第四章 宴の真相、神葬の剣 16 ―みみ架VS琉架③―
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苦悶で崩れる絶美の貌。歪んで、なお美しいが、完全に余力を喪失している。立っているだけで精一杯なのは、誰の目にも明かであった。
クロスカウンターを決めた方がダメージを被っている。怪奇にして神秘。つまり奥義だ。
何が起こったのか理解できない――と、観衆の誰もが困惑する中。
「残念。一撃で決められなかった」
琉架が悠然とトドメを放つ。渾身の《ワン・インチ・ショット》だ。
みみ架は《ワン・インチ・ショット》を食らってダウンした。しかも故障している肋骨を砕く一撃だ。無様に何度も床をバウンドして転がり、まるで投げ棄てられたゴミ袋の様であった。倒された後は、壊れた人形さながらに、くの字に折った身体を冷たい床に横たえている。起き上がる気配は――ない。
屋上が静まり返る。モニタ越しの観戦者達も言葉を失った。
里央の絶叫が夜空に響く。
「ぃいやぁぁあああああああああああああぁ~~~~~~~ッ!!」
みみ架のダウンシーンに半狂乱になる。
「ミミ、ミミっ、ミミィぃいいいィ! 嫌だイヤだ、こんなの嫌だよぉ!! ミミィ!」
琉架が里央に笑いかけた。狂った様に笑う。
「あ~~ッははははははははははは! 見たかな、里央ちん。これが里央ちんが私を裏切った結果なんだよ! 勝ったのは、この私だ!! あはははははははははッ!」
「敗けないでミミ! 敗けちゃイヤだぁぁああああっ!! こんなミミ、見たくないよ!」
(そ、そうか。そういうカラクリね)
ようやくオルタナティヴは《黒波》を理解した。
カラクリの正体は――魔術的な疑似音叉だ。
琉架はみみ架が左クロスカウンターしか選択肢がなくなったのを確認した。次にレフトクロスから打たれた、みみ架の左を待ち構えて化勁する。そして躱されてミスブローに終わった右ストレートは意図的だ。そのまま右腕を伸ばして固定すると、みみ架の頬に添える。みみ架の左腕と自身の右腕を音叉に見立てて、化勁した衝撃(勁)を、共鳴・増幅させて相手に伝導させた――というのが大枠の原理だ。
「い、委員長……ッ」
これが感じていた違和感の正体なのか。けれど、まだ肌は粟立ったままだ。
琉架は一比古に言った。
「おっと、まだ[ WINNER 累丘琉架 ]の表示は自重してよね。これって十秒でノックアウトってルールじゃないから。十分だって、別に十時間だって、立てるのならば、そして戦えるのならば、それでいいって戦いだからね♪」
一分が経過。一分三〇秒が過ぎるが、みみ架は倒れたまま、微動だにしない。
里央が泣き出した。悲痛な号泣だ。
泣き声に笑い声が重なる。
「あははははははははっ。だけど、これはもう無理かなぁ? 失神しているよね。お姉ちゃん無様に完全KO敗け確定か。つまり私の勝ちだ。誰にも文句が付けられない完璧なKO勝利。じゃあ、ついに名乗っちゃおうかなぁ。今この時より、この私が黒鳳凰琉架だと!! 敗北したお姉ちゃんはもう黒鳳凰じゃないから! 新しい【不破鳳凰流】継承者、黒鳳凰琉架の誕生だよ! あはははははははは!! あ、勝者の表示は[ WINNER 黒鳳凰琉架 ]でお願いだからね、光葉さん」
ゾクゾクぞくっ! オルタナティヴは全身鳥肌になった。寒気を覚える。
(違うっ!)
冷や汗が流れた。違和感が増している。その正体に思い至った。
あの時――
キスによって無理矢理に起こした、みみ架の本性。
けれど不完全だったのは、オルタナティヴが誰よりも分かっている。
(つまり、つまり、つまり)
自分はキスという奇策でしか無理であった。けれど琉架は自力・実力で叩き起こしたのだ。それは賞賛に値する快挙といえよう。これから琉架がどんな惨劇に見舞われようとも。
感じる『氣』が増幅していく。魔力とは異なる、生命のチカラだ。
みみ架の唇が動いた。
「うっさい、里央。鬱陶しいから泣かないで……、そして琉架、調子に乗るな」
…
奥義《黒波》か……
(まったく、お母さんも手の込んだ真似をしてくれる)
みみ架は苛立つ。そんなに、そんなにも、母親は自分の思う通りにしたいのかと。
まさかここまで仕込んでいたとは。意地でも母親の意図には乗らないつもりだったのに。
(でも、もう……無理)
こんな真似をされてしまっては、裡側から衝動が湧き上がってくるのを、もう押さえ切れないでいる。
認めたくない。姉としてあってはならないのだ。実の妹相手に、こんな――
筋肉という筋肉が蠢く。全身から人外のチカラが吹き上がる様だ。
みみ架はゆっくりと立ち上がった。
立ったみみ架に、里央が泣き笑いになる。
「み、ミミ! ミミぃぃ」
みみ架から放たれる異様な気配――凶暴な『氣』に、琉架は笑いを引っ込めた。
愕然と姉を見る。
オルタナティヴは薄く微笑む。ついに本気になるのかと。
完全に別人だ。獣めいた獰猛な貌。されど女としての美しさは微塵も損なわれていない。
その姿は鬼。鬼の女王、鬼の女神。
みみ架の裡に巣喰う――鬼神が目覚める。
劇的な姉の変貌に、琉架は思わず後退った。笑みが引き攣った半笑いになっている。
自覚なしに恐怖しているのだ。
「ったく、ムカツクわね。これじゃある意味、アンタの勝ちでいいわよ、琉架。ホントに姉としてみっともないわ。妹相手に、こんな、こんな、こんな……ッ」
妹が強いと実感してから、必死に衝動を押さえ込んでいたのだが、もう限界だ。
解き放つ。母親の狙い通りで癪だが、もう我慢できなかった。
目が爛々と輝く。絶美の貌で、みみ架は牙を剥く。
「覚悟しなさい、琉架。ここから先は、ここからのわたしは……」
――ヒ ト じ ゃ な い わッ!!――
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