第二章 ヒトあらざるモノ 6 ―混浴Part2―
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ネオ東京シティの郊外に位置する木造アパートの一室。
六畳一間の中で、居間と寝室を兼ねている畳部屋に、彼――河岸原エルビスはいた。
二十歳を過ぎた青年で、エルビスという名からも察せられるが、ニホン国籍は帰化によって入手していた。褐色の肌と赤茶色の天然パーマも、その事実を裏付けている。
反面、エルビスの過去の記録は全て抹消済み――という曰く付きの人物であるのだ。
エルビスは布団に横臥している。
額には氷嚢が括り付けられ、全身汗だくで、呼吸も荒い。
エルビスは風邪を引いていた。体温は三十九度を超えている。
彼の横に正座している三名の女性が、口々に言った。
「まったく健康管理すらできないとは……」
「使えないにも程があります。本当に無能ですね」
「貴方がアルバイトを欠勤したお陰で、隊長が代わりに【媚鰤屋】に行ったのですよ」
コードネームは左から順に、メイ、アン、クウである。
彼女達の本名をエルビスは知らない。十代後半、二十歳前後、二十代前半と年代がずれている筈なのに、不思議と同い年にも見えて、かつ印象に残りにくい容姿をしている。
クウが言った隊長とはルシアである。
この三名は、ルシア率いる堂桜グループ傘下の特殊部隊【ブラッディ・キャット】の隊員だ。
いずれも高度な特殊技能を備えた工作員であり一流の【ソーサラー】である。
メイ、アン、クウ以外の隊員も数多いが、例外なく二十代以下の若い女性だ。この三人は特にルシアの信頼が厚く、こうしてルシアの留守を預かる時もあった。
高熱で意識朦朧のエルビスは、うなされるように溢す。
「ぅぅぅうう。ゴメン、ゴメンよぉルシア。折檻は勘弁してくれぇ……」
彼の過去がどうであれ、今のエルビスはルシアが後見人を務める貧乏フリーターだ。
メイが解けた氷嚢を取り替え、エルビスの汗をタオルで拭う。
アンが腰を浮かすと、クウが訊いた。
「那々呼様のご様子を?」
このアパートは、堂桜財閥の中枢頭脳と位置づけされている超天才児――堂桜那々呼を秘匿し、かつ彼女を狙う外敵から護衛する為に存在している。
「ええ。なんだかんだで、そこの使えない男の心配をしている雰囲気なので」
「では私は他のメンバーを率いて定時巡回に出ます。エルビスの看病を頼みますよ、メイ」
「了解したわ」
クウは【ブラッディ・キャット】の制式装備である真紅のコートとゴーグルおよびヘッドドレスを着ける。美女であるはずが、さらに個性が死んで、まるで人形のようだ。
いつの間にか、エルビスは寝入っていた。
…
夕食をご馳走になった後、統護は風呂を頂いていた。
堂桜本家のような大浴場ではなく、一般家庭の浴室である。しかし祖父と孫娘の二人暮らしの割には、広い風呂場だ。三人は無理でも、多少の窮屈を我慢すれば二人で入れるだろう。
浴槽は総檜であるが、二十四時間態勢で湯船が管理されている最新システム品だ。
「まさかルシアが来ていたとな」
柚が浮かんでいる湯面ではなく、天井を仰ぎながら統護はぼやいた。
出勤前にアルバイトが体調を崩して、その代わりとしてルシアが代務に入ったという。
ちなみに統護は、アリーシアの異母兄であるエルビスが那々呼のアパートに住んでいるのは知っているが、この【媚鰤屋】でアルバイトしている事までは知らない。
ミスばかりの新人アルバイターとは異なり、仕事は完璧だった、と弦斎から聞いた。
しかし、みみ架は不機嫌だった。
店を閉めた後も居残り、夕食の支度までしたルシアを明らかに不愉快な目で見ていた。
ルシアもルシアで、ビジネスライクな彼女には珍しく、みみ架を意識していた。
そして、みみ架の作った分と合わせて二人分食べる羽目になった。
統護を大喜びで歓迎した弦斎も、メイド少女と孫娘の間の微妙な空気に戸惑っていた。
(締里以上に……ルシア、だよなぁ)
子の行く末を話題にした時、統護はルシアを思考から外した。
そして、それはみみ架も同じだった。彼女にとってもルシアは謎過ぎるのだろう。
自分はルシアに対して、どうすれば良いのだろうか?
(ま、今はそれより)
「今晩どうすっかなぁ」
弦斎に宿泊を強く勧められている。返事は風呂からあがった後だ。
あまり頻繁に外泊すると淡雪が怒るが、今日は泊まっていきたい気分である。
みみ架について、弦斎と色々話もしたかった。
流石にルシアはもう帰ったのだろうか。那々呼の護衛もあるし、帰っただろう。堂桜那々呼は超常的な天才性と引き替えに、日常生活に支障が出るレヴェルの異常者なのだ。
自身を猫と思い込んでいるのである。
那々呼が心を許しているのは『飼い主』であるルシアのみ。
ガラ、とスライド音が耳に飛び込んできた。
「――失礼いたします、ご主人様」
無遠慮に浴室のドアが開き、聞き馴染みになっている声色の主が入ってきた。
まるで美という概念を抽出する為に精緻に創り出された、完璧を超えた麗容の少女である。今では見慣れている統護でさえ、ふと、その人造めいた不自然なまでのヴィジュアルに、心を奪われてしまう時がある。
それ程の超絶美少女であるのだが、今は其処が焦点ではなかった。
統護は思わず叫ぶ。
「お、おい! どうしてスクール水着を着ていないんだ!?」
孤児院【光の里】でアリーシアと共に混浴した時には、ルシアはスクール水着を着用だった。濃紺地の上に『るしあ』と記された白い名札が縫い付けられていたが、彼女のバストの盛り上がり故に、文字が伸びていたのが印象に残っている。
しかし今、ルシアは一糸まとわぬ全裸だ。
ルシアは《アイスドール》の異名通りに、微塵も表情を揺るがせずに言った。
「ひょっとしてスクール水着をご所望でしたか。このルシア、一生の不覚」
「あ、いや。希望っていうか、全裸だったから、つい驚いて」
前回のスクール水着は、それほど強烈に記憶に刻み込まれていた。
「そうですか。趣味ではなかったですか。では、あの水着は処分します」
「待て待て。処分は勿体ないだろ」
機会があるのならば、またルシアのスクール水着を拝ませて貰いたい。場所が風呂場だと不自然というだけだ。
というか、アパートに帰っていなかったとは。
「スクール水着の再利用はともかくとして、タオルくらい巻いてくれ。目のやり場に困る」
「困る、と仰いつつも視線は固定されているかと」
「……ま、まあな」
やり場に困るとのたまいながらも、統護は舐めるようにルシアの裸身を凝視している。
巨乳と美乳の中間というべき豊かな双丘は、人造物のように整っている。実際、彼女の容姿全てが芸術的に整っていなければ、シリコン整形を疑うレヴェルだ。
お腹のラインとウェストの引き締まり具合は、ニホン人には不可能であろう。特に、ヘソ周りの美しさは彫刻を彷彿とさせる。
そして――股間だ。
(マジか……。前回は確認できなかったが、下の毛も銀髪とは)
ルシアは銀髪碧眼であるが、まさかアンダーヘアーも同じだったとは。しかも綺麗にカットされて手入れは行き届いているようだ。
銀髪と白髪は似て非なる物だ。光沢具合と艶やかさは、色素が抜けただけの毛とは違う。
普段はガーターベルトで覆われてる太ももが、今は剥き出しだ。
「どうやらワタシの裸、気に入って頂けたご様子ですね」
「誤解するなよ、ルシア。目を離せなかったのは、あまりの芸術的な美しさに見惚れたからであって、決して邪な気持ちで見ているからじゃない。いやぁ、芸術的だなぁ!」
思い切りウソであった。
統護の股間はギンギンに充血して、雄々しく反り返っている。
先走り的な体液が湯船に混じってしまわないか心配だ。そして、その湯船にルシアが入る事を思えば、更に興奮してくるではないか。
湯船に入る前に、軽くシャワーを浴びるルシア。
細っそりとしたうなじ、背中、そして尻から太ももの艶めかしさに、統護は忍耐を振り絞る。
ヤバイ。苦しい。肉棒を右手で擦って自家発電してしまいたい。
「出て行ってくれ、と頼んでも、駄目か?」
「その命令には従えません」
「そうだよな」
素直に出て行ってくれるのならば、最初から入ってこないだろう。
(耐えろ。耐えるんだ、俺!!)
前回は耐えた。しかし前回は知り合ったばかりで、当惑も大きかった上に、途中からアリーシアまで参加してきた。だが、今はルシアに情が移って、女の子として意識している。
擦ってしまえば、三擦り半くらいで果てそうだ。
一発吐き出せばスッキリできるかもしれない。とはいえ、蛋白質はお湯の中だと凝固してしまうので、出した後の処理に困る。それに、その湯には浸かっていたくない。
(何か、策が! いいアイデアはないか!?)
「それでは、お隣に失礼します」
ちゃぽん、と水面が波打つ。時間切れで、ルシアが湯船に入ってきた。
肌が触れ合う。つるつるでスベスベだ。辛抱たまらない。いっそ湯船から飛び出してしまいたいが、そうすると股間の状況をルシアに悟られてしまう。
統護は体育座りで、身体を縮込ませた。とにかくガードを固めるのだ。
そんな統護にルシアはしなだれかかり、耳元に囁く。
「もしもご主人様がワタシの全てを見たい、全てを味わいたいというのならば、ワタシは喜んで純潔を捧げるつもりです。そのつもりでお邪魔いたしました」
(や、やはり処女だったかぁぁあぁああああああっ!)
まあ、こんな真似しておいて経験済みだったら、色々な意味でドン引きであるが。
統護は理性を総動員した。
「待つんだルシア。お前は俺のメイドだろう? メイドとご主人様がお風呂でアレコレって、アダルト系のフィクションに毒され過ぎじゃないか?」
「確かにワタシはご主人様のメイドにして肉奴隷でございます」
「肉奴隷は初耳だが……」
流されるな、と自分に言い聞かせる統護。
「ワタシはメイドとしてご主人様に精一杯仕えて参りました。しかし、未だにご主人様からは何の報酬も頂いておりません」
「そこを突かれると、すっげえ困るんだが」
賃金どころか、必要経費すら支払っていない。一方的に奉仕してもらっている身だ。
そういった意味でも、ルシアとの今後は色々と考えてしまう。
「でもお前って金には困ってないだろ」
「ええ。ワタシは経済的にはなんら不自由しておりません。ご主人様に支払って頂きたい報酬は金銭ではありません。そのような見返りなど望んでおりません」
「じゃ、じゃあ、具体的には何なんだ?」
ルシアは統護に軽く口づけして、瞳を覗き込んできた。
「――愛、でございます」
統護の顔が引き攣った。ウソ臭い。超ウソ臭い。
(な、なんてあからさまに胡散臭いんだ)
こんな形でゴリ押ししてきて、愛も恋もあったものではない。
そもそも自分のメイドを買って出ている件も、間違いなくルシアなりの裏がある。
だからこそ、統護も警戒を解けないのだ。
(……と、理屈では理解できているんだがなぁ)
本来ならば怒るなり叱るなりして、ルシアの誘惑を拒絶しなければならないが、肉欲色欲に縛られて、鼻の下が伸びっぱなしだ。こればかりは男の性でどうしようもない。
「ご主人様、信じておりませんね?」
「うん。俺もルシアを愛しているから、今日はここまで――じゃ駄目か?」
ぶっちゃけ『女として好き』というのは嘘ではない。ルシアが好きだ。ここまで無償で仕えてもらって、他の女達とは違い『女として好きではない』とか、非道と不誠実にも程があるだろう。しかしこの状況は、言葉の上だけでも否定しなければ、襲いかかってしまいそうだ。特にルシアの胸にしゃぶりつきたい。揉みしだきたい。
「失礼ですが、他の女性にも愛を誓っているご主人様の言葉だけでは、説得力に欠けます」
「だよな。俺も自覚はあるんだよ……」
その場、その場では誠実に対応したつもりの結果が積み重なって――女性関係は大惨事になってしまった。かといって、今さら全てを放棄して逃げられもしないが。
お陰で、世間体は最悪を通り越して、ネットなどでは罵詈雑言になっている有様だ。堂桜財閥の御曹司で、元・天才で現・劣等生という世間から悪い意味で注目されまくりという立場さえなければ、少しはマシだったかもしれないが。
「ひょっとしてアリーシア姫を気にしていますか?」
「それもある。婚約者のアイツを最初にしないと、息子をチョッキンされかねない」
知り合った当初は、まさかここまで尻に敷かれるとは想像もしていなかった。
ルシアが統護の胸板を艶めかしく撫でながら言ってくる。
「黙っていればバレません。ワタシ達の交わりは、二人だけの秘密にするのです」
「ふ、二人だけの……ッ!!」
統護はゴクリと唾を飲み込んだ。
今までその発想がなかったわけではなかった。しかし……
(流石にソレは男として最低な気がする)
ルシアが胸を押しつけてきた。素晴らしい弾力だ。ぶらぼー♪
「愛をください、ご主人様。ワタシを女にして下さい。アリーシア姫には秘密で、二人の時だけ、メイドと主人だけではなく、男女として一つになりましょう。雄と雌になるのです」
統護は思考力を繋ぎ止める。バレなきゃオーケーなんて、考えちゃ駄目だ。
深那実のハニートラップの時とは、段違いのピンチである。
仮に自分と交わったとして、間違いなくルシアは秘密にするだろう。それだけではなく何度も求めてくるに違いない。一度、抱いてしまえば統護も断れない。結果として、ルシアとドロドロの肉体関係に陥るのは必至だ。
軽くキスされる。
それだけで強烈な威力である。
統護は抵抗できない。思考が働かない。耐えられない。我慢できない。
(もう――駄目、だ)
ルシアを抱いて、滅茶苦茶にしたい。
彼女の美しい身体を存分に――
ガラ、とドアがやや乱暴にスライドした。
その音で、陥落寸前であった統護は、再び意識を持ち直す。本当に危なかった。
甘い吐息ではなく、忌々しげな小さな鼻息が、ルシアから漏れた。
浴室の入口には――みみ架が立っている。
(助かった)
と、統護が思ったのも一瞬で、みみ架の服装に目を丸くした。
服装という表現は適切ではなく、肌色一色で、布地はない。すなわち――
みみ架は全裸で、タオルすら巻いていない。
胸も股間も隠さずに、堂々と仁王立ちしている。
ダイナマイツなワガママ系のボディだ。着痩せするタイプだったとは。
統護は我に返る。絶世の美貌ならば、みみ架もルシアに負けていない。というか、造形美で比較するとルシアに引けを取らないのは、統護が知る限りでは彼女――みみ架のみである。『堂桜ハーレム』とか世間から揶揄されている少女達も、超が付く美少女揃いであるが、みみ架とルシアの前では、並の美少女といったレヴェルであろう。
「待ちきれないから、悪いけどわたしもお風呂に入らせて貰うわね」
混浴している統護とルシアに驚くでも、怒るでも、動揺するのでもなく、平然と言った。
ルシアとみみ架の視線がぶつかり、火花が散る。
みみ架の裸身に釘付けになりながら、統護は心中で絶叫する。
な、な、なんじゃそりゃぁぁぁぁあああぁああッ!!
拷問的なお風呂タイムは、まだ終わらない。
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