第四章 光と影の歌声 14 ―オルタナティヴVSセイレーン①―
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オルタナティヴは魔術――【魔導機術】を立ち上げる。
右手人差し指のリングの宝玉へ、軽くキスして【ワード】を唱えた。
「――ACT」
彼女の専用【DVIS】である指輪が作動する。紅い輝きを灯す右手を、オルタナティヴは大きく旋回させた。その紅い軌跡が、彼女の前に残光する。
残光する円の内部に、オルタナティヴは素早く指先を走らせた。
その指先が描く模様は――五芒星だ。
五芒星の模様が完成すると同時に、地・水・火・風そして空を司る紋様が顕現。
完成と同時に【魔方陣】となり金色に輝く。
「セットアップ――《ファイブスター・フェイズ》」
かつては右手の甲に転写していた【魔方陣】を、今は羽織っている黒マントの背へ遷す。
オルタナティヴの【基本形態】である《ファイブスター・フェイズ》だ。
通常、一つの【基本形態】で一つのエレメントしか扱えないが、四大要素全てを一つの【基本形態】内のオペレーションのみで切り替え可能とする、彼女のオリジナル魔術である。
デフォルトに設定されている【火】の紋様が光った。
ごぉうぅぅ。
同時に淡い陽炎がオルタナティヴを包み込む。
彼女が纏っている紅いオーラは《ローブ・オブ・レッド》――【火】のエレメントだ。
抗魔術性のみで【結界】の基本性能に耐えていたが、魔術抵抗(レジスト)を開始。
自身に及ぼす魔術現象を解析……、成功、魔術ワクチンを精製して、体内に循環させる。魔術的な抗体が体内に定着完了。――無事に魔術抵抗(レジスト)できた。
次いで【ワード】を唱える。
「――《エレメント・シフト》」
マントの五芒星が変化する。火の紋様の輝きが消え、入れ替わりで風の紋様が輝いた。
追従して纏うオーラも切り替わる。
ふぅぃぃぃ――……
空気が唸る。その名も《ローブ・オブ・クリアランス》だ。透明な風の衣が、【音】を魔術特性としているセイレーンが発している音波を遮断していた。
この大規模【結界】――《ナイトメア・ステージ》は四方八方からの幻惑音波により、相手の意識を奪ってしまうのだ。
また耳の周辺の空気を圧縮・循環させて、聞こえてくる魔術音にフィルターをかけた。
基本性能に対する魔術抵抗(レジスト)だけでは、攻撃用の派生魔術はとても耐えられない。
自身に作用している魔術効果のプログラムを【ベース・ウィンドウ】内にスキャンして解析し続けているが、セイレーンのオリジナル魔術理論の根幹アルゴリズムまでは到達不能だ。恐ろしく精緻かつ複雑、それでいて高度な理論で魔術が構築されている。そしてセキュリティが強固だ。そそれでもオルタナティヴはリソースの一端を魔術解析に割り振った状態で【ベース・ウィンドウ】のバックグラウンドを固定した。天才と称される彼女ゆえの芸当である。
戦闘態勢は整った。
オルタナティヴは、客席へ一瞬だけ視線を巡らせる。
淡雪の席と統護の席だ。
あらかじめ座席番号を把握していた淡雪はすぐに見つけられた。淡雪はセイレーンの魔術に捉えられている。トランス状態だ。【基本形態】を立ち上げていないのだから仕方がない。隣の優季は意外な事に抵抗している模様である。以前のライヴで耐性を得ていたのが原因だ。だが、その優季とて身体の自由は利かない様子だ。
統護の位置は感覚的に特定できた。共鳴的な繋がりは今日も続いている。
ゆえに統護が自分と同じくセイレーンの魔術に抵抗し切っているのも、感覚で把捉している。
彼は意図的に動いていない。
それでいい。迂闊にリアクションを起こせば、セイレーンに位置を特定されてしまう。
(今はそうしていなさい、堂桜統護)
このライヴは世界各国に衛星生中継されている。統護は『その秘めた真のチカラ』を秘匿する為に、今はチャンスを窺い潜伏するしかないのだ――
意外なのは優季だけではなかった。
統護の隣にいる晄もセイレーンの魔術に意識を奪われていない。
この間、対峙して二秒。
イヤホンから聞こえてくる警備用の無線によると、MMフェスタの一般観客は避難を始めている模様だ。避難誘導している【堂桜セキュリティ・サービス】は流石に優秀だ。想定困難な非常事態において、無駄にステージ周辺に人員配置していないのも評価できる。どの道、このセイレーンに対しての対抗戦力にはならないのだ。確実な勝算がないのならば、下手に人質を危険に晒すのは愚挙である。避難完了後は、当然ながら会場を封鎖するだろう。
視線を敵へと戻す。
セイレーンが余裕たっぷりに訊いてきた。
「ねえ。いつ頃からこの私――セイレーン様の存在に気が付いていた?」
「聞いてどうするのかしら」
「特には。ただ、常に訳知り顔の貴女が本当に気が付いていたのかなって思ったから」
隠す程の事ではない。オルタナティヴは正直に答える。
「最初に言動を怪しんだのは――このニホンに凱旋した初日の夜」
「ほうぅ」
ニタリとセイレーンは頬を緩める。
「あの夜の貴女は明らかにユリの人格を侵食していたわ。アタシが解釈していたユリとは別のアイデンティティが明白に垣間見えていた。その後、【内閣特務調査室】が派遣した女兇手の襲撃からしばらくは、貴女はユリの中で大人しくしていた。だから、元々ユリが人格分裂していると推理していたアタシは、貴女と大宮和子をユリの別人格として混同していたわ」
「やはりね。このセイレーン様が生まれる過程で、元人格から隔離して逃げたユリの一部分が、思いもよらない形で役立ってくれたわ。数々のメッセージは忌々しかったけれど」
「そのまま潜伏していれば、アタシも確証の為には動かなかった。けれど貴女は凱旋ライヴの初日が終わった後――、つまらないボロを出したわ」
「見抜かれていたか。退屈で我慢できなかったのよねぇ」
あの夜。セイレーンは眠っているユリから自我を奪い、ホテルを抜け出した。
オルタナティヴを遠ざけて、身代わりとしてベッドで寝ているふりをしていたのは、他でもない聖沢であったのだ。つまり――別人格と聖沢がグルであった。
この小細工と【内閣特務調査室】からの刺客。
二点を結びつけて、オルタナティヴは単独で【内閣特務調査室】にコンタクトをとって交渉した。かつての身の上と、現職の師匠の両方からコネはある。そしてニホンに潜入した【エルメ・サイア】の【エレメントマスター】が、榊乃原ユリである可能性が極めて高いという情報を得た。オルタナティヴからの情報と合わせ――【魔術人格】であると推定した。
ユリの身柄はオルタナティヴが優先権を。
逆に横田と聖沢の身柄は【内閣特務調査室】が優先権を。
という形で手打ちになった。
むろんオルタナティヴがセイレーンに倒される、または依頼から撤退した瞬間から、優先権は【内閣特務調査室】へと戻り、再びセイレーンに牙を剥く事になる。
オルタナティヴはセイレーンに告げる。
「取りあえず、現在姿を消している横田宏忠と聖沢伶子と名乗っていた【エルメ・サイア】の工作員の逃亡と国内潜伏については、このステージ上での人質騒ぎは陽動として機能していないわ。【内閣特務調査室】が彼等を追跡しているはず」
「陽動? そんなつもりは端から無いわ。だって彼等など用済みだもの」
「ああ、そう」
セイレーンはオペラ歌手のように、大音声で要求を突きつけた。
「この中継をニホン政府に繋ぎなさい! 《神声のセイレーン》様が第一の要求を伝える!! まずは身柄を拘束されている我が同胞、《雷槍のユピテル》を解放しなさい!! 次の要求はユピテルの解放を確認してから伝えるわッ!」
要求を述べ終わり、セイレーンはオルタナティヴを睨む。
口の端が妖艶に釣り上がった。
「じゃあユピテルの件が終わるまでの暇潰しに付き合って貰いましょうか。お互いに知らない仲じゃないし、少しは期待しているわよ、オルタナティヴ」
「生憎と『貴女の』期待には応えられないわ」
オルタナティヴはウィンクを返す。
横田と聖沢の工作員二名をニホンに潜伏させるのが隠れた主目的なのか、あるいは、このセイレーン単独での七万人の人質テロがメインなのかは、現状況では定かではない。
しかしセイレーンは幹部とはいえ、その実態は【魔術人格】だ。
仮にセイレーンが失敗に終わっても、横田と聖沢のニホン潜伏さえ成功すれば【エルメ・サイア】側のダメージは少なく、今後への大きな布石になる。
また、こういった大イベントの裏をかく格好でのニホン入国であったので、手引きした堂桜側の内通者が誰であるかの特定も、極めて困難だろう。
この時点で、ニホンの対【エルメ・サイア】国際防衛線は、完全に瓦解してしまった。
取り返しの付かない、つまりは大敗北だ。
MMフェスタの警備において警察を後塵に押しやった堂桜側の態勢も仇になっている。後に責任問題に発展するだろうが、今はそれどころではない。このテロの成功・失敗に関わらず、すでに警備・防犯体制は敗北を喫しているが、このままでは、最悪で誰も責任をとりようがない事態にまで達する恐れがある。
警察と警備の迅速な介入は期待できない。自衛隊の出動要請の認可も。ニホンの組織は腰が重くフットワークが悪い。対応部隊が足並みを揃えて対策と方針を固めるのには、しばらく掛かると見積もった方がいい。よってこの場で事態を切り開けるのは――自分のみ。
(――とにかく試しましょうか)
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