第四章 宴の真相、神葬の剣 10 ―オルタナティヴVSエレナ④―
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10
エレナは【ワード】を続けざまに唱えた。
電脳世界の【アプリケーション・ウィンドウ】は【コマンド】により継続実行を指示されている。標的をロックオンし、エレナの【ワード】に合わせて、自律照準で攻撃が繰り出されるのだ。ただし打撃なので、射撃や砲撃とは異なりホーミングできない。よってロックオン機能自体は、基本性能での座標指定よりも精度を上げる――『蓄積したデータを基に先読みしつつ、狙いを付けられる』程度の役割だ。
猛然とハンマーを振り回す《パーフェクト・レッドウィング》。
まるで竜巻である。
被ロックオンは感知している。ギリギリまで引きつけてからオルタナティヴはハンマーを回避しつつ、魔術による反撃の隙を伺う。しかし一撃で【基本形態】を破壊して魔術を強制シャットダウンさせられなければ、次の瞬間に《ハイブリッド・ヒート・ハンマー》の餌食だ。
マンション東棟が崩落していて幸運だった。
仮に住戸フロアや共用通路といった限られた空間で戦っていたのならば、ここまで逃げ続けるのは困難である。その反面、エレナにも恩恵はある。遮蔽物のない広々とした場所で、エレナも好き放題に《パーフェクト・レッドウィング》を暴れ回らせていた。
エレナは逃げの一手を強いられているオルタナティヴを観察する。
どのタイミングで仕留めにこうか。
オルタナティヴは再び《ライブラ・ブルーシールド》を展開。エレナは思う。とにかくハンマーを止めにきたか。無駄だ。
二度目のシールドも完膚無きまでに破砕される。
防御失敗と同時に、オルタナティヴは飛び退いてハンマーを避ける。
この判断ミスは痛い。オルタナティヴの体勢が僅かだが崩れた。
グゥぉぉゥ。そこへハンマーがやってくる。
オルタナティヴが加速した。超人的な身体機能を存分に発揮しての、側転とバク転を交えたダイナミックかつアクロバティックな挙動である。どうにか追撃のハンマーから逃れた。人間離れしたスーパーアクションだ。
(でも、その動きもデータとして記録したわ)
これで更に魔術的ロックオンの精度が上がる。問題などないのだ。
(ふふふ。問題ない)
「――《ハイブリッド・ヒート・ハンマー》」
破壊の鉄槌は止まらない。次は横薙ぎの一撃だ。
このタイミングで下手に避けようとしたとしても、今度は精度が上がったロックオンによるスウィング修正で捉えてみせる。
「――《エレメント・シフト》」
やはりというか、それしかないだろう。エレナはオルタナティヴが使用エレメントを切り替えたのを見て、そう所感した。自分が相手の立場でも、このケースではその手を使う。現実世界の時間軸で間に合わないのならば、超視界と超時間軸で対応するしかない。
そして、オルタナティヴが選択したエレメントは――
「――《サジタリアス・レッドアロー》」
紅く輝く灼熱の矢が射られる。
エレメントは【火】だ。オルタナティヴは防御用ではなく攻撃用の派生魔術を選択した。エレナは魔術的ロックオンされたのを【ベース・ウィンドウ】のサーチ機能で把捉する。そしてロックオン対象は、自分でも《パーフェクト・レッドウィング》でもない。
ドンっッ! ハンマーの打撃面に『炎の矢』が炸裂する。
オルタナティヴが放ったのは攻撃でも反撃でもなく、カウンターの迎撃だ。
(流石ね、天才魔術師)
この劣勢下においても、精確にハンマーの打撃面をロックオンして、なおかつ正対する射角になるように、矢の軌道をコントロールするとは。
だが――
(問題ない、わ)
ハンマーの【熱】と矢の【火】がパワー比べで拮抗する中、魔術的メタルジェットが均衡を崩して、矢を蹴散らした。
結果は迎撃失敗とはいえ、オルタナティヴの魔術出力に《パーフェクト・レッドウィング》のフォーム(幻像)が乱れる。けれど、その乱れを立て直しつつ、更なる《ハイブリッド・ヒート・ハンマー》が唸りをあげた。
オルタナティヴも二発目となる《サジタリアス・レッドアロー》だ。
(問題ないわ)
エレナの魔術オペレーションが実行される。相手が《ガイア・メタルハンマー》の打撃面をロックオンしてくるのならば、こちらは相手の攻撃魔術をロックオンしてやろう。
迎撃と迎撃――すなわち真っ向勝負の激突だ。どちらが上か?
ずドゴんンっ!! 炎が散った。
撃ち勝ったのは、エレナのハンマーである。
一撃目の様な刹那の拮抗すら許さず、瞬間的に矢を打ち砕いた。
エレナは表情を引き締める。これで終わりではないのだ。
破壊する。立ち塞がる全てを、この自慢のハンマーで壊してみせる。
連続攻撃は止まらない。相手を倒すまでエンドレスだ。下からすくい上げる様な、ハンマーの豪快なスウィング。
オルタナティヴは使用エレメントを【地】に換えていた。
彼女の前面にアーチを描いた金属壁がせり上がる。
流石は天才、とエレナは感心した。自分の様に【金属】に特化していなくとも、ここまで純度の高い金属を【地】のエレメントから精製してみせるとは。
ハンマーの打撃面が金属壁にコネクトした瞬間に、莫大な熱エネルギーで接触面を溶かしにいく――が、オルタナティヴは死力を振り絞って堪えた。
が、耐えたのは、やはり一瞬だ。
熱エネルギーによる融解には抵抗できても、魔術的メタルジェットからの超圧力には抗えなかった。動的超高圧(=ユゴニオ弾性限界を超えた値)によって金属壁が個体性質を奪われて、魔術的に液状化――つまり魔術的に溶かされた。
大穴を穿たれた防御壁が決壊する。
(溶かされてしまったら、【地】のエレメントでは再構成もフォローもできないわよね)
その金属壁の魔術プログラムも解析。データを蓄積した。
オルタナティヴが二層目、三層目と防火シャッターのごとく金属壁を生成していくが、エレナのハンマーはものともせずに、溶かし、破壊した。もうその金属壁は通用しない。
(問題ない)
エレナが薄く笑み、オルタナティヴの表情が強ばった。
――オルタナティヴの前にエレナが接近している。
《パーフェクト・レッドウィング》を自身の後方に残しての、大胆なステップインだ。これにはオルタナティヴも完全に虚を突かれた。
単調。魔術主体になってから、実に単調な攻防だった。
一方的に同じ攻撃を繰り返すエレナに、その攻撃を防御しようと必死になるオルタナティヴ。しかし攻撃をシャットアウトできないオルタナティヴは、必然としてエレナのリズムに付き合わされた。
エレナは失策として単調なリズムだったのではない。自分が単調を繰り返す事により、オルタナティヴを単調なリズムに引きずり込んだのだ。
そして満を持して、そのリズムを逆手に取ったのである。
バカ正直に淡々と繰り返された攻撃魔術から、ガラリと展開をひっくり返す。
ダイレクトでのチョッピング・ライトだ。
オルタナティヴの反応は中途半端。見逃さない。右を止めてフェイントにして、下から左ロングアッパーを突き上げる。
辛うじてスウェーバッグで躱すオルタナティヴであるが、両足が揃ってしまっていた。
(それにリズムもガタガタよ)
狙い打ちだ。右のアウト・ローキックが相手の左膝の外側を痛打した。
甲高い打撃音の残響に愉悦しながら、エレナは右の前蹴りをオルタナティヴの顎へと伸ばす。長身と身長差を生かした攻撃だ。
オルタナティヴは懸命に躱すが、体勢に余裕がない。苦し紛れに体を捻り、的を逃しているだけである。
どヒュ! 前蹴りを戻し、切り返しの横突き蹴り――サイドキックだ。
右足刀がオルタナティヴの頬を掠める。
踏み込めないオルタナティヴ。全てが後手で、成す術なく立ち尽くしている、といった雰囲気だ。
エレナの右足は止まるどころか、更なる変化を見せる。
上半身を捻転させて、その連動を足先に伝えた。ぐんッ。右足が跳ねるように、天へと勢いよく振り上げられる。
苦悶の顔でオルタナティヴは頭上にセットされた右足を見つめる。
「ひゅゥゥ」と、エレナは呼気と共に筋力を爆発させた。
ズガ! 踵落としがオルタナティヴを強襲する。
クロスガードを額の上にもっていき、どうにか直撃を避けたオルタナティヴであったが、衝撃を殺し切れなかった。堅牢なはずの十字ブロックも破壊された。それでも下がらない。真っ直ぐに後退してしまうと、その直後にハンマーかレーザーを貰ってしまう。劣勢だろうと、エレナから離れられないのだ。
オルタナティヴとしては逆にエレナを近接格闘で突き放したい。KOは無理でも、相手が下がってくれれば、攻撃魔法を挟んで一息つける。とにかく建て直しのきっかけを掴みたいところだ。
エレナは踵落としのコンビネーションにいく。連続踵落としである。
右足に続いて、今度は左足だ。
オルタナティヴは一発目と同じタイミングで、十字に重ねた両腕を額の上にもっていく――が。
(甘いわ、オルタナティヴ)
振り上げて、そして上から落とす。一発目はそうであった。けれど二発目の踵落としは軌道が違った。直線的な振り上げからの下ろしではなく、ややアウトサイドから弧を描いて、斜め上から蹴りが旋回してくるイメージだ。
オルタナティヴは慌てて右腕をテンプルに添える。踵をブロック。しかし脇の締めがやや甘く、前腕と側頭部が密着しすぎた為に、衝撃を緩和できなかった。
効いた。一瞬、目の焦点が飛ぶ。オルタナティヴの足が止まり、膝が揺れる。
エレナはフィニッシュを狙う。
渾身のチョッピング・ライトが発射された。
微かに右ブローのモーションを見せたオルタナティヴだが、カウンターは断念して、エレナの右拳を避ける事のみに専念する。
余裕がない。回避行動だけで精一杯のオルタナティヴ。
エレナはすかさずダブルでチョッピング・ライトを見舞った。ライトクロスはない、と判断しての強引さである。
このパンチも、オルタナティヴは命辛々で躱すのみだ。
パンチの勾配があり過ぎて、真っ直ぐにライトクロスを合わせられない。アッパーでカウンターを狙うにしても、左手で顎先をカヴァーされている。ストレートかフックでテンプルか顔の中心を打ち抜くしかないのだ。
右を振り切った反動を利用して、エレナはバックハンド・ブローへと繋げる。それもフェイントとして、左肩を一度上に揺すり、かつ目線の変化も加えた。
フェイントに引っかかったオルタナティヴは、真横からのスウィングを想定した動きを見せた。だが、拳は其処にはない。
斜め下――スリークォーターからの左バックハンド・ブローだ。
予想外の軌道から飛んできた変則のバックハンド・ブローに、オルタナティヴは反応が遅れる。回避もブロックも間に合わない。
ごぉギィィん!! 遠心力の乗った左裏拳がオルタナティヴの右顔面にクリーンヒットした。
派手に血飛沫が舞い、オルタナティヴの顔面が痛烈に捻れる。
綺麗に頬を捉えた一撃だったが、手応えが浅い。自分から首を捻った――スリッピング・アウェイで威力を削がれたか、とエレナは舌打ちした。
オルタナティヴは棒立ちだ。
KOには至らなかったものの、与えたダメージは充分である。
(問題ない、わ)
これで終わりだ。牽制に左ジャブを二つ。軽くだが当たった。オルタナティヴの上半身が、真後ろによろける。もらった。エレナはとどめのチョッピング・ライトを叩き込もうと、振りかぶった右ブローに全体重を――
ギラリ、とオルタナティヴの紅い双眸に、危険な光をみた。
上体は力なく揺れて、後ろに沈みそうなのに。
途中で右拳が止まった。心にブレーキが掛かり、これ以上は打ち込めない。エレナは反射的に後ろに飛び退いていた。
《パーフェクト・レッドウィング》を前に出す。
全身から冷たい汗が噴き出し、鼓動が早鐘を打っている。
(な、なに? 今の感じは……)
思わず逃げてしまった。
間違いなくあと一発で沈められる。死に体の相手に、何故こんな危機感を覚えたのか。オルタナティヴのライトクロスは自分には通用しないというのに。
オルタナティヴが両拳を構え直す。
「いい勘、しているわねエレナ」
「勘、ですって?」
「ええ。貴女は今、命拾いしたのよ。理解していない様子だけど」
その瀕死の状態で、何を言い出すのか。
世迷い言だ。強がりだ。負け惜しみだ。命拾いしたのは、不思議とフィニッシュ・ブローを中断してしまった自分の気の迷いに救われた、オルタナティヴの方だというのに。
エレナは戦闘態勢を解除した。
むろん【魔導機術】は立ち上げたままだ。エレナの様子に、芳三郎が怪訝な表情になる。
「そのプライドは認める。でも無理に強がらなくてもいいわ。貴女は充分によく戦った。この堂桜エレナを相手にしてね。けれど、これ以上は蛇足だわ。無意味に貴女を痛めつけるだけ。私はここで貴女にギブアップを勧告する」
オルタナティヴは首を横に振った。
「命拾いを理解できないという事は、貴女の実力の上限が見えたわ、エレナ。貴女はアタシよりも……、ハッキリと弱い」
「ハッタリね。貴女には私の《ヒート・ハンマー》は防げない。そして、得意のライトクロスも通じない。貴女には私に勝つ突破口を見い出す手段がない状態よ。警告を無視するのならば、次の攻防で貴女を――倒すわ」
KO宣言だ。
しかし、宣言したエレナ自身が、精神的に余裕を喪失していると、認めたくはないが、理解していた。
対照的に、追い詰められているはずのオルタナティヴの方に、余裕が生まれている。
「次の攻防で決着を、というは同意ね。これまでの攻防で、貴女の実力はほぼ見切ったわ」
「へえ? ならばセカンドACTして、いよいよ【空】のエレメントを披露して貰えるのかしら? セイレーン戦みたいに」
「いいえ。【DRIVES】は負担が大き過ぎて、一日に二度はキツイのよ。それに、このイベントで倒すべき真の敵は貴女じゃない。貴女はこのままで倒させて貰うわ」
「切り札を残して勝負ってわけ? 舐められたものね」
「舐めてはいないわ。貴女の実力に対するアタシの正当な評価の結果よ。堂桜エレナ、貴女はセイレーンよりも……、弱いわ」
ギリ。エレナは歯軋りした。
「負け惜しみを。つまり【空】を温存したのを敗因にしたいわけね」
「アタシの実力をもって証明するわ。ヒントは楯四万締里よ。堂桜統護を例外にすると、アタシと締里ならば貴女の《ヒート・ハンマー》を攻略できるわ。そして、貴女の自慢の右はアタシのライトクロスで打ち破る」
オルタナティヴのKO予告である。
それもエレナの《ヒート・ハンマー》を攻略して、ライトクロスを決めてみせると、具体的に云ってきた。
(面白いじゃないの)
「……いいでしょう!! 互いに全身全霊をぶつけ合いましょうか!」
エレナは猛った。
ここまで好き勝手に言われて、決して無事には済まさない。
そんなエレナを、オルタナティヴはクールな紅い眼差しで見据えていた。
互いの魔力が最大限に高まっていく――
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