第二章 スキルキャスター 9 ―ムサシVSロイド②―
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9
ロイドの【ワード】に、彼の専用【DVIS】が呼応した。
宝玉が紅い光を煌めかせたのは、右手に嵌めている真っ白な手袋だ。宝玉が埋め込まれているのは、甲部ではなく掌の中である。
ずぅぉおおおおおおおぉぉ――……
オールバックにまとめられたやや長めの金髪が、黒く染まりながら急激に伸びていく。
そして複数の房へと絡まり合い――触手と化すと、さながらタコ足のごとく周囲へと張り巡らされた。黒髪による蜘蛛の巣、あるいは結界陣といった異形の姿である。
深夜の闇と、身に付けている黒の燕尾服と同調した髪色。
されど東洋人とは明らかに異なる、鼻が高く彫りの深い顔立ちには似合わない漆黒。
そんな漆黒の基調にあって、金色の眉毛と緑色の双眸が、服と髪の黒から浮き出るようだ。
長身痩躯の執事が恭しく作法通りの一礼をする。
「――《ミッドナイト・ダンシング》。これが私の【基本形態】です」
カテゴリとしては『魔術現象で自身を変化させる』タイプの【基本形態】だ。
非・魔術幻像タイプの【基本形態】では、魔術現象を身に纏うタイプの戦闘系魔術師が多い中、ロイドの様な者は稀少なタイプといえよう。
待ち伏せしていた男――ムサシは、ロイドの【基本形態】を目にして武者震いした。
なにしろムサシにとって、これが初めての魔術戦闘となるのだ。
相手は【ワード】を唱えない。戦闘系魔術師ではないのか、あるいは戦術的に魔術を隠したままの戦闘続行か。どちらにせよ、不意打ちにならないだけの時間は充分に与えた。
仕切り直しだ。
ロイドはすまし顔で告げる。
「そういえば申し遅れていましたね。私は本家ご令嬢である優季様に専属で仕える比良栄家の執事――、ロイド・クロフォードという者でございます」
「ああ、知っているよ。そうやって執事の真似事をしているが、アンタの素性もな」
やはり自分を知った上での襲撃か。
ロイドは不愉快さを隠さずに、眉間に皺を寄せた。
「真似事? 未熟な新人とはいえ、これでも本職の執事ですが?」
「金持ちのお嬢さんに飼われているってだけのエセ執事って情報だぜ? 正体は非合法【ソーサラー】で、その【基本形態】の使用エレメントは【火】だ。それから、鳥肌が立ちそうなキモイ丁寧口調を止めないと、比良栄優季を狙っちまおうかなぁ」
挑発だと理解しているが、それでもロイドには我慢ならない。特に最後の一言だ。
忠義を誓った主を狙うなどという言葉だけは。
「分かった。お前がその減らず口を止めるというのならば、特別に素で話してやろう」
病院のベッドで後悔しろ、とロイドは先制攻撃に移行した。
伸ばした髪で、まずは道沿いに配置されている常夜灯を全て破壊して、光源を減らす。役所に通報しての修理の手配は、明日の朝でいいだろう。この近辺にある監視カメラは、不法投棄を牽制する為のゴミ収集場だけで、他はダミーなのは、すでに調べてある。
一気に光源が減った。夜空は曇天だ。
「――《クレイジー・ダンス》」
闇の暗さを深めた上で、光を反射しない黒髪がムサシに襲いかかっていく。
七房の毛髪群が、ムサシの周囲を乱舞してから、一気に殺到した。
ムサシは慌てない。ギリギリまで引きつけて、素早く真横に地面を転がって躱す。
電脳世界の【ベース・ウィンドウ】によって魔術的にロックオンしてからの遠距離攻撃だったが、ホーミングできないタイミング、ギリギリで動かれて回避された。
(いい反応と動きだ。やはり、そう避けてくるか)
想定内である。格闘戦での相手の体捌きのレヴェルからして、ダイレクトに把捉できるとは、最初から考えていない。獲物を刺し損なった黒髪の槍先がアスファルトに突き刺さる。
ごぉうッ!! 刺突先から炎が吹き上がった。
魔術の爆炎が華のように咲く。これがロイドの魔術特性だ。
変化させた頭髪を自在に操作して、なおかつ導火線とする。炎で焼くというよりも、爆発の基点とするのだ。あるいは髪を導線として炎を伝達させていく。
ロイドは駆けた。
対統護戦と同様に《クレイジー・ダンス》で追撃しない。あまり連発するとパターンを感覚的に覚えられてしまう。統護戦の一番の敗因は、ロングレンジとクロスレンジ、戦闘用魔術と近接戦闘を明らかに分離させていた事だと分析していた。二つを織り交ぜるのだ。
地面を転がってからの起き上がり際を叩く。
ロイドはムサシに蹴り技で強襲した。身体能力も【基本形態】の立ち上げで上昇している。
鋭い蹴りの連続に、ムサシが防戦一方になった。
(私は、堂桜統護に敗北した、あの時の私よりも進歩している)
あの敗戦――完膚なきまでのKO負けから格闘技術の底上げを目指した。
黒鳳凰の道場にも入門した。
互いの立場上、実戦での再戦は百パーセントないだろう。しかし模擬戦ならば、再び試合という形で統護と戦う時が来るかもしれない。その時は、借りを返すつもりだ。
幸いこの相手は『ロイドと戦った当時の』統護と比較しても遜色ない実力を秘めている。
いずれ統護との再戦を見据えている自分には、いい予行練習だ――
ムサシが凶悪に嗤った。
「おいおいおい! なかなか大した動きじゃねえか!!」
ロイドの蹴り技に慣れてきている。
反撃に転じるムサシ。動きが加速した。
一度、攻勢を許すとロイドは不利になる。だが、この展開も想定していた。
ムサシが誇る《打芸》による摩訶不思議なコンビネーション。そのカラクリをロイドは知らない。否、仮に知っていても対応はできないだろう。ならば……
多少の被弾を覚悟して、ロイドはガードを固めた。
そのガードの隙間を縫ってムサシの拳撃が、ロイドの顔面をヒットしていく。
強烈には違いないが、致命打ではない。
食らったタイミングを狙い、ロイドは上半身を沈めた。
ロイドがダウンした――と相手が錯覚する一瞬を作り出し、奇襲技だ。それも付け焼き刃ではなく、得意としている変化技である。
水面蹴り――両手を地面に着いて支点にする。そのまま回転しての超低空足払いだ。
成功して相手の足を刈った。
「――《マリオネット・ダンス》」
相手の体勢を崩すと同時に、ロイドは【ワード】を唱えた。
前に繰り出した《クレイジー・ダンス》は刺突を狙った乱舞であったが、今度の《マリオネット・ダンス》は違う。運動規則が切り替わり、頭髪の触手がムサシの四肢を絡め取る。
四肢を捕縛されて、ムサシが宙に釣り上げられた。
まるで蜘蛛の巣に捕獲された獲物だ。チェックメイトである。
「終わりだ。この私を怒らせた事、病院のベッドで後悔するがいい」
ぐぉごぉおおおおおおおおぉぉぉ!!
四本の火線が煌めき走る。
ロイドの頭髪を伝播していく魔術の炎が、ムサシの両腕、両足に到達した、その時――
凍っていた。
ムサシを捕縛している四本の《ミッドナイト・ダンシング》が。
むろん魔術現象だ。いつの間に?
驚愕するロイド。捕縛部の凍結は一瞬だった。魔術抵抗(レジスト)すらできなかった。
電脳世界内の【ベース・ウィンドウ】で魔術攻撃を感知できていない。けれど、攻撃された部分のログは残っている。
そして瞬間的に感じ取った、この圧倒的な……ッ!!
(これはどういう事だ!?)
ムサシが両手と両足に、凍結の魔術を纏っている。
不可解な事に、凍結部から解析した魔術プログラムの残滓は汎用魔術のアルゴリズムに酷似している。
しかし汎用魔術ならば厳重なリミッターが施されているはずだ。
バキィ! 凍結させられた髪の毛の一部が、【風】の魔術によって斬り砕かれてしまう。
これも汎用魔術を流用している魔術理論だ。
四肢の自由を取り戻したムサシが、屈強な体躯に似合わない身軽さで着地した。
ロイドは困惑を抑えられない。これは――謎だ。
あまりに瞬間的だ。かつ圧倒的だが、ムサシ本人からは魔力の放出がないのである。
加えて【ワード】を聞き取れなかった。口元の動きからして間違いなく唱えていない。
当然ながら、相手が身に付けているはずの専用【DVIS】の魔力反応もなかった。
電脳世界内での魔術サーチと魔力感知もおかしい。色々と不可解だ。
内心の動揺を悟られまいと、ロイドは口調を執事に戻した。
「やはり貴方も戦闘系魔術師でしたか。しかし、これはとても面白い魔術ですね。どの様な魔術理論ならば【AMP】どころか【基本形態】すらなしで、使用エレメントを切り替えられるのでしょうか」
「キモイ喋り方に戻してんじゃねえよ、このクソ野郎。ケツの穴を犯すぞ、コラ」
すでにムサシは【風】の汎用魔術を解いている。
ロイドは逃走を視野に入れた。戦略的撤退である。この賊の情報を持ち帰るのが先決だ。
「しゃあねえなぁ。可視化させてやるよ」
――ムサシの前に、立体映像のウィンドウが出現した。
MMORPGのステータス表示用にみられるデザインだ。
違う。出現したのではなく今まで自分には視えていなかった――とロイドは理解する。
(このウィンドウが【基本形態】なのか?)
「特別サービスだぜ」
そう得意げに嗤い、ムサシは言葉を続ける。
〔ラーニング〕完了、と。
ロイドには意味が分からない。『ラーニング』したというが、どんな魔術が……
それに言葉通りならば、いった何を『ラーニング』したというのか。
ムサシが突っ込んでくる。
やむなく近接戦闘に応じるロイド。隙を見つけて、撤退するしかない。
打撃戦の間合いになった、その刹那――ムサシが上体を沈めた。
切れ味鋭いその動きに、ロイドは目を丸くする。
(これは……私の水面蹴りだと!?)
単なる真似ではない。タイミングとフォーム、癖までもが完全に一致している。
それに一朝一夕でマスター可能な技ではない。
変則の奇襲技だ。相手が水面蹴りをマスターしていたとしても、自分と同一なはずがない。
あえなく両足を刈られて、ロイドは体勢を崩されてしまった。
自分の技がこんなにも対応しにくいとは。ムサシがロイドを蹴り飛ばす。頭部を狙ったサッカーボール・キックだ。強烈な蹴りだったが、辛うじて頭部はガードできた。対価としてブロックした右前腕が骨折した。
吹っ飛ばされた事が幸いして、ロイドは距離を確保できた。
ムサシが再び距離を詰めてくる前に、《ミッドナイト・ダンシング》を伸ばして、遠くの常夜灯へと絡める。同時に、他の頭髪を遮断。一気に自分をその常夜灯まで――
逃走を謀ったロイドを、《ミッドナイト・ダンシング》が阻んだ。
右足。左足。右腕。左腕。最後に首。
五本の頭髪束が、ロイドを拘束して宙吊りにしてしまう。
魔術ハッキング――という単語が脳裏を掠めたが、戦闘系魔術師のオリジナル魔術、それも【魔導機術】システムによってコンパイル済みの実行用プログラムを直接的にハッキングするなど不可能だ。極例外的に基本性能の一部(それも発現済みの魔術効果限定)をハック可能なケースもあるが、それもすぐにレジストされてしまう。故に魔術ハッキングは【間接魔導】のみ、極一部の者が可能な芸当のはず。電脳世界による魔術解析と魔術ウィルス・魔術ワクチンの製造と注入も、自身か自身の魔術に接している魔術効果(実行プログラムの一部)にしか有効ではないのだ。
それにロイドを捉えた頭髪は、相手の頭部から伸びている。
水面蹴りと同じく、真似ではない。
同じだ。これは『自分の《ミッドナイト・ダンシング》そのもの』だと、瞬時に理解した。
(まさか『ラーニング』したというのは……ッ!!)
相手の魔術、いや挙動さえも、解析して己の【基本形態】にコピーするという事か。
次にくる攻撃は何だ。
これは自分が開発したオリジナル魔術だ。全てを知悉している。コピーされて自分を捕縛しているが、レジストからの解除は可能だ。しかし相手の《ミッドナイト・ダンシング》を解除するのに、流石に瞬時というわけにはいかない。
どうしても一発は貰ってしまう。その一発を耐えさえすれば逆転の芽も出る。だが、攻撃魔術だとしても相手はいくつ魔術をコピーしているのか。それでも魔術抵抗しなければ――
グゥシャァアアッ! 強烈な左フックでロイドの顔面が捻れた。
単純に拳で殴ってきた。痛く固い拳だ――と、ロイドは胡乱に思った。
けれど統護の拳とは違い、心には響いてこない。ただの破壊だ。
右の奥歯が折れ、口腔が血で満ちる。
ロイドは懸命に意識を繋げる。そうだった。相手の際立った格闘能力からすれば、敵を捕縛したのならば、至極単純に打撃でKOしにいくのが最も確実かつ効率的だ。
夜風を巻いて唸る再度の左拳。
ダブルで打たれた二発目の左フックでロイドの顎が砕け――意識も砕け散った。
「ひゅぅぅぅッ!」
鋭い息吹を吐いて、ムサシが怒濤のラッシュをロイドに叩き込んだ。
ドン、ドン、ドン、ドン!! 次々とロイドの身体に拳大の陥没が穿ち込まれていき、全身の骨がグシャグシャに破壊された。
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