第三章 バーサス(VS) 6 ―みみ架VS風間姉弟②―
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6
「もろたでぇ! ウチ等姉弟の勝ちや!!」
勝利宣言と共に、二三子の手刀が水風船を一薙ぎにする――その寸前。
水風船が消えた。
手刀を空振り、二三子は体勢を崩す。慌てて、落下方向へ《エア・スクリュー・スポット》を配置して、リングアウトを防ごうとする。辛うじて《エア・スクリュー・スポット》に着地して状況確認しようと、視線を上げると……
――水風船は忍び装束にくるまれて、リング面の真下に引き上げられていた。
みみ架はすでにリング上に戻っている。
愕然とする二三子を、冷静な視線で見下ろしていた。
最終的には水風船を割りに行くしかないのだから、その一瞬だけを狙っていたのだ。
水風船を割れるのはルール上、リング下に限定されているので、みみ架は風船を割って試合を終わらせられない。一度、風船と共にリング下へ降りる必要がある。しかも、この状態で風船が割れると、その原因に関係なく、みみ架の敗退になるのだ。
時計のデジタル表示が『6』となる。
「風船をキャッチするのに丁度いい緩衝材を提供してくれて、どうもありがとう。でも、貴女の戦法はわたし相手では策というよりも――小細工ね」
じゃぉオォォオっ。忍び装束を突き破って、波打つ多節棍が唸りをあげた。
棍の先端は、二三子が足場にしている《エア・スクリュー・スポット》を破壊し、更に彼女の背後から翻ると、ピンポイントで首筋を打ちつける。
あえなく重力に捉えられ、二三子は墜落するしかなかった。
時計のデジタル表示が『7』に。
それだけではない。
多節棍の外形がほどけて紙片の集まりになった、一瞬の後に、今度は疑似ワイヤへと収束しなおしていく。形成された疑似ワイヤは、上空から落下してきた一太郎の胴を括る。
もう片方の端はリング際のロープに結ばれた。
死に体の一太郎は、振り子の様にリング下で大きく揺れて――水風船にぶつかり、割った。
ほぼ同時に、二三子が緩衝マット上に落ちた。
時計のデジタル表示が『8』となり、ストップする。
巨大スクリーンには[ 試合終了 ]の文字。
ぅぅおぉぉおおぉおおおおおッ!!
一拍置いて興奮の坩堝であった。客席とグラウンドの他校生徒から怒号じみた歓声が響く。
唯一の例外として、【関西魔術大学付属高校】の面々だけは、驚愕に凍りついている。
負けじと、女子生徒アナウンサーも興奮の声をマイクに叩きつけた。
『し、し、試合終了ぉぉおおおおおッ!! 一太郎選手、失神KO! 二三子選手はリングアウト! ルール上は想定されていませんが、倒した相手を利用しての水風船割り!! なんと三つ同時にやってのけましたぁ! そして試合時間は今大会最速の八秒!! それも奇襲をかけたり偶発的な出来事が起こったのではなく、相手の攻撃を受け切ってからの完・勝・劇です!』
高所の恐怖を忘れて、里央は大はしゃぎだ。
「やったぁ~~!! ミミ強い、凄いっ! カッコイイ~~ッ!!」
統護は朱芽に訊いた。
「どう分析する? 今の試合」
「勝ちを棄てて、好勝負だけに拘れば二分は戦えたんじゃない? 二対一だしね」
「けれど唯一の勝利方法に賭けて、そして結果は八秒か」
「ま、試合時間の長短に関係なく、いい試合だったんじゃないの? ミミ相手にあれだけ攻防できるんだから、超高校級よりも上でしょ、あの二人。この中で風間姉弟とまともに戦える戦闘系魔術師は、おそらく二桁いないって」
「だな」
単に相手が悪過ぎたというだけだ。
『累丘みみ架&美濃輪里央チーム、見事、強豪の風間姉弟チームを下して一回戦突破です。累丘選手、前評判通りの実力を見せつけましたっ! まさに横綱相撲! 優勝候補筆頭の看板に偽りなしといったところでしょうか』
大の字のまま二三子は動かない。起き上がろうとしない。
視線の先には、里央を引き上げに歩いて行くみみ架。そして失神したままの一太郎。
二三子はサバサバとした笑顔で話し掛ける。
「いやぁ~~、参った参った。完敗やでぇ。ええ経験させてもろたわ。その礼といっちゃなんやけど、今夜の即売会、累丘はんだけ特別に全品半額や! もってけドロボ~~♪」
みみ架は深々とため息をつき、こう返答した。
「タダでもいらないわ」
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…
みみ架の試合の余韻が収まらない。
しかし、中断していた他の試合は順次再開しなければならなかった。
観客の興味が、みみ架と風間姉弟との試合がリプレイされている巨大スクリーンに貼り付けのまま、それでも他の選手達は気持ちを切り替えた。
異変は観客席から起こった。
客席は全て個室として仕切られており、内側からスモーク処理ができる。そのスモーク処理されている仕切りガラス壁が、轟音と共に吹き飛んだのだ。
散乱して降り注ぐガラス片は、他の個室の仕切りガラス壁に弾かれる。ガラス壁は防弾仕様になっており、敷設されている汎用【魔導機術】が連動すると【結界】壁にもなる。
内側から爆発が発生した客席は特等の最上段――一番のVIP席だ。
会場中の注目が爆発へと移動する。
場内に配置されているガードマン達と、各学校の魔導教師陣が戦闘態勢を整えた。
即座に攻撃が始まった。
射撃系魔術の火線と光線、空気弾が飛び交う中、二つの人影が、個室観客席の屋根をジャンプしながら矢のように駆け下りていく。その衣服から真紅の流星のようでもある。
二名は第五フィールドに到達した。
魔術による射撃・砲撃が止む。参加している二チームがいるので、迂闊に撃てない。
大口径スナイパーライフルによる狙撃が二名を襲った。
しかし弾丸は二人の前で停止する。
魔術処理によって【結界】による耐性を付加されている特殊弾頭であるのだが、二名が展開している防御用の【結界】は、その魔術耐性よりも上の魔術強度を誇っていた。
燃え盛る音が唸るだけで【基本形態】は顕現しない。
二名の内、やや小柄な方が紅蓮の炎を身に纏うと、参加二チーム四人に襲いかかった。
五秒を要さない。
無駄が一切ない精密機械のような動きだ。
警備網を突破して闖入してきた賊に対し、充分に身構えていたはずの四名は、しかし不意打ちを喰らったかのごとく、呆気なく打ち倒されてしまった。
圧倒的ともいえる強さに、ガードマン達と魔導教師陣は沈黙と停滞を強要される。
メイン・アナウンサー役の女子生徒も言葉を失って硬直していた。
「ねえミミ。ど、どうなっているの?」
恐怖に竦んでいる里央を背中に庇い、みみ架は二名を見据えている。
「状況からしてテロではないわね。VIP席から登場したって事は、あの二名は主催者側の回し者に違いないわ。けれど、これってかなり悪趣味なサプライズじゃないかしら」
やや怒気が含まれた言葉に、二名が反応して、みみ架を見た。
二名はシルエットから共に女性で、全身を覆う真紅のコンバット・スーツを着ている。
デザインは薄型甲冑というより、プロテクター部を強調したライダースーツに近い。
そして紅の衣装のみだけではなく、朱を基調とした仮面を着けている。仮面は人の顔を模した形状ではなく、目の位置にスリットが入っているだけのシンプルな物だ。
全身が紅ずくめ。
とどめに赤黒いマントまで羽織っている。
背の高い方と低い方で、微妙にデザインと色彩に変化をつけていた。
小柄な方が良く通る声で言った。
「その通りだ黒鳳凰みみ架。我々はスポンサー側からの特別ゲストといったところか」
その台詞と同時に、巨大スクリーンに表示される。
第五フィールドの試合の勝者は――彼女達《スカーレット・シスターズ》であると。
小柄な方が『シスター一号』で、背の高い方が『シスター二号』と紹介されている。状況が状況でなければ冗談のようだが、この場面で笑う者は誰もいない。
場内が大小様々なざわめきに包まれる。
シスター一号が言った。
「現時点をもって参加登録選手のデータベースが変更されている筈だ。手元にある情報端末機器で各自、確認するといい。特に警備態勢に関わっている者、間違うなよ」
みみ架は《スカーレット・シスターズ》に問いかける。
「何が目的なの?」
「目的?」
「ええ。その紅い衣装は単なるコンバット・スーツでも【黒服】の亜種でもないわ。ソレって証野史基を襲った賊が着ていた衣服型【AMP】――【EEE】という代物でしょう」
正式名称は《エレメント・エフェクト・イレイザー》で、戦闘系魔術師の【基本形態】をイレイズ(隠蔽)する機能を備えている。相手の電脳世界内に展開している【ベース・ウィンドウ】の超次元的な索敵機能や魔術サーチすらジャミングしてしまうのだ。
この【EEE】によって、二人は弾丸を止めた【結界】の外観や、炎を纏った際の【基本形態】を隠していたのである。【結界】の属性が【火】なのか、それとも【火】の属性に切り替えたのか、【EEE】を使用すれば相手に悟られない。
「やはり知っているか。流石は《ワイズワードの導き手》だな。そう、我ら『紅の義姉妹』が対抗戦に乱入、新規エントリーした目的は【EEE】の実戦テストと……
――堂桜統護を我ら手で倒す事だ」
真紅の衣服型【AMP】を装着した仮面の二人組。
揃ってグラウンドにいる統護を指さした。
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