第四章 真の始まり 22 ―〔神魔戦〕統護VSジブリール①―
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声高らかに〔名〕が、荘厳と響き渡る。
セカイに存在として確定させる。定義としては光臨ともいう。
統護には識別できる。これは大天使ジブリールを騙っているのではない。
紛れもない本物の大天使だ。
その〔名〕――ジブリールを耳にして、統護は初めて己に疑問を抱く。
(何故この異世界で、俺は〔神〕を召喚できるんだ?)
思えば、自然にできると確信して三度、顕現させたが、元の世界では考えられない事だ。
そもそも〔契約〕を継承する為の〔魂〕の精錬だった――はず。
それなのに統護は〔神〕の召喚に、〔魂〕の奥底に在るチカラをアクセスの源としていた。熟考すれば不可解さが鮮明だ。根本的に因果が逆ではないか?
元の世界で顕現が可能だったとしても〔神罰〕を下されて終わりだろう。
どうして自分は〔契約〕を楯にしたとはいえ、ヒトより上位存在であるはずの〔神〕を儀式という暫定処置方式でだが、ヒトの身で従えられるのだ?
眼前の大天使は――その不自然さを統護に認識させる。
状況からして、もう斃すしかない。だが、殺さずに斃せるのか?
その覚悟を決める前に、最後として、統護は縋るように問いかけた。
「なあ、アンタはすでに」
大天使ジブリールとして光臨し、彼女はもう伊武川冬子とは定義できなくなっている。
「私は私だ。よってその疑問に答える意味はない」
超然とした感情の窺えない回答。
「どこで道を誤ったんだよ、アンタは……ッ!」
クィーン細胞の発表会見が報じられたニュース番組を思い出す。
もしも冬子が早い段階で、不正と捏造を謝罪していれば、こんな事にはならなかった。
夏子も死ななかった。
ひょっとしたら、姉妹揃って仲良くやり直せたかも知れないのに――
自我は、伊武川冬子としての自我は、まだ微かでも残っているのか?
統護はジブリールに呼び掛ける。
「冬子さん! 頼む応えられるのなら、応えてくれ、冬子さんッ!!」
超然としていた大天使の貌に、表情が現れる。
「しつこい、〈イレギュラー〉よ。理解しろ。私はもう伊武川冬子ではない。この【イグニアス】世界の〈創造神〉より使命と意志を授かり、大天使の称号を得た者。選ばれし者だ」
くすくすくすくす……
堪え切れない――と、楽しげな笑みが零れる。
それは生々しい人間の笑い。しかし冬子の笑い方とは明らかに違っていた。
「大天使ジブリールとして〈神下〉した私には、伊武川家とか姉とか、捏造と不正でペテン師呼ばわりされている冬子とかいう女も、興味の範疇にはない。それでもお前がヒトとしての名を私に問うのならば、私は今よりイヴ・ウィンターと名乗るとしよう。これで納得か?」
「そうかよ。アンタ……、本当に」
記憶と自我は残っていても、伊武川冬子すら自らの意志で棄てたのか。
現実を受け入れろ。
アレはもう伊武川冬子ではない。大天使ジブリールとして〈神下〉した、イヴ・ウィンターという敵なのだ。
ジブリールは六枚羽を優雅にはためかせて、宙へと躍り出た。
魔術による超常現象ではない。
間にシステムを介さない、純粋な超越現象――〔神〕のチカラに準じた結果である。
大天使の頭上に白銀のリング――【天使の輪】が顕れた。
この【天使の輪】が、彼女の〔主神〕よりチカラを受信するアンテナの役割を果たす。
キィン。【天使の輪】が強烈な銀光を灯した。
荘厳な声音が響く。
「では、進化した【基本形態】
――《クィーンズ・イルミネーション》を見せましょう」
ジブリールがチカラを展開する。
戦闘系魔術師イヴ・ウィンターの【魔導機術】を下地に、大天使のチカラを振るわんと。
空気中の二酸化炭素から炭素を抽出、それを超速度で圧縮結合させて、ダイヤモンドの宝石群を創製した。
ダイヤモンド群が、大天使の周囲を舞う。
七色の光彩が乱舞した。
曇りない宝石をレンズとして、光線が複雑な反射を繰り返す。
光速で結ばれる軌跡の集合はラウンドブリリアントカットのよう煌めき、ジブリールを中心とした巨大なダイヤモンドの様だ。
統護は身構えた。ベストコンディションには遠くても、敵は待ってはくれない。
ジブリールが告げる。
「私は大天使として〈創造神〉より命令を受けている。堂桜統護、お前は〈資格者〉としてはイレギュラーである。お前がこの【イグニアス】世界に、赤子を経ずに直接転生できた因果、調べさせてもらう」
無慈悲に右手を振り下ろす。
「受けなさい裁きの光を――《クィーンズ・ライトニング》!!」
ヴン!!
乱舞する光が収束して一条の砲撃となり、統護へ放たれた。
その直前。
統護は『感覚』を解放して〔言霊〕を唱え――光の〔精霊〕を使役した。
最大魔力を〔精霊〕に供給して物理現象を上書きする。光子を円盤状に収束させた。
これは技術ではなく法規による現象である。
〔魔法〕と定義される【魔導機術】とは似て非なる――〔霊能師〕に赦された超常の法規。
この異世界において、魔術師ではない統護が〔魔法使い〕を名乗る所以でもある。
グズオゥンッ!!
タイムラグなど無に等しい一瞬の攻防だ。
光の楯が、光の砲撃を受け止めた。
個々の超常に魔術的な【ワード】は必要ない。ただ〔言霊〕という願いのみで発現する。
光撃の威力に、統護の前面が空間ごと烈震した。
圧倒的なパワーだ。過日に戦った、七万人とリンクしたセイレーンを上回っている。
否、人間と比較する事自体が間違いだろう。なにしろ大天使が現実世界(実数空間)に顕現すると、その存在係数の大きさによる過負荷のみで、世界の大半を破壊しかねないのだから。
光線が消える。
どうにか防ぎ切った。
たったの一攻防であるというのに全力を振り絞った。この停止世界でなければ、関東一帯に異常気象が起こりかねない巨大な〔精霊〕力を集中・消費させられた。
統護は実感する。
純虚数空間とは、存在するだけで本来の世界を壊しかねないレヴェルのチカラ同士を、思う存分にぶつけ合う事を可能とする為のバトルステージなのだと。
「ほう。それが〔魔法〕か。なるほど【ウィザード】と呼ばれるだけはある。この純虚数空間(インナースペース)においてさえ、大天使の私と同等の〈干渉力〉を発揮するとは」
次いで、ジブリールは【ワード】を囁く。
ぅおンっ!!
二撃目の《クィーンズ・ライトニング》が撃ち込まれた。
統護は続けて光の楯で防御する。
楯の維持に、世界中の〔精霊〕に助力を呼び掛けた。
凄まじい威力だ。のし掛かる超大な負荷に、奥歯をきつく噛み締める。ジブリールは「大天使の私と同等の〈干渉力〉」と言った。確かに少しでも気を緩めると、光の〔精霊〕を使役する主導権を、根こそぎ持っていかれそうになる。こんな経験は初めてだ。
これが大天使のチカラか。
三撃目の《クィーンズ・ライトニング》がきた。
光の楯が粉砕される。
統護は辛うじて身を躱していた。楯が粉砕される直前、勘に従ったのだ。
軋み上がる身体を無視して、統護は身体能力を全開にした。
左右にフェイントを入れてから、ジブリールへとジャンプする。
《クィーンズ・ライトニング》の照準は統護のフェイントに引っかかり、地面に大穴を穿つ。
直径三メートルに広がった大穴は音もなく突き進み、地球の裏側まで到達していた。もしも停止世界でなければ、地球そのものが破壊されかねない一撃だった。
統護はジブリールに接近して、右拳を打ち込む。
渾身の《デヴァイスクラッシャー》だ。
狙いは魔術師の【DVIS】に相当する【天使の輪】である。
統護は全ての魔力を拳に込める。
ジブリールの口から【ワード】が紡がれた。
「――《クィーンズ・カッティング》」
チカラはあくまでもイヴ・ウィンターという【ソーサラー】をベースにして行使される。
瞬時に、宝石群が陣形を変えた。
光線の軌跡が、ジブリールの前面で超高密度で駆け巡り、エメラルドカットされた宝石の様に収束し、美しい防御壁となる。
統護の右拳は《クィーンズ・カッティング》に阻まれた。
光線の防御壁を破壊できない。
(通用しない、かッ!)
想定内ではある。形式は【魔導機術】に則っていても、ジブリールが使役している大天使のチカラは――自分と同系統であると理解していた。
足場のない空中だから二撃目は打てない。
役目を終えた《クィーンズ・カッティング》が解除される。
拳撃を防がれ、落下していく統護を、今度はジブリールが間合いを詰めにいった。
微かに嘲りの笑みを浮かべるジブリール。
「お前の〈干渉力〉では《デヴァイスクラッシャー》として、大天使の私には機能しない」
お返し、とばかりに身体ごと突撃して、右拳を振り下ろしてきた。
統護は風の〔精霊〕に呼び掛ける。
〔魔法〕で風の足場を精製して落下から踏み留まると、カウンターの左フックで迎撃した。
ゴシャッァ!!
改心のタイミング。統護の左フックがジブリールの右頬を捉えた。下顎が大きく歪む。
しかしダメージは皆無だ。ギロリ、と統護を睨んだ。
「小癪な、人間の風情で」
不愉快も露わに眉根を顰めたジブリールは、宝石群を弾丸として統護に撃ち込む。
ギュドドドドドドドッ!!
咄嗟に風の防御膜を纏う統護であったが、防ぎ切れずに攻撃を受けた。
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…
ダイヤモンド弾の豪雨に晒され、統護は為す術なく墜落した。
血塗れであるが、まだ戦える。
彼はすかさず起き上がると、ジブリールから撃たれる光線から身を躱してく。
大天使の放つ一撃一撃が、落雷のように轟いている。
大穴を開けた一閃とは異なり、光線は地面に当たると霧散していた。ステージを保護する為に、意図的に効果がセーブされているのだろう。ジブリールは明らかに手加減している。
防戦一方になっているが、統護は勝負を捨てていない。
パワーの差は歴然だ。
相手は大天使。勝ち目などゼロに見えるが、まだ統護には策があるというのか。
ケイネスと詠月は、統護とジブリールの戦闘を見守っている。
観察して理解に努めようとしていた。
「……やはり『あの』堂桜統護は『元の』堂桜統護とは別人なのね」
詠月から漏れた独り言に、ケイネスは苦笑する。
「元のというか本来のというべきね。ジブリールとして〈神下〉に成功した冬子、いや、すでにイヴ・ウィンターか。〔神〕に接した彼女の台詞から、興味深い情報が読み取れる」
「ええ、そうね」
大天使は云った。統護を〈イレギュラー〉と。統護が使役しているチカラを〔魔法〕と。
ケイネスは肩を竦めた。
「どうやら堂桜統護は〔魔法使い〕――伝説の【ウィザード】のようだ」
彼が秘匿していた巨大なチカラに、納得がいった。
道理で必死に隠すわけである。
詠月は異論しない。さらに見解を付け加えた。
「加えて、この世界に云々~って台詞から、異世界もしくは平行世界から来たようね、彼」
「普通ならば正気を疑われる異世界なんて言葉だけれど、現にこの停止世界――純虚数空間とかいう異次元が存在し、大天使が光臨している以上、認めざるを得ないだろう」
「つまり……、私達〈資格者〉が争うモノも同様と信じていい?」
「この【イグニアス】世界の〈創造神〉が何を望んでいるのかは別にして、本当に『答え』に到達した者に与えられるのかは疑問だけれど」
「なにしろ【イグニアス】そのものを手中にできる権利――、だものね」
「可能とする方法は唯一だけれど、果たして、本当にヒトに与えられるチカラなのか……」
二人が観察し、考察する中。
逃げるのを止めて足を止めた統護は、決意を固めてジブリールに向き合った。
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