第二章 ヒトあらざるモノ 3 ―ヘリポート―
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夏子は息を飲む。ビンゴのようだ。
ドクターヘリではない。
知っている。制式採用とは別ラインで極秘運用される非公開の軍用ヘリである。
最新式の【魔導機術】によるステルス機能が搭載されている機体だ。レーダーのみならず、光学迷彩によって、人の視覚からもほぼ完全にステルスできる。
しかもプロペラ音がない。風圧の拡散もない。
夜空だけに、ステルス魔術をオンにされると、存在を把捉するのは極めて困難だろう。
(しかも、あの形式とエンブレムは――ッ!!)
やはりという強い気持ち。神家啓子は軍関係者だったのだ。
おろらく神家啓子という名も偽名で、身分証も偽造だ。本名を使う道理がない。
そして神家が偽名ならば――
「なるほど私は舐められている、というワケか」
本名を察しろ、とばかりの偽名だ。苦い笑みが漏れる。
休憩所での偶然の出会い――ではなく、むこうは最初から自分を知った上で、コンタクトを取ってきたのだ。
夏子はペリポート脇の死角に身を潜める。特殊工作員時代を思い出す。教職よりも自分にはこういった危険なシチュエーションの方が性に合っている。
気配を殺し、様子を窺う。
着地したヘリコプターから搬出されたのは、三つのストレッチャーである。
研究員と思しき人員が数名、付き添っている。
その内の責任者か主任クラスであろう一人と、啓子は激しい口調でやり取りしていた。夏子が知る余裕が一切ない。慌ただしさからも焦りは瞭然である。PHSでの連絡時には、すでに飛行中であろうから、ヘリコプター内で何かあったに違いない。
ストレッチャーに横臥させられているのは、三人とも女性だ。死体、あるいはマネキンのように微動だにしない。
(あの三人は患者……なのか?)
奇妙なのは、三名とも検査衣ではなく拘束衣を着せられている点と――
――包帯を巻かれて頭部が隠されている事であった。
…
夏子の登場に、冬子との会話を切り上げた統護は、正面ロビーで一息ついていた。
受付前にあるロビーは閑散としている。
統護は帰りの足をどうしようかと考える。行きは学園から朱芽と一緒だったので、電車とタクシーで来た。堂桜本家に連絡して車を寄越して貰おうか。
喉が渇いたので、自動販売機コーナーでジュースを買おうとした。
「……堂桜くん?」
そこで出会したのは、クラス委員長――累丘みみ架である。
私服ではなく学園制服を着ている。怪我人には見えない。通院しているという話も聞かない。どうやら彼女も見舞いに来ていたようだ。
「今から史基たちの見舞いか?」
「いいえ。ちょうど終わって帰るところ」
みみ架はクラスを代表して見舞いに来たらしい。統護も彼女に見舞い金を渡していた。
「委員長もこの病院にコネがあったんだな。って、当然か」
「ええ。今では私も非公式ながら堂桜関係者だし、ウチのジジイもそれなりに顔が広いから」
「あの爺さんか……」
思い出すと、つい苦笑が洩れる。なかなかに個性的で、楽しい老人だった。
みみ架が、やや固い口調で訊いてくる。
「えっと、良ければだけど。お祖父ちゃん、堂桜くんに会いたがっているから、時間がある時でいいから、また家に来てくれると嬉しいわ」
統護は少し考える。
堂桜本家には優季が泊まりに来ている。淡雪と訓練したり作戦を練っているのだ。
そして淡雪と優季は統護に冷たいままだ。だから家は居心地が少々悪い。
「だったら、今からでも寄ろうか? 俺もあの爺さん、割と好きだし。確かに、ここのところご無沙汰だったしな。時間遅いし迷惑なら止めるけど」
ホッとしたような口調で、みみ架は言った。
「時間については問題ないわ。……それじゃあ、一緒に帰りましょうか」
みみ架は自動販売機でジュースを買って、統護に差し出した。
飲もうと思っていた好物の野菜ジュースだった。
統護とみみ架は、人気のない夜道を歩いていた。
穏やかな星空が頭上に広がっている。
みみ架の要望だ。近場までタクシーを利用したが、彼女が勝手に運転手に声をかけて降りてしまった。料金を支払ったのも、みみ架である。
文句を言うわけにもいかず、統護は黙って彼女に付き従って歩いている。みみ架が祖父と暮らしている家――古書堂【媚鰤屋】まで、このペースだと二十分といったところか。
「夜風に当たりたかったし……、この道が好きなのよ」
互いにずっと無言であったが、みみ架が独り言のように囁き、静寂が終わる。
落ち着いた沈黙は重荷ではなかったが、統護は少し安堵する。
「そっか。俺、なにかお前を怒らせたのかと、ちょっと心配していた」
「怒らせたって、淡雪さんと比良栄さんの事?」
その声色からは、史基のようなニュアンスは感じ取れない。
統護は素直に疑問をぶつけた。
「明らかに不機嫌なんだよ。身に覚えはないんだけどなぁ」
みみ架は肩を竦めた。
「一時的な現象よ。堂桜くんに非があるって話ではないのだから、あの二人も体育祭本番が迫れば、つまらないしこりなんて忘れるわ」
「だと、いいけどな」
「二人を信じなさい。変に卑屈にならないの。ヘソを曲げて、それっきりって程、堂桜くんと彼女たちの信頼は浅くないでしょう?」
「ああ。それには自信がある」
体育祭というか対抗戦を思い出して、統護はみみ架に質問する。
「委員長はパートナー、どうにかなったのか?」
「存外、物好きが多くて困っているわ。それとも優勝を期待して、学費免除と奨学金に目が眩んだのかしら。どこから聞きつけたのか、結構な数の知人が申し出てくれているわ」
(知人……ね)
申し出た相手は、みみ架を友人だと思ってる筈だ。
「その友達たちの名誉の為に言っておくけれど、学費免除とか奨学金に目が眩んでってのだけは無いと思うぜ。金目当てで、一般生徒が魔術戦闘に首を突っ込めるかよ」
「失言だったわ。でも、名乗り出た当人たちはともかく、保護者が希望して強要したって場合だってあり得るわよ。ウチの学校、魔術師関連を差し引いても超名門だもの。今の堂桜くんは意識しにくいでしょうが、学費と寄付金、洒落になっていない金額よ?」
その台詞には、反論できなかった。
会話が途切れる。再びの無言はゴメンだったので、今度は統護の方から話題を振ろうとした、その前だった。
「こうして二人で歩いているのは、堂桜くんに確かめたい事があるからよ」
だろうな、と統護は思う。
みみ架は足を止める。隣の統護を真剣な瞳で見つめる。
「……堂桜くんは、自身の血脈と〔契約〕をどうするつもりなの?」
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