第三章 賢者か、愚者か 3 ―マーキング―
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統護は助手席の窓から荷捌きエリアを見回す。
無事に『危険物感知用』の防犯【結界】は通過できた。
刃物、爆発物、銃器といった類は持ち込んでいないので、当然の結果ではあるのだが。
荷捌きエリアの間取りはというと。
二車線の通行路の脇に、トラックの駐車スペース――車室が配列されている。
雨天時の為に、車室には屋根があるが、その屋根の高さによって駐車可能な車高が制限されてもいた。二tクラスのトラックならば車高制限三メートルの車室で充分だ。
一般車両用は車高制限二メートル。
四tクラスの大型トラックならば車高四メートルまで可能な車室に駐車するのである。
検問とは別のガードマンが駐車先への誘導を行う。
締里は指示に従い、鮮やかなハンドル捌きを披露して、バックから一発で駐車を決めた。
徐行なしでの高速ターンで、ガードマンに誘導の笛を吹かせなかった。
その運転テクニックに統護は感心する。今時の車両は【魔導機術】によるオート駐車魔術が組み込まれているが、職業ドライバーは魔術による自働運転機能を使用しない事がほとんどだ。職業ドライバーとしての矜持と、同業者に舐められない為にである。
逆にいうと、オート駐車魔術を使用する運転手は『自分は運転が下手くそだ』と周囲に吹聴しているのに等しい。
運転席を覗き込んできたガードマンに、締里は「今日だけのヘルプよ」と腕章を見せた。
検問とは打って変わり、締里は無愛想を演技する。
「入口では絞られたわ。私だって好きで臨時ヘルプしているわけじゃないのに」
「アイツまだ新人だから融通が利かないのは勘弁してやってくれ」
「やっぱりね。急遽の事だし、別にクレーム入れるつもりじゃないから。ただの愚痴よ」
クレーム、という単語にガードマンは顔を顰めた。
「悪かったよ。で、今日が初めて? 受付と検品については?」
「把握しているから問題ないわ。停め置き禁止なのも分かっている。先方への挨拶と打ち合わせがあるから最長で二時間くらいで出て行くから。それと案内と説明は不要よ」
「わかった。勝手にやってくれ」
無愛想な締里の態度に、ガードマンは不快感を隠せずに離れて行った。
思わず統護は安堵の息を漏らす。
荷捌きエリアは広い。余程怪しげな動きをしない限り、彼はもう寄って来ないだろう。シフトによって別のガードマンに交代していなければ、帰り際に互いに軽い挨拶を交わして、それで二度と会わないという関係になる。
入館とは違い、退館時のチェックは緩い。
荷物の持ち出しについては厳しいが、厳しいのはそれだけであり、去って行く者にまで過剰なチェックはしないのだ。時間とコスト――費用対効果である。
統護と締里はトラックの荷台から荷物を降ろして、大型の籠(カート)台車に乗せていく。
手筈通りに、ラナティアが駆け寄ってきた。
ラナティアが締里に耳打ちする。
「問題なく『E3エリア』を確保しておいたから」
E3エリアとは、荷物の集配所に割り振られている一時保管場所だ。
手荷物と小型荷物は、荷捌き管理事務所で検品してもらい、籠台車で運ぶ必要がある大型の荷物のチェックは、一時保管場所に運び込んでから一括で行うのである。
入れ替わりのトリックは単純だ。
大型荷物の中に隠れているラグナスが表に出る。ラナティアが用意しているアルバイトに貸与される予備制服に、締里が着替えるのだ。そして統護は荷物の受け取り先の作業員に扮する。
工場内を歩き回る程度ならば、制服を着ていれば怪しまれない。偽造している従業員証を注視する者など皆無といっていい。なにしろ従業員も入退館時にチェックを受けているのだ。
E3エリアは山のように積まれている荷物群に隠れて、監視カメラの写りが悪い場所だ。その上で、更に監視カメラの死角を意識するが、完全には隠し切れないだろう。
だが、防災センターで大量の監視カメラ映像群を目視でチェックしているガードマン(監視員)が、この入れ替えトリックに、リアルタイムで気が付く可能性は極めて低いと踏んでいる。荷物の盗難事案が起こらない限り、監視優先順位が下の場所だからだ。
爆破テロを起こすにしても、広大な荷捌きエリアを爆破したところで、効果は低い。
この場での対テロ対策は、危険物を工場の中枢区画に持ち込まれない為のチェック(検品)であり、また工場内から外部への貴重品の持ち出しを防ぐ事なのだ。
それを見越して、この入れ替えトリックを選択したのである。
ラグナスが隠れている分、納品できる段ボール数が減ってしまうが、ラナティアが減った分の伝票を用意していた。もちろん伝票のチェックを担当するのもラナティアだ。
この業者からの荷物が到着している事は、ミスを装って二時間遅れで担当部署に連絡する。その頃には、統護達は工場から撤退している予定だ。多少の矛盾はあっても、無事に荷物さえ届けば有耶無耶になってくれる。統護達にしても、対外的な損害を残すのではなく、極秘でポアンに面会するだけなので、後に問題が出ても詳細の追究など無意味――いや、無駄なコストとなるのだ。せいぜい『ナタリーの業者用【DVIS】だけで相手を信用し、ピンチヒッターを名乗った運転手の身元確認を怠った』として、検問のガードマンが余所の現場に配置転換か、最悪でクビになる程度だ。
迅速に、大胆に。
それに潜入工作の素人である統護とラグナス、ラナティアには高度な作戦など無理である。
統護と締里はそれぞれの制服に着替えた。
台車に段ボールを載せて、統護が台車を押して締里が横につく。
ガードマンは次に入ってきたトラックの誘導をしている。この好機を逃さない。
締里に指示されて、統護は足早に荷捌きエリアから脱出した。
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…
計画は順調だ。統護と締里は問題なく第五工場内を進んでいく。
殺風景な中、二人は淡々と道を歩いていた。
特に解錠が必要な道はない。ポアンのいる検査室には厳重なセキュリティが掛けられているが、到達さえすれば、ポアンが解除して迎え入れてくれる。
気をつけるのは、従業員に知らされていない『身分照会用』の【結界】だけだ。
これを避けるルートをとる必要がある。
今のところ工場内を定時巡回しているガードマンとのニアミスはなかった。巡回径路は調査済みで詳細まで把握していた。ルシアの情報は完璧のはずである。
監視カメラの存在も問題ない。不審な動きさえしなければ、監視員には怪しまれない。
問題は、定時巡回とは別の不定期かつランダムに行われる巡回――乱線巡回だ。
避けられるかどうかは、完全に運任せになる。
乱線巡回に引っかかって、かつ偽造品である従業員証のチェックを求められた場合は、締里が囮になり、警備態勢を攪乱する計画だ。彼女単身ならば、どうとでも動ける。実際、締里単身で動く際のプランは、状況に応じて八つ程の大まかなパターンが用意されていた。
その際の問題は、検査室に向かう統護だ。
締里のサポートなしで動かなければならなくなる。締里のようなピッキングや魔術ハッキングができない統護は、解錠してガードマンや一般職員が立ち入れない場所に身を隠せないのだ。可能ならばラナティアが補助に付く――と計画しているが、ラナティアはラグナスの補佐がメインである。潜入工作の素人であるラナティアに、高度な芸当――無理や無茶はさせられない。
緊張感の中、統護は祈った。
(頼む。このまま何もなく検査室まで……!!)
しかし締里の声が、統護の思いを残酷に否定した。
「落ち着いて聞いて。最悪の展開だ。【エルメ・サイア】からの刺客――つまり敵【エレメントマスター】にマークされている」
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