第四章 宴の真相、神葬の剣 4 ―三つ巴戦③―
スポンサーリンク
4
里央の冷淡な一声。
それは【ワード】ではないが、飼い主からペットに対する厳格な命令である。
ヴンっ! 応じたハナ子の至近距離からの魔術砲撃だ。
羽ばたきで発射する氷弾ではなく、嘴を開いて発射する大砲。
闇好の双眸が見開かれた。咄嗟にガードを固めるだけで、精一杯だった。
無残に撃ち抜かれて、枯れ葉のごとく吹っ飛ぶ闇好。
裏切り……
失意が闇好を被う。いや、最初から人質として協力体勢を拒否したのは、里央ではなく闇好の方であった。里央を『本物の人質』として扱い、里央は密かに逃げ出す機会を伺っていた。そして、こうして戻ってきたのは――
「岳琉くん」
「分かっているッ!」
ダメージから闇好の《ダークネス・バインド》は消失していた。今度はフェイクではない。戒めから解かれた岳琉は、里央の意図を汲んで闇好にショルダータックルをぶちかました。
着地を狙われて、闇好はタックルをまともにもらう。
岳琉はタックルで闇好を捕らえたまま、そのまま壁に叩き込んだ。
退避する岳琉。
そこへハナ子が氷弾で追撃をかました。連続で乱射する。
防御魔術が間に合わず、闇好は無抵抗のまま攻撃魔術を食らいまくった。
(ぐ、ぐぅぅうううううううっ)
両腕でガードを固めて、抗魔術性を限界まで引き上げる。それで一杯一杯だ。
闇好は苦悶の表情で歯を食いしばる。
攻撃に晒されたままで屈辱であるが、とにかく耐えるしかない。機会を伺うのだ。反撃したくとも、ここまで見事に爆撃で畳みかけられてしまっては……
(大丈夫。これなら耐え切れる)
主である岳琉と【基本形態】として分断してしまっているハナ子は、岳琉から【使い魔】として魔力供給を受けられない状態である。今はハナ子自身の魔力のみで活動しているのだ。よって《アイスウィング・イーグル》として維持していられるのにも限界がある。
一度オフにした【基本形態】の接続系統をオンにするのには、刹那のタイムラグが生じる。超視界・超時間軸で魔術を把捉できる戦闘系魔術師にとって、その隙は致命傷だ。
耐え切って、そこを狙えばいい。
闇好の目論見通りに、氷弾の威力が落ちてきた。
しかし、懸命に弾数はキープしている。どころか、数を増していた。
数を増した分、更に一発の威力を落としていた。
耐える闇好。防御魔術を展開したくなるが、精神的にも堪える。我慢の一手だ。防御魔術を展開した隙を狙われて、ハナ子は岳琉との命令系統を再接続して、《アイスウィング・イーグル》は魔力とコンディションを回復してしまうだろう。
我慢比べだ。
ハナ子が力尽きるまで、この連続射撃を耐え切れば、自分の勝ちだ。そう己に言い聞かせて、闇好はひたすら我慢した。
(威力はない。ダメージも軽微。ただ手数が鬱陶しいだけ)
この状況にあって、主である岳琉も迂闊に加勢できない程に消耗している。ムサシもKO寸前で、まともに動けない。もう少しならば放置しても大丈夫だろう。
一見すると闇好の劣勢だが、実相は逆である。闇好が二人を追い込んでいるのだ。
狐面の奥で、闇好は苦しげながら、ほくそ笑む。勝つのは、この私だ……
ハナ子の魔力が枯渇しかける瞬間を狙う。岳琉は再接続せざるを得ない。そして、その一瞬だけは完全無防備になるのだ。その刹那を捉えて完璧に沈めてみせる。
苦しそうなハナ子を見て、心配になった里央が岳琉に言った。
「ハナ子が消耗している感じなんだけど」
「魔力が尽きかけているか。できれば再接続して魔力を補給してやりたいが」
「だったら早く、急いでっ」
「いや。ここで攻撃の手を止めたら、反撃で一気に沈められる。だから、これでいい」
「いいって、そんな……」
「心配するな、里央。ハナ子の判断は正しい。通常の魔術戦闘ならば俺達のジリ貧だが、これはMKランキングの試合だからな。試合なんだよ。レフェリングが存在するな」
「え?」
岳琉の言葉に驚いたのは里央だけではなく、闇好も同じだ。
そして、次の瞬間。
――[ WINNER 羽賀地岳琉 ]
ここでストップがかかった。
ナビゲーションアプリのキャラが、試合終了(TKO)を宣したのである。
決定打は奪えなくとも、ハナ子が手数で押し切ったのだ。
呆然となる闇好。
まだ戦える。終わっていない。こんなにストップの判断が早いと知っていれば、強引にでも反撃に出ていたというのに。悔やんでも悔やみ切れない、痛恨の判断ミスであった。
裁定に従い、岳琉の指示でハナ子が攻撃を止める。
岳琉の背後に舞い戻り、【基本形態】として再接続を完了した。
闇好に余力は残っているが、手を出し控えた為に、反撃(続行)不能と判断されてのストップである。実戦にはないTKO――テクニカル・ノックアウトで敗けにされてしまった。反対に、ほとんどKOされている状態のムサシに勝敗は付いていない。まだ保留扱いだ。
闇好のMKランキング公式戦での全勝が止まり、初黒星が記録される。
超が付く大番狂わせだ。
モニタ越しの観戦者の大半が驚倒した。今年度最大のアップセットだろう。
しかも実力的に、もの凄いジャイアントキリングといえる。
全勝無敗だった2位の闇好が陥落、岳琉が2位にジャンプアップだ。入れ替わり戦なので、闇好は初の敗戦と共に一気に7位まで転落となる。
「ストップは受け入れるけど、敗けを認めたわけじゃないからねっ」
試合終了(敗戦)の裁定となってしまい、闇好はこの場から撤退か、あるいはリタイアしか許されなくなった。
捲土重来を宣言して、闇好は此処から離脱した。
闇好を撃退して2位になった岳琉であるが、まだ魔術戦闘は終わっていない。闇好が介入する前から戦っていたムサシとの決着がまだである。
互いにダメージが深刻だ。
下手をすれば、共倒れ――勝敗に関係なくこの試合で双方リタイアになる。
里央が岳琉を案じた。
「もう無理しない方がいいよ、岳琉くん」
「いや。芝祓ムサシは危険なヤツだ。黒壊闇好の再浮上を止められなくとも、芝祓ムサシだけは俺がここで止める。たとえ刺し違えてもな」
そうなったら一緒に帰ろう、と岳琉が里央の頭を撫でた。
倒れる寸前といった体のムサシに、最後の勝負を挑もうと対峙する。
ムサシは苦しそうだ。軽く押しただけで倒れるかもしれない。好戦的な性格にも関わらず、もう自分から仕掛ける余力もないのである。
岳琉も残りの力を振り絞った。
「――《コールド・サウンド》ッ」
岳琉の魔術攻撃だ。本家本元の『凍結の鳴き声』で、ムサシを封じにいく。
純粋な戦闘系魔術師ではないムサシは、魔術抵抗(レジスト)ができないのだ。抗魔術性のみが頼りだが、あっという間に氷の皮膜で覆われていった。
他の【使い魔】とハナ子では、同じ【基本形態】、同じ攻撃魔術であっても、その魔術強度と魔術密度は段違いである。
チェックメイトだ。
岳琉は魔術出力を最大限に引き上げつつ、勝負を仕掛けるタイミングを伺う。相打ちでいいのだ。闇好はTKOで下して、2位から転落させた。芝祓ムサシという危険な存在を止めて、なおかつ里央を救い出せれば、予選リタイアでも岳琉の勝利なのである。
「悪いけれど、ここまでにして」
失念していた声音に、岳琉はギクリとなった。
此花である。
里央が此花に捕らえられていた。パラメータ設定により、ムサシのみを《コールド・サウンド》の効果内にしていた事が仇となった格好だ。
首筋にペーパーナイフを添えられた里央が気丈に訴える。
「私に構わないで、岳琉くん」
「規定だと随員の私には『美濃輪里央を害さない』というルールは適用できないはず。脱法と判断されて、今回限りって可能性も高いけれど。ここは互いに退きましょうよ」
「岳琉くん、言うことを聞かないで!」
しかし岳琉は無言でムサシを氷の皮膜から解放した。
ムサシが此花に言った。
「どうする? このままブッ殺すのか?」
「ううん。黒壊闇好と同じく戦略的撤退しかないよ、ムサシちゃん。人質を盾に相手を攻撃したら、間違いなく失格にされるもの。だから人質を盾に今は逃げるしかないって。とにかく身を隠してダメージと疲労を回復させよう」
「俺に逃げろっていうのかよ!」
「まだイベントは先があるわ。無理をしてここで終わったら勿体ないよ、ムサシちゃん。それに私達の本当の目的を忘れないで」
言い含められて、ムサシは渋々だが矛を収めた。
逆に、岳琉はそうはいかない。
「待てッ! 見逃してやるから里央は置いていけ」
「ダメだから。賞金の二千万円はともかく、今の私達には美濃輪里央は命綱に近いもの。大丈夫よ。必ずムサシちゃんは貴方に再戦を挑むから。その時までこっちで預かっておくわ」
ムサシが言った。
「必ずこの借りは返すからな。借りを返すまで、他のヤツに負けたりするんじゃねーぞ」
勝手な言い分を置き土産に、里央を確保したままムサシと此花が去った。
岳琉には手が出せなかった。
ハナ子が不満げに、威嚇の鳴き声を響かせた。
…
創内はノートPCに中継されている『ラグナロク』の様子に、やや呆れた感じの苦笑を漏らした。
「バトルロイヤルの醍醐味とはいえ、黒壊闇好にしろ芝祓ムサシにしろ、後先を考えなしに戦い過ぎるかな。もう少し全体を通しての駆け引きを考えてくれよ」
2位が入れ替わり、他の参加者が一斉に岳琉をターゲットにして勝負を挑んだ。岳琉はワンONワンのみでしか戦闘を受けずに、そのまま勝ち星を伸ばした。現在は九勝で決勝ステージにリーチである。残り一勝となり、周囲も自重していた。
満身創痍に近い岳琉は、里央を取り戻そうと、逃げたムサシを追っている。明らかに決勝ステージは眼中にない。勝敗に関係なく次戦がラストになる公算が高いだろう。
そしてリタイア濃厚なのは、岳琉だけではなかった。
敗戦がそのままリタイアに直結しないレギュレーションだ。だが、敗戦でリタイアにならなくとも、魔術戦闘でのダメージと蓄積する心身の疲労を考えれば、勝ち星優先で無駄に多く戦った者は、戦略をミスしたといえるだろう。特に決勝ステージを見据えるのならば、ダメージと疲労を最小限に抑える為に、あえて戦闘から逃げ回るのも一つの手だ。『三勝+4位以上』が予選突破の条件なのだから。
「ここにきて、かなりの参加者がリタイアし始めているな」
創内は内心で呟く。
もうすぐ光葉もリタイアするのだ。
その時の、このMKランキングの黒幕の反応が、とても楽しみだ。
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。