アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第6部(第36話)

第三章  戦宴 10 ―臣人VS業司郎①―

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         10

 氷室臣人は他人から『感情が薄い』と形容され、時に同情・憐憫さえ受ける。
 彼の心理状態を要約すると、理性はあるし論理思考は可能であるが、その反面、情動や感情思考ができなくなってしまった。感情そのものが消えているわけではない。
 脳機能のリソースの問題なのだ。
 事故を装った襲撃による負傷で、臣人は自分が脳改造を受けた事は理解している。その影響で人格が手術前と異なっている事もだ。けれど、なんら不都合はない。一切の問題を感じていないのである。
 そもそも他人にどう思われようが、物理的に実害が及ばなければ、気にもならない――という性分は昔からなのだった。いちいち抗弁する事に何の意味とメリットがあろうか。
(敗れたか、雪羅)
 彼の専用【DVIS】――義眼の左目《エレメント・アイ》は、常時、警護対象である義妹の状態をスキャンしている。
 つい先程、雪羅の失神を把捉した。対戦相手はオルタナティヴ。KOされたのだろう。
 実力(戦力)的に勝算が低かったので、意外とは思わなかった。
 順当な結果だ。負けるべくして、負けた。失望もしない。怒りも悲しみもだ。期待もしていなかった。敗北という結果に、何も思う事などない。これは雪羅自身の問題なのだ。
 臣人は雪羅の守護者である。
 その様に育てられ、その様に鍛え上げられてきた。
 本来ならば、警護対象の雪羅を自身の行動範囲外で一人にする事などあり得ない。
 例外的に学校では離れてしまうが、校内のセキュリティの確認および出入りする人物についての調査は慎重を期している。仮に、賊が学校を襲撃したとしても、臣人が雪羅のもとに駆けつけるまでの時間稼ぎが、充分以上に可能なセキュリティ態勢だ。
 有害な人物がいる場所に雪羅を居させる――など、ガーディアンとして愚の骨頂であるのだから。むろん危険が潜む可能性がある場所には、一切、近付けさせないのが常識だ。
 今回のMKランキング参戦にしても、利害関係が一致している詠月を信用しての別行動だ。
 詠月ならば、自分よりも雪羅のガーディアンとして有能だろう。
 間違いなく詠月は臣人よりも――強い。
(そう。オレ達兄妹は……弱い)
 その事実に対しての、感情もない。自分が強くなれば解決できる話だ。
 だから臣人はリスクを負ってでも強くなろうとしている。それも雪羅と一緒に。
 この魔術戦闘は、その為に必要不可欠なプロセスだ。
 対峙する巨体を見る。
 乱条業司郎。堂桜ナンバー2にして、現当主である宗護の双子の兄――栄護の子飼いとして知られている戦闘系魔術師ソーサラーだ。
 臣人と同じ一九〇センチ台の身長と、見事にビルドアップされた筋肉美を誇っている。
 だが、百九十一センチの臣人より業司郎の方が、身長と骨格で一回り上をいく。肩幅が広く、ウェストが絞れている逆三角形の上半身は、素肌の上に直接、ファー付きの本革の高級革ジャンを羽織っているのみである。ビンテージ物のスリムジーンズを穿いているが、腿の生地がパンパンに膨れていた。
 狼とライオンをミックスしたような獣じみた顔。髪型は炎の様に逆立てている。
 これでもかと、己の強さと粗暴さをアピールしている容姿だ。
 業司郎が嬉しそうに犬歯を剥いた。
「見な。大事な大事なイモウトちゃんは、ものの見事にブッ倒されたみたいだぜぇ?」
 ほらよ、とスマートフォンの3D拡張モードで再生されたKOシーンを、臣人に見せつける。
 臣人は表情を変えずに言った。
「妹の状態は常に把握しているから、その画像はオレには不必要だ」
 綺麗にライトクロス一発で倒されている。あれならば後遺症の心配は皆無であろう。
 業司郎の挑発的な笑みが、苦笑じみた薄笑いに変わった。
「いやいやいやいや。何だよ、その反応は。違うだろうがよ、色々と」
「察するに、お前はオレを挑発しようとしているのは理解している。だが、オレに効果はない。不正と不義がない厳粛な事実に対し、怒ったり憤る事に何の意味ある? 試合の結果とオレの状態は無関係だ。妹は実力で敗北を喫した。その経験を生かすも殺すも、当人である妹次第だからな」
 雪羅が慰めの言葉が欲しいと云えば、形式上は言ってやれるが、それだけだ。それに雪羅がそんな慰めを欲しがらないと理解している。
「マジか。頭がイカレてやがるぜ、このガキ」
 挑発が不発に終わった相手は憤慨している様子だ。臣人はそう解釈した。
(どうでもいい)
 別段、思うところはない。自分の精神状態は落ち着いている。そしてリニューアルした肉体のコンディションも良好そのものだ。
 試合開始の声が掛かる前に、臣人はセコンドという名目で、自分の戦闘データを採取しに来ている白衣集団を一瞥する。彼等は様々な撮影機器と計測機器をセットしていた。
(この連中も、どうでもいい)
 利用するのならば、好きなだけ利用すればいいだろう。それは詠月も同じだ。
 それに利用されるだけではなく、それなりの対価を得ている。現状で何ら問題などないのだ。
 エーヴェルバッハが冷徹な目で臣人を観察している。
 臣人の容姿――
 業司郎が炎の猛獣ならば、臣人は月光を纏うヘラクレスと形容できるだろうか。
 清潔に切り揃えられている頭髪は、全体的に短いが、前髪だけは切れ長の目にかかる程度に伸ばされている。鼻が高い細面。顎のラインがシャープでスッキリしている。鮫の顎めいている業司郎とは正反対だ。同じ巨体で筋骨隆々としているのに、両者のイメージは対極である。
 エーヴェルバッハが忠告した。
「心して戦うのだ、臣人。今宵の相手は今までの対戦相手とは格が違うぞ」
 言われるまでもない。臣人は業司郎の強さを肌で感じ取っている。
 堂桜の情報網から得ている業司郎の戦績だが、最近の敗戦は、オルタナティヴ戦と琴宮深那実戦の僅か二つだけだ。統護との殴り合いは敗戦にカウントしていいのか微妙なラインであるが、とにかく喫した敗戦にしても、対戦相手が超一線級の強敵に限定されている。
 業司郎がやや苛ついた口調で急かす。
「おい! とっとと試合開始の合図をしろよ、光葉ぁ!!」
 その怒声に、一比古が応えた。

『済まなかった。待たせたな。それでは……試合開始といこうか』

 一比古の声は、その場にいる者が所持しているスマートフォン全てから同時に響いた。
 エーヴェルバッハ達のスマートフォンも例外ではなく、彼等は苦笑するしかない。光葉一比古という謎の男は、どんな抜け道を使っているのだろうか。

 ガァしゃぁァアンッ!!

 まさに轟音。開始の声と同時に、拳の炸裂音が盛大に鳴った。
 音源は互いの右拳と、顔面だ。
 臣人と業司郎の右ストレートが相打ちになる。
 共に、やや後方にぐらつくが、下半身にバネを残した状態で持ちこたえた。嬉々とした笑みを浮かべる業司郎に対し、臣人は無表情だ。
 ヘヴィ級同士によるド派手なオープニングに、ギャラリーが歓声を飛ばす。
 いかに統護やオルタナティヴのパワーが超ド級であっても、身体の骨格から演出される派手さは、一九〇センチ台で百キロ超のヘヴィ・ウェイトが生み出す迫力には敵わない。
(情報通りに、人間離れした破壊力だ)
 臣人は受けた拳の衝撃を冷静に判断した。
 実際に業司郎の肉体は『人間を辞めている』といえる改造レヴェルである。彼の肉体はDr.ケイネスによって全身がサイバネティクス化されていた。
 骨や関節は可能な限り強化人工物に置換、筋繊維も限界まで強化電磁繊維にされている。
 サイバネティクス化が不可能な箇所は、違法ドーピングで強度を補っているのだ。
 生命体であるが故に、基本的にはメンテナンス・フリーとはいえ、寿命を大幅に削ってまで手に入れた、脅威かつ狂気の肉体だ。
 臣人は左ストレートを狙う。
 業司郎も同じく左拳をストレートで打ってきた。
(見える)
 カウンターをとりたい。臣人は右側へのヘッドスリップで躱しに――いったが、避けきれずに、もらってしまった。
 業司郎の顔面にも臣人の左拳がヒットした。またしても相打ちだ。
 しかし、今度は臣人のみが軽くよろけた。
 理由は三つ。一つ、臣人は避けながら打とうとした為、体重の乗りと拳のフォロースルーが不十分であった。一つ、業司郎は相打ち上等で迷わず拳を打ち抜いた。最後の一つが、単純に体重・リーチ・パワーで臣人が劣っているからだ。
(それに……、この男の防御技術はオレよりも上だろう)
 業司郎は見切っていたのだ。臣人の左ストレートを。
 だから狙って相打ちにもっていけるのだ。
 漢と漢のバトルはギブ&テイクの殴り合い――という信念を、業司郎は持っている。
 だが、臣人に付き合う義理はない。
 追撃のチャンスだというのに、業司郎は打ってこなかった。
 それどころか……
「不可解だな。どうしてお前は魔術を立ち上げない」
「お前の魔術特性を知っているからな、《マジックブレイカー》。相手の魔術の分解と再生。つまり、お前から俺様に魔術を仕掛ける事がないのが分かっている。仮に再生する魔術を分解して記録済みだとしても、例の専用【AMP】がなければ発動しない」
 業司郎は無防備に顔面を晒して、誘ってきた。
 そのアピールにギャラリーが盛り上がる。
「オラオラ。来いよ。俺様のバトルは小細工なしなんだよ。相打ちじゃ、リーチ差がハンデになるってんのなら、先に一発打たせてやる。交互に愉しく殴り合いっこしようぜぇ♪」
 しかし臣人は打ちに行かなかった。挑発には乗らない。
 途端に不機嫌になる業司郎。
「つまんねえヤツだな。だったら問答無用で俺様のフィールドに引き込んでやる」
 大きく身体を沈めてから、業司郎が伸び上がる様に右ボディアッパーを打ってきた。
 顔面がガラ空きだ。相打ちで顔面を打たせて上等、という意図の大胆なパンチである。
 臣人は業司郎の顔面を打たずにバックステップした。
(身が軽い。以前とは段違いだ)
 ぶゥァォォオ。拳に煽られた空気が唸る。
 ミスブローとなって夜空に突き上げられる業司郎の右拳。その目が驚愕に見開かれる。
 ほぼ一瞬で、臣人は二メートル近く離脱していた。

 身体機能の向上――臣人の躰もサイバネティクス化されていた。

 常人は最大筋力の発揮に、脳によるブレーキが掛かっている。最大筋力だと反動で筋肉組織が痛んでしまうからだ。だが、臣人は脳改造の副産物として筋力発揮のリミッターが解除されている。いわば『火事場の馬鹿力』を任意に解放できるのだ。
 そして、最大筋力発揮時の反動を吸収可能なサイバネティクス化が追加された事によって、臣人の身体に掛かっていた過剰負荷のスポイルに成功したのである。

 臣人の身体が消えた

 否、消えたと相手に錯覚させる程の速度で、瞬時に移動した。
 真横だ。
 業司郎の左サイドに臣人が立っている。それも、ほぼ直立に近い姿勢を保ったまま。
 驚きと興奮を隠さない業司郎。
 彼が視認できた臣人の挙動は、消える前に上体が沈んだ一瞬だけだった。
 ギャラリーからも驚きの声があちこちから上がっている。
「へえ、これが縮地ってやつかよ!!」
 縮地――。臣人が身に付けている神秘の歩法だ。通常ならば、人が素早く移動するのには、上半身を傾げて、後ろに置いた足で地面を蹴る必要がある。極端な例として、陸上短距離におけるクラウチング・スタートをイメージすれば分かり易いだろう。
 だが、縮地は後ろの足で地面を蹴らずに移動する。正中線もブレないのだ。
 秘訣は前側の足の膝を抜く――自重を利用して膝関節を沈め折る――事によって推進力を得て、同時に『滑り足』と呼ばれる運足で後ろの足を引きつける。そして前に出して『軸足の抜き』を行いつつ、同時に後ろ足になった方を『滑り足』で前にやる――を繰り返すのだ。
 この『軸足の抜き』と『滑り足』を連携させた特殊歩法――それが縮地だ。
 様々な古流技術を使いこなす統護でさえ「体現できない」と言わしめた、秘中の秘である。
 臣人が更に縮地で消える。
 今度は業司郎の右サイドに移動していた。

 真っ直ぐ前に出るだけではなく、臣人はサイドへの縮地も可能なのだ。

 通常の縮地よりも膝への負荷が過大で、以前の臣人ならば連発できなかった。事実、膝への過負荷を見破られて、対統護戦では決定的な隙を作ってしまった。
 しかし、関節や腱がサイバネティクス化されている今の臣人に、その様な不安はない。
 左右の縮地を繰り返して、業司郎を幻惑しにかかる。
「テンメェェエエエエっッ! ちょこまかとォ!!」
 痺れを切らした業司郎が前に出てきた。
 そこへ臣人は縮地で回り込んで、相手の右サイドを取った――と、同時に右パンチを狙う。
 ドゴぉゥウっ!!
 またしても相打ちだ。
 定石通りの左ではなく、逆からの右ショートフックで真正面から業司郎の顎先を打ちに行った臣人の左脇腹に、業司郎の右ボディフックが深々とめり込む。
 相打ち地獄から脱せられない。やはり技術自体は、トータルで業司郎に分がある。
「オラァァ。打って来いってェ」
 業司郎が頭突きを見舞った。
 重々しい打撃音。臣人の意識が飛びかけた。しかし、問題ない。
(想定内だ。相手が強い事は分かっている)
 臣人は左フックを打つ。
 魔術戦闘になる前のKO決着だろうと、勝ちは勝ちだ。むろん倒せるのならば、だが。
 ぐゥしゃァ。臣人の左拳が業司郎の顔面を軋ませる。
 ほぼ同タイミングで、業司郎の左ボディアッパーが臣人の腹部を打ち据えた。
 つまり――相打ち。
 臣人は業司郎の意図を悟る。単純に相打ち合戦を愉しんでいるだけではない。徹底してボディを打って足――すなわち縮地を封じにきているのだ。
 顔面を打たれての失神KOは天国へ昇る様と云われるが、ボディでのKOは地獄の苦しみ、と形容される。臣人も統護のリバーブローで沈められた時は、地獄を味わった。
 けれど今は違う。
 違法ドーピングによる脳内麻薬の調整によって、戦闘態勢に入った臣人からは苦しみという感覚が消失しているのだ。興奮剤によって畏れも消えている。しかし『感情が薄い』臣人は、決して己を、理性を見失わない。苦しみを除去された状態であっても、受けた痛みと身体とスタミナの消耗具合を客観視して判断できる。
(付き合おうか、相打ち地獄に)
 臣人も相打ちを狙って拳を繰り出し始めた。
 ドン、ドン、ゴン、ゴォン、ズドゥン、ゴァン、バグゥン!
 業司郎の拳が臣人の腹部を。
 臣人の拳が業司郎の顔面を。
 互いに、嵐のような勢いで連打していく。

 剛拳によって演ぜられるクラシック音楽ならぬクラッシュ音楽の協奏。

 筋肉の鎧で武装しているヘヴィ級の男二人が繰り広げる、モンスターバトルのド迫力に、現場にいる業司郎の手下だけではなく、画面越しのギャラリーが沸騰した。
 防御レスだが、決して技術レスではない『殴り合い』と『耐え合い』に、試合を実況しているモニタに様々なコメントが書き込まれていく。ほとんどが『クレイジーなギブ&テイクだけど、これはこれで面白い』いった類である。
 消耗戦だ。
 臣人の膝が笑い始めた。
 ボディが効き始めているのだ。
 業司郎の膝が揺れ始めた。
 ダメージが蓄積しつつあるのだ。
 このまま魔術なしでのKO決着か? とギャラリーが固唾を呑む。
 対統護戦よりもボディを打たれているが、苦しみから臣人が止まる事はない。
 凶悪な笑顔の業司郎が、渾身の右ボディアッパーを打つ。
 対して臣人は相打ち狙いのタイミングで顔面を打てなかった。
 ずゥボォンっ!! 深々と穿たれた業司郎の右拳に、臣人の巨体がくの字に曲がる。
 拮抗していた天秤が大きく傾いた。
「ぎゃぁあ~~~~ぁはははははははッ! 愉しかったぜェ!」
 愉悦の笑いをあげて、業司郎がトドメの左を臣人の顔面へと振るった。
 大振りだ。その拳を待っていた。
 くの字に曲げられた体勢を利用しての変則的なフォームから繰り出された、臣人のオーバーハンド・ライトが真上から弧を描く。
 臣人の右と業司郎の左が交錯――して、相打ちにはならなかった。
 ヒットしたのは、豪快に振り抜かれた業司郎の左フックだ。
 皮肉にもカウンターになってしまった。臣人の顔面が後ろまで捻れて、吹っ飛ばされる。
 しかし倒れない。どうにか臣人は踏み留まった。
 完全に足にきている。両膝がガクガクで、もう立っているだけで精一杯に見える。
 けれどKO負け寸前の苦境にも、臣人の冷静な表情は微塵も揺るがない。
 見守るギャラリーから喝采が溢れ、吐息が漏れる。
(どうやら勝負の時の様だな)
 臣人はそう判断した。どれだけ破壊力があっても、業司郎のボディ地獄は、統護のリバーブローの様に、一撃で臣人を沈められなかった。そして、この状況は……
 業司郎が臣人に賛辞を贈った。
「この俺様とここまで『漢同士のド突き合い』をやれるとはな。酒も飲めない童貞のガキだが、テメエを『一人前の男』と認めてやるぜ、臣人。マジでお前を気に入った」
 最後の一発を打て、と業司郎が両手を広げる。
 その一撃を受けきってKOしてやろうというアピールだ。業司郎とて、抱えているダメージを考えると余力など全くないはずだ。例え自身がギリギリに追い込まれても己の信念を貫くのが、乱条業司郎という男の性分なのである。
「ま、テメエが俺様を何とも思わないのは承知の上だが、勝手にテメエを俺様の弟分にする。これから何かあったら、遠慮なく俺様を兄貴として頼って来いよ、臣人」
「そうか。お前は嘘は言わないタイプだ。兄貴分として頼って良いのならば、弟分という立場は歓迎する。むろん舎弟という手下は拒否するが」
「当たり前だ。俺様がンなセコイ事をするかよ、ブラザー。兄貴分と弟分で対等だぜ。じゃあ、フィナーレといこうか。オラ、潔く覚悟を決めて来いよ」
「そうしよう」
「もっとも、そのガクガクの足じゃ縮地は――」

 できない――という業司郎の言葉よりも先に、臣人は『縮地で』踏み込んでいた。

 まともに動かないはずの足だが、今までで最速の縮地である。
 驚愕する業司郎。
 彼は理解していなかったのだ。縮地法の真の脅威を。足にきて地面を蹴れない、踏ん張れない。だから縮地ができないのではなく、むしろ逆。地面を蹴れずに、余計な踏ん張りが一切、利かないからこそ――自重を最大限に生かした縮地が可能となる妙が縮地の脅威だ。
 虚を突いた一瞬を逃さない。
 臣人は縮地の勢いのまま体当たりして、間合いを潰す。そのまま、接近しての左ショートアッパーを繰り出した。ノーモーションの一撃は、コンパクトに業司郎の鳩尾を打つ。
 いや、打つというよりも、押し上げる。
 百キロ超の巨体が、臣人のパワーブローによって宙に舞い上がった。
 臣人の必勝にしてKOパターンだ。
 業司郎も咄嗟に対処する。このコンビネーションは把握していた。よって、やはり相打ちを狙って右を打ち下ろしにいく。臣人が右を打ってくるが、オーバーハンド・ライトでも、ロシアン・フックでも結果は同じだ。どちらの軌道とタイミングでも顔面ブロックして――

 臣人の右拳は弧を描かないで、真っ直ぐに突き上げられた。

 否、正確に表現すると右拳をストレートで伸ばす為に、頭部から右肩が弧を描いて、斜め前へと倒れていく。あえて分類するのならば、アッパーストレートであろうか。
 統護がオーフレイム戦で初公開したスマッシュに匹敵する変則ブローである。しかも統護のスマッシュは、レザーの異名をとったラドックという元祖がいるのに対して、臣人のパンチは彼の完全オリジナルだ。
 そして、このアッパーストレートは宙に浮かせた相手に対しての変則ダッキングも兼ねているのだ。業司郎の右が臣人の右肩を通過する。

 ついに、業司郎の相打ち地獄に終止符が打たれた。

 ドゴっ!! 臣人の右拳が炸裂。
 業司郎の巨体が背中から地面に堕ちる。倒れた。そして即座に立ち上がれない。
 ダウンだ。起死回生となる逆転のダウン。
 ぅぅぉぉおおおおおおおおぉ~~~~~~ッ! 爆発的な歓声。興奮の坩堝である。
 それはモニタ越しの観戦者たちも同様であった。
 臣人は冷静な口調で言う。
「オレが勝っても、弟分にしてくれた話が取り消しにならない事を願う、――兄貴」

 

 

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