第二章 ヒトあらざるモノ 4 ―ふたり―
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みみ架が口にした〔契約〕という意味。
この異世界【イグニアス】において『堂桜』という姓は、魔術――【魔導機術】という世界共通の超技術を牛耳っている一族を意味する。しかし、統護がいた元世界において『堂桜』という姓は、〔霊能師〕という世間から秘匿されている一子相伝の血族だ。
この異世界では、統護は〔霊能師〕ではなく〔魔法使い〕と名乗り、また秘密を知る者達からは伝説の【ウィザード】と呼ばれている。
統護が秘める真のチカラは――〔魔法〕である。
魔術が『魔の技術』である事と対比して、〔魔法〕は『魔の法規』とでもいうべきか。
元の世界で、堂桜一族が〔神〕や〔精霊〕と〔契約〕して得た、世界の理を変革する奇蹟を体現する資格だ。そして、その資格を維持する為に、遙か古来より堂桜の血脈は身心の修練を課せられた。
この異世界には、元の世界とは異なり、強力な〔精霊〕力と自然力が満ちている。そして、契約している〔神〕の息吹さえも感じ取れる。〔精霊〕力と自然力が衰退し、極限られた場所でしか〔神〕と〔精霊〕を感じ取れない元世界では、〔霊能師〕といえど小さな奇蹟――例えば『火』ならばマッチ一本分程度――しか顕現できない。だが、この異世界ならば〔魔法使い〕である統護は、巨大で強力な奇蹟を起こせるのだ。
しかも〔精霊〕を使役しての超常のみならず、〔神〕さえ召喚できた。
元の世界ではそんな発想すらなかったというのにだ。
その大いなるチカラに対する責任と対価――〔神〕の怒りによる自然災害も、極大レヴェルであったが。だから統護は安易に〔神〕のチカラを使わない。責任を背負えないからだ。
統護は正直に心情を吐露する。
「迷っているよ。俺自身、元の世界で親父から正式に当代を継いだわけでもないし。それに、元の世界に還れる保証もないからな」
どうしても時に思ってしまう。
元の世界で自分はどういった扱いになっているのだろうか。
やはり事故死扱いなのか。
それとも行方不明扱いで、心配をかけているのか。
両親はどうしているのだろう。元気だといいが。
仮に元の世界にコンタクトをとれたとして、時間軸はどうなるのか。元の世界から消失した瞬間からのやり直しになるのか。あるいはこちらの世界の時間進行とリンクするのか。
考えても仕方がない。今はやるべき事があるのだ。
だから可能な限り考えないようにしているが、それでも時に気になる。
できれば、この異世界で自分は元気だと皆に伝えたい――
「仮に堂桜くんが元の世界に一度だけ還れる、となったら、どうする?」
その答えは決まっていた。
「この【イグニアス】世界に戻れないのなら還らない。二つの世界を行き来できるようになるのが理想だけど、この世界で背負ったモノを今さら放り投げる気はないよ」
みみ架は統護の台詞に目尻を下げた。
「そう言うとは思っていたけれど、直接聞いて安心したわ」
「なんだよ。元の世界に還れるとなったら、この世界からトンズラすると心配してたのかよ」
それは流石に心外だ。
「ほんの少しだけ。わたし的には、貴方は異世界人なんだし、本来の世界に還りたいと願うのならば止める資格なんて誰にもないと思っているわ。けれど、わたしとの『約束』を破棄されてサヨナラは困るわね」
統護は苦笑する。みみ架との『約束』を思い出す。
過日の孤児院【光の里】事件で、その武力を行使して人質を救出した代償として、みみ架は本人が希望する人生を喪った。そして優季を救う為に、その場から統護を先に行かせた対価として、みみ架は統護に『自分に子供を授けろ』と要求してきたのだ。
その要求を受け入れ――統護とみみ架は、互いに子を成す『約束』を交わしている。
おそらく他の人種には理解できない考えだろう。
だが、統護には、否、統護だけは理解できる。
「……委員長は、なんだかんだで、黒鳳凰の血脈と業に向き合っているんだな」
黒鳳凰とは、みみ架の本来の姓であり、【不破鳳凰流】という古流総合戦闘術を継承している血脈の証である。形式上使用している累丘は、祖父と家を棄ててしまった母と結婚した父方の姓なのだ。
過日の【パワードスーツ】のテロを契機に、みみ架は正式な継承者となっていた。
もっとも本人以外はとっくに継承者扱いであったが。故に、彼女自身が己の立場を認め、受け入れたという事実は、決して小さくない。
「わたしは武道にも強さにも興味はないわ。本さえ読めて静かに暮らせれば、他には何も要らないのよ。けれど【不破鳳凰流】当代として、最低限、次代――つまり堂桜くんとの子供に、血と業を受け継がせる程度の義務感は持ち合わせているってだけよ」
「悪かったな。俺の我が儘のせいで、お前の望んでいた人生、滅茶苦茶にしちまって」
今も心が痛む。自分の都合とエゴが、みみ架の人生を破壊した。
二人の子が【不破鳳凰流】を継承しても、みみ架の人生は決して元には戻らない。
「それはもう済んだ事。わたしの選択でもあるし。堂桜くんがわたしに【不破鳳凰流】次期後継者を授けてくれれば、全てがチャラよ。それより……」
みみ架は言葉を区切り、歩みを再開した。
統護も彼女に続いて、止めていた足を動かす。
「基本、この世界に骨を埋めるにしても、堂桜くんは次代をどうするのか興味あるわね」
話が最初に戻った。
自身が背負う『堂桜』という姓の意味と重さ。
淡雪が背負う『堂桜』の肩書きとは違った意味合いである。
統護は自身の人生を振り返る。物心つく前から、父親に連れられて大自然の厳しさに身を置いて、身心共に研ぎ澄まされていた。それは一般的な子供の生活とは途方もなくかけ離れていた日常だった。少なくとも、科学的かつ文明的とはいえない過酷な修練を、当然とばかりに課せられてきた。
この異世界に転生して、あえて目を逸らしていた事でもある。
「俺は、俺の子供に、俺と同じ苦労はかけたくない……とは思っている」
「ふぅん。堂桜くんは自身の修練を恨んでいるのかしら?」
返事に詰まる。
対人スキルに問題があり、元の世界で『ぼっち』だった理由を、以前は父との修練に責任転嫁していたが、今ではそれが間違いだったと理解しているから。
そして、今では父との修練を――
統護は首を横に振る。
「生憎と俺自身は後悔していない。ただ、常識的に考えて、俺のように育てられたら普通は親を恨むと思うぞ。まともな教育じゃなかった。下手すりゃ虐待どころか死んでいるしな」
「普通じゃないからこそ、堂桜は貴方の代まで途絶えなかった――じゃないのかしら」
「確かにな。でもさ、アリーシアや優季との間にも子供できるとして、その子供に堂桜の子としての修練を課そうとしても、きっとアイツ等、猛反対すると思うぜ」
子供や跡継ぎ――高校生の会話じゃないな、と思いつつ、言葉に熱が籠もっていく。
同時に統護は自覚する。自分もやはり堂桜なのだ、と。
この身に流れる血と受け継がれている〔魂〕の宿命には、逆らえない、抗えないのだ。
みみ架は半白眼を統護に向けた。
「酷い男ね。謎だらけの堂桜淡雪はともかくとして、楯四万さんを入れないなんて」
「締里か」
そしてもう一人、意図的に思考を避けた少女がいる。
締里と同じく好意が確定的ではない――というよりも、裏があり、その真意を掴みきれない絶美のメイド少女。
「まさか楯四万さんの気持ち、気が付いていないわけじゃないでしょうに」
「うん。でも、仮にアイツとも……となっても、締里はアリーシアや優季以上に、自分の子に平和で穏やかな人生を望むと思う。アイツはそういうヤツだ」
彼女たちの幸せに、自分が必要ならば――全員分、可能な限り想いを返す覚悟がある。
けれども、彼女たちとの間に子ができるとして、その意味合いは、彼女たちと自分とみみ架では大きな隔たりがあるだろう。
「現実問題として、アリーシアの子はファン王家の人間として扱われるわね。比良栄さんの子は【比良栄エレクトロ重工】の跡継ぎ、もしくは堂桜本家の跡継ぎ候補でしょう。楯四万さんの子は、堂桜くんが思っている通り、普通の人生を母である彼女は望む。あるいは哀しいけど、逆に裏社会でしか生きられないか……」
反論も異論もない。
「委員長の言う通りだと思う。アイツ等と子供ができても、その子供はあくまでアイツ等の子であって、次代の堂桜にはならないだろうな」
いや、なれないというべきか。
アリーシア、優季、締里。淡雪は別枠として、この三人は『女の子として普通』という印象を持っていた。そして堂桜の次代を産む女性は、代々普通から逸脱した女ばかりだという。
早くに他界していた祖母は、古流骨法の達人だった。
元の世界で健在の母は、アメリカ留学時代にボクシングを体得し、プロで二十戦以上経験していた。そして父以上に放任主義で、家事が苦手で、風来坊な紛う事なき変人である。
対して、この異世界の母親は品行方正な良家子女のお嬢様だ。姿形だけが同一で、アイデンティティが完全に異なっている。それは父親も同様だ。ゆえに統護はこの異世界の両親を、どうしても親とは認識できない。
「――俺が色々な戦闘技術を使えるのも、基本的には堂桜の血脈と業じゃなくて、堂桜に嫁いだ女が習得していた技術を、節操なく代々継ぎ足していったからだしな」
つまり統護の父は、昭和時代のクラシカルなボクシングに通じていても、最新の近代ボクシングが使えないのだ。
しかし統護は母から叩き込まれた本場仕込みの近代ボクシング技術を使える。
統護の次代の堂桜は、統護が使えない戦闘技術を、その母から受け継ぐだろう。そうやって堂桜の男は代を重ねる毎に強くなっていく。――
その話を聞かされ、みみ架は言った。
「だとすれば……、どうやら正式な【不破鳳凰流】はわたしの代で終わりかもね」
それは『約束』して以降、統護も薄々察していた。
運命的な奇妙な感覚と共に。
次代の堂桜は、この読書中毒の変人から産まれて――【不破鳳凰流】を吸収すると。
父に予言された通り、やはり自分も先代までの堂桜と同じく、変人で偏屈な女を選んでしまうのだ。みみ架との子供ならば、厳しい修練に耐え、大自然との融和を受け入れ、そして世界という垣根を越えて〔神〕との〔契約〕を更新できるに違いない。
統護は疑問をぶつける。
「委員長はそれでいいのか? ぶっちゃけ【不破鳳凰流】と堂桜の次代、二人分作るって選択肢もあると思うが。特に黒鳳凰は女性でもオーケーなんだろ」
堂桜の継承者は代々男性と決まっている。そもそも女性が生まれた事が、過去に一度としてないらしいが。一方、黒鳳凰の方はみみ架が女性でも【不破鳳凰流】を継いでいるのだから、子供を男女一人ずつもうければ、後継者がバッティングするという問題は解決する。
そして統護は予感している。他の女達との子は全て女性で、後継者になるみみ架との子だけが、男児として生を受けると。
みみ架はサバサバとした口調で言う。
「お互いに一子相伝でしょう。それに子に血脈と業を継承させられれば、黒鳳凰の当代としての義務は果たせるし。継いだ子が、黒鳳凰と【不破鳳凰流】の名をどうしようが、その時、先代になっているわたしには関係ない話。堂桜の中で業と血が生き続けるのならば、それも運命なのでしょう」
「ま、あくまで仮定の話だしな。【不破鳳凰流】を継ぐけど、堂桜は継がないって、俺達の子が云う可能性も充分だ」
「堂桜くんはそれでいいと?」
「その時には他の女を探すしかないな」
自然とそう言っていた。
みみ架は批難しない。
前に彼女の部屋で同様の会話をした時、統護は彼女を批難したというのに。
自分の言葉に驚き、次いで統護はしみじみと言う。
「こうして話していて初めて思い知ったよ。俺は、堂桜を俺の代で終わらせるつもりはないんだって。次代の堂桜がこの異世界で新たに代を重ねていくのか、それとも元の世界に還るのかは知らないけど、俺は堂桜と〔契約〕を、この世界で子に継承させる。それが血と肉体と〔魂〕を受け継いできた俺の義務であり本能だ」
父も自分と同じ気持ちだったのかも……と、統護はこの時、初めて思い至る。
この決意は、異世界【イグニアス】で戦う事を決意したのと同じ、いや、それ以上だ。
みみ架は愛用の本型【AMP】――《ワイズワード》を懐から出した。
それを統護に見せて言う。
「コレをわたしが所持しているという事は、間違いなく【不破鳳凰流】は、次代の堂桜に統合されると思うけどね。むしろ、こうして会話して初めて気が付くなんて、わたしも間抜けだわ。散々、この本の中身を検証しているというのに」
「そっか……」
つくづく思う。
自分とみみ架は――真っ当なヒトから乖離している人種だと。
世間一般の感覚でいえば、まさに人でなしだ。
「ただ一つ、わたし達の子に悪いと思うのは、卑怯な『約束』を楯に、母が父に産ませて貰った事かしらね。理想は両親に愛があって生を受ける事だけど、こればかりは仕方ないわね」
自虐的な台詞。少し気まずくなる。
みみ架から視線を逸らし、統護は肩を竦めた。
色々と言いたい事はあるけれど、この会話の流れで口にしても、白々しいだろう。
この場で、安い台詞は言いたくない。
みみ架の雰囲気が変わったのを感じ、統護は話題を変える。
「そういえば、委員長のお母さんって【不破鳳凰流】を棄てたんだよな? そういうのって、黒鳳凰的にはアリなのか? 一子相伝でそういった傍系が発生しそうな事態って、好ましくないはずだろう」
「ええ。実は、つい最近――要するに過日のテロ事件で、わたしという姉を知った妹から連絡があったのよ。わたしも自分に妹がいるって、その時に初めて知ったわ」
「妹!? おい一子相伝って話じゃ」
「そうね。この際だから、この件も話しておきましょうか。後日、わたしの関係者として何らかのトラブルに、堂桜くんが巻き込まれないとも限らないから」
そう前置きして、みみ架は語り始めた。
みみ架の母親が、【不破鳳凰流】および祖父――黒鳳凰弦斎と袂を別った経緯を。
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