第三章 それぞれの選択 6 ―混浴―
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学校の屋上での、異母兄との邂逅から三日が過ぎていた。
アリーシアは一日一度ずつ【黒服】を装備した【ソーサラー】達の襲撃を受けた。
時間帯は決まっていた。放課後の訓練の時間である。
エルビスとフレアは姿をみせず、相似形のような黒い男性達だけだった。
淡雪と締里が撃退した。
校庭では残りの『アクセル・ナンバーズ』が彼等と戦っていた。
形の上では退けている。
しかしアリーシアにさえ分かっていた。彼等は本気でアリーシアを捕らえにきたのではなく、自分達に損害がでない範囲で牽制しにきているだけだと。
精神的に追い詰めにきているのだ。
そしてアリーシアの心境は、確実に変化していた。
また後日、というエルビスの言葉が、鐘撞きの残響のようにアリーシアの脳内で激しくリフレインする。
「はぁ……」
湯船の中で膝を抱え、鼻先まで沈み込んだ。水面にぶくぶくと泡が浮かぶ。
会いたかった。
もう一度、異母兄に会って、色々と話をしたい。
王族云々よりも血を分けた家族として。
のぼせそうになったので、アリーシアは風呂から上がることにした。
【光の里】の風呂場はそれほど広くはない。一般家庭の三倍ほどで、一度に入れるのは五人が限界といったところか。
時刻は午後九時。それが利用時間のリミットだ。今日はアリーシアが最後なので、この後、風呂掃除当番の子に報せる必要があった。
「――どうぞ、ご主人様」
聞き覚えのある声――ルシアの声色が、脱衣所から聞こえた。
そういえば今日はまだ帰っていなかったな、とアリーシアは思い出す。と、同時に。
(ご主人様?)
アリーシアの頬が引き攣った。
ストップの声は間に合わず、風呂場と脱衣所を仕切る曇りガラスのドアがスライドする。
タオルを腰に巻いた統護と、濃紺のスクール水着をきたルシアが入ってきた。
なぜ……スクール水着?
思わずアリーシアの意識がそちらにもっていかれる。豊満な胸に引っ張られている布地には平仮名で『るしあ』と記された名札が縫い付けられていた。
「おい、ルシア。先客がいるぞ」
と、冷静に言いつつ回れ右をしない統護に、アリーシアは突っ込みを入れる。
「いやいやいや。その前にどうして統護はルシアとお風呂に?」
「どうしても背中を流したいっていうから、その、断れなくてさ。水着を着用するという条件で妥協したんだよ」
「凄いマニアックな水着なんだけど」
「俺もビックリした」
「……で、私も入浴中なですけど」
「悪かった。目を瞑るから出て行ってくれ」
言葉通りに統護は目を閉じた。
そんな統護と、さも当然といった態で横にいるルシアを、アリーシアは半白眼で見比べる。
「どうした? 覗いたりしないから早くしてくれ。ぶっちゃけ寒い」
かちん、ときた。
「私まだ入っているから、よかったらご一緒にどうぞ」
「いや、どうぞっていわれても」
統護は目を瞑ったまま戸惑っている。
「仕方ありません。一緒に入りましょう、ご主人様」
「おい! どうしてそうなる!?」
「って、どうしてスク水を脱ぎ始めるのよ!?」
「脱いでいるのか!?」
「ちょっと、かなり嬉しそうよ!? 統護!」
「ワタシだけ衣類を着用しての入浴は不公平かつマナー違反ですので」
紺色の布地を取り去り、雪のように白い肌を全て晒したルシアは、依然として目を瞑ったままの統護の手をとる。統護を誘導して、共に湯船に入った。
瞬時にアリーシアはルシアのプロボーションを吟味する。グラマラスでメリハリのある肢体であるが、自分とて決して劣っているわけではない、と判断した。
「ちょっと。身体を洗ってから入りなさい」
真ん中がルシアなのが、癪に障る。
「そうだな」
統護は湯船から出て、手探りで風呂桶を探して、腰をおろした。
「危ないから目を開けたら? 足下滑るし」
「遠慮しておく。色々と大惨事になりそうだから」
統護は股間を隠していた。ついアリーシアの視線もソコに行きがちになる。
「ご主人様。お背中を流しましょう」
「いいわよ。私がやるから。ルシアはそのまま温まっていなさい」
二人の反応を待たずに、アリーシアは湯船から出た。のぼせそうだったので、湯船から出るだけで随分と楽になった。
アリーシアは統護の背中を流し始めた。
「こういった場面だと、淡雪さんが乱入してきそうだけど」
「俺もありそうなオチだと思うが、生憎とアイツは本家の一族会議に召集されている」
「統護はいいの?」
「今の俺は次期当主じゃないし、アリーシアの護衛もある」
「そうね」と、アリーシアは声色を落とした。
再び思い出したのだ。一時でも忘れたかった現実を。
服の上からでは判らなかった、想像よりも筋肉がのっている逞しい背中を、スポンジで擦りながらアリーシアは訊いた。答えが見つかるかもしれないと。
「統護はさ、……堂桜財閥の跡取りって立場を、どう受け止めているの?」
目の前の背中が、ピクリと動いた。
馬鹿げた事を口にした、とアリーシアは後悔する。
堂桜統護はサラブレッドだ。産まれた時からその環境に身を置き、それが当然で立場に相応しい能力と才能を誇っていた。
今の統護は【DVIS】を扱えない状態だが、それも一過性でいずれは元に戻るだろう。
なによりも魔術を失っても、代替的に超人的な肉体能力を得て、そして美弥子との魔術戦闘で、彼の才覚がいささかも輝きを失っていない事を証明してみせた。
校舎の屋上で、ただ無力に護られているだけの自分とは、根本的に違うのだ――
「分からないよ、俺にも」
想像もできなかった、統護の弱々しい声色だった。
いや、困った声というべきか。
「参った。まさか統護がそんな事を言うなんて」
「俺は、かつての俺とは違う。色々と違うんだ。けれど、どうしていいのか、迷っている」
スポンジを擦る手が止まった。
同じだ。
唐突にアリーシアは直感する。彼が自分を見る目が変わったと感じた原因は――きっと、自分と同じ弱さと戦っているからなんだ。そして、きっとそれがスタートライン。
「同じだよ。私も、迷っている」
それが素直な気持ち。アリーシアはありのままの今を受け止める。
気が緩んだ。
そして意識が遠のいていく。
ああ、かんぜんに、のぼせているな、わたし。
統護の背に倒れ込んでいくアリーシアは、せめてものアピールに胸を押し当てた。
将来に対する答えは、まだ出ていないけれども。
統護への気持ちに対する答えは、出ていた。
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