第一章 パートナー選び 4 ―ライバル心―
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昼休み。
中等部三年に在籍している堂桜淡雪は、高等部の校舎に赴いていた。
理由というか目的は、体育祭で企画されている対抗戦へのエントリーである。
昨日、美弥子から統護の強制エントリーを聞かされて、迷わず自分も参戦を決意した。統護も午前中には知らされている筈だ。断る事はできないだろう。
専門学科である魔導科(魔術師科)は、高等部の二年からになる。高等部一年までの全課程を履修しなければ、魔導科に進むことはできない。
しかし淡雪は堂桜財閥の本家令嬢として、特例的に魔術師の証――専用【DVIS】を所持している。
心は軽い。
過日のMMフェスタで、行方不明となっていた兄、いや姉との再会が叶い、わだかまりも消えた。だから今の兄――統護に対しても真っ直ぐに向き合える。素直になれる。
職員室へと向かう淡雪は、見知った女子生徒と出くわした。
人懐っこい子犬のような愛嬌のある美少女だ。
髪型はやや癖のあるセミロング。色は亜麻色。健康そのものの屈託のない笑顔は、太陽の様に輝いている。大きくつぶらな瞳はややタレ気味である。対して鼻と口は小振りだ。
釣り鐘型の胸と大きめの尻、そして制服のミニスカートから覗く太ももが程よく張っている。バランスのいい体型は、淡雪よりも躍動的で肉感的な印象である。
統護と同じクラスに在籍している、彼の幼馴染みにして恋人――比良栄優季だ。
優季が朗らかに話し掛けてきた。
「……あれ? どうしたの淡雪。ここって高等部だよ?」
淡雪はたおやかに答える。
「ええ。存じております。実は、体育祭で行われる対抗戦へエントリーしに参りました」
「対抗戦? 中等部からの参加ってできたっけ?」
「私も専用【DVIS】を所持しておりますし、実家を通じて学園側に掛け合って特別に許可を得ました」
返事を得たのは、つい先程だ。決定したのならば、帰宅まで待てない。
優季は素直に納得した。
「そうなんだ。流石に堂桜財閥のご令嬢だね。けど淡雪の実力なら当然かな」
「こういった行事において家の権力を使うのは気が引けますが、またとない機会ですから」
「確かに。クラスのみんなも意気込んでいるよ。委員長は気の毒だったけどね」
「優季さんは?」
「ボク? うん。エントリーするつもりだよ」
当然とばかりに参加表明した優季に、淡雪は上品な微笑みを向ける。
「聞くところによりますと、優季さんは転校早々からご学友に恵まれている人気者とか。ふふ。これは強敵です。私とお兄様も油断できませんね」
優季は露骨に驚いた。
「うそっ!? 統護ってば、幼馴染みで恋人のボクを差し置いて、淡雪と組むのぉ!?」
淡雪は不愉快さを隠さずに訂正する。
「幼馴染みはともかく、恋人は貴女の自称でしょう」
「ううん。ちゃんと統護もボクが好きで恋人って言ってくれたよ」
「まったくあのダメ兄は。しょうがない人です」
深々と嘆息する淡雪。
優季は肩を竦めて苦笑した。
「アリーシアとの婚約とか、委員長との約束とか、統護のダメッぷりは今更だね。ボクは諦めて現実を受け入れているよ。統護がボクを好きならそれでいいし」
「ふぅ。そういう貴女も大概ですね。とにかく、お兄様は私と組む予定ですので」
言葉尻を聞き逃さなかった優季は、淡雪に確認した。
「予定って事は、まだ決定じゃないんだ。よかったぁ。てっきり統護がボクよりも淡雪を選んだって勘違いしちゃったよ」
胸を撫で下ろす優季に、淡雪が釘を刺す。
「勘違いなどではありません。お兄様が私以外と組むなどあり得ませんから。共に堂桜の姓を背負いし宿命。そう……、兄妹タッグの結成です!」
淡雪の言葉に、優季は自信満々に言い返す。
「可哀相に、淡雪。統護はボクを選ぶに決まっているのに……。ボクとの恋人タッグで対抗戦に臨むのは決定事項だよ。それにボクは統護の一番の理解者だし」
「聞き捨てなりません。お兄様の一番の理解者は、この私ですから」
「でも淡雪はアリーシアと委員長を許容できないんでしょ? ボクは統護を愛しているから、事情を理解して許容できるよ。あの二人とも仲良くやっていける。我が儘いって統護を困らせたりはしないんだ。淡雪とは違ってね」
「わ、私だって、その程度の器はありますともっ!」
優季は冷ややかに、かつ少し意地悪そうに言った。
「どうだか。統護がボクを対抗戦のパートナーに選んだら、淡雪は認められずに、きっと癇癪を起こすんじゃないかなぁ。その様子が手に取るように想像できるよ」
「侮辱です! 癇癪など、この私が起こすはずありません!! 失礼ですわ! 優季さんの方こそ、お兄様が兄妹タッグを組んだら掌を返して、お兄様を批難するのではなくて?」
「その時は潔く兄妹タッグを認めて、ボクは別のパートナーを探すから。決して統護を責めたり、怒ったりはしない。ちゃんと統護の意志を尊重する。応援するし祝福するよ」
その言葉に、淡雪は眼光を鋭くする。
「確かに聞き届けました。ええ、私も同じです。もしもお兄様が貴女との恋人タッグを決めたのならば、否定する事なく受け入れます。とはいえ、そんな事は起こり得ませんが」
優季は快心の笑みを浮かべる。
「言ったね、淡雪。それじゃあ尋常に勝負しようじゃないか。ボクと淡雪。恋人タッグと兄妹タッグ。果たして、どっちが統護に選ばれるのか――」
「望むところですわ。結果など分かりきっていますけれど」
淡雪は心底から憐憫の情を抱く。
統護に選ばれる事なく失意する優季を、どうやって慰めればいいのか……と。
恋人? 婚約者? 契りの約束?
どれも問題ない。些事である。なにしろ統護にとって一番の『特別』は自分なのだから。
その事実を、まずはこの恋人に思い知らせよう。
淡雪はほくそ笑む。
「ところで淡雪。統護が何処にいるのか知っている? 実は探しているんだけど」
「教室か学食ではないのですか?」
統護を喜ばせるだけではなく、軽く驚かせたかったので、逢いに来るとは伝えていない。
優季は渋い顔になった。
「それがさ、昼休みになると同時に、教室から飛び出ちゃったんだよね」
「そうですか。困りましたね」
時間は限られている。昼休みが終わる前に――
スマートフォンの着信音楽が鳴った。
呼び出しだ。相手はきっと統護に違いない。
淡雪と優季は、同時に制服スカートのポケットをまさぐった。
…
高等部校舎の屋上で、統護は金網フェンスに背を預けて、青空を仰いでいた。
鍵は例によって優季の専属執事であるロイド・クロフォードに都合してもらっている。彼は彼で、主人の学園生活の邪魔にならないようにと、色々と気を遣っていた。学園内では不必要に優季の近くにいない。
統護はスマートフォンをズボンのポケットに滑り込ませた。
呼び出しは終わった。
用件はこの屋上で伝える――と言った。
「大丈夫だよな」
自信なげに呟く。
相手がこの場に来たら、申し込むつもりだ。
対抗戦のパートナーになってくれ、と。
快諾してもらえるという自信があるはずなのに、こんなにも……恐い。
――もしも断られたら?
すでに別のパートナーが決まっていたとしたら。自分は快く祝福できるのだろうか?
これから先の二人の関係が気まずくならないだろうか。
(大丈夫だ、信じろ)
そして勇気を出して誘うんだ。
気配がした。
近づいてくる。来た。統護の動悸が激しくなる。呼び出した相手が、階段を登ってくる。
過度の緊張で全身が汗だくだ。
程なくして、昇降口のドアが開いて――相手が姿を見せた。
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