第四章 託す希望 7 ―才能―
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二人の両親は革命家を自称していた。
事実として、後に反王政派を組織して内戦を起こすことになる。
一卵性双生児なのに、出生届けが一人分だけだと理解できたのは、物心ついてからだ。
双子は法的には一人のラグナス・フェリエールであった。
革命を起こすための道具。
両親にとっての貴重な駒。
姉妹は徹底して『一人のラグナス』として育てられた。実は双子で『もう一人存在する』という事実をひた隠しにして。決して二人揃って表に出てはいけないのだ。
狂っている、と姉妹は思っていたが、従う他はなかった。
聞くところによると、母の従姉妹はニホンでのコネクションを作りに、【比良栄エレクトロ重工】に潜り込ませたという。何年も前に行方不明になったそうだが。
学校に通うのも片方。
友達と遊ぶのも片方。
影となっている時の片方は、両親の補佐か訓練の二択である。
二人が揃うのは、二人きりの時のみだ。
姉妹は、二人が演じやすいラグナス・フェリエールというフォーマットを完成させた。
それだけではなく、まれに一卵性双生児に発現する感覚のシンクロ性が、成長するにつれて磨かれていったのである。
いや、それは必然として備わった能力か。
この超常的な感覚を身に付けなければ、姉妹は情報の摺り合わせのみで神経を摩耗させて、やがて狂っていっただろう。
けれども二人は、やはり独立した一人の人間である。完全な一人にはなれない。
姉妹の性格は似るどころか離れていく。
そんな二人の前に、ある日、《ファーザー》という男が現れた。
超然とした青年だった。
反王政派の資金源の大半が【エルメ・サイア】だと、二人は知っている。仲間達のほとんどが知らない事実だ。反王政派の中には【エルメ・サイア】を忌避する者もいるからだ。
この時、二人はすでに両親の手駒として暗躍していた。両親の狙い通りに。
「やあ、ラグナス」
気さくな呼びかけ。神々しいまでのカリスマを放つ男に、姉は思わず跪いた。
対照的に、妹は彼の足下に唾を吐きかけた。
「何の用だよ、ひょとして私達と姉妹丼ファ●クしたいってか?」
「止めなさいラグナス。このお方は」
「もちろん知っているわよ、ラグナス姉さん。で、お偉いテロ屋の社長が何の用?」
妹の挑発に《ファーザー》は眉一つ動かさない。
あくまで親しげに、こう言った。
「君たち姉妹には才能がある。素晴らしい素質だ。チカラと言い換えてもいい。俺はその才能をスカウトしに来たんだよ――」
◇
あの日――、《ファーザー》との邂逅から二人は両親の駒のふりをしながら【エルメ・サイア】のスパイとして活動している。
今回のポアン強奪も【エルメ・サイア】からの命令だった。
沢山、殺した。
内戦で王政派の人間を撃つ事はあっても、仲間までこの手にかける事になるなんて――
ラグナス姉の思考を察知して、ラグナス妹が冷たい声で言う。
「仲間は殺すしかなかった。なにしろ私達が【エルメ・サイア】の内通者だと気が付かれかけていた。統護と締里を欺く為というよりも、作戦に乗じて殺るしかなかったでしょ」
「そうね。そうよね」
ラグナス姉はステアリングを握る指に力を込めた。
景色は街中から荒野に変わっている。
もうじきニックラウドを出る。街から脱出すれば、約五十キロ先の合流地点で待機している【エルメ・サイア】の仲間にポアンの身柄を引き渡せばいい。それで事実上のミッション・コンプリートだ。
このニックラウドから出さえすれば、監視が厳しいファン王国内とはいえども、【エルメ・サイア】の活動も随分と容易になる。多少の強硬手段ならば可能になるのだ。
(もうじき。もうじき、レアメタルの秘密を)
ラグナス妹が呟いた。
「やっぱり統護と締里は間に合わないか。つまんない」
「警察や警備隊が追ってきていないわ。まだ油断してはダメよ」
「チェックメイトでしょ、いくらなんでも。それよりもさ……、楽しい時間の最後に、私と戦わない? 模擬戦じゃなくて本気での殺し合い。お互いにずっと考えていたでしょう?」
戦って勝った方が、ただ一人のラグナス・フェリエールに――と。
それは禁断の姉妹対決。
ラグナス姉とて、妹と同じ誘惑に襲われた事は、一度や二度ではない。
互いに相手を自分自身だと認識しているからこそ、自身の限界を知りたいという欲求と、そして、自身を消し去りたいという罪の意識。それ程、殺してきた。
「姉さん。私さ、この作戦を最後に死んでもいいと思っている。《ファーザー》からもっと面白い作戦を寄越して貰えるかもしれないけどさ。でも、やっぱり今回の件が最後かな」
親元には二度と戻らないだろう。
殺した仲間も帰ってこない。
この作戦を契機に、当分は母国からも離れる予定だ。
妹が死を望んでいるのを、ラグナス姉は以前から感じ取っていた。
自決をとどまらせていたのが、仲間と自分の存在だとも。
そして、自分も同じである。
「ラグナス姉さんは、私を殺して本当のラグナスになればいい。だって姉さんはレアメタルの秘密を手にして、この王国を変えたいんでしょう? 私、そういうのに興味ないし。レアメタルの秘密は興味あるけど、国の未来とか知ったコトじゃないし」
「アンタ……」
「合流時間のリミットまで余裕があるわ。ねえ、ラグナス姉さん? この楽しいミッションの最後のお楽しみに、本気のラグナス姉さんを見せてよ。堂桜統護に敗けた時にしても、相手を殺すつもりの戦い方じゃなかったでしょう?」
確かに、統護を殺すつもりではなかった。
殺してしまうと後に不都合が生じてしまうから――という建前と、つい『どちらが強いか』という統護の戦い方に引き込まれてたというのもある。本当にらしくなかった。
けれども、相手が殺しにくるのならば、自分も容赦なしで殺しにいく。
たとえ己が半身に等しい双子の妹が相手であっても……
ラグナス姉が車両を止めようとした、その時。
――前方に三名のシルエットがある。
ロングコートを羽織っている女性が、横に並んで立っていた。
ブレーキを踏む。
トラックを急停止させた姉よりも先に、助手席の妹が嬉々として飛び降りた。
立ちはだかる三名に向かって、軽い足取りで近づいていく。
「へえ? この展開を予測されていたってわけ。逃走径路をまんま流用したの失敗だったかも。でも、姉さんと戦うよりも面白そうじゃないの♪」
「油断しないでラグナス」
追いついたラグナス姉は妹の横につく。
待ち伏せるのならばここしかない――という絶妙の地点だ。
彼女達三人は今回のミッションのブレーンが寄越した追加戦力である。
統護と締里がロストして、計画修正と共に、不調の自身に代わってこの三名を送り出した。
「まさか。油断なんてしてないわ、ラグナス姉さん」
「間違いなく強敵よ」
「分かっているって。あのルシア・A・吹雪野が擁する【ブラッディ・キャット】だものね」
「しかも三名のみ。隠密での国外派遣とはいえ、数よりも少数精鋭でしょう」
三人とも若い女性だ。顔の上半分はヘッドマイクに付いているゴーグルで隠れている。
真紅のロングコートと猫耳にも見える特徴的なヘッドマイクは、特殊部隊【ブラッディ・キャット】の制式装備だ。血のような紅を基調としている出で立ちは、裏世界で有名だ。
右から順に、【ブラッディ・キャット】の隊員が名乗る。
「メイと申します」
「アンと申します」
「クウと申します」
そして三人は綺麗に声を揃えた。
「「「 ――私達は『赤猫トマトの宅急便』でございます 」」」
荷物なんて頼んでいない、とラグナス妹が肩を竦める。
届け物は何かしら? というラグナス姉の問いかけに、メイが答えた。
「敗北をお届けに参りました。料金は着払いにてお願いします」
「何を払えばいいかしら?」
「尊厳と誇りでございます。拒否は認めません。根こそぎ支払ってもらいますので」
強敵だが、しかしクライマックスの相手としては役者不足だ。
それを料金代わりに教えてあげましょう――と、二人のラグナスは視線を交わした。
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