第四章 破壊と再生 16 ―淡雪VSミランダ―
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16
まるで荒野のようなコンクリートの敷地の中央。
和風な美少女とブロンドの美女が、抜き撃ちをおこなうガンマンなさがらに対峙していた。
雰囲気と感じられる魔力から、間違いなく強敵であると、双方共に認識している。
油断すれば一瞬で敗北しかねない、危険な相手だ。
リヴォルバーの撃鉄を起こす音のような二人の呟きが、重なった。
「「 ――ACT 」」
淡雪の周囲の温度が急激に低下し、ポツリ、ポツリ、と彼女を中心として発生した白銀の雪結晶がキラキラと煌めき始めた。
ひゅぅぅぅううううううううう――……
雪結晶が高速で数を増していく中、術者を取り囲むように旋風が多重に渦巻いていく。
旋風は雪を巻き込み、極小の吹雪となった。
冬山に棲む雪女のように纏った雪景色――白銀の【結界】が、彼女の【基本形態】である。
その名も《クリスタル・ストーム》だ。
対して、ミランダも己の【魔導機術】を立ち上げる。
淡雪の【結界】が発揮する基本性能――冷気に対する魔術抵抗(レジスト)は問題ない。己に及ぶ魔術効果に対しての魔術ワクチンは、即座に精製できた。いかに魔術的な出力に秀でている【結界】であろうとも、所詮は【基本形態】である。並の【ソーサラー】ならばともかく、OS的な基点魔術の基本性能に遅れをとるミランダではない。
彼女が両懐から取り出したのは、拳銃ではなく、五百ミリリットルのペットボトル二本。
その栓を外し、飲み口を下に向け、中の水を解放した。
水は地面に零れずに、ミランダの手首に巻き付いた。
軽い落下音。空になったペットボトルがミランダに蹴られて、地面を転がっていく。
ペットボトルから手を放したミランダは、自由になった両腕を水平に広げる。
手首に巻き付いていた水が――大口径のオートマチック拳銃を模した。形状はデザート・イーグルに似ているか。
水の二挺拳銃を構えたミランダが言った。
「これがワタシの【基本形態】――名称は《ツゥーハンド》です」
銃声は鳴らなかった。
ミランダは右手の拳銃を撃ったが、無音であるばかりか、肝心の弾丸も射出されなかった。
魔術の起動――【基本形態】で強化されている淡雪の視覚でも、まったく視認できない。そして電脳世界の【ベース・ウィンドウ】のサーチ機能でも危険度が低い警告だ。
何がくる?
その空砲は、射線上の水分を蓄えていき、徐々に姿を形成した。
魔術攻撃として顕現していくに従って、【基本形態】に同調している電脳世界でのプログラム解析が可能になる。超次元的な時間感覚で淡雪はソレを知覚した。これは……魔術オペレーションでの対応は間に合わない。
「ッ!」
黒瞳の両目が大きく見開かれる。
それは淡雪の眼前で、水の弾丸として完成し――
寸ででヘッドスリップした淡雪の右頬に、赤い線を刻み込んだ。
音はなく、一筋の傷だけが残った。
ヘッドスリップが間に合うタイミングではなかった。つまり正確には、淡雪が躱したのではなく――
「挨拶代わりです。不意打ちによる勝利では価値が半減しますので。堂桜淡雪。さあ、このミランダ・エンフィールドと決闘を始めましょう」
「その申し込み、謹んでお受けします」
言葉を交わした次の瞬間には、双方逆方向へと駆け出していた。
雪の美少女と銃の美女。
二人の戦闘系魔術師によるハイレヴェルな決闘が幕を開けた。
黒髪をなびかせて疾走する淡雪は、右手人差し指をミランダへ向けた。
白銀の輝きが指先に灯る。
キゅィン。纏っている吹雪の一部が指先へと集中し――『氷の弾丸』と化して撃ち出された。
ミランダも同時に二挺拳銃を発砲する。
先ほどと同様に空砲だが、射線上にある水分によって弾丸が形成されていく。
ただし一発だけであった。
もう一発は空砲のまま――淡雪の氷の弾丸を捉えて、砕き、そしてミランダの散弾となって淡雪へと反射される。
「――《ダイヤモンド・インターセプト》」
キィィン!
足を止めた淡雪は前面に雪層を形成し、瞬間圧縮により氷の防御壁を作りだした。
ギャァギンィ!
氷壁に全ての弾丸が阻まれた。
攻撃をシャットアウトされたミランダは、二つの銃口を右と左の斜め上目掛けて、それぞれのトリガーをノックする。
二発、三発目と間断なく連射する。通常の射撃であれば基本となる三点撃ちである。
しかしミランダの水弾魔術のスリー・バースト・ショットは、意味合いが違った。
前面を氷壁で固めた淡雪の視界の外――左右の斜め上空。
一発目の空砲が、射線上の水分を吸収しながら、今度は反射板になった。
その反射板に二発目の空砲が炸裂し、粉々に砕け、三発目の空砲によりベクトルを与えられて、散弾となって淡雪へと襲いかかる。
死角からの無音攻撃に、淡雪は反応していない。
むろん魔術戦闘は現実の有視界のみならず、超次元に展開されている【ベース・ウィンドウ】でも相手の魔術をサーチする超視界での戦いだ。
相手の電脳空間での魔術サーチによる軌道解析が追いつかなかったのだ。あるいは必死に演算中なのか。いずれにせよ、淡雪の魔術オペレーション能力をミランダの魔術理論が凌駕した。
「殺ったぞ、淡雪!」
ズザァガガガガガガッ!
氷の防壁越しに見える少女のシルエットに、数多の弾丸が左右斜め上から貫通した。
撃ち抜かれた少女は倒れ込む――のではなく、ボロボロと崩れ落ちた。
「雪像によるフェイクか!」
舌打ちと共に、ミランダは背後を振り返り、銃口を突き出す。
完全に気配を誤魔化されていた。ミランダが三連弾の制御に意識を集中した一瞬の隙を淡雪は逃さなかった。気配を消し、身代わりである雪像を創りだしたのだ。
そして本物の淡雪は――
背後一面に広がる雪原の中で、静かに佇んでいた。
いつの間に、とミランダはトリガーにかけた指を動かせない。
静謐な双眸でミランダを見据える淡雪は浅く一礼した。
「では、改めて参ります」
びゅぅぉぉぉおおぉおおおおおおおぉおおぉおおおおっ!!
雪原から一気に粉雪が吹き上がり――猛吹雪と化して淡雪の姿をブラインドした。
彼女の【基本形態】の真意は、基本性能が引き起こす低温効果による相手の捕縛ではなく、この視覚効果がメインだとミランダは身を以て知る。
吹雪の唸りは、猛獣の咆哮めいていた。
我に返った様にミランダは二挺拳銃を連射するが、完全に淡雪を見失っていた。弾丸に使用する水分が潤沢であるが、肝心の照準がままならない。
淡雪の残像が微かに見えるが――彼女は走っていなかった。
佇んだ姿勢のまま、高速でスライドしている。つまり雪原の下に氷のリンクを創成して、滑っているのだ。残像のみならず、数体の雪像までフェイクとして交えている。
視界で捉えるのは無理だ、と判断したミランダであったが、魔術オペレーションでも把捉できないでいる。魔術的にロックオンしようにもジャミングが激しい。むろんロックオンしても逆にロックオンをサーチされるのは覚悟の上でだ。
[ WARNING ][ WARNING ][ WARNING ]。超次元に展開している【ベース・ウィンドウ】が警告で埋め尽くされていた。フェイクと牽制を魔術サーチ機能がフィルタリングしきれずに拾ってしまい、魔術オペレーションが混乱させられる。急いでフィルタリング用のマクロを構築しなければ――
きゅイんッ!
太陽光を複雑に反射して煌めく、雪の一閃がミランダの肩を擦った。
焼けるような激痛に、ミランダは柳眉をしかめる。
辛うじて軌道演算が間に合ったが、魔術オペレーションにリソースをもっていかれて、実際に躱すだけの時間がなかった。現実での動きが間に合わない。付いていけない。
超時間軸で行われる魔術オペレーションと現実時間の差異が、これ程までにもどかしく、そして恐ろしく思えるのは初めてである。
これが本気になった――堂桜淡雪か。
戦慄と共に畏怖の念さえ抱いた。淡雪の魔力総量がミランダと比較して桁違いなのは最初から明らかだった。【水】のエレメントに準じた魔術を使用する場合、魔力の消費量を抑える為に、液体もしくは水源を用意して【基本形態】を起動する。空気中の含有水分から水・氷・雪を生成すると、最初からその分だけ余計に魔力を消費してしまう。
淡雪の出力が大きいのは覚悟の上であったが、意識容量――つまり魔術を扱うキャパシティが此処まで大きいとは想定外だ。吹雪と雪原を【結界】として創成し、なおかつ雪像分身を創りながら自身も高速で移動可能とは――
「……まさに怪物だ」
雪の光閃と水の弾丸がめまぐるしく交差する。
しかし優劣は明らかだった。
辛うじて応戦できてはいたが、ミランダは徐々に消耗させられていく。
集中力が削がれ、照準すら億劫になってきた。
魔術オペレーションも速度と精度が落ちていた。
ミランダは傷だらけになっている。
それほど広いエリアに淡雪の吹雪の【結界】が張られているはずはない。しかし、白い嵐が猛威を振るう雪山に、軽装で遭難したかのような錯覚に陥っていた。
視覚と聴覚だけではなく、おそろしく寒い。
手がかじかみ、銃巴を握る感覚すらあやふやになっている。
いつの間にか魔術抵抗(レジスト)を突破されていた。貴重なリソースを回して新しい抗体ワクチンを精製しているが、それも長続きしないだろう。今は自身の抗魔術性のみで、どうにか持ちこたえてた。
すでに勝機がないのは理解している。
この相手には近接格闘に持ち込んでのKOが最も適した戦法なのは瞭然だ。
けれど、ロングレンジをキープされたまま近付けない。
有視界を封じられ、完全に魔術オペレーションだけの攻防にされていた。【ベース・ウィンドウ】が[ WARNING ]警告と演算エラーの紅文字で染まっている――という惨状だ。超視界でも有視界でも『全く見えていない』状態なのだ。後塵を拝しているミランダは、仕方なく闇雲に走って、的を絞らせない事で精一杯だ。
このまま魔術攻撃で押し切られてしまうだろう。
実戦経験が乏しいのにも関わらずに、堂桜一族で若手最強と噂される戦闘系魔術師に相応しい実力だ――と、ミランダは懸命に致命傷を避けながら、意識を繋いでいた。
持ちこたえるのだ。
せめて契約通りにケイネスの脱出準備が整うまで、時間稼ぎをしなければ……
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