第四章 真の始まり 21 ―大天使光臨―
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漆黒の二挺拳銃が連続して吠えた。獰猛な獣のようだった。
応戦も反撃もない。
陽流は恥と外聞を棄てて逃げる。逃げ惑う。
策のない敗走だ。制限時間や撤退径路といった事が、頭から消え去っている。
電脳世界内で幾つもの【アプリケーション・ウィンドウ】が警句と共にオペレーションとパラメータ再調整を求めているが、それも無視だ。いや、思考能力が喪失している。
ランダムにエレメントを変化させて撃ち込まれてくる魔術弾丸に、適切な防御魔法を展開できない。締里は背を向ける獲物に、容赦なくトリガーを引き続けた。
締里は決着を焦らない。機械的に相手を追い詰めていく。
一方――、三機の《ネオ・リヴェリオン》も、動きはメチャクチャになっている。
ホストである陽流の援護になっていない稚拙な挙動だ。
かといって、独立して締里と戦闘している気配も皆無だ。
陽流のパニックに巻き込まれて、支配下に置かれている機体も統制を欠いていた。
闘技場という限定空間での逃げは、長くは保たなかった。逆サーチというデメリットを背負う魔術的ロックオンは要らない。締里は陽流が走るパターンを学習して、先読みした位置へと銃口を照準する。
キュドィゥ!!
エレメントが【重力】の魔力弾が、陽流の背中に炸裂した。
「がッ、ハぁぁッ!」
前のめりに倒れ込んだ陽流は、衝撃と激痛で、ようやく我に返った。
(なにを、やっている、の、あたしは――!!)
沸々と怒りが湧き上がってくる。
チカラを手に入れ、【DRIVES】の過負荷にだって耐えたというのに――
結果は、惨めに這いつくばっている。
両目が真っ赤に充血し、ブツン、と頭部の血管が切れた。
血管の破裂は【ナノマシン】によって修復されるが、頭に血が上った宿主の思考が修復する事はなかった。理性が飛び、ブチ切れ状態になった陽流は、空に向かって吠え猛る。
「敗けないッ!! こんなはずじゃなかったぁ! あたしは二度と負けないんだから!! ぅぅううううううううううわぁぁああああああああああぁぁあっ~~~~~~~~!!」
恐怖を上回る屈辱と赫怒に、魔力を限界まで引き上げる。
ダメよハルル――という締里の声は、陽流に届かない。
まだだ。まだ足りない。
《ネオ・リヴェリオン》三機の魔力エンジンをもフル回転だ。リミッターを解除。
相乗効果で、限界点どころか臨界点を突破しろ。機体と《ハルル・シリーズ》が安全領域を超えた過負荷に悲鳴をあげる。しかし陽流は構わず暴走させた。
もっと魔力を! もっとチカラを!! 憎き《究極の戦闘少女》を倒すため。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
陽流の魔力暴走に、闘技場が揺れ始めた。
不自然な縦揺れだ。
地震ではない。かといって魔術による揺れでもない。
異変を察した締里が、愕然と『とある擬態』に気が付いた。
「ひょっとして、この闘技場は――【魔方陣】なのか!?」
魔術によって行使された魔力を蓄積している。
魔力蓄積用の【AMP】が、法印を描くように隠されて配置されているのだ。
締里は確信する。もう疑いようがない。
【パワードスーツ】での強襲テロは、実戦テストと出資者へのデモンストレーションという表の目的だけではなく、闘技場に擬態させた巨大な【魔方陣】に魔力を蓄積させて、ナニかを引き起こすという裏の目的があった。
【魔導機術】とは異なる魔術的なナニか。締里の生存本能が警鐘を掻き鳴らす。
陽流に警告した。
「魔力の増幅を止めなさい、ハルル! 貴女の魔力暴走が最後の引き金になる!!」
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、うるさぁいぁいいいぃいいィィィっ!!」
「貴女はDr.ケイネスに利用されているのよ!」
「あたしのトモダチを悪く言うなぁぁあああああああああああッ!!」
ィィィイイイイイイイぃんんンんンンんんんぅぅゥゥヴんんンン――
不規則な音が反響、共鳴する。
光と闇の雨が、さながら落雷のように発生し始めた。
しかし雷雨の音はしない。
否、唐突に音という概念が喪失していた。
さらに世界から色彩も消える。存在する色は真白だけ。外郭は黒のみとなる。
例えるのならば、ワイヤフレームで構成されているCGソフトのモデリング画面だ。
それは白と黒のセカイ。
――全てが『停止』していた。
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…
競技場に潜り込んでいたケイネスは、セカイの停止現象にほくそ笑んだ。
実験は成功だ。
この超常現象は〈ゲイン〉と名付けられている。
「ふふふふ。前回は見物するだけだったが、今回は私が引き起こしたぞ」
MMフェスタでは後塵を拝する格好になったが、ケイネスは〈資格者〉の一人として、停止世界が実在する事を確認できた。
そして今回、ケイネスが〈ゲイン〉を起こして、停止世界を顕現させたのである。
アリーナ席に到着し、眼下のグラウンドに注目する。
統護だけではなく、冬子も停止していない。
狙い通りだ。
二度目の〈ゲイン〉に統護は困惑を隠せない様子だ。
一方、冬子はこの停止世界を当然と受け入れていた。
「どういう事なの? 伊武川冬子もまさか〈資格者〉だというのかしら?」
隣からの質問に、ケイネスは横を向く。
そこには、詠月がいた。
「お前も〈資格者〉だったのか」
「意外だったかしら」
「いや。予想しているメンバーに、堂桜ナンバー3は入っていたわ。ちょっとだけ予想外だったのは、この場に貴女がいる事かしらね」
「会場が二つ隣接している――というヒントがあったから」
なるほど切れ者だ、とケイネスは感心した。
闘技場が〈ゲイン〉現象を起こす巨大な【魔方陣】。
対して、この競技場が〈儀式〉の為の祭壇なのである。
ケイネスは詠月に訊く。
「同じ〈資格者〉として私と戦う? お前の《ダークムーン・サキュバス》とやらで」
「生憎と私はまだ謎かけの正解に到達していないわ。この場で貴女を斃すメリットは、今の私には皆無ね。Dr.ケイネス、いえ、堂桜那々覇。お手並み拝見とさせて貰うわ」
「見物ってワケね」
「ええ。だから答えて貰えると嬉しいわね。伊武川冬子は〈資格者〉なの?」
ケイネスはサービスする事にした。
他にも〈資格者〉は存在する。詠月に最低限の貸しを作り、情報を与えるのも悪くない。
「伊武川冬子は堂桜の血を引いていないわ。よって〈資格者〉ではあり得ない。アレは今回の〈儀式〉に使用する〈素体〉として用意したの。停止しなかったという事は成功して〈素体〉認識されたようね。実験は最後の一押しを残すのみ」
クィーン細胞の隠された目的が〈素体〉精製である。
ケイネスは【ドール】ではなく、ヒトを元にして〈素体〉を造り出すのに成功したのだ。
冬子はその為の贄であった。
「理解したわ。で、どちらの?」
これだけで納得できるとは詠月は侮れない――と、ケイネスは気を引き締めた。
一拍置いて、ケイネスは教える。
「――《ライトエンジェル》の方よ」
解答には至っていないが、解答外であっても名付ける事ならば可能だ。
それが堂桜の血を引く〈資格者〉の資格である。
《ライトエンジェル》と《レフトデビル》ならば、解答失敗のペナルティーはない。
「ならば、あの〈素体〉に何と名付けるの?」
「リクエストがあれば聞くわよ、詠月」
「遠慮させてもらう。伊武川冬子の名付け親になるつもりはないわね」
詠月が辞退したので、ケイネスは決めていた〔名〕を告げた。
高らかな声で嗤うように。
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…
冬子が正体を現し、万能細胞のチカラで若返った直後である。
いきなり世界が停止した。
統護はこの現象――〈ゲイン〉を知っている。過日のMMフェスタで経験した。
色彩を喪失したワイヤフレームの中、統護は内心で毒突く。
(くそ! よりによって、こんな時にかよ!!)
偶然であるはずがない。今回も〈資格者〉の誰かが狙って引き起こしたのだ。
今回の統護奪取計画と強襲テロを隠れ蓑にして。
おそらく、この停止世界の顕現こそが、真の目的だったのだ。
その証左として……
――伊武川冬子が停止せずに、更にその姿を変化させていく。
変貌していく。
彼女はクィーン細胞の万能性で、夏子から冬子へと姿を変換した。
その若返った冬子は眩い光を纏うと、再び姿を変じていく。神々しく換わっていく。
これは万能細胞による変化ではない。もっと大きな〔意志〕によるものだ。
変質あるいは進化というべきか。
基本的には冬子のままだが、ヒトというカテゴリから逸しているとしか思えない偉容だ。
冬子の顔から表情が抜ける。
明らかに一種のトランス状態だ。
「……ようやく時がきた。イレギュラーの〈資格者〉よ」
その台詞に、統護は息を飲む。
四肢の具合を確認するが、まだ十全には動けない。ダメージの回復には、もう少しかかる。筋弛緩剤の効果よりも、みみ架の発勁が尾を引いているのだ。
それでも冬子との一騎打ちで、彼女を打倒できる算段はあった。《デヴァイスクラッシャー》のみで勝利し、状況を打破する自信があったのだ。
それがまさか、こんな事態に陥るとは。
(ちくしょう。みんな無事なのか?)
脳裏に浮かんだのは、仮面で素顔を隠した謎の二人組。
その正体は――果たしてどちらだ? やはりアリーシアと締里か。そうであってくれ。
次いで懸念する事。
シリーズ化された少女。
ならば、そのオリジナルは?
奔流する統護の思惟を、無慈悲な声色が途絶えさせた。
「さあ、この世界にお前(イレギュラー)が存在している意味を、私の前に示すがいい」
儀式魔術――という単語が、堂桜の血脈である統護の〔魂〕に浮かび上がる。
ふぉおぉおおぉおん――……
多重する振動音を伴い、ゆっくりと展開される三対の六枚羽。
停止世界にあって音を赦されている。
妖精的な羽ではなく、豊かな羽毛をたたえた鳥類を模している翼だ。一対で三メートルを超える長さの巨大な羽翼。それがヒト型の背から生えていた。その姿はまさに――
「お前は……いったい?」
そして、この異世界【イグニアス】とは?
愕然となる統護。
この相手に、統護の《デヴァイスクラッシャー》が通用しないのは、もう確定的である。
このまま戦っても確実に負ける。倒されてしまう。命を奪われてしまう。
紛れもなく最大の危機だ。
もはや隠している〔魔法〕を使うしか対抗手段はないのか。
いや、違う。
相手は識っている。統護のチカラを知っている。隠すことに意味はない。
コレはそういう存在だ。外観は冬子だが、もうコレは……
抑揚に乏しい無機質なアナウンスが、冬子だけではなく、統護の意識にも届く。
『個体名・伊武川冬子を〈素体〉として登録完了。エンジェルコードの獲得を認め、【イグニアス】世界内の純虚数空間(インナースペース)において、存在係数の再調整を実施します。成功――〈神下〉を開始。顕現まで残り五秒、四、三……、』
なんだ? 声? いったい何が聞こえたんだ?
統護の疑問を余所に、進化という変質が最終段階に入る。
そして、ついに存在が固定された。
「告げよう。この世界において私は名付けられた。我が名は……!!」
―― 大 天 使 ジ ブ リ ー ル ――
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