第四章 破壊と再生 14 ―みみ架VS【パワードスーツ】隊②―
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統護が走り去ったのを見送り、みみ架は改めて【パワードスーツ】四機を見据えた。
まだ敵は動かない。
この状況にあって統護と契約できたのは、幸運な流れかつ僥倖であった。
最初から統護を優樹の元へ行かせるつもりだった。自分は堂桜統護の特別な人だと、警察の包囲網を強引に抜けたので、仮に統護の言質を得られなければ、事後に、一度は公務執行妨害で逮捕される覚悟だった。
思い返せば、平常時ならば絶対に相手にされない、無茶な会話であった。
【パワードスーツ】には聴覚センサが標準装備されている。自分と統護の会話は聞こえていた筈である。
みみ架はクスリと笑みを零す。
「単純にわたしと彼に遠慮していたのか……。それとも想定外に対応できずに固まっているだけなのか。ひょっとして楯四万さんの情報を聞き出せるかもと静観していたのか……」
会話を阻害して強襲してくるのならば、別にそれでも構わなかった。
統護が去っても、未だ事態は膠着している。
元より長期戦を覚悟の様相だ。
こちらは人質を見張ってる最後の一機をどうにかせねばならない。
相手方は、切り札ともいえる《結界破りの爆弾》を破られた心理的ダメージから、立ち直っていない。加えて、目的だった締里を前にして、手が出せない状況に戸惑っている。
警察側は、遠巻きに状況を見極めている、あるいはリスクを恐れてあえて後手に回っている。堂桜側の結果待ちかもしれない。
ただし、時間経過と共に突撃の準備は着々と整えられていた。精鋭の【ソーサラー】部隊だけではなく、通常時には使用されない暴徒鎮圧用の【鋼鉄ゴーレム】部隊も召集されている。
みみ架の知識にもあった、警視庁が試験的に導入している【パワードスーツ】も三機ある。シャープなデザインの大型に分類される機体で、名称を《ピースメイカー》という。【堂桜防衛産機】が警察用に開発した物だ。記憶が正しければ実戦投入はこれが初となるはずだ。
見立てでは、【ゴーレム】部隊と《ピースメイカー》三機では、眼前の【パワードスーツ】には短期戦では勝てない。ニュース映像で目にした動きは、それだけの性能であった。
とはいえ……
(やはり基本的に素人なのでしょうね)
彼等【ネオジャパン=エルメ・サイア】は、明らかに想定しているパターンが不足しており、かつ柔軟さに欠けていた。
時間にして二分近くも会話していた統護とみみ架を前に、臨機応変で連携をとれず、結果として観察するだけという失態は、熟練のプロならばあり得ない。
みみ架は締里へアイコンタクトした。
締里は人質を確保している建物内の【パワードスーツ】を目指して歩き出した。
その足取りは先ほどよりも力強い。
「人質交換といきましょう。私がみんなの身代わりになるわ。その後は好きにするといい」
正面のリーダー機からスピーカー音が響く。
『ま、待て!! 解放するにしても全員というわけにはいかない!』
そして他の三機も当惑が露わである。
みみ架は眉をひそめた。
(この反応。おかしい……。いや、ひょっとして?)
一つの仮定を閃いた。
自分と統護の会話に対して、間抜けにも指を咥えて眺めていただけという本当の理由――
先に独りごちた三つの仮定は全て外れであった。
そして、会話の最中に一機が動いたのは、こちらの隙を狙っての攻撃ではなかった。
「なるほど……。けれど自業自得ね、これは」
思わず頬が緩む。
踏み込むには、今が契機(チャンス)だ。
否、彼等の硬直状態が解けた後に予想し得うる最悪の状況を考えれば、今しかない。
みみ架は、三つ編みおさげを解く。
縛めから解放された長い黒髪が涼風にたなびいた。
その顔つきと纏っている雰囲気から、彼女を文学少女と思う者は皆無であろう。
心の曇りが晴れている。
解放の時が来た――
祖父が鬼神と揶揄した、みみ架が己の裡に飼っている衝動を。偽ってきた本能を。本好きの自分を守る為、自身の心に嘘をつき続けてきた、ホントウの自分。
にぃ、と頬が釣り上がる。
大きく息を吸い込み、大音声で名乗り上げた。
「【不破鳳凰流】継承者――黒鳳凰みみ架、いざ参るッ!!」
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…
ケイネスはノートPCのモニタを、キーボード側へ折り畳んだ。
自動的に、視聴していたライブ映像が遮断された。
ケイネスの後ろから無言のままモニタを凝視していたミランダが、つい質問する。
「どうして見るのを止めたのですか?」
「決着はついたわ」
「あの武術家らしき娘の勝ち、ですか?」
肩を竦めてみせただけで、ケイネスは明言しない。
ケイネスがノートPCに接続していた動画は、明らかに現在報道中の【光の里】襲撃事件のものではなかった。
何故ならば、堂桜関係の秘匿事項として情報統制されているはずの特殊部隊【ブラッディ・キャット】の姿が映っていた。先ほどの映像はいったい何処からのデータなのか。
(この女は、本当に何者?)
ミランダは執事を装っているが、実体はロイドと同じく裏家業のボディガードである。
表世界の執事とは異なり、法を犯すことに躊躇いはない。雇い主の素性や法令遵守よりも、雇用契約が守られるかどうかだけが重要だ。相手に対しての個人的感情や印象もビジネスには関係ない。リスクに見合うだけの法外な報酬を要求してもいた。
しかし、いくらなんでもケイネスという女科学者は怪しすぎた。
「先ほどの通信ですが、マスターが会話している最中、あの連中は不自然に動きを止めていました。何か関係あるのでしょうか」
「ええ。……だって私は彼等と通信していたのだから」
ミランダは表情を険しくする。
「では、やはり彼等の逃走をサポートする方向で、米軍【暗部】は指示を?」
ケイネスは肩越しにミランダを見た。冷めた視線であった。
「逆よ。米軍【暗部】の指示で、逃走・補給といったサポートをしないと通告したの」
つまりは容赦なく切り捨てたという事だった。
驚きに、ミランダは結んでいた唇を開く。
彼等【ネオジャパン=エルメ・サイア】が敵を目の前にして硬直している理由は、当てにしていた逃走と補給のサポートを拒否されたショックだ。要するに途方に暮れているのだ。
ミランダは疑問を口にする。
「けれども、それではあの機体が警察の手に落ちますよ」
「そうね。それだけは避けるだろうと彼等は、独断で出撃しても逃走可能と高をくくっていた。正直いって私も、彼等が楯四万締里を確保した後、逃走をサポートすると踏んでいたわ」
「なぜ? 米軍【暗部】は……」
「単純に機体が警察の手に渡っても、米軍【暗部】に火の粉がかからないように、あえてババを引いてくれた仲介者がいたって事でしょうね。つまり米軍【暗部】に貸しを作った交渉人が存在しているわ」
その言葉に、ミランダは顔色を変えた。
「貴女も気が付いた? だからのんびり事件の顛末を視聴している場合じゃないのよ。私としても今回の失態のツケを払わされるのは必至よ。単純に監督不行き届き。優樹ちゃんのモニタリングに夢中で、連中を舐めてほったらかしでした――なんて正直に言えないし」
くくく、とケイネスは肩を揺らした。
ケイネスは気持ちを切り替える。
「貴女が米軍【暗部】に支払うツケとやらに、ワタシは関係ありますか?」
「大ありよ。その為に貴女と契約しているといっても過言ではないくらい。年俸二億円プラス出来高の実力、見せてもらうわよ。まさか吹っかけたお値段じゃないわよねぇ?」
「分かりました」
ミランダは革靴の踵を返し、【ネオジャパン=エルメ・サイア】を匿っていたコンテナから出ようとした。
ドアノブに手を掛けたところで、背中からケイネスの声が追加される。
「時間稼ぎがノルマよ。もしも相手の生死に関わらずに撃退できるのならば、出来高で八千万を支払うわ」
「それだけの相手、という事ですか」
偽装コンテナから出たミランダは、敷地の正門へと歩いて行く。
正門にはガードマンがいない。企業として死んでいるこの会社に検問など要らない。
社屋に勤務していた残務整理者も、すでにケイネスが強権を発揮して早退させていた。
よって、この地を意図をもって訪れる者は、必然として限られる。
夏前だというのに、季節外れの肌寒さを感じた。
ともすれば、粉雪さえ幻視しそうな、不思議な感覚がミランダを襲った。
訪問者は一人きりだ。
ニホン人形のような、雅な少女が正門を抜けて歩いてくる。
上品かつ清楚。なによりも気高さに溢れた美貌の娘だ。超がつく美少女と形容できる。
凛とした歩き姿が美しい。
彼女はたおやかな笑みを湛えているが、同等に激しい闘志を滲ませていた。
名門校【聖イビリアル学園】中等部の女子用制服を着ている少女を、ミランダは知っている。
確かに強敵中の強敵だ、と昂揚する気持ちを抑える。
もしも勝利できれば、決して長くはない自身のキャリアで、最高の経歴となろう。
少女はミランダを見て、丁寧に挨拶してきた。
「ごきげんよう。ケイネスという方とお話をしに参りました」
「それは、このワタシを倒してからにしてもらおうか」
ミランダは油断なく訪問者を睥睨した。
冷たい死を妖しく誘う雪女のような敵の名は……
堂桜――淡雪。
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