第四章 破壊と再生 13 ―みみ架VS【パワードスーツ】隊①―
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13
統護は駆けた。
締里の眼前に【パワードスーツ】の魔の手が迫る。
甘かった。
ここまであからさまに憎悪と敵意を剥き出しにして、即座に攻撃するとは予想外だった。
(間に合え――)
少女としても、やや小柄な締里の背中に到達し、彼女を抱いて横っ飛びしようとした、その直前であった。
空間を走る白いナニカが、縦横無尽に交叉し――黒い機体が高々と宙を舞っていた。
それは一瞬の早業。
そして達人の神業。
統護が認識した次の瞬間には、白いナニカは音も無く一人の少女へと収束していた。
見慣れた学園制服を着ている少女の背中が発する独特の佇まいは、統護が知るものである。
「――委員長」
長い黒髪を三つ編みおさげにしている少女の名は――累丘みみ架。
黒い【パワードスーツ】の落下音に合わせるように、みみ架は忌々しげに言い捨てる。
「ったく。世界が違うって、この【イグニアス】はたった一つじゃないの……ッ!」
統護が庇い損ねた締里は、生気の抜けた顔でみみ架を見つめていた。
「お前は……どうして?」
「最後まで面倒みないと後味が悪過ぎだからよ。よって――この状況に介入するわ」
統護にはワケが分からない。
決然と宣言したみみ架に対し、残り二機の【パワードスーツ】が左右のアームを向ける。
ゥイン、という微かなモーター音。
拳部のマニュピレーターではなく、袖部が外側へと展開し、三つの銃口が伸びた。
三銃身×二腕×二体=十二銃口。
それらが一斉に火を噴いた。
ガガガガガガガガガガガガガガガッ!
6.8×43mm SPC弾に酷似しているオリジナルの専用弾丸が、間断なく連続射出される。
みみ架は懐の特別製ホルダに収めている本――《ワイズワード》の頁を開く。
本型【AMP】から頁が飛び出し、みみ架を中心とした半ドーム状の障壁を形成した。
障壁――魔術による小型防御【結界】により、弾丸は全てシャットアウトされた。
紙の障壁はビクリともしない。
圧倒的な存在係数だ。
いかに物理的な火力と貫通力があろうと、物理法則を超越した魔術の壁は破れないのだ。
弾丸の雨を防ぐみみ架に、統護は困惑気味に問いかける。
「どうして来たんだよ?」
「迷惑だったかしら」
「違う。だってお前、言ってたじゃないかッ」
立場が違うと。
だから一般人としての人生を壊してまで、事件に直接的な介入はできないと。
それは統護にとって痛いほどの正論であった。統護には彼女に対して、何の責任も負えない。
みみ架はしれっと言った。
「気が変わったから、じゃダメかしら」
「そんな単純な問題かよ」
統護の声が苦渋に染まる。
ニホン国内だけではなく、この事件はリアルタイムで世界各国に注目されている。そんな中で、こんな形で事件に乱入してしまえば、これから先のみみ架は――
みみ架の実力自体は折り紙付きだ。
ルシアですら、封印解除――『スーパーユーザー』認定状態でなければ、みみ架と真っ向から戦って勝利する確率は五割を切るという戦闘シミュレーションの結果が出ていた。自発的にルシアがシミュレートするだけでも、学園の屋上で披露したみみ架の実力が窺える。
だが、逆にいってしまえば、それだけの実力をこの場で披露するという意味は……
彼女の夢は、本に携われる魔術系技能職。
「バトルは嫌いで、【ソーサラー】にはならないんじゃなかったのかよ」
「諦めたわ」
「いいのか? 本当にそれでいいのかよ……委員長」
「もう手遅れでしょう。間違いなく【ソーサラー】になる道しか残らないでしょうけれど、別にわたしの読書中毒は治るわけじゃないし、本を読むのを諦めるわけでもないから」
みみ架の声は、悲しげに震えていた。
やるせなかった。
しかし現状では、統護一人の力では、どうにもならない。
状況を打破するには、みみ架の力が必要だ。
自分の力が足りないばかりに、結果として、みみ架の人生設計と将来を破壊してしまった。
彼女の日常と夢を守れなかった。
(くそったれ! 俺がもっと強ければ……)
強ければ、いや、強くなりたい。
こんな強烈な気持ちは生まれて初めてだ。
銃撃が止んだ。
弾切れか、と統護は我に返る。そう長時間連射できないのは、最初から分かっていた。
開発黎明期にある【パワードスーツ】という機動兵器は、単騎毎での性能ならば最新の【鋼鉄ゴーレム】を遥かに上回る。ゆえに将来を見越して開発が継続されている。
その反面、運用コストや稼働時間、そして装弾数といった物理面での制約も大きい。外装として武器と弾数を強化すると機動性や俊敏性を大きく損なうといったジレンマもある。
統護は勇んだが、みみ架は微塵も動じない。
「待って。チャンスじゃないわよ。銃撃はおそらくは時間稼ぎだから」
障壁の外へ飛び出そうとした統護を、冷静な声で諫めた。
「時間稼ぎ?」
「気配を感じ取れないかしら? 投げ飛ばした機体の復帰と、もう一機が揃うまでの場繋ぎってわけよ。フォーメーションの立て直し。二対が二組――理由は分かるわよね?」
【パワードスーツ】から、世間を騒がせた《結界破りの爆弾》が射出された。
揃った四機ではなく、半数の二機からだ。
その数、全部で三十だ。
搭乗者のフルフェース型のヘルメットに、射出された小型爆弾の座標データが送信される。座標データは搭乗者の脳神経へとリンクされ、搭乗者は爆弾ではなく、爆弾の座標へと意識をトレースしていく。人間の脳のみでは不可能な、精緻な空間認識を可能にしていた。
そして搭乗者は魔力を注ぎ込むタイミングを計る。
通常――人が魔力を使用するのは、魔術使用時に限定され、抗魔術性を高める為に己の体内のみか、あるいは【DVIS】に注ぎ込むか、あるいは使用した魔術に注ぎ込むかの三パターンである。
それ以外の方法で魔力を発揮しても、何も効果が得られない故だ。
だから先入観によって、魔術使用時以外にも魔力を放出可能であるという事実を、多くの者が失念している。
しかし実際には、人は魔力を自在に放出可能だ。手足といった末端からの放出のみならず、遠くへ波動として伝播させられる。
さらには、目的の空間座標値さえ精確に認識できていれば、離れた地点から魔力を送る事も可能なのである。
逆説的にいえば、離れた地点へ魔力を転送できないのならば、己から存在を切り離した魔術のコントロールや魔力供給も不可であるはずなので、魔力のみの転送は可能でなければ多くの魔術が成り立たなくなってしまう。
この《結界破りの爆弾》は、先入観からくる盲点を突いたトリックでもあった。
円盤型爆弾が【結界】に張り付いた瞬間、一名がその座標目掛けて魔力を送り、ペアとなっている一名が、円盤内に仕込んである『炎系』魔術を瞬間的に起動させ、魔術的スパーク現象を誘発する。同時に、爆薬によって物理爆発をフェイクも兼ねてフォローする。
一人だけの魔術オペレーションでは意味を成さないが、両名の魔術オペレーションを重ねてみれば魔術としての像を成すという妙。互いの電脳世界は超次元でリンクできないので、機械システムによって連携をサポートしているのである。戦闘系魔術師の【ベース・ウィンドウ】であっても、自身への直接的な魔術攻撃ではなければ、魔術サーチ対象外に設定しているのが常識だ。だから魔術トリックを見破れずに混乱したのである。加えて、魔術サーチによる施設用【結界】の起動を誤魔化す為に、先に【結界】を起動させてから、このトリックを用いた。
これが《結界破りの爆弾》の全容だ。
三十もの小型爆弾が、紙の障壁に取り付いた――刹那。
鋭い呼気と共に、みみ架は【結界】の内壁へ右の掌打を叩き込んだ。
発勁――と云われる体内エネルギーの共振・増幅による伝播現象によって、【結界】の外壁へと力場が形成されて、張り付いていた小型爆弾を弾き返す。
ドドドドドドドドドっンッッ!!
爆弾群は、剥がされた瞬間、一つ残らず爆発した。
【結界】は無傷だ。
そう。みみ架の発勁はあくまで物理現象なので、爆弾そのものにしか影響しないのだ。
「この通り――タネが分かっていれば対応は至極簡単よ」
「なるほど。発勁か」
こんなやり方があったとは。圧倒的な戦闘センスに統護は脱帽する。
「へえ。初見で見切る……というか、やっぱりね」
みみ架は紙の障壁を解除し、頁の群を【AMP】へと戻した。
ふと、統護は閃きを覚える。
みみ架が統護へ向き合い、自虐的な笑みを作る。
「心配してくれて嬉しいけれど、ご覧の通りにもう色々と手遅れよ。こうなった以上、わたしには平穏な魔術系技能職としての将来は許されないでしょうね。力ある者は力なき者の為に戦わねばならない。それがこの【イグニアス】という魔導世界の理よ」
「委員長……」
統護は泣きたい気分になる。否定したいが、否定できない。
虎の子の爆弾を防がれた【パワードスーツ】は、動揺も露わに次のリアクションを躊躇っている様子であった。それだけ、みみ架の手際と技巧は洗練されていた。
彼女の絶美な貌に沈鬱な影が落ちる。
「わたしが【ソーサラー】として戦うのは、運命として受け入れるしかないけれど……、今回の件で黒鳳凰の血と業が、わたしの代で途絶えてしまうのが残念かしらね」
「途絶えるって、縁起でもない事いうな」
みみ架は大きく首を横に振る。
「そうじゃなくて、こんな場所で大立ち回りをする女なんて、男は誰も相手にしてくれないでしょう。寄ってくるのは、わたしの眼鏡に適う男どころか、身体目当てのような輩だけ。いいえ、それすらも、もう近づいてこなくなるかも」
「な、なに言ってるんだよ」
偏屈だとは思っているが、それでもこんなにいい女、他にはいないだろう。
「恋愛や結婚に興味はないけれど、子種さえ授けて貰えない『女としての死』が、そう、わたしという女の運命よ」
その時。
四機の内の一機が動こうとした。
みみ架は《ワイズワード》から、紙を圧縮して束ねた疑似ワイヤを飛ばし、【パワードスーツ】の足下へと搦め、引き倒した。ワイヤ群は即座に《ワイズワード》へと還る。
ごくり、と締里は喉を鳴らす。
一瞬の早業に驚愕する統護に、みみ架は声を震わせた。
「最悪だわ。こんな乱暴な女、男は嫌よね……」
「莫迦。絶対に委員長の眼鏡に適う男が現れるって。お前みたいないい女、男が放っておくはずがないだろうが!」
本心だった。自分の将来を犠牲にしても友人を助けるという女の価値を分からないヤツは、男として失格だと思う。
「無責任な事を言わないで。わたしを拒絶した当の堂桜くんが」
「俺がいつ委員長を――」
みみ架は半白眼で統護を睨む。
「子作りしてくれないって言ったじゃない。わたしなんか抱きたくないって」
「あ」
「無責任な慰めって、女にとって一番惨めなのよ」
「いや、そうじゃなくて。ええと……」
ツッコミが鋭過ぎて、こんな状況だというのに、統護は狼狽した。
締里は【パワードスーツ】四機と、暢気に会話する二人を見比べて焦躁を抑える。
敵側も次の一手を迷っているのは理解できるが、それでも次の瞬間に総攻撃を仕掛けてきても不思議ではない。しかし現状の締里では、何もできなかった。
緊急事態に面した統護は、思考能力と判断能力を普段よりも大きく落としており、対して、みみ架は至極冷静であった。エージェントとして訓練されている締里でさえ、この一触即発の状況に肝を冷やしている。みみ架の胆力は尋常ではない、と締里は畏怖すら覚えた。
しどろもどろになる統護に、みみ架は冷徹に告げる。
「状況が状況ですし、時間がないから手短にまとめるわよ。甲。堂桜くんは無責任な慰めで煙に巻こうとしたのではなく、責任感をもって発言、すなわちわたしの眼鏡に適う男性が現れなかった場合、堂桜くんが責任をもってわたしに子供を授けてくれる。次に乙。堂桜くんの発言は無責任なもので、わたしの眼鏡に適う男性が現れなくとも知った事ではなく、同情する程度で実際には何もする気はなく、わたしは堂桜くんの言葉を自分に都合がいいように曲解した、惨めでおめでたい痛い女である。――さあ、甲乙どっち? 即答して」
有無を言わさぬ、機関銃のような早口であった。
「え? その二択なのか?」
あまりに両極端な二択に、統護の頭が真っ白になる。
みみ架は統護に軽蔑の視線を突き刺した。
「やっぱり乙なのね。まあ、そうでしょうね。御免なさい。わたし、痛い女だったわ」
統護から背を向けて、みみ架は【パワードスーツ】四機と対峙した。
女性らしいラインの肩は、微かにだが震えている。
思わず統護は、みみ架の肩を掴んでいた。
「違う! 乙じゃないッ!!」
みみ架には、彼女に相応しい男がきっと現れる。そう信じたかった。そうに決まっている。
振り返ったみみ架は――ビジネスライクな快心の笑顔であった。
統護の右手をとり、強引に握手する。
「つまりは甲ね。よって契約成立となったわ。これからよろしくお願いね」
「あ、いや、甲とは」
「最低な男ね。だったら乙じゃないの」
「乙じゃない、から、その」
「甲ね?」
詰め寄られ、つい統護は首を縦に振っていた。
締里が絶望的な言葉を洩らす。
「統護、お前まんまと言いくるめられているぞ……」
契約云々を理解しきれない統護は、みみ架と締里、そして【パワードスーツ】を見比べた。
ひょっとして、みみ架の自虐は演技で、自分は騙された……?
頼りない統護の様子に、締里は項垂れる。
一転して表情を引き締めたみみ架が、統護に言った。
「――というワケで、堂桜くんは比良栄さんを救いに行きなさい」
その一言で、統護は我に返る。
みみ架は吹っ切れた、爽やかな顔をしていた。
「わたしについてはもう気にしなくていいわ。結局は自分で選んだ道なのだから」
「だけど」
「比良栄さんの状態からして猶予は少ないわよ。それに彼女がケイネスの脅迫で奪取した堂桜のVIPも危ないわ。特定できたマーカーの追跡は、他の堂桜派閥が行っていないという保証はない。つまりケイネスとの引き渡しを防いでも、先んじた他の派閥が保護と称して確保してしまう危険性があるという事よ。この場はわたしに任せて、一刻を惜しんで急ぎなさい」
みみ架の説得に、統護は揺らぐ。
心情としては、今すぐにでも優樹を追いかけたい。
けれども、この場を放棄するなどとは――
「大切なんでしょう? 比良栄さんが。守りたい、助けたいのでしょう、比良栄さんを」
「ああ。俺は――アイツが」
「それにわたし、比良栄さんに約束したのよね。貴方と比良栄さんの関係に片が付くまで、楯四万さんを預かるって。だからこれはわたしと比良栄さんとの約束でもあるの」
みみ架は柔らかく微笑んだ。
その目が云っている。
まだ、堂桜くんと比良栄さんの関係、決着がついていないんでしょう?
統護はみみ架の瞳を見つめて、しっかりと頷いた。
そうだ。自分は優樹に対して――優季に対しても、決着をつけていない。
心はまだ、優季との最後の時から一歩も進んでいない。
だから決着をつける為にも、絶対に助けるのだ。
「いい目になったわね。それじゃ行きなさい。わたしは堂桜くんを信じるわ。だから――堂桜くんも、お願いだからわたしを信じて」
優樹の事情を飲み込んだ締里も、負けじと言い添える。
「私も大丈夫だ。今回の件では比良栄に貸しがある。その貸しを利息付きで回収する為にも、統護が彼女を救ってきて」
「それから、堂桜くんが比良栄さんを救えなかったのなら、契約は破棄させてもらうわ。そんな不甲斐ない男の子供は産むつもりないから」
みみ架と締里は声を揃えた。
大切な人を助けに行ってきなさい、と。
統護は会話を捉えているはずのメイへ命令した。
「一部始終を聞いていたな? 俺はこれから優樹を助けに向かう。お前達三人は以後、委員長の指示に従って人質を救出してくれ」
メイからの返事を待たずに、統護は駆け出していた。
背中を押して送り出してくれた二人の為にも、と決意を新たに固めて。
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