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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第1部(第32話)

第三章  それぞれの選択 9 ―裏取引―

 

         9

  待ち合わせに指定された場所は、因縁めいていた。
  そこは廃校舎の校庭であった。
  スマートフォンに転送された地図とGPSに従ってやってきたが、この【イグニアス】という異世界の景色は、元の世界に相似しているとはいえ、統護にとっては差異を感じざるを得ない景色ばかりである。
  だが、この風景は違った――

  元の世界に在った、公立藤ヶ幌高校と同じ外観だ。

  まさかこんな場所にあったのか。統護は生唾を飲み込んだ。
  統護とて元の世界にあった実家や、元の中学校や高校を探さなかったわけではない。
  情報収集技術については、元の世界とこの【イグニアス】世界では、ほぼ同等と感じていた。科学技術と化石エネルギーに依存しなければならない元の世界とは違って、【イグニアス】では、人が宿す『魔力』をエネルギーとした【魔導機術】という上位技術が共存している、というだけである。
  機械や機器、設備にしても差異はあっても、大きな違いはなかったのだ。コンディションによって左右される人間の魔力よりも、サブ・エネルギーとしての一面だけではなく、設備維持により安定供給される化石エネルギーや原子力に頼っている面も根強い。
  当然、PCやITについても、元の世界とその在り様はほぼ同じであった。
  しかし、いくら検索をかけても見つからなかったのだ。
  それがこんな形で再び目にしようとは――
「ボロボロじゃないか……」
  思わず声が上ずる。
  統護は懐かしさに眦を下げた。今にも朽ち果てようとしている、コンクリの塊だ。
  黎八はまだ到着していないようだ。
  統護は割れたガラスが割れたままの窓を開け、校庭を囲っている廊下へと侵入した。
  校舎の中も瓜二つである。
  噛み締めるように一歩一歩ゆっくりと歩く。
  窓からの景色も昔と一緒だ。
  これは偶然なのか、それとも必然なのか。
  どくん、どくん、と心臓が暴れ出した。冷や汗も大量に流れ始める。
  まるで元の世界へと還ったみたいだ。

  この世界と元の世界の――自分の『違い』を思い出す。

  否定したくなってくる。元の世界の堂桜統護は偽りで、本当の価値は、こちらの世界の自分なのではないか、と。
  そして、本当に元の世界に還りたいのか?  と統護は自問した。
  元の世界に還ったら、強大なチカラを失う。
  妹は存在せず、アリーシアもいない。
  それでも本当に――オマエハカエリタイ?
  本当に色々と揺らいでくる。

「――堂桜統護」

  廊下を進む足を止める。
  思索に耽っていた為、呼び止められるまで気が付かなかった。
  相手は、生徒会長であった。
  元の世界の高校と、現在通っている【セントイビリアル学園】でも共通して。違うのは着ている制服のデザインだけだ。
  フラッシュバックのように、あの時の事を思い出す。
  この【イグニアス】と呼ばれる異世界に転生する日の夕刻。
  学校の廊下での邂逅。
  今は夕刻ではなく、夜間であり、存在している世界そのものが移相している。
  だが――
「会長」
  統護はこの世界の東雲黎八ではなく、元の世界の東雲黎八へと呼び掛けていた。
  だが、当然ながらその声は、この東雲黎八には理解不能だ。
  黎八は表情を変えずに言う。
「確かにボクは小学校時代から何年も生徒会長を務めている……が、統護に会長と呼ばれた事は一度だってない。統護はボクを会長なんて呼ばないんだ」
  失言だとは分かっていた。しかし統護は弁解したり、誤魔化す気にはならなかった。
  闘志は消えていた。
「お前はいったい何者だ? 統護の姿と名を騙る、偽物め」
  その声は怒りで震えていた。表情のみが変わらない様が、どこか異様である。
  偽物と断じられ、統護は怯んだ。

  俺はやはり『この世界』では偽物なのか――

  気配で分かった。
  黎八は【魔導機術】を立ち上げたと。しかし淡雪やアリーシア、あるいは史基や美弥子のような外観で識別できる【基本形態】ではなかった。
  いわゆる不可視型のカテゴリ。特殊エレメントによる魔術だ。つまり逆にいえば基本エレメントではないのだから、【火】や【風】【水】といった形態での魔術攻撃はこないといえる。そういう意味では【基本形態】は一種の種明かし的なデメリットもあるのだ。
  黎八の冷たい声音が響く。
「言え。お前が何者なのか」
  声は警句ではなく、脅迫であり、その凄みはまるで別人である。
「やっぱりこうなるのか」
  ひょっとしたら、という淡い期待は打ち砕かれた。
  元の世界の会長に悪い、と思った。
  黎八は鉄面皮を維持したまま感嘆する。
「ほぅゥ。その様子からすると、ボクの魔術が起動したと分かったか。当然だな、お前が堂桜統護ならば」
「戦う――しかないか」
  これが三戦目。
  こんなカタチでの戦闘が三戦目か。
  いつの間にか、戦いに忌避感がなくなっている。
  けれど、相手は……
  すでに黎八が認識している堂桜統護を演じる余裕はない。表情が弱気に染まっていく。
  ゆっくりと歩み寄ってくる黎八は、間違いなく――敵だ。
  少なくとも統護の秘密を暴こうとする脅威だ。
  あの時の廊下と同じように見えるが、違うのだ。
  それなのに――嫌に重なって見える。
「さあ正体を明かせ。そうすれば命だけは助けてやる」
  統護は迷った。もう誤魔化しきれないのならば、いっそ事情を打ち明けるか?
  それとも、覚悟していた通り、このまま戦うか。
  勝つ自信はある。
  しかしこの戦闘に勝利したところで、いったい何が得られるというのか。
  残るのは遺恨だけではないか。

  あの時の会長と、この会長は違うというのに。

  ――〝唐突で悪いんだが、よければ……ボクと友達になってくれないかな〟――

  その言葉を耳にし、逃げてしまった。本当は彼に差し出された手を、とるべきだった。
  間違いなく不正解だった。
  ならば今度の正解は?
  敵意と共に向かってくる力に対し、どうすればいい?
「くそ。なにが世界最強だ」
  統護は自虐した。能力的に無敵になったところで、やはり自分は自分。
  闘いになる、と覚悟を決めてこの場に赴いていたのに。

         

 堂桜一族の長は、【堂桜コンツェルン】本社ビルの最上階にいた。
 VIPとの会談専用のラウンジに、今は一人でいる。
 正装を解き、ワイシャツにスラックスという気軽な格好でソファーに身を沈めていた。
「……」
 彼は疲れた顔で、天井のシャンデリアを眺めている。
 普段は若々しくエネルギッシュな彼であるが、今は年相応の五十代にしかみえない。
 胸ポケット内のスマートフォンが自動的に起動した。データを受信し、魔術プログラムによる機能選択の後、内蔵【DVIS】と宗護の専用【DVIS】がリンクした。
『ご報告申し上げます、社長』
 三十代半ばのキャリアウーマンが出現した。
 半透明の立体映像で表現されている、ややキツイ印象の美女で、宗護の第一秘書であった。
「なんだ」
『エルビスと名乗る男性が、社長に対して面談を求めております』
「……」
『どうなさいます? 予定では十五分後には』
「つまり十五分もあるという事だ。通してくれ。ただし彼一人でな」
 宗護は表情を改めた。疲労の色が消え、普段の彼へと戻る。
『畏まりました』
 データ通信が終わり、秘書の立体映像も消えた。
 吸おうとしていた煙草をシガレットケースに戻し、宗護は自身の【DVIS】に意識を飛ばして、扉の開閉をコントロールしている内蔵【DVIS】を操作した。
 対戦車砲すら防ぐ特殊防御扉は、宗護の意志でのみ開閉する。
「入ってきなさい、王子」
 扉を左右に開放し、宗護はエルビスと名乗る少年を迎え入れた。
 エルビスは不満を隠さないで入室した。
「どうしてフレアが拘束されなければならないんだ」
「王子が彼女を信頼しているのは知っています」
 そうでなければ、護衛として傍には置かないだろう。
 護衛以外にも性処理係としての役割も担っている、という情報も入っているが。淡雪と《究極の戦闘少女》を相手に互角なのだから【ソーサラー】として超一流なのは確かだが、王子が自身の意志で一番傍に置き続けているという事は、相当に具合がよいのだろう。
「とにかく時間がありません。すいませんが話があるのならば手短に」
 会話はニホン語ではなく、英語を選択した。
 ファン王国の事変において反体制側の重要人物だと認識していても、やはり彼は宗護にとっては、家族付き合いしていた相手のお坊ちゃんという印象が拭えない。
 エルビスも英語で答えた。以降は英語での会話だ。
「こうして直接身近で見ると、老けたね、宗護」
「統護と淡雪も、随分と大きくなりましたからな。私ももう歳ですよ」
 とはいえ、一線を退くにはまだ二十年は早いと自負している。
 特に息子が――となっては。
「その統護だけど、なんか変わったね、彼」
「息子が変わった?」
「はは。とぼけなくていいって。【DVIS】が扱えなくなったり、身体能力が超人めいているっていうのは大した問題じゃなくてさ。まるで……根本的に別人だろ」
「別人、ですか」
 宗護の目が眇められた。
「僕も妹関連で統護の情報は逐一確認していたけど、どうなっているんだ?」
 エルビスは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「アリーシア姫の護衛について、その件で不満を述べに?」
「いや。僕としてはアリーシアの存在など邪魔でしかないからね。賊に襲われて亡き者になるというのなら、これほどの好都合はない。もちろん兄である僕がやるはずもないけど」
「生憎と父君との約束で、ご子息、ご息女の安全については我が一族が全力でサポートする、というのが御座いましてな。その失言は空耳だったとしましょう」
 エルビスは皮肉げに肩を竦めた。
「それで父王と反目している僕にも以前と同様に接する、か」
「王子の身柄を拘束すれば内乱が終わるというわけではありませんからな」
「僕の立場も随分と軽くなったな」
 エルビスが顔を歪める。
 しかし宗護はフォローしなかった。事実しか口にしていない。
 気持ちを切り替えるように、エルビスはひとつ柏手を打った。
「とにかく、僕が宗護と話をしたいというのは、我が国の改革が成功した暁の話なんだ」
「ほう。すでに兄である栄護との契約を煮詰めているとばかり」
「彼では役者不足だよ。一時的とはいえ、栄護を堂桜への橋渡しとして利用させてもらったけれど、やはり僕が認識している堂桜の長はお前だよ、宗護」
 なるほど、と宗護はこの事件のシナリオの裏側を理解した。
 同時に双子の兄を哀れんだ。
「それで?」
「シンプルな契約だ。僕がファン王家の長になった暁のビジネスパートナーとしての挨拶だ」
「……」
「例のレアメタルに関しては、値段を一%増しで君にとって自由に融通を利かそう」
 宗護はため息を堪えられない。
 商談の可能性がある相手に対して、愚行極まりない行為であったが、それでも宗護にとっては、やはりエルビスは親友の息子以外の何者でもなかった。
 エルビスもその程度は予想していたのか、あえて大物ぶった虚勢をはる。
「どうやら君にとっては僕はまだまだ未熟なボンボンらしい」
「そうですな王子」
 素直に認めた宗護に、エルビスは冷ややかな視線を向ける。
「けれど……内乱の結果はともかく、僕は確実にあの腹違いの妹を排除する。内乱が成功すれば僕は革命の英雄となり――、失敗に終わっても僕以外の次代の王は存在しない」
 その稚拙なシナリオを拒否して、ファンの民は貴方の王位継承権を拒絶したのです、と宗護は心中で呟いた。
「アリーシアはファンの女王にはならない。お前の息子と娘は僕の野望を止められない」
「……」
「出来損ないに墜ちた、堂桜統護には」
 その言葉に、宗護は反射的に言い返していた。

「確かにヤツは俺の期待を裏切った。しかし――断じて出来損ないではないですぞ、王子」

 その言葉の迫力に、エルビスは怯えた顔で後ずさった。

 

 

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