第三章 バーサス(VS) 7 ―シャッフル―
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7
闘技場内が困惑一色に染まっている。
隣接の競技場にもこの件は伝わっていた。
大会運営側が『審議のため大会進行を一時中断』というテロップを、巨大スクリーンおよび関係者が所持しているスマートフォンやタブレットPC、携帯電話などの情報端末に送信していた。
隣の競技場で行われている試合も全てストップされている。
騒動の元凶である《スカーレット・シスターズ》は、第五フィールド上に仁王立ちだ。
二人に倒された四名は、医療スタッフによって救護室へ搬送済みである。魔術攻撃のみだったので肉体的なダメージは軽微だった。精神的なダメージにしても、この程度が尾を引くような者ならば、最初から【ソーサラー】などやっていないだろう。
朱芽が統護に言った。嬉しそうだ。
「思わぬダークホースの出現ってところかしらね。面白くなってきたわ」
「懸念していたけど、まさかこんなやり方でちょっかいかけてくるなんてな」
「でも証野を襲った二名と《スカーレット・シスターズ》が同一とは限らないんじゃない?」
「分かっているよ」
史基が襲われたのには、何か理由がある。
紅い衣装型【AMP】――【EEE】の実戦テストと自分を倒すのが目的ならば、史基を闇討ちする意味はない。統護と史基のチームに試合を挑めばいいというだけだ。
「それに対抗戦を盛り上げる演出にしても、委員長の言う通りに少々やり過ぎだ。普通に特別枠で参戦すれば済む話だしな」
あれでは《スカーレット・シスターズ》に倒された二チームが浮かばれない。
約五分が経過した。
資金面を別にして、大会実行委員会の責任者を任されている美弥子が、マイク型【AMP】を手にして、闘技場グラウンドの中央に姿を見せた。
『皆さん、長らくお待たせしました。これより以降の進行について説明を行います』
御世辞にも大人びているとはいえない外見から、対照的に落ち着いた声色で話し始める。
誰もが真剣に耳を傾けた。
『まず《スカーレット・シスターズ》の二名についてですが、スポンサー側からの確認を終えて、正式に対抗戦参加と一回戦突破を認めます。彼女達に倒された二チームは、一回戦突破として明日の二回戦からの敗者復活処置をとらせてもらいます』
会場中から様々な声があがる。
賛否両論というよりも、強敵の参戦に喜ぶ声の方が多かった。
美弥子は声のトーンを変えて、話を続ける。
『しかし運営側としましては、スポンサー側からの今回のような行いは軽視できません。今回の特例参加を認める対価として、運営側からもスポンサー側に譲歩してもらいました』
ざわつきが収まり、再び会場中が美弥子の言葉に集中した。
『――端的に結論から。Aブロックは累丘選手の優勝、決勝トーナメント進出とします』
みみ架を決勝トーナメントまでシードにするという発表。
訳が分からずに、参加選手達は互いに顔を見合わせ、囁き合う。
一方、観客席はすでに報されているので当惑はない。
『Aブロックで一回戦突破済みのチームは、二回戦からB・C・Dの各ブロックに振り別けられます。これから一回戦を行う予定のチームは現時点から各ブロックへ移動となります。それから特例として、累丘選手と対戦した風間姉弟チームも敗者復活とさせてもらいました』
四方の巨大スクリーンの表示は、《スカーレット・シスターズ》の紹介から新しい予選ブロックの組み合わせ一覧に刷新された。
Aブロック覇者は、累丘&美濃輪チーム。
統護と朱芽のチームは――Dブロックに移動となっている。
つまり氷室兄妹と同じグループになった。
それだけではなく敗者復活した風間姉弟もDブロックである。
巨大スクリーンを見上げて、二三子が唇を尖らせた。
「えぇ~~!? なんやソレ、約束と違うんとちゃうか?」
意識を回復した一太郎も不満げだ。
「Dブロックって事は、まさか堂桜統護とも手合わせしろって意味なのか? いや、運営側の意志ならお役目とは完全に別か。高校生の大会にこれ以上、干渉したくないぜ」
「まぁなぁ。新刊のCMできるからって引き受けたけど、黒鳳凰はんとの模擬戦以外はハッキリいって無意味やな。高校生レヴェルで手加減して、試合は誤魔化すしかあらへんな」
「次の試合で負けるって手もあるぜ?」
「あかん。片八百長は真剣な相手に失礼や。手加減はするけど、ちゃんと試合はやるんや」
「そうだな。どうせ決勝トーナメントで黒鳳凰みみ架との再戦になれば、また負けるのは確実だしな。冗談みたいに強かったな、あの女」
「なにしろ【パワードスーツ】を近接戦闘で吹っ飛ばすトンデモ女やからな。最初に観た時は特撮かと思ったで。有視界内で実戦やれ云われたら、絶対にゴメンや。オトンとオカンが三十組いても近接だと敵わへんやろ。……というか、なんであんな規格外が高校生の大会に出とんねん。文字通り大人と子供の差か、それ以上やないか」
「事情があるんだろ。俺達と同じさ。やる気ゼロだったけどな」
「その『やる気ゼロ』に一蹴されたウチ等って……」
一太郎の視線の先――《スカーレット・シスターズ》が呆然と立ち尽くしていた。
シスター二号が震える声で一号に言う。
「ねえ、し、じゃなかった一号。統護がDブロックで、私達はBブロックに変更になっているんだけど……」
「あ、案ずるな二号。ヤツとは決勝トーナメントで戦う運命という事だ」
一号の声も心なし震えていた。
会場の雰囲気からある程度、状況を飲み込めたと見計らい、美弥子が説明を再開する。
『スケジュール変更については、ご了承いただけたかと思います。次に累丘選手の予選シードについて説明します。一回戦の試合内容をご覧になった方々には理解できるでしょうが、本来ならば、彼女は高校生の大会に出ていいようなレヴェルではありません。いうなれば甲子園に超一流メジャーリーガーが大人げなく混じっているようなものでしょうか』
一拍置く。反論・異論は何処からもあがらない。
『スポンサー側からの強い要望で、累丘選手には参戦してもらっていますが、やはりレヴェル差はいかんともしがたいと運営側は判断しました。かといって、累丘選手の試合を楽しみにしている観客、参加者の期待にも添いたいと考えまして、その結果――決勝トーナメントからの参加とさせてもらいました。B・C・D各ブロック覇者ならば、ある程度は試合になるかもしれないという期待を込めてです』
美弥子は視線をグラウンドに陣取っている、各学校の生徒達に向け、声を張り上げた。
『参加選手のみんな、一回戦を観て理解できたでしょう!? 正直にいうと、有視界内で近接戦闘が可能という条件下ならば、累丘さんには私たち教師陣、警備に当たっている歴戦のプロ――超一流の現役職業【ソーサラー】、この場の誰一人として勝てないでしょう!!』
潔く認めた。
近接格闘戦に限れば、この場にいる大人の戦闘系魔術師であっても、誰一人としてみみ架には勝てないという事実を。更に美弥子は吠える。
『もっと言ってしまえば、近接戦闘でならば世界最強、いえ、あるいは歴史上最強かもしれません!! 実戦でもないのに、貴方たち高校生のひよっこ【ソーサラー】が、世界最強レヴェルの戦闘系魔術師と戦える機会なんて滅多にありませんよ! さあ、みなさん、黒鳳凰みみ架と戦いたければ、各予選ブロックの覇者になりなさいッ!! ……説明は以上です!』
存分に士気を煽って、美弥子は口上を締めくくった。
みみ架の実力を目の当たりにしたばかりの参加者は、男女関係なく雄叫びをあげる。
揃いも揃って戦闘狂だ。弱い者には興味がない。強い相手を一心に求める。
統護はみみ架を見た。
会場中から注がれるライバル心には無関心な彼女であったが、統護の視線には気が付いた。
目線が合うと、みみ架はそっぽを向いてしまった。
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…
統護と朱芽はC・Dブロックの一回戦が行われている競技場に戻っていた。
これから自分たちの試合が始まる。出番は二十分後くらいか。
淡雪と優季が駆け寄ってくる。
ちなみに二人は試合を終えていた。上手く手の内を隠したまま、二分十八秒で勝利している。
試合タイムは五番目に早い。そしてタイム以上に危なげなかった。
「――よっ。二人とも無事に一回戦突破、おめでとう」
「ありがとうございます、お兄様」
「そんな事よりも、なんか色々大変になっているね」
淡雪は平常心だが、顔を曇らせている優季は心配そうだ。
朱芽が首を傾げて優季に言い返す。
「そう? 組み合わせ変更は確かにアクシデンタルだけど、他は大筋通りじゃない?」
「あ、ってか、ひょっとしてあの二人組って、ううん。なんでもないや」
淡雪が言う。
「ローランドさんの仰る通りですね。とにかく、これで私と優季さんがCブロック、お兄様とローランドさんがDブロック、累丘さんがAブロック、そして例の《スカーレット・シスターズ》がBブロックと綺麗に別れましたね」
「ねえ淡雪。これって意図的かな? このままだと準決勝が統護とボク達、委員長と《スカーレット・シスターズ》って対戦カードになるよね。ボクとしては、準決勝で統護と対戦できるのはありがたいけど。どちらかが先に委員長と当たっちゃうと負けちゃうだろうし」
「いや待て優季。準決勝の組み合わせって、後に決定で、このままA対B、C対Dになるとはなっていないぜ。それに俺達が順当に勝ち上がれる保証もないしな。お前と淡雪のCブロックは無風状態かもしれないが、俺と朱芽のDブロックにはアイツ等がいる――」
統護は地上二十メートル――八つある蜘蛛の巣状リングの一つを、親指でさした。
第三フィールドには、対戦する両チームがリングインしていた。
女子生徒アナウンサーの紹介が告げられる。
『どうか皆さん、第三フィールドにご注目願います! 魔導科・魔術師科のない一般校からの数少ない参戦で、かつ二名しかいない中学生での参加者の内の一人です。この氷室雪羅&氷室臣人チーム――両名は義理の兄妹であるとの事ですが、注目ポイントは一般校出身と妹さんが中学生というだけではありません』
巨大スクリーン内に、雪羅のバストアップがフォーカスされた。
和風で気品のある顔立ち。文句なしの麗容だ。
その貌に、大勢の生徒が反応し、次々と驚きの声をあげる。
『そうです! お気付きになった方も多いかと思いますが、かの堂桜財閥の本家ご令嬢――、つまり魔術の姫君ともいえる堂桜淡雪嬢に、雪羅選手はそっくりなのです!!』
雪羅が自分の唇を指先でつついた。
音声系の魔術で台詞を拾え、という意思表示である。
少し間を置いてから、雪羅が話し始めた。
鈴の音のような澄んだ声色が、過不足なしで会場中に響き渡る。
「私の名は、氷室雪羅。他人のそら似でも整形でもなく、遺伝子学的には正真正銘、堂桜淡雪の二卵性双生児です。姉か妹かは不明ですが、そもそも双子の解釈として先に受精して後に産まれた方が姉とする見解と、後に受精して先に産まれた方を姉とする見解があるので、姉と妹という関係に興味はありません。どの道、遺伝子が同じというだけの『他人』ですし」
他人、という部分に殊更アクセントを入れた。
「堂桜の一部からの、とある事情によって私たち兄妹は堂桜兄妹と試合をして、本家の彼等よりも私たち影の方が上だと証明しなければなりません。この際だから要求します。Dブロック決勝戦で堂桜統護と戦わせて下さい。その後は、決勝トーナメントで堂桜淡雪です」
ライバル宣言に、場内が大盛りあがりになる。
『え、ええと……。そういった発言は』
「それから私たち兄妹は、手の内を隠したりもしません。注目しなさい、堂桜淡雪。貴方の兄である堂桜統護が《デヴァイスクラッシャー》ならば、私の兄である氷室臣人はいわば……
――《マジックブレイカー》というべき存在だと、お見せ致しましょう」
雪羅の台詞と共に、臣人が一歩前に出た。
彼女の視線が、地上の淡雪に向けられ、固定される。
淡雪と雪羅。
酷似している美貌を持つ二人の少女が、冷たく視線をぶつけ合った。
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