘義務があるのよ」
 説明の腰を折られて、オルタナティヴの声に険が混じった。
「筋書きは、もういい?」
「いいよ。だってフレアの筋書きを覆すのが、君と君の雇い主の筋書きなんだろう?」
「正解。そして貴方はこちらの筋書きに乗ったのでしょう?」
 エルビスは無言で頷いた。どの道、逃げるしかないのだから。
 会話は終わり、とオルタナティヴは歩みを再開した。
 エルビスも黙って横に並ぶ。
 三十分ほどで、広大な自然公園に着いていた。
 公園とはいっても、必要最低限の施設や遊具しか設置されていない山の中といった趣だ。
 空腹が限界だとエルビスは訴える。
「お腹が空いたよ」
「近くにコンビニがあるから、何か買いましょうか」
 二人は公園の外周道路沿いにあるコンビニエンスストアに入った。
 エルビスにとってコンビニエンスストアは初めてであった。
 見回すと、様々な種類の品物が、棚を仕切りにして所狭しと詰め込まれている。
 間取りに余裕がなくて機能性のみで芸術性が皆無な空間だ、とエルビスは顔を顰めた。母国にある高級デパートとの違いに、信じられない思いになる。これは店と呼べるのだろうか。
 こんな店ならば、ネット通販サイトの方がマシだ。
「どうしたの?」
「食べ物ってどれなのか……」
 困り顔になるエルビスの襟首を掴み、オルタナティヴは弁当・総菜コーナーへと引っ張った。
 プラスティック容器に入れられた加工済み食品が、冷やされている状態で並んでいる。
「ほら、ここよ。後ろにはカップ麺類が置いてあるわ」
「どれでも好きな物を買っていいかい?」
 正直いって美味そうな物はなかったが、数を買えば当たりがあるかも、と思った。カップ麺というインスタント食品に挑戦するのも良い機会だ、と前向きに考える。
 すまし顔のオルタナティヴは突き放すように言った。
「ご自分のお金で、どうぞ」

         

 二人は公園に戻っていた。
 オルタナティヴは総菜パン数点と、コーヒー牛乳を二パック買っただけであった。
 不満げなエルビスに、彼女は言う。
「弁当やカップ麺だとゴミがかさばるから」
「またコンビニに戻ればいいじゃないか」
「戻らないわよ。少しでもリスクを避けたいから。食べたら出発するわよ」
 また歩くのか、とエルビスはうんざりした。
 いつまでこんな逃亡が続くのか――とは、恐くて訊けなかった。
 エルビスは焼きそばパンとコロッケパンを、オルタナティヴは揚げパンとあんパンを選んだ。
 なんだかんだで奢ってくれた。彼女は必要経費として依頼主に請求すると言ったが。
 空腹だったので味わう余裕もなく、エルビスはあっという間に平らげた。
 コーヒー牛乳を飲みながら、オルタナティヴを見る。
 黒髪をポニーテールにまとめた少女は、幸せそうに揚げパンを囓っている。こんな危険な状態だというのに、どうしてそんな表情ができるのだろうか、と疑問に思った。
「なによ?」
「いや、なんだか美味しそうに食べているな、って」
「王子様にはこんな食事では不満かしらね」
「こんな食事……か」
 空腹は最高のスパイス、という言葉を、エルビスは初めて知ったばかりだ。
「高級レストランで最高のシェフが腕を振るったコース料理。給仕する使用人達。それが貴方にとっての食事なんでしょう?」
 どこか挑発的な言葉。エルビスは否定できなかった。
 よもや、こんな場所でこんな風にこんな物を食する――など、つい半日前には想像もしていなかった。このニホンに来てからも、食事については一切妥協しなかった。それなのに、逃亡中に食べた、こんな食事が人生で最高の美味だなんて……
 彼女は再び揚げパンに集中する。
 こんな形で会話が終わるのも寂しかったので、エルビスは訊いてみた。
「君にとっての食事は、これが常なのかい?」
 オルタナティヴというコードネーム以外に、何も知らされていなかった。
 一流のネゴシエーターであり凄腕の『何でも屋』だと、フレアに紹介されただけだ。
 問いに対し、オルタナティヴは揚げパンを小ぶりの唇から離した。

 少女は紅い瞳を細めて遠くを――のぼり始めている朝日を、眩しそうに眺める。

「時には自炊。時には外食。そして今みたいに、パンとコーヒー牛乳って時もある」
「それって、ずっと?」
 それはエルビスの知らない世界だ。今までは少しの関心すら払わなかった他人事だった。
 彼女はいつから『何でも屋』をやっているのだろうか。そして家族は?
つい最近からよ。この仕事も実は二件目だし」
「二件目?」
「初仕事は師事した相手についていっただけだから、今回が事実上の初仕事ね。色々と試行錯誤しているし、まだ不安定な部分も多い。必要経費やコネ作りの袖の下もバカにならないわ。それに完全に心の整理もついていない」
 思いがけない告白に、エルビスは唖然となった。
 彼女のキャリアもそうだが、なによりも……
「その前は?」
「いわゆる大金持ちのお坊ちゃんってヤツかしらね」
「じゃあ君はその生活を棄てたのか」
「ええ。何もかも。人生どころか、この世界においての存在そのものさえ」
「どうして――」
「だって」と、オルタナティヴは強めの口調でエルビスの言葉を遮り、

「――夢だった。こうして自由気ままに、揚げパンとコーヒー牛乳で食事を摂るのが」

 謳うような台詞。
 彼女は最後の一切れを口に放り込んだ。そして紙パックの中身を一気に吸い込む。
「無駄話が過ぎたようね」
「ねえ、君が棄てた生活って、やっぱり不満だったから?」
 エルビスもそうだった。
 だから変えようとしたのだ。しかしそれを自力ではなく、他人のお膳立てに乗るという最低の手段で行おうとした。そして現状を招いた。
「しがらみだらけで自由のない生活だった。食事は、そう、高級レストランで最高のシェフが腕を振るったコース料理か、厳格な両親と大人しい妹と食する和食だけ。周囲にも取り巻きが群がろうして、容易に一人になる事さえできない。欲しくもない義務や期待だらけ。こんな風に揚げパンやジャンクフードを公園で食べることが許されない、そんな人生だった」
 少女の声には苦渋が滲んでいる。
 自分とは正反対の望みに、エルビスは不思議と胸を打たれた。
 そして気が付く。オルタナティヴのように自由を望むという夢を持たなかったという事は、すなわち自分は周囲に自由を与えられていたのだと。
「本来の心の在り方と、実在していたアタシは全てが乖離していた。それは――地獄だった」
 そこでオルタナティヴは慌てて言葉を止めた。
 しまった、とその表情が物語っている。
 エルビスは追及するのを止めた。
「僕にはよく分からないけれど、こうして食べるパンも美味しいって、それは分かったよ」
 オルタナティヴは微笑んだ。
「そう。ならば個人的にお前を助けた甲斐があったというものだわ」
 透明で、どこか儚い綺麗な表情。
 これがエルビスが初めて目にした彼女の笑顔だ。
 頬が熱を持つのを誤魔化すために、エルビスは顔を逸らした。

 

 

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