第一章 何でも屋の少女、再び 8 ―オルタナティヴVSみみ架⑤―
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8
最終ラウンドの開始早々、オルタナティヴは打ち合いにいった。
みみ架も応戦してくれる。
(いや。応戦するしかないのが実情。もう足を使って細かくポジショニングするだけの余裕は――彼女にだってないもの)
それでも的確にクリーンヒットを重ねるのは、みみ架だ。
凄艶な笑みを浮かべて打撃を浴びせてくる――が、オルタナティヴには見えていた。
動きが、拳撃が、捌きが、見える。
そして――読めた。
先読みできる様になったのは、単純な理屈の積み重ねである。
自覚していない疲労と、ここまでラウンドを費やした慣れと……もう一つ。
極シンプルに、ボクシングルールならばボックスが最も適しているというだけだ。
古流である【不破鳳凰流】の拳技と運足を、無理矢理にボクシングルールという枠組で使用する事の弊害として、挙動の歪さが現れていた。そこに疲労が追加されて、なおさら『楽に動こう』と無意識下で身体が動きを制限している。
みみ架は選択を誤った。
自分をKOしたいのならば、鬼神を起こした状態で、あのままボックスを継続するべきだったのである。そうすればボクシングルール下でのオルタナティヴに勝ち目はなかった。
おそらくボクシングルール内で【不破鳳凰流】をするなど、一度も練習していないはずだ。本人は業と実力を解放した――と勘違いしているが、ぶつけ本番の動きで自らに枷を付けているのに等しい愚行といえよう。
勝負だ。オルタナティヴは動きの種類を変える。
ボクシングから空手の正拳突きへと、挙動を変化させて打つ。
狙いはボディ。すなわち下段突き。
密着するように深く踏み込んで、右手を突き込む。
すでに足で躱せなくなっているみみ架は、腹部にオルタナティヴの正拳を受けた。
しかし――この一撃も化勁で無効化されてしまう。
みみ架は冷然と言った。
「パンチから突きに切り替えて、このわたしの意表を突けるとでも?」
「意表は突けないけれど、裏ならば掛けるわ」
描いていたシナリオ通りだ。統護の記憶から化勁は知っていた。前のラウンドでボディアッパーを化勁させたのは、この為の布石だ。そう、次の一撃へ繋げる油断を誘う為の。
みみ架は運足で距離をとらない。足捌きを面倒がっている怠惰な反応である。
(本当に油断し過ぎよ)
この一秒の怠慢、この一瞬が、命取りだ。
オルタナティヴは右下段の正拳突きを相手の腹部に添えたまま――
上向きの右手の甲を外旋回で捻り込み、瞬間的に押し込んだ。
手の甲が下を向き――アッパーの握りとなった。
ズッゥドンんっ! 鈍い音と共に、オルタナティヴの右拳が、みみ架の腹に炸裂する。
寸勁ではない。コークスクリューブローでのゼロストローク・アッパーだ。
みみ架の両足が十センチ近くマットから浮き上がる。
げボ。大きく頬が膨らみ、マウスピースが口腔から吐き出された。
成功だ。この寸勁モドキを狙っていた。
拳と腹に隙間がなくとも、超人的な腕力と足腰任せで、密着状態から強引に右拳を加速させた一撃だ。常人が真似しても、拳は加速せずに腹を押しただけで終わり、ほとんどダメージを与えられないであろう。超人的な肉体を誇る統護とオルタナティヴにしか体現できない、完全なチート技だ。
「がはァっ!!」
ぼとり。みみ架のマウスピースがマットに落ちる。
絶美の貌が苦悶で歪んだ。胃液を吐いて、みみ架の身体がくの字に折れ曲がった。
手応えあり。快心の一撃だった。
ついに、ついに――みみ架を捉えた。やはり二連続で化勁は使えなかったか。
「ミミぃ! 逃げてぇ!!」
形勢逆転のワンパンチに、里央が悲痛な声をあげる。
(逃さないッ!)
ボディを穿った右ブローに続いて、左をフォローにいく。
相手の腰の高さで旋回する左ボディフック――リバーブローである。しかし、みみ架はガードを下げて肝臓(レバー)を守る。そのガードは想定している。いやガードさせる為のリバーブローなのだ。
膝のバネを残して、腰を回し切らないフォームでのリバーブロー。
みみ架の右ガードを押し込む。横方向へのくの字に折れる相手の上半身。反対側の左脇腹がガラ空きになった。その体勢では左ガードを下ろせない。残していた膝のバネは次のパンチで使う。腰を思い切り回して、肩回転へと連動させた。
オルタナティヴの意図を悟ったみみ架は、左ガードではなく、左前腕を円の動きで回して捌きにいこうとする――が、圧倒的な筋力からの右拳が唸り、みみ架の左腕を弾く。
右のボディフックだ。
みみ架の左脇腹にジャストミートした。ゴキン、という鈍い感触。
手加減が甘く、肋骨を折ってしまった様だ。二本、いや三本いってしまっているか。
しまった、という思いでオルタナティヴの追撃が止まる。
そこへ反撃の左拳をもらってしまった。
みみ架の目を確認する。肋骨を折られたというのに、まだ戦るつもり満々だ。ならば自分も彼女の気持ちに応えるまで。
一端、みみ架が下がって距離を置こうとする。だが、立て直させはしない。
オルタナティヴのダメージも限界に近いのである。
右足を前に出して、サウスポー・スタイルにチェンジした。
通常ならば左ミドルを蹴り込む場面だが、両拳しか使えない今は左ストレートを打つ。
みみ架は拳の出所が見えていない。
眼前に両前腕を揃えてガードを固める。ドギャウ! そのガードが左右に大きく弾き割られて、額に左拳が叩き込まれた。
ロープ際まで勢いよく飛ばされるみみ架。
背中をロープに預けるが、そのまま座り込んでしまいそうだ。
右肘をトップロープに引っかけて、みみ架は倒れるのを拒絶する。だが、この姿勢は……
オルタナティヴは攻撃を止めて謝罪した。
「あら、スタンディング・ダウンね。ご免なさい。手加減をミスしたわ。ダメージがあるのならば、ここでスパーを中止しましょうか?」
みみ架は首を横に振る。
「ちょっと足が滑っただけよ。単なるスリップだから。まあ、お陰で目が覚めたわ。最初から貴女の掌の上だったとはね。あのキスは女同士のノーカンとして記憶から抹消したわ。その代わりに、この屈辱だけは、高くついた授業料として――絶対に忘れない」
冷静な口調に戻っている。精神的に立ち直ったか。
しかし、みみ架が精神的に持ち直しても、オルタナティヴに落胆はなかった。
ここから先は脚本なしの地力比べになるというだけだ。
弦斎が呆れ半分の口調で言う。
「ロイドの言葉じゃないが、スパーリングのはずなのに二人とも役者じゃのう。特にオルタさんは千両役者じゃわい。みみ架相手にこの戦いぶり、脱帽したぞい」
「ええ。お孫さん――委員長も確かに役者ね。けれど堂桜統護のヒロイン役はできても、貴女には主人公は似合わないわ、黒鳳凰みみ架。嫌味な程の美貌に対しての是非はさておいても、貴女ってば無駄に強過ぎて誰と戦っても弱い者イジメみたいになっちゃって、主人公としてはとても格好悪いもの」
みみ架がボクシングの構えになった。意地を捨てて慣れない戦い方を放棄した。
スパーリングとはいえ、純粋に勝ちにきたか。
しかし満足に足が動かない状態でラン&ガンはできないはずだ。残り時間からして、互いに勝負に出ざるを得ない。すなわち――次のコンタクトが最後になる。
オルタナティヴはウィンクを添えて、台詞を続けた。
「その点、貴女と違いアタシは主人公が似合う格好いい女なの。一つ教えてあげるわ。主人公が似合う条件はね、強敵相手にカタルシス満点の逆転劇を演出できて、その逆転劇で数多の者が共有する人生という名の舞台でスポットライトを独占する――女優を貫ける事なのよ」
長口上の締めくくりとして、右拳を唇にもっていき軽くキスをする。
フィナーレは間近だ。
最終ラウンド――残り三十秒。
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