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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第1部(第10話)

 

第一章  異世界からの転生者 8 ―因果―

 

         8

「にゃあ~~んにゃにゃにゃにゃぁぁあ~~~~~~ん」
 猫の鳴き真似で上機嫌に歌いながら、赤い猫耳を付きのカチューシャを愛用している少女は膝に乗せているキーボードを踊るような指使いでタッチしていた。
 キー配列を自在に設定可能なモニタ・タブレットパネル式ではなく、現在ではマニア御用達となっている現実にキー部品が組み込まれているアナログキー式である。
 此処は、とある木造アパートの六畳一間だ。
 首都圏の外れにあるとはいえ、周囲には木々と山ばかりで、その中に埋没するかのように、ポツンと建っている年代物のオンボロだ。
 その二階の205号室。
 中は、パソコン(特注のワークステーション)が所狭しとひしめき合っており、温度を二十℃に保っているエアコンが常時フル稼働している。PC群は全て有線接続されていた。

 その中心に、巨大モニタと小柄で細身な十二才の少女。

 赤く染めた毛に猫耳カチューシャを付けている少女の名は、堂桜どうおう那々呼ななこ――通称・ネコ。
 貌の属性もいわゆる猫系だ。大きめでつり目気味の目が特徴的な容姿である。
 彼女は、堂桜一族でも屈指の超天才児と云われていた。
 反面、その存在は世間にはレヴェルAAAクラスで秘匿されている。
 堂桜の姓を持つ彼女は、一族の中で最も濃く堂桜の血を受け継いでいる。【DVIS】理論を提唱し、そして開発、実用までこぎつけた初代天才と呼ばれる堂桜どうおう菜望子なみこをベースとして、近親交配ギリギリの近親婚をくり返し、四代にも渡りその天才性を維持しているのだ。
 濃すぎる天才の血により、精神を病んで壊れた兄弟も多かった。しかし二世代目、三世代目、そして四代目の那々呼と、辛うじて才を受け継ぐ者が一人ずつ現れた。
 その頭脳によって堂桜一族は先端の【DVIS】技術を独占し、一大勢力を誇っているのだ。
 とはいえ、みな天才であり同時に狂人でもあった。

 那々呼は決してこの六畳一間から出ようとはしない。

 かつ自らを本物の猫だと信じ切っており、この縄張り以外の場所に興味を示さないのだ。
 衣服もブラとショーツ以外には、身体測定用の検査着しか身に付けようとしない。
 天才としての自我に目覚めて以来、他人と日本語でコミュニケートをとった記録はなかった。
 アパートの他の住人は全て那々呼を護るSPである。
 他には、那々呼の世話をしている――『飼い主』が同居していた。

「……ネコ。餌の時間だから食べなさい」

 メイド服を着た少女――現実にプロのメイド――が、小皿にキャットフードを盛った。
 栄養バランスを人間用に調整された本物のキャットフードである。
 那々呼が飼い主として懐いている、東欧系の顔立ちをしている銀髪碧眼のメイド少女は、ルシア・A・吹雪野ふぶきのといって堂桜一族上層部が全幅の信頼をおくエージェントでもあった。
 少女の外見から誰もがイメージするのは、碧い氷と透明度の高いワイングラス。
 影で呼ばれている渾名は《アイスドール》だ。
 異名通りに、顔からスタイルまで全て創り物と見紛うばかりの整った外見をしている。間違いなく絶美といえば絶美なのだが、いささか造形的に美し過ぎて、生命感に欠ける印象だ。
 このアパートに住む女性SP達で構成される特殊部隊【ブラッディ・キャット】の隊長としての任をおっているが、公称・十八才で一切の経歴がロストされていた。
「にゃーー♪」
 おしりを突き上げた四つん這いの姿勢で、那々呼は皿の餌をがっついた。
 その様子をルシアは冷たい目で確認した後、縄張りを占めている巨大モニタを眺める。

 実は、この部屋自体がひとつの【DVIS】として機能している。

 そして部屋内に設置されているコンピュータ群は、那々呼の【魔導機術】によって世界最高の疑似的な量子スーパーコンピュータになっていた。この部屋からハッキング不可能な場所はないとされ、一族が個人所有している軌道衛星【ウルティマ】の全機能も掌握していた。
 また那々呼は【ウルティマ】の頭脳ともいえる超次元量子スーパーコンピュータ【アルテミス】に眠っていると噂される自律思考型電子人格――《神の頭脳》テミスとコンタクトが可能、と噂されていた。とはいっても、《テミス》の実在自体が疑われているので、真偽は那々呼とルシア以外の誰も知らない。
 すなわち――

 間違いなく世界最高峰の頭脳が、此処であった。

 一族が抱え込んでいるメイン開発グループは他にある(部門統括は堂桜序列三位の当主――アーネスティア・D・エーヴェルバッハ)が、中枢的な秘匿研究だけは、ピンポイントで那々呼が専任している。ちなみに那々呼の母は、那々呼が自分以上の天才に目覚めたのを契機に自殺した、とされている。祖母も自殺が確認されていた。那々呼も子を成し、その子が己を超える天才に目覚めた時には自決するだろうと、予想・噂されている。
「にゃんっ」
 食事を終えた那々呼は、再びキーボードを膝上に乗せて、コンピュータ群を操り始めた。
 モニタの中をところ狭しと占めていたウィンドウ群が消え、一画面になる。
 奥行きのある3D映像で表現されている戦闘シーンだ。
 場所は街中。
 戦っている二人以外には無人の、児童公園をリングとしている。
 【セントイビリアル学園】の男子制服を着ている少年と、オリジナルデザインと推察される女子用学生制服の上にマントを羽織っている少女が、相打ち気味に顔面を殴打していた。
 共に、たたらを踏んで両膝が折れた。
 ほぼ互角の展開。実力は拮抗か。
 見応え抜群である。
 お互いが、お互いを確かめる様に戦っている。ミックスアップに近い共演だ。
 両者の格闘スタイルは、分析によると似て非なるモノ。
 決定的な差異は、おそらく……
(ボクシングとキックボクシングの違いではありませんか)
 そこは差異の原因とは異なる。
 一見すると大味な殴り合いと誤解しそうだが、実にハイレヴェルな攻防だ。身体の細かい箇所まで全ての動作に意味がある。無造作な攻撃が皆無で、フェイントと駆け引きが高度に絡んでいるのだ。
 しかし少年の方に、若干のぎこちなさが窺える。
 明らかに実戦慣れしていない様子だ。
 睫毛の長い碧眼を眇め、ルシアは呟いた。

「――堂桜、統護」

 統護と肉弾戦を繰り広げられている、十代後半と思しき外見をした少女には[ オルタナティヴ ]と立体文字でラベルされていた。
 現在の那々呼の研究対象は、この統護がメインストリームになっている。
 生体データは堂桜の研究機関より入手済みだが、彼の起こす不可解な現象――【DVIS】破壊の原因は究明できていない。一つだけ確実なのは、魔術を使えた以前と、使えなくなった現在では、生体データが完全に別になっている、という事だけだ。しかし外見や声紋だけではなく、骨格形状や筋肉量まで完全に一致しており、そういう観点からでは別人などではありえないという奇妙な結論になっていた。
 つまり完全な別人であり同一人物、というパラドクスが生じているのだ。
 その差として顕れているのが、現在の超人的な身体能力と、近い将来に《デヴァイスクラッシャー》と畏怖される現象だろう。
 約半年前から二ヶ月前まで失踪していた期間に、いったい何があったのか。
 ――一方で、オルタナティヴもまた謎の存在で、彼女の生体データは『公式的には』何処にも存在していなかったが、今はやはり統護の方である。
 生体データの解析では表層しか読み取れない。
 因果素子の存在は理論的には実証できているが、まだ観測方法を確立できていなかった。
 仮想の因果素子を組み込んだ限定的なシミュレート――行列演算のみに留まっている。
 学会どころか堂桜一族にすら隠している因果素子という存在と因果理論。全てを秘匿したまま、因果素子を実測できれば、あるいは……
 共に魔術は使わない。統護は使えない。オルタナティヴは使えるが、事情があって封印している事をルシアは知っている。
 最初はややオルタナティヴが押していた。
 特に統護をぐらつかせたライトクロスは見事の一言に尽きた。
 統護が相手の動きに慣れてきたのか、次第に互角になり、そして不自然に間合いをとった後、統護の動きが劇的に変わった。
「ッ!」
 思わずルシアは固唾を呑む。
 統護が一気に、そして一方的にオルタナティヴを圧倒し始めた。
 拳が二撃、三撃と連続してヒットする。見事なコンビネーション・ブローだ。
 スピードとパワー。人の限界を軽く超えている、まさに神がかっている戦闘能力である。
 相手がオルタナティヴでなければ、打ち所が悪いとパンチ一発のクリーンヒットで殺害してしまうだろう。かつ、超人的な身体能力に相応しいボクシング技術が光っていた。
 明らかにギアチェンジしている。
「……つまり、今までは本気ではなかったというコト」
「にゃん、にゃん、にゃにゃにゃっ!」
 ルシアは統護の動きをその目に焼き付ける。
 彼女にとっては、統護がかつての次期当主であるとか、【DVIS】を破壊してしまう特殊体質になってしまった原因や経緯には、興味がなかった。
 極単純に、この少年は何処まで『本当のチカラ』を隠しているのだろうか?

 そして――彼と自分、どちらが強いのか。

 この世界【イグニアス】において、最強でかつ〔神〕に近い存在は果たしてどちらなのか。
「にゃ~~~~~ん!」
 那々呼が甲高く鳴いた。どこか気高い鳴き声だ。
 もちろんルシアの方が強い、と云っているのがルシアには解った。

         

 高校の授業が終わっての放課後。
 今日は学園の付属図書館には籠もらすに、下宿先である祖父の家に帰宅していた。
 周囲から《リーディング・ジャンキー》と揶揄される変人なのに、図書館に寄らないというのは、非常に珍しい事態だ。皆が驚いていた。
 累丘みみ架は祖父が道楽で経営している古書堂【媚鰤屋】の倉庫で検品をしている。
 アルバイト代は出ない。
 そちらは本業(家業)である古流武術――鳳凰流の師範として得ている。
 だから、これはただの気まぐれだ。

 ――最近、不思議な夢を視る。

 予知夢めいた独特な夢だ。自分にとっての『運命の相手』を導けと。そう呼び掛けるのは、奇妙な事に自分である。そして『運命の相手』とは……
(堂桜、統護)
 優等生で天才であった頃の彼には、微塵も興味はなかった。
 不思議と彼の方から相談を持ちかけられ、何度か自室に招いたが、男女の云々という気配は一切なかった。いや、彼から秘密を打ち明けられているので、そんな事はあり得ない。
 そして予告通り、彼は消えた。
 失踪ではなく、消えたのだろう。
 夢が正しいのならば、きっと希望通りに再生している筈だが。
 入れ替わりで顕れた劣等生の統護は、気になる存在だ。彼の歩き方、正中線(体幹)の正確さ、呼吸の仕方、筋肉の基礎的な運用法等――

 彼は間違いなく鳳凰流と同じく

 そして夢の所為で、違った意味でも意識し始めている。
 つい手が止まっていた。
 意識を検品作業に戻す。夢で告げられたのだ。この倉庫に在る、と。
 バカバカしい、と苦笑するみみ架。
(あんな夢を真に受けて、わたしは何をやって……え?)
 ふと見慣れない本を発見した。
 単行本サイズのハードカバーである。
「嘘。こんな本、あったかしら?」
 みみ架は首を傾げた。まさか自分の記憶にない本が店の倉庫にあるとは。
 震える手で本を確かめる。
 古びているが、真新しくもある奇妙な書籍だ。どくん、どくん、と心臓が跳ねた。
 これだ、という確信が湧き上がる。
 夢で《読書の魔女》と名乗った自分が予言した魔導書。
「え。これって……【AMP】なの?」

 その日、みみ架は本型【AMP】――《ワイズワード》を手に入れた。

 

 

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