第三章 それぞれの選択 5 ―牽制―
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炎の大蛇が獰猛に威嚇した。
パワーヴィジョン型に類する【基本形態】である。遠隔操作のみならず自律機能さえ備えている独立した魔術幻像は、高レヴェルの戦闘系魔術師にしか扱えない。
もの凄い存在係数を感じる。あくまで幻像であるが、実在物質を上回る実在感だ。
圧倒的な魔術的パワーだ。淡雪の【結界】の冷気などものともしていない。
【基本形態】の破壊でも相手の魔術を強制停止(シャットダウン)できるが、この《レッド・アスクレピオス》を破壊するのは至難を極めそうだ。術者をKOした方が早いであろう。
ごバぁっ。
紅い大蛇は、口腔を開けると『炎の弾』を吐き出した。
すかさず【火】属性にカートリッジをチェンジした締里が、魔銃の高速連射で迎え撃ちにいく。超次元の電脳世界における魔術オペレーションによって、迎撃ポイントを演算した。そこへ照準してトリガーをノック。
ズダダダダダダァンッ!
精確無比な射撃であったが、威力を相殺できずに、散弾と流れ弾が淡雪へと伸びる。
流星群のような紅い線。
「――《ダイヤモンド・インターセプト》」
キン、と軋みをあげて、淡雪の前面空間が瞬間的に凍りつく。
ごごごごごごごごごぉぉおおおッ!
連鎖反応のような爆音が連なるが、七色に光を反射する凍りついた遮蔽壁が、炎の流星群をシャットアウトする。
淡雪の魔術出力が、フレアのパワーを上回り、完全に受けきってみせたのだ。
双方が展開している【ベース・ウィンドウ】には、互いが受けた魔術効果の残滓をスキャンおよび解析した、相手の魔術理論の一端が表示されている。その結果を基に、より有効な魔術攻撃にする為の対応アルゴリズムを演算・構築中だ。むろんリソースの全てを電脳世界には注ぎ込んでいない。有視界と現実時間で対峙しているのだから。
一瞬の間に行われた激しい攻防に、アリーシアは認識が追いつかない。
すでに淡雪は『雪』の【魔導機術】で反撃に移っていた。
締里は後方から銃撃で淡雪を援護しつつ、アリーシアに気を配っている。
そんな二人を相手に、フレアは炎の大蛇を巧みに操作し、一歩も引かない。
爆音と光と爆風が乱れ混ざる。
熱気と冷気が交錯する。
大蛇が淡雪に肉薄すると、締里の弾丸が遠ざけ、淡雪がフレアに魔術を仕掛けると、大蛇が主へと戻り防御する。そしてフレアは、締里に魔術攻撃やナイフを投擲する。淡雪にはナイフは用いない。【結界】によって物理攻撃であるナイフは自動で止められるからだ。仮にナイフを使うのならば、投擲ではなく打撃に則した斬撃か刺突になる。
基本的にはこのパターンを繰り返しだが、超速で目まぐるしく攻防を入れ替えながら、使用する魔術を巧みに変えたり、フェイントを入れたりするのだ。
二対一にも関わらず、フレアは一歩も引かない。
恐るべき実力である。
超一級品の戦闘系魔術師――【ソーサラー】同士の本気の激突を間近で目にして、アリーシアは固まっている。途方もなさ過ぎる、と。
そんな異母妹を、エルビスはニヤついた顔で観察していた。
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…
校庭の林の中。
【雷】属性を刃に纏わせた【AMP】の剣――名称《ファン・デラ・クルセイダー》を振るうアクセル6は、追い詰められていた。
現在、黒いビジネススーツを模した戦闘服【黒服】を装備している集団と交戦中だ。
敵は体格から顔つきまで、全てが規格品のように揃えられていた。
通称【ブラック・メンズ】である。
一度に三人以上を相手にした瞬間もあるので、確実に三名以上の一個兵隊だが、それでも時に、分身しているたった一人を相手にしているのでは――? と錯覚する。
過日の交戦相手以外にも、まさか【ブラック・メンズ】まで擁していようとは。
(くそッ!! なにを、やっているんだ!)
アクセル6は己を叱咤する。
敵集団は【雷】属性の魔術を使用していた。
同じく彼も刃に【雷】を宿しているのだが、効果は芳しくなかった。
雷撃を放っても、放った相手とは別の【ブラック・メンズ】が雷撃で相殺してしまうのだ。
潜んでいた仲間のアクセル3、アクセル7、アクセル9は倒されてしまっている。中でもアクセル7は重傷で、一刻も早く病院に連れて行く必要がある。
強襲が見事に過ぎて、締里に連絡すらできなかった。
焦躁感が彼を襲う。
【ブラック・メンズ】の何人かは、すでに屋上へと向かっているかもしれない。《究極の戦闘少女》と堂桜淡雪は《隠れ姫君》を護れているのだろうか。自分達のコードネーム『アクセル・ナンバーズ』の役割は、あくまで楯四万締里のサポートだ。それなのに、このザマとは。
焦躁と疲労が隙を生む。
こうなったら一か八かで、締里に通信を――
その一瞬を敵は見逃さなかった。
ギュぅぅゴガォっ!! 雷撃が四方から襲ってきて、アクセル6ではなく《ファン・デラ・クルセイダー》を撃った。
属性を発揮できないただの刃では雷撃を防御できず、魔術剣は遠くへ飛ばされてしまった。
愕然となるアクセル6。
やはり極限の疲労によって、判断力と動きそのものが鈍っていた。
ベストの自分ならば、こんな失態はありえない。
いや、そもそも得物が手から失われたのならば、すぐに徒手空拳での魔術戦闘に気持ちが切り替わっている。しかし今の彼は、精神的に切り替えるのに、約二秒を要する状態である。
二秒という時間は、戦闘時においては致命的な長さだ。
今度は雷撃ではなく、八名もの【ブラック・メンズ】達が彼へ殺到した。
八つの打撃が、アクセル6を打ちのめそうとした、その瞬間。
彼の姿がかき消えた。
同士討ちを避け、獲物がいた場所を中心に散開する【ブラック・メンズ】達。
彼等の視線は一点に手中している。
少女のようにお姫様だっこされているアクセル6は、自分を抱いている相手に訊く。
「お前は……なんでだ?」
相手はメイド服を着ている人形めいた少女であった。
「ワタシをご存じないと」
一瞬ではあるが、メイド少女の人間離れしたあまりの美しさに見惚れてしまっていた――が、アクセル6は我に返る。
「いや、知ってはいるけど」
当然ながら情報は与えられていた。
フルネームは、ルシア・A・吹雪野。堂桜那々呼の守護者。そして――
「そうか。君が指揮する【ブラッディ・キャット】が、《隠れ姫君》護衛をサポートしているのか――《アイスドール》」
恐ろしいまでの美貌だ。惜しむらくは、整い過ぎている為か、生命感に乏しい事か。
アクセル6の言葉にルシアは首を横に振った。
「いえ。単にご主人様を迎えに上がったら、たまたま目についたものでして」
「え」と、アクセル6は目を丸くした。
ルシアは宝石のような双眸で、敵集団を見回した。アクセル6をそっと降ろす。
「少し『余った』ので使い切りましょうか」
彼女はフリル付きエプロンからバターナイフとペーパーナイフを取り出した。
パキパキパキィィ、と不気味な音があがり、ルシアを中心として周囲の温度が下がる。
右手のバターナイフと左手のペーパーナイフの刃が巨大化した。
いや、正確には外層として氷の刃が出現したのだ。
【ブラック・メンズ】の一人がスローイングナイフをルシアの眉間へ投擲した。
ナイフがルシアの眼前に迫った、その刹那。
鋭い弧を描いた二つの氷刃が、閃光のようにクロスする。
ほとんど無音だった。
弾き返されるのでなく、スローイングナイフが三つに分断されていた。
その光景に刺客達がどよめいた。
左右の腕を交錯させたまま、ルシアは宣言する。
「ついでです。倒すのは面倒ですが、追い払うくらいならばサービスでやってあげます」
表情同様に、感情が窺えない台詞だった。
…
脳内へ直接流れ込んでくる微少な雷撃を、フレアは感知した。
むろん展開している電脳世界での事だ。
独自パターンで暗号化されている部下からの魔術的な電子信号であり、即座に解読する。
フレアは苦笑を漏らす。
「――王子。どうやら時間切れのようです」
戦闘継続の意思はない、とフレアは《レッド・アスクレピオス》を解除した。
「時間切れって?」
不満そうなエルビスに、端的に説明する。
「【黒服】部隊の手に負えない相手が出現した模様です。部隊には退避許可を出しました」
「わかった。今日のところは大人しく帰ろうか」
納得したエルビスは、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、出口へと歩き始めた。
防衛戦はしても倒しにはこない――と、わかっているフレアも後に続く。
淡雪と締里も戦闘態勢を解いた。
立場的に専守防衛を採らざるを得ないのだ。
ただ力なく立ち尽くしているだけの異母妹に、エルビスはすれ違い様に囁く。
「じゃ。また後日な」
バタン、とドアが閉まる音が静かに鳴る。
その音は、アリーシアにはやけに冷たく聞こえた。
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