アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第5部(第09話)

第二章  見えない敵 2 ―虐殺―

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         2

 

 ラナティアの家――ブリステリ宅は、住宅地の外れに位置する5LDKの一軒家であった。
 雰囲気からしても比較的、寂れている地域のようである。
 外観だけではなく、家の中にある調度品から察するに、ブリステリ家は裕福ではないが貧乏でもない、といった典型的な庶民層だろうか。
 防犯・警備に対しての魔術システムはなく、扉の施錠のみだ。
「その人を拘束するんだったら、柱時計を使ってみたら?」
 統護たちをリビングに通したラナティアは、締里にそう提案してきた。
 充分な強度と重量がある事を確かめてから、締里はラグナスを柱時計に縛り付ける。
 そうしている間、ラナティアは自室に行き、新しい衣服に着替えた。リビングに戻ったラナティアに救急箱を持ってこさせて、締里は彼女の怪我を看る。応急処置に必要な医療知識は、特殊工作任務に必須として叩き込まれていた。
 ラナティアの顔に包帯を巻きながら、締里は怪訝な表情になる。
「腫れと内出血は酷いわりに、顔の外傷そのものは大した事はない……けど」
「どうした締里?」
 統護の問いかけに、締里は声色を曇らせた。
「いや。頭蓋骨が少しだが不自然に歪曲している。今回の怪我が原因じゃない?」
「よく判るな」
「医療知識や技術ではなく、変装を見破る方法として、私たちエージェントは頭蓋骨の形状で顔を判断する訓練を受けている。顔の表層よりも、頭蓋と顔筋のバランスで人の顔を認識しているとっていいわ。別に特別な事じゃない」
 包帯の具合を確かめながら、ラナティアが言った。
「昔に顔がグチャグチャになる大怪我を負ってね。幸い脳に後遺症はなかったし、五回にも渡る整形手術で顔もほぼ元通りになったんだけど、骨の形だけは完全に戻らなかったのよ」
 告白を聞いて、統護は沈痛な面持ちになる。
 そんな統護に、ラナティアは気軽な口調で笑いかけた。
「一応、完治しているんだから気にしないで。表情にも影響ないし。ただ治療費のローンが未だに残っていて、その所為で両親はニホンに出稼ぎ行かざるを得ないんだけどね」
 怪我による長期入院が原因で、ラナティアは高校を中退していた。
 彼女はアルバイトをしているという。レアメタル採掘工場でもバイト経験があるらしい。
 統護は改めてラナティアに訊いた。
「どうして俺達を匿う気になったんだ? 危ない橋ってのは理解しているんだよな?」

 

「刺激が欲しかったのよね」

 

 その回答に、統護は耳を疑う。
「親は私の治療費で仕事でてんてこ舞い。私は怪我と長期入院で、結果、高校をドロップアウト。時々、臨時でアルバイトはしているけど、ユメも目的もなく、ただ目の前の生活しかないから。学校もない退屈な日常しか」
「それって平和な日々っていうんだぜ」
 思わず苦い口調になる統護。
 平和はつまらないかもしれないし、平穏は退屈かもしれない。しかし、それを夢見て激動と忙殺な日々に身を投じている者からすれば、何と贅沢な不満だろうか。
 ラグナスが皮肉気たっぷりに言った。
「よく言うじゃない? 隣の芝生は青く見えるってね。売りと売春詐欺だって、大方、興味本位とスリルを味わう為でしょう。スリや万引きだってしてそうよね」
「ご名答よ。別にいいでしょ。私はアンタみたいなご大層な理想なんてありはしない」
「ふっ。理想……ね。オーリャは確かに理想に燃えていた。だからこそ王家を裏切ってまでこちら側に付いてくれたわ。私は両親がイカレた革命家だったからってのが動機の大半よ。けれども確かに、色々ときな臭いこの国をひっくり返したいって欲求は強いわ」
 統護は思わず会話に割り込んだ。
「色々ときな臭いって、どういう事だ?」
 そんな統護に、締里が厳しい口調で窘める。
「会話を止めなさい。それ以上、踏み込んだ内容をラナティアに聞かれると、彼女の今後に深刻な影響を与えかねないわ」
 締里はラグナスに猿轡を噛ませた。
 だが、その猿轡をラナティアが外してしまう。そして、言った。
「言ったでしょ。刺激が欲しいって。せっかくなんだから私にも一枚噛ませてよ。反王政派の重要人物を秘密裏に拘束しているって事は、内輪揉めで脱出か、現政府――王家側の工作員による暗躍って線でしょう? さっき私の怪我を看て『私たちエージェント』って口を滑らせたしね。なのに、ニホン人の彼は喧嘩は玄人筋だったのに、色々とド素人っぽい。ちょっとどころか凄く面白そうな状況じゃない?」
 シマリとトウゴって名前は記憶したわ、とラナティアは含み笑顔で付け加える。
 締里は溜息して、ラグナスの猿轡を諦めた。
 三人の様子を確認してから、ラグナスが会話を再開する。
「喋っていいのなら続きを言うけど、締里の様子からしてオーリャから聞かされているはずよね? 色々ときな臭いって内容。そしてそれは――アンタ達の極秘任務にも関係している」
 ラグナスは統護を見る。統護はラグナスの視線を受け止めた。
「俺達の任務をどこまで把握している?」
「オーリャは実に優秀なスパイだったわ、で回答になるかしら?」
 ラナティアが声を弾ませる。
「なになに? スパイって王家側に? 本当に面白そうじゃないのよ♪」
 バンザイしそうなラナティアに、締里は小さく首を横に振った。
「統護はもう黙って。私の判断で教えるけれど、《魔法の錬金術師》に《アスティカ》とコードネームされた特注のレアメタルを極秘で受け取りにいくのよ。証拠は残せない。少なくとも《魔法の錬金術師》側に対外的な落ち度は」
「特注のレアメタル? 《魔法の錬金術師》――って、検査室のゼウレトス先生よね」
 どうやらラナティアはレアメタル採掘工場の中を、ある程度は知っている様子だ。
 ラグナスが統護に言う。

 

「私たち反王政派が統護と締里に頼みたかったのは、ロ・ポアン・ゼウレトスからレアメタルの秘密を探ってもらう事よ。彼に直接、反王政派についてもらうのがベストだけどね」

 

 オリガが車内で締里に聞かせた話を、ラグナスは統護とラナティアにも話した。
 最後に、その特注レアメタルの話にしても胡散臭いにも程があるでしょう――と、ラナティアに笑いかける。ラナティアは「そんな秘密と事情があったなんて」と、愕然となる。
 締里はラグナスの希望を拒否した。
「今回、《アスティカ》と命名された特注レアメタルを受け取る条件として、ポアンは自身の領域への不可侵を要求してきたわ。それを裏切って反故にはできない」
「それに俺達はあくまで王政側――アリーシアについているしな。レアメタルの秘密は確かに色々と裏がありそうだが、俺達が関わる話じゃ、」
 そこでラグナスが声を張り上げて、統護の言葉を乱暴に遮った。

 

「じゃあ何も変わらない!!」

 

 統護と締里は息を飲む。
「それじゃあ、今までと何も変わらないッ!! この国は何も変わらない!! アリーシア・ファン・姫皇路にだって変えられないわよ! 私は王家が隠しているレアメタルの秘密を知り、それを楯に、アリーシアと話がしたいのよ。レアメタルに関する利権の全てを民に寄越せとは言わない。それでも歩み寄る事はできる。その交渉をする自信はある!!」
 この国が変われば私の勝ち、とラグナスは最後に付け加えた。
 ラナティアが口笛を吹く。
「へえぇ。なんか私、ラグナスさんに肩入れしたくなってきちゃったりして」
 ほだされ始めている。まずい流れだ。統護は思わず顔を顰める。
 締里を見ると、彼女は表情を変えていない。そしてビジネスライクに告げた。
「個人的にはラグナスの言にも一理あると認めざるを得ないわね。けれど独断での計画修正は認められているとはいえ、流石にこのケースだと『オーリャを人質に取られてやむを得ず』を確定させなければ、協力するのは無理ね」
「おい、締里」
「ますはオーリャと私の装備を取り戻しに、あのセーフハウスに戻るわ。失敗ならばラグナスを人質に、向こうと交渉に入る事になる。こちらを裏切っている以上、オーリャも基本的には反王政派の人間よ。その点も考慮して交渉しなければならない」
「ああ。複雑な状況だよな……」
 正直いって、統護には状況判断がつかなくなっていた。
 助けようとしているオリガにしても、本来はこちらを裏切った反王政派の人間である。
 人質にされているのはラグナスと揉めた為であり、暫定的かつ流動的といっていい。
 締里が現状を整理して、統護に言い聞かせた。
「装備と金銭を確保。そして反王政派からのミッションへの不干渉を取り付けられれば、計画の軌道修正は完了するわ。だけどオーリャから計画が漏れていて、ルシア側へのコンタクトが難しい今、反王政派でもラグナス達に限定して、部分的な協調は必要でしょうね。最低でも王家側に対して、今回の計画を秘密にしてもらう努力は要るわ。計画失敗に際しては、姫様にフォローしてもらう予定とはいえ、姫様の立場を考えると、それは好ましくない」
「他には?」
「端的に――任務の失敗を受け入れて、撤退。ルシアも私達の任務失敗を視野に入れて、極秘での回収方法を検討し始めていても不思議ではない状況よ。どうする統護? ここで任務全てを『無かった事にして』仕切り直しを決断する? 撤退ならば『今は』まだ容易よ」
 撤退前提(極秘行動の維持を放棄)ならば今すぐにでも、対外的に逆探知されてしまうが、幾つかの情報ラインを用いてルシアに連絡が取れるのだ。
 統護は考えた。結論はすぐに出る。
「まずはセーフハウスに戻って、締里の装備を取り返そうぜ」
 可能ならば任務続行したい。その最低条件が、締里の専用装備の奪回だ。
 ラグナス達との摺り合わせとポアンとの交渉内容の変更は、その後に検討すればいい。
 統護にしても、レアメタルの秘密について興味を持ち始めていた。
「分かったわ。セーフハウスには私一人で行くわ。統護はラグナスの見張りをお願い」
 ラナティアが締里にウインクする。
「お金の件はご心配なく。私が家計をはたいてサポートしちゃうから。レアメタルの秘密に関わらせてくれるんだったら、もっと色々と協力するわよ」
 返事を保留して、締里は一人で出発した。

 

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 締里は単身でラグナスのセーフハウスへと戻った。
(辛いシチュエーションになったわ)
 可能ならば撤退したい。
 しかしポアンから譲渡してもらえる特注レアメタルを入手できるチャンスは、おそらく今回が最初で最後だ。ゆえに無理を押してでも任務を続行するしかなかった。
 ファン王家に圧力を掛けて、ポアンに例の《アスティカ》を提出させられるのならば、とも考えてしまうが、それが可能ならば、この様な隠密任務になど最初からならない。
 締里とて初めて知ったのだ。
 ポアンの検査をパスしたレアメタルしか【魔導機術】に使用できないなど。
(いえ、違う。全くの反対よ)

 

 ポアンの検査をパスした――ではなく、ポアンが『検査した』原石しか使用できないのだ。

 

 検査方法に秘密があるのは明らかだ。
 パワーバランスからして、その事実をファン王家は知っている反面、その秘密の内容は知らないのだろう。
 締里はセーフハウスを囲っている防犯用【結界】を一時的に解除した。
 来訪者を識別する【結界】はそのままにした。
 ピッキングと同じく、エージェント魔術師には必須となる裏の技術だ。
 ラナティアから借りた汎用【DVIS】で不正アクセスして、魔術プログラムをハッキングしたのである。施設用【DVIS】のROM領域に書き込まれている【間接魔導】ゆえに可能だ。魔術師のオリジナル理論による【結界】とは違い、汎用プログラムによる規格品の【結界】ならば、締里は容易に突破できる。
 これも【魔導機術】システムおよび軌道衛星【ウルティマ】の穴を突いた芸当だ。
 時に必要になる――と、システムの穴(欠陥)は、【エレメントマスター】と同じく、意図的に残されている。修正しても、更なるハッキング技術が開発されて、いたちごっこになるだけ、という現実的な見方もあるのだが。
 とはいっても、締里レヴェルの魔術ハッキングは、極一部の特務エージェントにしか伝授されていない、いわば禁じ手の中の禁じ手だ。武術における秘奥義といえる。
 それにツールと知識があれば、一般人でも可能となるPCネットワークへのハッキングとは異なり、魔術ハッキングは超ハイレヴェルの魔術師でなければ実行不可能である。ハッキング可能な魔術は、あくまで【間接魔導】だけに留まっており、魔術師による【直接魔導】は不可能に近い。実現できても魔術戦闘の一時に限定される。己に及ぶ魔術効果を侵入経路にウィルスを相手の魔術プログラムに干渉させても、すぐに抵抗用ワクチンを精製されて対応されてしまうからだ。
 念のため、締里は自身の意識領域に二つの【結界】のログを転写した。
(さて、どこから侵入しましょうか)
 感覚を研ぎ澄ます。
 駐車場に車が戻っているのは確認している。
 締里は違和感を覚えた。

 

 無人のはずがないのに――人の気配がゼロだ。

 

 おかしい。締里は意識領域にアクセスして、ログを確認する。
 二つの【結界】のログに異常は――ない。登録外の生体データの侵入記録はゼロだ。
 来訪者を識別する【結界】に登録されている生体データの記録を読む。
 締里たちが脱出してから、十八人が入っている。全て【結界】に登録されている生体データだ。生体データに個別名が割り当てられていればよかったのだが、A、B、C、と順番にアルファベットで付けられているだけだった。
 十八という人数が、締里と統護が暴れた時に逃げた人数とイコールである蓋然はない。必ずしも同じメンバーが帰ってくる必要はないのだ。
 惜しむらくは、出て行く人間をカウントしていない点に尽きる。
(とにかく確かめる他はない)
 こういった状況は何度も経験している。締里は二階のベランダを選び、慎重かつ大胆に家の中へと侵入した。
 まず先に装備――専用【DVIS】と専用【AMP】を取り戻したい。
 保管されていそうな場所を手早く探したが、見つからなかった。やはり異常である。わざわざ隠す必要などないのだ。持ち去る必要もないだろう。
 時間の浪費は厳禁だ。締里は思考を切り替える。手間取るくらいならば装備は後回しで、オリガの状況を把握して可能ならば、そのまま救出する。オリガをブリステリ宅に連れて行き、ラグナスと和解させるか、あるいは、こちら側への協力を要請するしかないだろう。
 二階から一階へ。
 空気の匂いが変わる。
 この時点で、疑惑はほぼ確信に変わっていた。おそらく……もう……
 いつでも撃てるように拳銃を構えて、締里は大胆にリビングへと踏み込んだ。
 締里が向けた銃口の先――

 

 ――リビングは死体で埋まっていた。

 

 ぱっと見で、十名は超えている。おそらく家の中の全員だ。
 皆殺しである。
 しかも手足と首、胴体をバラバラにされていた。道具では不可能な切り口。魔術戦闘による切断だ。魔術戦闘の最大の利点は、物理現象を超えているが故の『ノン・リーサル』である。しかし非殺傷として有用だからといって、殺傷できないという事ではない。
 常人ならば発狂しそうな壮絶な光景。
 しかし、締里は動揺しなかった。
 この殺戮現場を統護が見なくて良かった、と心中で安堵した程だ。
 撮影機器を失っているので、室内の状況を記憶する。そして部屋の隅にオリガを見つけた。
 手足を全て切断されているが、辛うじて息がある。締里はオリガに駆け寄った。
「オーリャ、この状況は?」
 助からないのは一目で判断がついた。ならば、この惨劇の実相を知りたい。

 

 ログが改竄されていないのならば、ラグナスの仲間しか家にはいなかった筈だ。

 

 それなのに、どうしてこんな結果に? そして犯人は?
 締里の呼びかけに、オリガは目蓋を開く。だが瞳に光はなかった。
「ああ、締里ね」
 小さく、掠れた声だ。オリガは最後の力を振り絞っている。
「教えて。どうしてこうなったの?」
「逃げられたのね、ラグナス……」
「ラグナス? 逃げることには成功して、今は協力者の元に身を寄せている」
「う、そ」
「嘘? いったいどうした? オーリャ」
 オリガの頬が引き攣る。

 

 ――ならば、犯人は、幽霊よ――

 

 聞き取れない程の掠れた声。
 意味を掴めない。不十分だ。締里はオリガに「もっと具体的に」と話し掛ける。
 だが、オリガはこう云った。
「お願い、締里。レアメタルの秘密を……。国に新しい未来……を――」
 その言葉が遺言となった。
 締里はそっとオリガの目蓋を閉じさせた。締里は感情を押し殺す。今は悲しんでいる時ではないのだ。自身をコントロールする。冷静に、機械のように、完璧に機能しろ。
(犯人は幽霊。それはつまり)
 敵の魔術特性か。
 締里は改めてリビング内を見回す。見ているのは死体ではなく、壁だ。
 血のスプレーで乱暴に書かれているメッセージを睨む。特殊な暗号による挑発である。

 

 ――新たな【エレメントマスター】が、お前達二人に立ち塞がる。

 

 間違いない。【エルメ・サイア】からの刺客だ。
 締里の脳裏に蘇る。
 かつての敗北の記憶。《雷槍のユピテル》との戦いが――

 

 

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 本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。