第一章 ストリート・ステージ 9 ―統護VS深那実②―
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9
集中しろ。初撃さえ躱せば……
深那実は無造作に【ワード】を唱えた。
「――《インパクト・ラヴ》」
パシャ! カメラ型の魔像――《ラヴリー・パパラッチャー》がシャッター音を鳴らす。
カメラフラッシュが光り、統護を襲ったのは、不可視の衝撃であった。
グシャァッ!!
不意に顔面が歪む。左頬を痛打する塊のようなナニか。
(な――ん、だァ!?)
ぐるん、と統護の頭部が捻れて、脳を揺さぶられたダメージで、膝が折れ、腰を落とす。
ダウン寸前だったが、なんとか踏ん張って、倒れ込むのを我慢した。
顔面へのクリーンヒットを許すなんて久しぶりである。
「くそっ。莫迦な」
攻撃が全く視えなかった。いや、認識すらできなかった。
それだけではなく、蓄積しているダメージで、思ったように下半身に力が入らない。
統護は魔術師ではない。魔術戦闘に対して、戦闘系魔術師が展開している超次元の電脳世界を有していないのだ。よって相手の魔術を【ベース・ウィンドウ】でサーチできない。魔術攻撃に対しては、戦闘系魔術師が誇る超時間と超視界による魔術オペレーションではなく、有視界と勘のみが頼りなのだ。
深那実は首を竦める。
「あら。決められなかったか。平気な振りしているけれど、さっきのジャンケンでのダメージがかなり残っているはずなのにね。男の子のプライドってやつかな?」
見抜かれている。
業司郎とのジャンケンの影響は少なくない。けれど魔術戦闘を受けた以上、それは言い訳にはできないのだ。どんなルール、どんな条件でも勝負は勝負なのだから。
「風? 圧縮された空気か? いや重力? ベクトル操作系か!?」
統護はこれまでの戦闘経験から、正解を導き出そうとする。
風や圧縮空気ならば、直前に空気の揺らぎを感じ取れるはず。
重力やベクトル系では、予兆や余波なしで頭部をピンポイントに狙撃するのは不可解だ。
肉体的なダメージも深刻であるが、今の統護にとっては精神的な動揺が大きい。
必死に反芻するも、何が何だか分からない。
一点だけ――《ラヴリー・パパラッチャー》による物理攻撃でない事だけは確かだ。
理解不能だ。いったい何のエレメントを使用した攻撃だったのか。
深那実は愉快そうに両腕を拡げて見せた。
「さあ、私の魔術特性の正体は何でしょうね? ほら、もう一発いくよ!?」
膝を軽く曲げて、統護は身構える。
深那実の【ワード】と当時に、全力で――上へとジャンプして、魔術の正体を暴く。
「――《インパクト・ラヴ》」
パシャッ!
刹那の間も挟まずに統護は飛んだ。目一杯の大ジャンプ――のつもりであったが。
飛び上がった姿勢のまま『左頬への精確な衝撃』が、統護を襲った。
不可視の魔術攻撃を魔術的にロックオンされている。いや、それは不可解だ。何故ならば、統護はその特異性により魔術的ロックオン機能さえも、自働でキャンセルしているのだから。つまり深那実は有視界で統護を照準している。
体勢を崩し、肩口から墜落する統護。
受け身をとれず、ダメージは甚大だ。体中がバラバラになったかのように錯覚する。
しかし――とある感触を思い出した。
どうにか起き上がった統護へ、深那実が降伏を促してきた。
「素直にダウンしとけばいいのに。ねえ、ここいらが潮時だと思うけど? ちょぉ~~っとお姉さんの質問に答えて、それから色々と堂桜財閥に対して口利きしてくれるだけで、勘弁してあげる大サービスを実施しちゃうから」
統護は無理矢理に笑顔を演出し、返答する。
「なにがお姉さんだ。童顔を無理に化粧で誤魔化しているお子様のくせに」
挑発に、深那実の表情が怒りで染まる。
「へえ。まだ戦る気なのね《デヴァイスクラッシャー》。……けどね、あまりこの私を舐めない方が身の為よ。フリーランスでヤバいネタに首突っ込んでいると、ヒットマンを差し向けられる事も少なくないのよ。私はその全てを返り討ちにしてきた。教えてあげると、君が戦った例の【ブラック・メンズ】も三度ほど撃退しているわ」
「なるほど。敗北知らずってわけだ」
道理で強気なわけである。
そして実力行使で無理と無茶を通してきた故に、警察とは距離を置いている。
「そうよ。今までただの一度だって戦闘で負けた事はないわ。もちろん――これからも」
「じゃあ俺が敗北を教えてやるよ」
統護は両腕をクロスさせて、左頬をガードした。
その防御姿勢を、深那実は鼻で笑った。
「あら、ひょっとして気が付いた? でもね、気が付いても無駄だから。それが私の魔術特性なのだから。というわけで――
――《インパクト・ラヴ》ッ!!」
三度目の【ワード】と、シャッター音。
ゴォッ!! という硬質な音を伴って、統護の『予想通りの』衝撃がやってきた。
すなわち左頬を抉る拳大の一撃である。
ガードを固めていたにも関わらず、問答無用でクリーンヒットした。
想定内の攻撃であった為、ダメージは受けても心構えがあった。今までの二撃とは異なり、意表を突かれた状態ではないので――充分に耐えられる。今度は膝が揺れる事もない。
「な――。耐えた、ですって!?」
統護は不敵に笑った。
「やっぱりな。これで確信できたよ。手品のタネは理解できた。アンタの魔術特性は――ズバリ『再生・再現』といったところか」
再生・再現されていたのは、アルティメット・ジャンケンでの業司朗が統護を殴るシーンである。彼女がアルティメット・ジャンケンを撮影していたのは、この為だったのだ。
深那実は軽く驚く。
「へえ。本当にもう気が付くとは。なかなか鋭いじゃない」
「そりゃ三十回も繰り返したからな。二度も同じのを追加されれば、嫌でも気が付くよ」
「で、何のエレメント使用すれば『再生・再現』が可能になるのか分かるかな?」
深那実が挑戦的に訊いてきた。
もちろん『再生・再現』という直接的なエレメントなど存在しない。
いや、存在しえない。
「時間か? いや、時を司るエレメントは存在しないはず……」
「分からない? じゃあ、ちょっとしたご褒美に、私の使用エレメントを教えてあげる」
正解は――【空】よ。
その台詞に、統護の目が大きく見開かれる。
地・水・火・風、そして空。四大要素に区分される『地・水・火・風』とは異なり、五行(五大エレメント)に列している残りの【空】だけは、その実態が判然としていない。
決して長いとはいえない【魔導機術】の歴史であるが、少なくとも【空】のエレメントを掴んだと認定・記録されている魔術師は――両手の指で事足りる数だと、授業で習っていた。
「マジかよ。まさか【空】で時間再生まがいの芸当が可能なのか?」
「いいえ、不正解よ。魔術による時間操作や時空操作の類は、確かに数多の研究機関が着手している究極テーマであるけれど、人の身で可能だとは私は思えない。私が『再生・再現』しているのは、カメラで捉えた――概念よ」
空というのは『地・水・火・風』の四大事象を包括する概念、と深那実は追加する。
『空』想を具現化する――概念魔術が、すなわち【空】の定義だと。
「よく理解できないが、つまりは悟りみたいな感じか?」
「大まかにはそれで合っているわね。【空】に覚醒した各々が概念を捉える悟り方は、おそらく別々でしょうね。それほど【空】は扱いにくいエレメントだから。私にとって事象を概念として記録し、そして概念を事象へと可逆させる魔術を可能とするのが、カメラだったというだけで、他の【空】の使い手は、また別のアプローチを有しているでしょう」
「なるほど。そっちは理解できた」
深那実の魔術特性は、より正確には『再生・再現』ではなく、概念←→事象の可逆制御機能というわけである。対象を概念化する為の己の概念が、カメラによる撮影なのだ。
けけけけけ、と嗤いながら、《ラヴリー・パパラッチャー》はその口から多数の写真を連続で吐き出した。見た目はデジカメのお化けだが、その様はポラロイド・カメラである。
写真は全部で二十七枚。
全て業司朗が統護を殴りつけてる画である。
「――種明かしは終わり。で、残りは二十七発。さあ、君はどこまで耐えられるかな?」
「耐えてみせるさ。これまで三十三発、受けきってみせたんだからな」
ハッタリでも強がりでもない。
回避不可能の魔術攻撃だと判明したが、反面、加えられる攻撃は業司朗の拳撃の再現のみ。
(次で終わらせる)
多少の回り道を強いられ、ダメージを食ったが、当初のファイトプラン通りだ。
回避とカウンターという選択肢がない事がわかったが、単純に受けきって――反撃する。
タイミングは身体で覚えているので、『化勁』も完璧に成功させられる。
今度は深那実の攻撃を待たない。
遠慮なく先手をとる為に――統護は最速で動いた。
此処は狭い裏通り。
ゲームセンターと向かい合っているファミリーレストランの壁へと飛翔し、一瞬だけ、窓を覆っている鉄柵へと手を掛けて、力を込める。鉄柵を掴んだ刹那で統護は体勢を変えると、壁を蹴って、地面に向かって弾丸のように飛んでいく。
目まぐるしくもアクロバティックな挙動で、着地を狙う場所は――深那実の背後。
例の魔術攻撃を仕掛けてきたとしても問題ない。仮に化勁を失敗しても一発ならば耐えて、そして【DVIS】を奪い取る。
果たして深那実の対応は――
統護が背後に降り立った瞬間を狙い、円を描く足捌きで、統護に正対する。
両者の目と目が合った。
「本来の動きじゃないわね。ダメージの蓄積で動きが重いわよ」
深那実が選択した対応は、魔術による迎撃ではなく、近接戦闘におけるカウンターだ。
この【イグニアス】世界の人間は、統護がいた元の世界の人間と比較して平均的に身体能力が高い。加えて今の深那実は魔術を起動しており、その【基本形態】に身体機能の強化を組み込んでいる。統護のような超人的な身体能力は発揮できないが、常人よりは上の身体能力を得ている状態である。
対して統護も、深那実が格闘戦で凌いでくる事を予想していた。
過日の【魔術模擬戦】において、姉の美弥子を当て身で倒した時、彼女の動きから高いレヴェルの何らかの格闘技能を隠し持っている事は分かっていた。ならば姉より強いと自認する深那実が、姉が有している格闘戦という選択肢を持たないとは想定できない。
それに根本的な話、格闘戦が苦手などという戦闘系魔術師は存在しないのだ。
統護の右拳に対して、深那実はパンチでカウンターを狙うだろう。
だが統護は右拳をフェイントにし、左ショートフックで深那実のカウンターに、更にカウンターを合わせるつもりだ。
初見でのカウンター狙いはリスキーだが、生憎と統護は家伝の業を会得する過程で、数多の格闘技に触れている。有名どころの格闘技ならば、たとえ初見でも――
「ふっ!」
「シィッ!!」
互いに呼気を吐く。共にパンチを繰り出す為に、一瞬であるが、完全に足が止まる。
ガクン――と、統護の腰が落ちた。ダメージの蓄積が顕在化した。
けれども統護は無理矢理にパンチを打ちにいく。深那実の拳の出所は見えている。いける。どんな格闘技のパンチだろうと即興で反応してみせる。
バカァン!
交錯する拳は二つであったが、鳴り響いた打撃音は一つ。
カウンターパンチを成功させて、相手を痛烈に吹っ飛ばしたのは――深那実だ。
カシャ、というシャッター音が被さる。
深那実は右拳でのクロスカウンターを成立させ、統護を後方へと弾き飛ばし、彼が地面に落ちて転がる前に、冷淡な口調で【ワード】を追加した。
「――《フォロー・インパクト・ラヴ》」
統護を襲った『再生・再現』された攻撃は、業司朗の拳撃ではなく、深那実が統護を殴り飛ばしたカウンターである。
バカァン! 更にカウンターを上乗せされた統護は、横薙ぎに壁に激突してバウンド、背中から地面に落ち、大の字になる。
試合ならばレフェリーのカウント不要という、強烈なダウンシーンであった。
「くそったれ。……マジかよ」
強い。近接格闘戦でも、まさかここまで強いとは。
ダウンなんていつ以来だろうか。少なくとも、ここ数年はダウンした事などなかった。
すぐには起き上がれない。このまま追撃されれば、終わりである。
完全な判断ミスだった。無理に打ちにいくべきではなかった。
実戦経験の少なさからくるミスだ。
しかし――どうしてカウンター合戦で打ち負けたのか。
なぜ、深那実の右拳の出所とタイミングの見極めに失敗したのか……
余裕のアピールなのか、無敗無敵のアピールの為か、深那実は得意げに話し掛けてきた。
「へえ? これでも失神しないって、本当にどんな身体の構造しているのかしら」
「なんで、こんな……」
「堂桜統護。君がボクシングをベースとした高い格闘技能を有しているのは、当然ながら事前情報として知っているわ。対して、君は私の情報に乏しいまま。敵を知り己を知れば百戦危うからず――ってやつね」
種明かしとばかりに、深那実は軽く左拳を振るった。
その挙動に、統護の顔が強ばる。
「理解できた? 君のカウンターはボクシングがベース。で、君は私のパンチをボクシングかキックボクシング、空手、ニホン拳法か中国拳法、もしくはムエタイって辺りで想定していたわよね。……けれどね、私の近接格闘技能のベースはクラウマガだから」
やられた、と統護は唇を噛む。クラウマガ。イスラエルの総合格闘技術。
完全に想定外で、そして完敗である。
本当に強い。悪条件が重なった結果とはいえ、真っ向勝負でここまで追い詰められるとは。
純粋に、深那実が強いのだ。
「最初に云ったでしょう。戦闘っていうのは愛嬌と――知性だって」
深那実は自分の頭を人差し指で、ちょんちょん、とつつく。
ゲラゲラゲラゲラ、と《ラヴリー・パパラッチャー》が統護を指さし、嘲笑った。
「それから君は出し惜しみをし過ぎね。あるいは隠している? 近代ボクシングをベースに誤魔化しているけど、アンタが身に付けている技術って、本来はソレじゃないでしょう? アンタへの打撃、当たっているのに威力が妙に減衰しているし」
「さぁな」
そこまでバレているか。なんて女だ。
家伝の業まで見透かされているのならば、この状況は必然かもしれない。
「あくまで白を切るってワケね。まあ、私を過小評価した時点で結果は同じだけどね」
統護は緩慢な動作で立ち上がる。
膝がガクガクと揺れており、もう立っているだけで精一杯の状態だ。
だが――その双眸から意志の光は失われていない。
勝利を諦めていない。いや、むしろ統護は薄く笑っていた。
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