第四章 真の始まり 26 ―〔神魔戦〕統護VSジブリール⑤―
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26
地面に叩き落とされたイヴは、怨嗟の表情で立ち上がった。
天を見上げる。
その双眸の先――
見つめているのは、イヴを冷めた瞳で見下ろす統護ではなく、己の〔主神〕であった。
像は視認できないが、大天使として〔主神〕の存在は視えるのだ。
「お願いします! 我が主よ! 堂桜統護を斃せるチカラを、更なるチカラを私に!!」
イヴは六枚翼と両手を広げ、訴えた。
統護は、ふぅ、と嘆息する。
「どこまでも他人頼みなんだな、アンタは」
「助けて、助けて下さい!! 私に救いを! だって私は悪くない!! 悪くないのです!! 私はこんなにも一生懸命に頑張っています! 魂の限界まで頑張っているのです!! 助けて!!」
「魂の限界って……、千●の富士の引退会見かよ。ったく」
イヴは祈りという形式の助けを求める。究極の他力本願だ。
救済を請求する時のみ弱者の権利を主張する様は、超然どころか、どこまでも人間臭かった。
イヴが光に包まれた。
歓喜を浮かべた顔で、イヴは涙を流し始める。
「ぉぉおおぉおおぉおおっ。
チカラッ、新しいチカラが沸いてきます!! 我が〔神〕よ!!」
再びイヴの【基本形態】が起動した。
萎えていた闘志が戻っている。
空気中の炭素から創出されたダイヤモンド群に囲まれ、イヴが統護に牙を剥いた。
「ふふふふふ。大天使である私が〔神〕であるお前に勝つ方法を〔主神〕より授かった」
救ってもらった謙虚さなど微塵も無い。他者の救いに縋ったのに、それを当然の権利と、その笑顔が云っている。弱者を救う側であるはずの大天使が、弱者として恵んでもらった牙を、あろうことか〔神〕に向けるという愚挙だ。
統護――〔神〕は冷然と先を促す。
「へえ? 言ってみろよ」
「この純虚数空間(インナースペース)は外世界から切り離されている停止世界だ。しかし、この停止世界の中でも時間は流れている。そしてお前は〈神化〉しているが、完全な〔神〕には成っていない。鍵となったあの堕天使は〈不適合〉な上に、お前自身も最後の一押しとなる〔神名〕を封じている状態だからだ」
統護はイヴの言葉を認めた。
「正解だよ。俺は現界した〔神〕であるが、より正確には、ヒトという事象を維持したベースの上に、〔神〕である本来の己をエミュレートしている――と定義するべきだろうな」
そうでなければ〈神化〉を解除してヒトに戻れないからだ。
ヒトと〔神〕の二重存在を、堂桜の血脈の特殊性を利用して、疑似的に実現している。
それが今の統護だ。
イヴは晴れやかな顔になる。
「やはりお前は人間を棄てていなかったか。私は人間ではない。永遠の時を、不変の命を許されている、〔神〕に選ばれし〈神下〉者だ! お前と私の決定的な差がそこにある」
イヴの〔主神〕が彼女に授けた策を、統護は察した。
――刻(時間)だ。
純虚数空間内で、世界と共に因果素子の情報が固定化されている者達とは異なり、統護は時を過ごして活動している。そうでなければ、因果素子の解析ができないからでもある。
イヴの頭上にある【天使の輪】が、その光彩を強めていく。
大天使は【基本形態】――《クィーンズ・イルミネーション》から防御陣形を発動させた。
恍惚とした絶叫が響く。
「私は〔神〕に救われるべき、選ばれし者。この絶対防御は〔神〕にも破れぬ。
見るがいい――《クィーンズ・アブソリュート・カッティング》!!」
畏れよ!! という声が響く中、イヴの最終手段が形成されていく。
ぅヴゥォォオオオオオオン……
光がイヴを中心に乱舞する。大天使を包み隠す光線とダイヤモンド群によって築かれた壁。
その外観は、一つの巨大な宝石の様だ。
イヴは攻撃を棄てて、全てのチカラを防御に傾注した。
「はははははははッ!! いかに〔神〕である貴様であっても、この防御陣形にまで〈干渉力〉を及ぼす事は叶わない。この防御空間内に限って、私は〔神〕に等しい〈干渉力〉を発揮できるのだ。たとえ〔神〕のお前でも、その法規は打ち破れない」
つまりシンプルゆえに、〔神〕ですら物理法規の変更では不可侵となる、疑似的な神域。
ジブリールとしての自信を取り戻したイヴが宣言する。
「貴様が老化して朽ちるまで、私は防御に徹するとしよう。ざっと八十年程かな? いや老化を待つまでもなく、水や食料がなければ餓死してしまうか? 人間とは実に脆弱な存在だ」
大天使として〈神下〉しているイヴは、ヒトではない不変の存在である。
よって老いも餓死も彼女にはない。
観戦しているケイネスと詠月も、イヴの狙いに気が付き、顔を強ばらせた。彼女たち〈資格者〉も統護と同じく停止世界で時を刻む者だからだ。
統護はイヴの台詞を否定せず、開いた右手をゆっくりとイヴへ翳す。
「防御に徹する。つまり攻撃してこないのならば、遠慮なく攻撃させてもらうか」
力強く五指を閉じた。
右手にチカラが発動し、その存在が変化する。
――《ライトハンデッド・オブ・デッドエンド》――
破壊と終焉を司る右手による神威。それが、統護がチカラを発動させた右手の名称だ。
ぅゴォウォンッ!!
圧縮された空間が多重層となって、イヴの防御陣形に殺到した。
空間層が加速していく。
しかし《クィーンズ・アブソリュート・カッティング》は小揺るぎもしなかった。
握った拳に意志を込める。統護は更に空間層を加速・加重させていく。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
それでも絶対防御空間は破壊できない。
イヴが得意げに哄笑した。
「ははははははははははッ!! どうした〔神〕! すでに三日が過ぎたぞ!? まだ莫迦の一つ覚えの攻撃を続けるつもりか? 堂桜統護、恐るるに足らずッ!!」
台詞の意味に、ケイネスと詠月が息を飲む。
統護はつまらなげに告げた。
「まだ三日か。こちら側は三分経過だ。まだまだ時間差は加速していくぞ」
「え? 時間差!?」
「そちらの防御空間内が不可侵ならば、逆にこちらの時間経過を遅くすればいい。そして俺の感覚を『時間の基準』に再設定した。単に気分の問題だけどな。だけど俺の主観からすると、お前の時間が加速していってるんだよ。小細工と笑ってくれていいぜ? いくら〔神〕である俺でも、この純虚数空間、つまり停止世界では完全に時間は停止できない。だから結局は永遠に不変の存在である大天使のお前の勝ちだよ。――短くて数百年くらい耐え切れば」
数百年という言葉に、イヴの顔が凍りつく。
統護はイヴに笑いかける。
「どうした? さっきみたいに高笑いしろよ。ああ、お前からすると『さっき』じゃないか。半月は過ぎているかな? それとも一ヶ月か」
永遠の刻を生きる〔神〕にとっては、数年程度は、ほんの一時である。
だが、イヴ・ウィンターという永遠を約束された〈神下〉者にとっては、果たして……
時間差は更に広がっていく。
やがて――
「ぅ、ぅう、ぅぅううぁ、ぁぁああぁ、ッ、っ」
苦しそうにイヴは表情を崩していた。
ビッシリと汗をかいている。
統護は涼しげに言う。
「己を信じられるんだったら、どんなに孤独であっても、自分が一人じゃないって分かるだろうに。まして今は目の前に俺という相手がいる状況だ」
大自然の中で、独りで籠もる修行は、ヒトとして孤独であっても、セカイはこれ程には様々な万物が寄り合って構成されていると〔魂〕で実感・理解する事が目的だった。友人を作れない――『ぼっち』気質は、それとは別の話であるが。
けれど、なんの覚悟もなく、修練もせず、自省しなかったイヴには、大天使ジブリールという『ヒトとは乖離した孤独な超越』という真意は理解できない。強大なチカラと永遠の命がもたらす悲しみを考えず、単に表向きのメリットに飛びついたに過ぎないから。
顔を歪めたイヴが首を横に振った。
我慢比べにおいて、精神的に根を上げ始めている。
「情けないな。八十年程の防御で俺を斃せるとか言っておいて、そのザマかよ」
理屈では耐え続ければ勝利できると理解していても、感情でこの状況を拒絶しているのだ。
彼女の体感時間では、そろそろ一年が過ぎる頃か。
僅か一年という時間でさえ、孤独で地道な作業に耐えられないとは――資質がない。
「アンタには巨大なチカラと永遠を生きる資格は、分不相応だ」
イヴ・ウィンターには〈神下〉者の責務は荷が重過ぎる。統護は〔神〕としてそう断じた。
ミシ……メシ……ギシィ。
外壁に亀裂。《クィーンズ・アブソリュート・カッティング》が揺らぎ、軋み上がる。
チカラの拮抗は崩れた。イヴは精神的に絶対防御空間を維持できなくなっていた。
ついに――イヴの顔から感情が抜け落ちる。悟りを開いたかのような貌だ。
終わりだ。
統護はイヴの真正面にステップイン。右拳をテイクバックして、一直線に振り切る。
真っ直ぐに右拳が着弾した。相手の〈干渉力〉を突破する。
――〔神〕として放つ《デヴァイスクラッシャー》が炸裂。
ドンッ!!
統護の右ストレートが《クィーンズ・アブソリュート・カッティング》を砕く。
同調して、イヴの【天使の輪】が木っ端微塵に破壊された。
そして右手――《ライトハンデッド・オブ・デッドエンド》の出力を限界まで引き上げた。
統護はフィナーレを宣する。
「――〔神罰覿面〕」
ずゥぉオオオオんぅウ。全てがイヴへと殺到する。
加速度を増しながら収束する力層は、イヴを中心としたマイクロブラックホールと化す。
大天使ジブリールとしての存在を破壊されたイヴは、その超重力場に飲み込まれた。
パチン。統護は右親指と人差し指を擦って、指鳴らしをした。
重力が斥力に反転される。
ホワイトホールが生まれて、統護はそこに火種として〔神〕のチカラを加算させた。
特別サービスだ。〔神〕の破壊を見舞ってやろう。
イヴを中心としてビッグバンが発生する。
新たな宇宙を創生する超爆発だ。
しかし、いずれ訪れるかもしれない〔神〕同士の神魔戦においては、このビッグバンが攻撃の基準になる。この程度の破壊を制御できないのならば、この先――
統護は光速で膨張していく空間を押さえ込んで、破壊規模のコントロールを試みた。
音はなかった。
一瞬で圧倒的な光が拡散して、全てを上塗りしていく。
統護の〔神罰〕によって、地球そのものが消し飛んでいた。
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…
統護は独り、宇宙に浮いていた。
いや、統護のみではなく、〔魂〕の中から〈光と闇の堕天使〉が姿をみせた。
真空であるが〔神〕のチカラによって辛うじて生存している。
統護は顔をしかめた。
百万分の一秒で、地球を素粒子レヴェルまで破壊し尽くしてしまうという大失態だ。
こんな様では〔神〕同士の戦いでは、話にならない。先が思いやられる。
思念体の彼女は苦笑しつつ、統護に寄り添う。
『失敗しちゃったわね。手加減できなくて地球ごと消滅させてしまうなんて』
「ああ。停止世界じゃなければ、ヤバかった」
太陽系の公転に甚大な影響が出るところであった。地球を失った月が寂しげである。
とはいえ、焦りはない。
『じゃあ、どのレヴェルで復元させる?』
「正直にいうと、今の俺では細かい因果の調整はできない」
完全に〔神〕と成っていない今の統護の場合、世界の法規をコントロールする演算中枢が、己の脳なのである。脳機能のキャパシティ内という制限でしか因果素子に干渉できない。
消滅させてしまった因子の中に、怪しげなノイズを感じている。
だが、そこへサーチしてスキャニングできるだけの余裕は、今の統護にはないのだ。
停止している因果素子の情報は解析不能であるが、活動していた〈資格者〉やイヴ以外で、仮に解析可能な因果素子ならば、それはつまり……
統護は首を横に振り、誘惑を振り切った。優先順位を間違えてはいけない。
神はサイコロを振るのか? という議題がある。
確率論や不確定性原理などにおいて、科学者同士の論争にあげられるテーマの一つだ。
神はサイコロを振らない――という例えは、量子力学(粒子の位置情報=分布という概念)を抜きにしてマクロ的な視点で説明すると、現在の状況は『偶然など介在せずに』全てが既定している、という事だ。
つまり世界の創造主にして法規を設定している〔神〕が、全てを制御下に置いている。
逆に、神がサイコロを振る――となると、〔神〕は己の創造世界の全てを、完全には制御できない=偶然や運が介入してしまう、という意味になる。
むろん、これは物理法則を改変可能な法規の一要素として扱える、〔神〕のみの特例だ。
人間には到達できない結論ともいえる。
結論を告げると――〔神〕の視点では、神はサイコロを振る。
因果性・因果経を記録している最小単位――因果素子の全てを〔神〕は制御できない。
正確には〔神〕単身での制御は無理という事だ。
〔神〕と〈神下〉者のみが観測できる因果素子であるが、たとえば地球関係が記録されている因果素子を無作為に抽出できる確率は、砂漠の中で一粒の砂金を発見するよりも低い。
全ての因果素子による集合意識――〔アカシック・レコード〕
その〔アカシック・レコード〕をデータベース化して管理下に置けた〔神〕はいないのだ。
ゆえに〔神〕であっても、干渉する因果素子は観測・認識する必要がある。
全ての事象、すなわち創造世界内の全ての因果素子を制御できない。
可能ならば統護を襲うまでもなく、彼の全てを因果素子から解析できるのだから。
因果素子を基に事象を復元するのにも、その情報を一時的に保存しておかなければならない。
つまり停止世界とは、その一時記憶処理領域をコピー&ペーストした疑似平行世界だ。また、純虚数で構成されている為に、〔神〕以外の者でも、限定的にだが因果素子を認識する術を得られるのだ。
統護は一時保存されている因果素子のメモリ領域にアクセスを試みる。
この異世界【イグニアス】の〈創造神〉は妨害せずに、そのまま全権を仮譲渡してきた。
(今回はここが手打ちのラインってところか)
停止世界の因果素子は、あくまで停止時の限定的な記録に過ぎない。
この因果素子の状態を復元ポイントとして設定する。
今の統護には、新しい平行世界の創造は不可能であっても、バックアップは可能であった。
「――セカイの修復・再構築を開始する」
『頑張って、トーゴ』
セカイを構築しているシステムの一時記憶メモリのバックアップにアクセス。
復元ポイントより粒子分布情報をロード。
圧倒的な情報量に脳が軋む。今の統護には地球全体の因果素子情報は許容量のギリギリだ。
統護は〔神〕のチカラと〈創造神〉から許可された権限で、地球を復元していく。
しかし、そのまま復元はしない。
個々の因果素子は認識できないが、修復前から記憶してある因果素子は別だ。
統護という〔神〕にのみ可能な能力を使用して、その数カ所の因果素子に干渉する。
再構築時の刹那――二百万分の一秒が成否を別ける作業だ。
脳機能のリソースの大半をつぎ込み、とある改変を加えて、世界を創造し直した――
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